第11話
視点:プラーミャ
目を覚ます
いつもの天井
いつものしんと静まった部屋
すっきりとした空気
地中にあるこのメディウムには窓があまりない
建物の外は地表近くの岩壁から漏れる光でわずかに明るいが、時間がわかるほどではない
それでも時計を見るといつもと変わらない時間だ
染み付いた習慣が確かであることを確認でき、少し満足する
ベッドから起き上がり顔を洗い、髪をとかす
鏡を見ると、黒く艶のある髪に真っ赤な瞳の人間がこちらを見ている
…いや、人間ではないか
水で目をもう一度ごしごしと洗い、また鏡を覗く
よく目立つ瞳だ
嫌いではないが、目立つのはそんなに好きではない
私は一人がいい
誰の目にもつかなくていい
ちらりと髪の隙間から見えた大きなイヤリングを見る
ひし形の綺麗な赤色をした宝石が、金色の短いチェーンで右耳に繋がっているその様子は、ずっと前から変わらないいつもの様子
このイヤリングはいつからついているのか、私は覚えていない
私の瞳と同じ色なのに、私の瞳なんかよりずっと綺麗に鏡に写るそれに触れる
これに触れると、とても懐かしく感じる
そしてなぜか落ち着く
このイヤリングにはなにか意味があるのだろうか
…今の私にはわからない
イヤリングから手を離し、洗面所を後にする
いつものコートを羽織り、いつものように右腕の袖をピンと伸ばす
部屋を出ようと扉に手をかけ、ぴたりと手を止めた
…そうだ、昨日は「いつも」とは違った
今日も「いつも」とは違うのかな
それが少しワクワクして、それでいて不安になる
扉を開けて部屋を後にし、朝食をとるために広間の近くのダイニングへ向かう
私の部屋から4つほどした部屋を通りすぎる
昨日、ここに新しい仲間がやってきたのだ
生意気な仲間が
最初にレガトゥスに指令を受けたときは少しばかりワクワクした
なんせ同じ仲間なんてめったにいない
どんな奴なのか興味があった
指令通り彼の奴隷契約書を町長の隠し部屋から持ち出し、馬車に乗り込んだ
…初めて見た彼は、とてもつまらなさそうだった
ただくだらない人生を歩み続けることを当然だと思っている様子の彼が、私は不思議だった
くだらない道は歩まなくてもいい
違う道を選べばいい
選ぼうとすればいい
だから私が道しるべを作ってやった
それくらいなら私にもできるから
すると彼はそれに乗った
夕日に反射する毛先だけが黒い金色の髪が、素直に綺麗だと思った
新たな道に進もうとする期待と驚きに溢れたその瞳は、美しかった
だが彼には罰が見当たらなかった
そうわかった瞬間、背中に冷たい水をかけられたような感覚にさいなまれた
この人は私やハビアンやレガトゥスのように自身の人間との違いをありありと見せつけられることはないのか
何かを隠す必要もないのか
…そう思うと、胸が、普通ではないこの腕が、ぎゅっと締め付けられる気がした
アムンストを私が殺した時、更に実感した
彼はそれまでとは違う瞳の色を見せた
正直、少し新鮮ではあった
私にとってそれは当たり前だったから
廊下にコツコツと金属のブーツの音が響く
このブーツも、居場所も、くれたのは全部レガトゥスだった
アムンストを殺す術も、レガトゥスが教えてくれた
彼が全て与えてくれるまで、私には何もなかった
…私には、記憶がないから
鮮明に思い出せるのは、雨の日、横たわる自分、そこに差し出された傘―
それより前は霧の中だ
レガトゥスはそんな私をメディウムに招き入れ、教えてくれた
君の記憶には鍵がかけられたのですよ
しかるべき時にその鍵は見つかります、と
鍵…か
いつになったら見つかるのだろう
私は早く過去が知りたい
霧の中でも確かにある、忘れられない言葉が私にはあるから
「ティエーラ・デ・プロミシオン」
意味はわからない
なんのことかもわからない
けど確かに忘れることなく頭にある
私にとっての目的…物語の前提…
きっと、過去を知った上で、この言葉は大きく関わっているのだろう
ダイニングの前につくと、甘い臭いと共に、パンの焼ける臭いがした
オースがひょっこり顔をだす
彼はおはようとほほえむと、
「ちょうどよかったプラーミャ、バレーノを起こしてきてくれる?ハビアンによると鍛練場にも来てないらしいんだ」
と頼んできた
素直にうなずき、振り返ってバレーノの部屋へ向かう
私たちメディウムの隊員は、全員記憶があやふやだ
どれだけ鮮明かには個人差があるが、どんなに不鮮明な記憶でも、全員それぞれ1つだけ忘れない言葉がある
その内容も様々だ
大切な言葉、目的、感情…私のこれはなんだろう
バレーノもおそらく記憶がない
彼は物心つく頃から奴隷だと思っているが、多分それは無意識に刷り込んでしまった偽りの記憶だ
だからこそ、まだ彼には多くは教えられない
あまりに多くの情報を一度に与えることは、彼のためにはならない
まだ大したことを知らない彼の様子は、なにも見えない霧の中を模索するその様子は、どこか自分にも似ているところがあるような気がした
まっすぐに、真実を探そうとするその姿勢は、私には眩しく感じた
…それでいて、どこか悲しくも感じた
バレーノの部屋につき、ノックをする
返事はない
バレーノと呼んでも返事がないので、扉を開けた
バレーノはすでに起きていた
ベッドに上半身を起こした状態で宙を見つめている
なにをしているんだと言おうとしたが、その言葉が出ることはなかった
…バレーノは泣いていた
ただその目から大粒の涙が流れていた
「…バレーノ?」
絞り出してでた言葉は、それだけだった
ゆっくりとバレーノはこちらを見る
「俺は…俺には…なにもない」
バレーノはぽつりとそう言った
…言葉を返すことができなかった
「俺は…忘れたくないことまで忘れている。本当の記憶は全部真っ暗だった。今も思い出したはずなのに…また消えてしまった。なんでだ?なにをだ?そんな俺になんの意味がある?」
バレーノは続ける
その口調はどんどん強くなる
今にも押し潰されそうな彼を、私は黙って見つめるしかなかった
…あぁ、彼も気づいたんだ
何も知らないことの虚しさを
知りたいと願うのに、なにもできないはがゆさを―
第12話へ続く




