第8話
視点:バレーノ
レガトゥスの書斎を後にし、俺はハビアンと医務室に向かった
特に目立った傷はなかったが、一応手当てしろとのことだった
ハビアンは俺を気遣っているのか、一言も話さない
建物の静けさに呼応するように沈黙が続いた
医務室の扉を開けると、同時にオースが難しそうな顔をして出てきた
俺の方を見ると、無事で何よりと言わんばかりに優しくほほえむ
だがすぐ何かを考えこむような顔に戻り、そのまま医務室を後にした
開いたままの医務室からはふわりと薬品の臭いがする
中は明るく、広々とした部屋に並ぶ棚にはたくさんの薬品が置いてある
薬品の他に、見たこともない標本も見つけた
その更に奥には3つほどベッドがあり、右端のベッドにプラーミャが座っていた
オースに怒られでもしたのか、不機嫌そうに脚を揺らしている
ベッドがぎしぎしと音をたてる
プラーミャは俺の方をちらりと見て、すぐにぷいっと目をそらした
その腕には新しい布があてられている
…その小柄な体に不釣り合いなあの腕を思い出す
自らを人間ではないと彼女は言った
その言葉に抵抗は間違いなくあっただろう
申し訳なく思うが、言葉が喉の奥でつまる
俺に何が言えるのだろう―
俺は本当にこの人たちの仲間なのだろうか
俺に罰は見当たらない
そんな俺が、自らを人間じゃないと言った人に、なんて声をかければいい?
ハビアンに連れられ、俺は近くの椅子に座った
ハビアンは黙って俺の様子を見ている
と、次の瞬間、頭をがっしり捕まれ、強く揺さぶられた
「うわっ」
咄嗟に声が出る
それを見てハビアンはにっこり笑った
「しけた顔してんじゃねーぞバレーノ!元気出せ!」
髪をぐしゃっとされる
揺さぶられすぎてくらくらした
「げ、元気だよ…傷もないし、ちょっと叩きつけられた振動で動けなかっただけだし」
ハビアンはまた笑った
「やっぱお前も俺らと一緒なんだな!なんか安心したぜ」
「…え?」
戸惑う俺にハビアンはにっと笑いながら言う
「普通の人間は地面に強く叩きつけられたら骨の1本や2本は折れるぞ?」
「…あ」
そこで初めて気がついた
最初こそ衝撃で動けなかったが、今ではそれもなんともない
これが…普通じゃないってことなのか?
ハビアンは続ける
「俺らは人間じゃねーんだ。人間とはうって違うところがあちこちにある。人間はこんなに丈夫じゃないし回復もはやくない。その点俺らはアムンストの相手に適任なのさ」
気楽そうに話す彼を見ていると、むしろ今の状態を望んでいるようにとれる
「ハビアンは…今の状態に望んでなったの?」
俺がそう聞くと、ハビアンは目を丸くした
そしてまた笑った
「まさか。ここに望んで今の状態になったやつなんて誰もいねえよ。ただ今の状態を受け入れてるだけさ」
ハビアンは両手にはめられたグローブを取った
その手の平は黒い…宝石のような物体が埋め込まれてあり、その周囲は黒く変色し、赤い血管のようなものが浮き出ていた
硬いなにかで覆われてはいないものの、プラーミャやレガトゥスのものとは違った凄みがあった
俺がなにも言えないでいると、ハビアンは優しく笑う
「俺がなるべくしてこうなったなら、それを受け入れるまでさ」
優しく言うその言葉には、決意とも言える力強さがあった
ふとプラーミャのほうを見ると、彼女は無表情のまま黙ってその光景を見ていた
これがハビアンの罰…
短く刈り上げられたブロンズの髪に、まっすぐな茶色い瞳のその男をじっと見つめる
彼が自らのこの姿を受け入れるのに、どれ程の時間が必要だったのだろうか―
そしてふと疑問が浮かんだ
罰ということは、ハビアンもプラーミャもなにか罪を犯したのだろうか
プラーミャは確かにアムンストを瞬き1つせず殺してはいるが、なにか罪を犯したようには見えない
ハビアンも見た目は確かに怖いが、なにか罪を犯すような人には見えない。
彼らは一体何をしたんだ…?
そして再び先ほどの疑問が浮かぶ
じゃあ…俺はなんなんだ?
俺には彼らのように罰がない
だがレガトゥスが自分の力を使って俺を見つけ、実際に彼らと同じように体が丈夫なのだから、俺は彼らと同じ人間ではないなにかで間違いはないのだろう
なら俺にはなぜ罰がない?
なぜ彼らとは違うんだ?
…わからない
俺はなんなんだ?
俺は…なんのためにいるんだ?
浮かない顔をしていたのだろう、ハビアンがうつむく俺をじっと見つめ、突然また俺の頭を掴み、揺さぶった
そして大きな声で言った
「あんま考えすぎるなよバレーノ!ほら、元気出せ!俺らだってまだ俺らのこと全然わかってないんだ。だからゆっくりいこうぜ?」
慌ててハビアンのほうを見ると、ハビアンは明るく、にっと笑った
…つられて俺も笑顔になった
そうか、焦る必要はないのか
この人たちとゆっくり知っていけばいいのか
俺のことも、約束のことも―
頭が少しすっきりした気がした
俺はプラーミャのほうを向き、立ち上がった
プラーミャは表情こそ変わらないが、不思議そうに首をかしげて俺を見つめる
俺はまっすぐにプラーミャを見つめ、そして頭を下げた
「その…悪かった。怒鳴ったりして。腕…見せたくなかったよな」
顔を上げると、プラーミャは俺が謝ると思っていなかったのか、少し驚いたように目を丸くしていた
少しするとプラーミャはまた目をそらし、またベッドをぎしぎしと鳴らす
そしてぽつりと言った
「…別にいいよ。この腕、今は嫌いじゃないし」
それを聞いて少しほっとした
そして少し心が軽くなった
ゆっくりいこう…か
俺は今、少し進めたのだろうか
まだまだ何も見えない、何もわからない暗闇の中で、一歩進めたのだろうか―
第9話へ続く




