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結局、あちこちと歩き回ってはみたものの目ぼしい店は無く、ありきたりなファーストフードへと落ち着いた。
間食がしたい、と言っていた割に若菜のメニューが飲み物とスウィーツだけというのは、年頃の女の子らしいあらゆる条件との折り合いがあるのだろう、と1人壱は納得する。
「家、この辺なんだ?」
「言わなかったっけ?」
「うん。どの辺?」
「学校からかなり近いかねえ」
「いいな。朝ゆっくりだね」
「そうだね、それは本当に助かる。まあ、遊ぶとなったら電車使わないと学校に近くてアレだけど」
「あはは」
ポケットの中で鬱陶しかったので、携帯電話をテーブルへ放る。時刻は3時を過ぎた所だ。
店内も微妙な時間の所為か殆ど客の姿は無く、落ち着いた空気を醸し出している。若菜がストローでカップの中身をかき混ぜながら、口を開いた。
「今日、何してたの?」
「いや、ブラブラとあちこちを」
「若者らしくないね」
「若菜嬢は?」
「わたしは友達と服買いにね。夏物が出始めてるから」
口元を紙ナプキンで拭い、持っていた紙袋から、しっかりとした箱を取り出す。
「パンプスー。可愛いでしょ?」
「ああ、成る程。こういう趣味なのか」
「え、微妙な反応?」
「いやいや。若菜嬢の私服とか今日初めて見るしね」
言いながら、壱は改めて若菜を見渡すように体を引いた。
服装の落ち着いた配色はもとより、特筆すべきは飾り気無く下ろされた髪だった。普段のアップにまとめたスタイルも良いが、今の方が彼女には合っているような気がする。
「うむ」
「な、何の頷き?」
「いや、髪は下ろしたほうが良いと思うよ」
「そう?」
意外そうに呟き、若菜は落ち着き無く髪の毛を弄り始める。
「うん。普段の出来る女ぽさも捨て難いんだけどね。雰囲気とかからすると、今の方が「らしい」っていうか」
「そっか……結んだほうが可愛いかと思ってたのに」
「勿論若菜嬢が気に入ってるならそっちにすべきだけどさ」
「黒沢君はコッチのが好き?」
まじまじと顔を覗き込みながら、若菜は臆することなく言う。気圧され気味に、壱は頷いて見せた。
「趣味で言えばね」
「じゃ、今まで趣味じゃなかったんだね、わたし……」
「そういう返しか! いやいや、若菜嬢はいつだってどこだってドキドキプリティーガールじゃよ?」
「なんで老人調?」
「まあよ。下ろしてた方が可愛いぜ!」
無駄に親指を立てて捲くし立てると、若菜はポカンとしてから、ふにゃりと笑った。存外、表情の変化の激しい子ではある。
「ありがと」
「肝に銘じよ」
「あ、食べていいよ、このイチゴの部分」
「マジか」
「はい、あーん」
「お約束だよね」
「だよね」
通過儀礼を経てから壱はスプーンを受け取り、イチゴを食べる。甘さに悶えた。
そんな様子を、若菜は楽しそうに見やる。
「……楽しいかいお嬢ちゃん」
「うん」
「即答ときたか」
「黒沢君、あんまわたしの周りに居なかったタイプだから。次に何言うか楽しみで」
「ニュータイプだからね」
「あの、彼女とか居ないの?」
「居ないよ?」
「あれ……もうちょっとしどろもどろになるかと思ったのに」
「ぬるいね。俺を困らせたければ俺にすら予測不能なワードで会話をするぐらいの突飛な発言力が必要さ」
反射的に思い浮かんだ顔は可奈子だった。彼女の発言はどこかで必ず妙な場所から飛んでくるような所がある。
壱のアドバイスに、若菜は神妙に頷いた。
「なるほど」
「んで、そういう若菜嬢は居ないの、彼女」
「普通居ないよね」
「でも同性にモテるタイプと見た。しかも年下から」
「……」
「……マジで?」
「と、時々、凄い子が居てね」
「くくくくく詳しく」
「だ、だめだよ」
くらい付く壱に、若菜は顔を真っ赤にしながら慌てて両手を振る。
「そんなに凄いのか。性的な意味で」
「性的かどうかは置いておいて、うん。なんか、本気の子とか……」
「今夜は眠れねー!」
「あ、安眠してよ」
思わず立ち上がる壱を、周囲に気を配りながら若菜が確かめる。
極めて頭の悪い空間であった。
「まあいいや。じゃあ彼氏は?」
「あ、そんな気軽に……」
「彼氏ぐらい居るんでしょー?」
「い、居ないよ」
「じゃあ居た?」
「……」
そこまで切り込んでみると、若菜は目に見えて顔を曇らせた。そんなつもりが無かったと言えば嘘になるが、こうまで正反対な反応をされてしまうと、まずかったかとも思う。
だが覆水は盆に返らないものだった。
「誰かに、聞いたの?」
「うーん……風の噂で。風と語れるからね、俺は」
「ユキちゃん?」
「スルーしたね? いやいや、誰でもないよ。ホラ、俺君らの周りを探ってるから」
「探って……?」
「素直だな若菜嬢は。いや、探ってと言うと微妙だけど、元吹奏楽部の事とかもいくつか知っておかないとと思ってね。その折にさ」
ユキが言ったという事が知れれば、この2人の友情に問題が発生するかも知れない。或いは若菜は察しているのかも知れないが、決定的な言葉は避けておいた。
沈黙。若菜は、店に到着した時のような明るさを顔から消し、両手を膝の上に重ねてしまっているし、壱はといえばボケることすら許されない空気に焦りを覚える。
「えーと。やり辛いわけだよね、ともかく」
「……ん」
「解決したい?」
「むりだよ」
「どうして」
「わたし、バカだし」
「またすごい論理展開だな」
「ううん、ホントにそうなの。わたしがいけないから」
疲れたように笑い、若菜は顔を寄せてストローに口を付けた。落ちた肩が益々下がって痛ましい。
これ以上聞いて良いものかどうか、迷った。他人の色恋沙汰には手を出すなとは、兄の言葉である。至言にして金言であると、壱はそこそこに理解しているつもりだ。
だが、目の前の少女は、どこかそれを語りたいようにも見えた。勝手な推測かも知れないが、もしユキの言うように若菜が自分を信頼してくれているのなら、そういう事もあるかも知れない、と思う。
腕を組み、天井を見上げる。どうしたものか、と考え込もうとした瞬間、現実に引き戻された。
「聞きたい?」
「……事の顛末を?」
「うん」
「興味はあるけどね。振っといてなんだけど、話したくなければ全然良いよ」
「ん、黒沢君には、知ってて貰った方がいいかと思って」
そう言う彼女の目は、縋るようでもあった。こんな自分に縋ってどうするというのか。
そもそも、たかが転校生である黒沢壱という男子生徒に語る事でどうにかなるなら、疾うに問題は解決している筈なのである。
だが、若菜は語りたいと言った。それは、効果を無視して、単純に嬉しい事でもある。
「じゃ、聴かせて貰おうかな」
「……ありがとう」
「いいえ」
気楽に、という意味をこめて、ふざけ半分に壱は首を振ってやる。そうすると、若菜の表情もいくらかはくだけた物に戻った。
また暫く黙り、若菜はうんと呟いて、顔を上げる。
「相良君ていうんだけど。名前、知ってる?」
「知らないな」
「元吹奏楽部でね。それはそれは、モテる人だったんだ」
「ほう」
「で、どうしてか知らないけど、わたしに付き合ってくれって」
どうしてか知らない、と挟む辺りが若菜らしいと思うが、或いはそれは嫌味にもなり得る事を理解しているのだろうか。
そんな心配は、次の言葉で「NO」と出る。
「でも、他の部員の子とかも、相良君好きな子が居てね? だから、なんか、悪いと思って」
「……」
「けど相良君は、何度かそうやって付き合ってくれって言ってくれて……でも断り続けて。そしたら、周りの子達が噂するようになっちゃった」
「噂?」
「何勘違いしてるんだろう、とか。弄んでるんでしょ、とか」
「ばか?」
「ぇえ?」
壱の随分な物言いに、若菜は急制動をかけられたかの如くおかしな声を出した。
だが、壱の感想は変わらない。馬鹿か、である。そんな愚にも付かないやっかみ、面白すぎてアルバムに残してしまいそうだった。
だが、時に女性はそういう部分を持つというのも、兄の言葉だったと思い出した。理屈通りの考え方ばかりが人間ではない、特に女性はそうなのだ、と笑ったあの大物の顔が、浮かんで消えた。
「いや、いいや。それで?」
「あ、うん。それで、そういうの、わたし全然駄目で……だから」
「付き合っちゃったと」
「……相良君は、すぐに気付いたけどね。わたしが、そういう声が嫌でOKしたって。馬鹿にしてるのか、って怒られもした」
「まあ、氏にとっちゃ侮辱以外の何物でもないもんな」
言うと、若菜はまた肩を落とす。悪いとは思いつつも、しかし事実は事実だった。自分が同じ立場になったとして、そうそういつも通りのテンションで切り抜けられるとは思えない。
また黙り込む若菜を見ながら、壱はふっと息を吐いて続けた。
「んで、別れたんだね?」
首肯。
なんとも雑な展開の仕方をしたものだった。若菜は決して頭が悪いのではないが、周囲からのプレッシャーにはとにかく弱いのだろう。演奏にしても、例えばユキのように自分を支えてくれる誰かが居て、初めて本来の力を発揮できる。
そういうタイプは、壱もよく目にした。どこにでも居る。彼女の場合は聊か度が過ぎるきらいがあったが、ともあれその人格を否定出来るものではないのだった。
「その相良氏の一派からの目は、大層ウザいもんだろうねぇ」
「ううん。わたしがいけないんだし」
「君が悪いから、蔑視を受け続けるの? なんか違うんじゃね?」
「え……」
「それ反省違う。お前悪い、だから謝る、皆許す。これ太陽の掟」
「な、なんでカタコトに……?」
思わずそんなおふざけを入れなければならないくらいに若菜の顔が暗かったのだが、それは置いておく。
「いやね。未だにそんなに根持ってるって事は、若菜嬢キチンと相良氏に謝ってないんじゃない?」
「……うん」
「駄目ね。どのみち相良ちゃんはもうあなたに気は無いんだろうし、ちゃちゃっと謝って完全に無関係になっちゃいなさいよ」
「こ、今度はおネエ言葉……?」
「いやまあ統括するとだな。相良もガキだけど、謝ってないってのはすげえ駄目だって。悪い事した自覚があるならちゃんと謝る。そんで許すかどうかは向こうが決める。許されなくても、謝る所まではするのが悪人の仕事なのさ」
「そう、だよね」
「そうそう。ごめんなさいの一言でいい。それでも「許さないもん!」とか言うんだったら向こうがガキすぎ。謝りもしないなら君がガキすぎ。オッケー?」
力を抜いて、そんな風に言って見せると、若菜はキョトンとして壱を見る。
「何意外そうな顔してるのさ」
「え、あ、ううん……謝らなきゃとは思ってたんだけど、そうやって声かけると、また駄目な気がしてたから」
「だからって、少なくとも卒業まで引き摺るよりはいいじゃない」
「うん」
「みっともない思いはもう相手にさせちゃったんだから。謝るぐらいでイーブンまでいけるならこんな簡単な事無いよ」
次第に、若菜の顔が明るくなっていくのが解った。
もしかしたら、こうして人に話すのも初めてなのではないかと思うと、恐縮すらしそうになる。
「若菜嬢は周りをすげえ気にするよね。それは大事だけど、たまには自分の意思を通さないと」
「あ、それ、苦手……」
「駄目。通せ。じゃないといつまでも外に理由を求める事になっちゃうぞ。今の話だって、「自分が悪い」は最後の最後。「自分が悪い」に至るまで、周りの人がうんたらかんたら言ってたじゃない。そんなの関係無いんだって。適当こいて付き合っちゃったのは柴崎若菜。でしょ?」
多少雑で辛辣かとは思ったが、若菜はそれでも眉を曇らせつつ、頷く。
「解ったら、時間見つけて謝ればいいと思うよ」
ちょっと溜息を交えつつ、壱は纏めた。若菜は、暫く俯き、そえから顔を上げて、笑う。
「うん。ありがとう、黒沢君」
「いや、偉そうな事並べ立ててゴメンね? 説教なんか出来る程俺だって人間出来てないのに」
「ううん。黒沢君、凄いと思う」
心底嬉しそうに、若菜は微笑んだままそんな事を言った。どういう顔をしていいのか解らずに髪をかくと、さらに笑って、最後に彼女は頭を下げた。




