尻下がり
更新遅れました。申し訳ありません。ちょっとリアル事情で、先月末が忙しかったのが原因です。来週からまた週1更新を目指してがんばります。
「は~い☆たのしい、チキチキ迷宮探索はっじまるよー♪」
わーぱちぱちぱちと答えてくれる人は誰もおらず、迷宮の前でポーズをとる徹には白い眼が向けられていた。
「ひくなよー。おっさんのガラスのハートが砕け散るよ?もうちょっと軽いノリで行こうぜ?」
「いや…トオルは朝から元気だな」
カシアがため息をつきながら、こめかみを押さえている。
「なに言ってんだよ。今日までずっと次の階層に潜るのを我慢していたんだぜ?いろんなものをためにためまくってきたんだぜ?もうやっちゃうしかないっしょ」
「もう、迷宮は遊びじゃないのよ?エッカルトもフィーネもがちがちに緊張しているじゃない」
緊張しているフィーネとエッカルトと対照的に、少ないながらも迷宮の奥まで潜った経験のあるカシアとコンラドは自然体でいた。
「だからさ、緊張をほぐそうとしてだな…」
「みごどにじっぱいじでっげどなー」
「に、人間だもの?」
「ごめん、その説明は意味わかんないわ」
「ですよねー」
「んじゃ、改めて荷物のチェックするぞー」
徹たちは、この日初めて迷宮の11層以降にもぐる。
これまでは10層で戦闘を繰り返し訓練していたが、それでも言って帰ってくるのに1日ほど時間をかけていた。
そのため、今日からの迷宮探索は1日以上の時間がかかると考え、簡単なキャンプセットを準備することになった。
そのために、徹以外はそれなりの荷物を持っている。
何の問題もなく持ち物チェックが終わると当然の疑問が出てきた。
「なんでカーマさんは手ぶらなんだ?」
「うん?手ブラはいいものだぞ?どこがって言われたら、あの隠しきれていないところだな!あと同じ色っていうのもいいな!手ブラを考えた人間は天才だ!」
「いや、何言ってるかわかんねーし。それに何も持ってないってだめでしょうが!」
「あ?あるぞ」
徹はそういうと、秘密基地の扉を開けて、入り口付近に置いてあった荷物を取り出して見せつけた。
もともと、『秘密基地』はそのような使用法はせず、神崎さんは『工房』のほうに、武器蔵や小物置き場を専用で作ってあり直接そこから出し入れしていた。
だが、徹にとっては、わりとオープンな『秘密基地』にアクセスするのは簡単だった。
だが、逆に徹底的に他者の侵入を排除する『工房』にアクセスするのは、正規の手順を踏んでいるといはいえ簡単なことではなかった。
具体的に言えば、アクセスするのに5分ほどかかる。
一瞬で、『工房』から武器や防具、ポーションに至るまで何でも出し入れしている神崎さんのことを知っているために、徹は自分がいまだ未熟であることを嫌でも思い知らされていた。
「はぁ…なんていうか。いまさらだけど、トオルは規格外ね」
カシアの一言は、ほかの全員の気持ちを完全に代弁していた。
そして、『便利を共有する』ということで徹が今後荷物持ち係を押し付けられたのは言うまでもない事だった。
「あーじゃあ、それでは11層に突入しますー」
迷宮にはいってから、だいたい半日ほどくらい時間がたった時に徹たちのパーティーは10層から下へ続く階段に到達していた。
ここに来るまでに、軽く戦闘をこなし、全員いい感じに体がほぐれてきている。
フィーネとエッカルトもまだ緊張を残しているが、迷宮に入る前ほどではない。
徹以外は。
「それじゃ気合い入れていきましょう。それじゃ荷物持ちさんよろしくね」
「とうとう11層ですね…緊張します…荷物持ちよろしくお願いします」
「うっし、じゃあカーマさん荷物持ちよろしく~」
「ガーマ大丈夫がー?」
それぞれ思いどおりに声をかけて階段を下りていく。
その後ろ姿に気負いは全くなかった。
ここまでの迷宮攻略において、徹は完全に空気になっていた。
戦闘は、コンラドとパワーアップしたエッカルトのコンビが前衛を完ぺきに務め、フィーネの魔術すらいらないくらいだった。
ここに徹の出る幕はない。
迷宮の道筋や索敵は、カシアの担当である。
索敵やマッピングするカシアの裏で、徹も神崎さんの残した魔術の妙技のおかげで強化された能力を持って、索敵やマッピングをしていたが、カシアの能力が完璧すぎて口出しする必要すらなかった。
そのために、ほかの4人と違って、いらない子扱いされているのであった。
「くそう!味方はコンラドだけか!」
徹が最後に遅れて階段を下りていくと先に降りていた4人は陣形を整えて待っていた。
「トオルはおそいよ。ほら、みんな待っているんだから」
「あいお。それで、この階層から出るモンスターって何かわかる?」
「ここは、両面宿儺と呼ばれているものよ。彼らは、顔が二つ、腕が四本、足が四本あるモンスターね。それと10層で出てきた化蛇も出てくるんじゃないかな」
カシアが歩きながら説明してくれた。
化陀とは、大蛇の背中にコウモリの翼があるようなモンスターだ。南米の神様であるケッアルコツァルのような爬虫類だった。
「手が4本あるのはわかるけど、足が4本て何?なんか意味あるの?ケンタウロスみたいに下半身馬とか?」
「いや…そんなことはない。足も人間のものだよ。それよりも、見た目がね…フィーネもエッカルトも覚悟しておいた方がいいかもしれない」
このとき、徹たちは、カシアの言った言葉の意味を半分も理解できてはいなかった。
「前方10メートル先の角を曲がったところにモンスター1。はぐれ者だとおもう」
索敵しながら11層を歩いていると、鋭くカシアがそう叫んだ。
その叫びに呼応するかのように、エッカルトとコンラドがカシアの前に躍り出た。
後ろでは、フィーネが弓を構える。
その隣で、徹が自然体で剣を握りしめ、不測の事態に対応しようと周囲に目を配らせていた。
徹たちパーティーが身構える中、通路の角からゆっくりとモンスターが姿を現した。
「あ…あれが…両面宿儺…」
フィーネが呟くようにいった。
その顔は真っ青に染まっている。
両面宿儺は、カシアが言うとおり顔が二つあった。
だがそれは首が二つあるのではなく首が1つに2つの頭部が後頭部で癒合しているかたちであった。
それだけではなく、胴体もまるで2人の人間が背中合わせにくっ付いているかのような様相である。
そんな、両面宿儺の口にはギャグボールがかまされ、常時よだれが垂れている。
両面宿儺が、4本のすべての手に長さ40cm程度の鈍器をもち、4本の足で器用に歩いてきていた。
「奇形か…?」
徹は両面宿儺の姿を見て、呻きながらこぼす。
「う゛…う゛げえ」
コンラドの隣をみれば、エッカルトが地面に手をつき激しく嘔吐している。
両面宿儺の見た目と臭気によってやられたのだろう。
そんなぐちゃぐちゃな徹たちの様子を好機と見たのか、両面宿儺は一気にスピードを上げ、迫ってきた。
(やばいな…)
徹は、現状を把握すると素早く行動した。
自分に身体強化の魔術をかけると、フィーネの頭を一撫でして、『大丈夫』と短く声をかけて微笑んだ。
そのあと、強化された体で一気に加速すると、胃の中身を殻にしてもまだ吐き続けているエッカルトの首根っこをつかむと、カシアの方に放り投げた。
「カシア!エッカルト君のことを頼む」
それだけ言うと、徹はコンラドの隣に立ち、両面宿儺を見据えながら、コンラドの腕を軽く叩いた。
「大丈夫だ。こっちは二人、やっこさんは一人さ。手が何本あろうと関係ない。的確に、慎重に、スピーディーに狩ろうぜ」
コンラドは、隣に徹がたつと、それまでエッカルトやフィーネのことで少し浮足立っていたが、落ち着きを取り戻し、目の前に両面宿儺に集中しだした。
気を取り直したコンラドは、迫ってくる両面宿儺に先制攻撃と、大槌の横殴りにときれいにスイングを決めた。
だが、両面宿儺はコンラドから見て中央にある、左腕と右腕で器用に大槌を上にはじきのけると、大槌の下をくぐり、コンラドに肉薄した。
大槌の利点は、その破壊力とリーチの長さだ。
それは、逆に言えば、それなりの攻撃をするためにはある程度の間合いがほしいということ。
懐に潜り込まれたコンラドは、完全に大槌のアドバンテージを失っていた。
だが、普段であれば、大槌の石突きを利用して接近戦もある程度できるのだが、あいにくと先ほどあまりにもきれいに攻撃を受け流されてしまった駄目に、体制が崩れてしまっている。
両面宿儺は、勝利を確信して鈍器をふるってコンラドを襲う。
その攻撃は、コンラドを襲うことはなかった。
後ろに控えていた、徹がその攻撃を許すはずもなく、コンラドに届く前に4本の腕をすべて、切り捨てていたためだった。
ゴンッゴンッゴンッゴンと鈍い音が4つほど聞こえる。
その時になって、両面宿儺も己の腕がないことに気づき、汚い絶叫を上げながら後ろへ下がった。
そこへ、体勢を立て直したコンラドの大槌が、大上段から襲いかかった。
その攻撃を、両面宿儺はきれいに頭部で受けたために、まるでスイカ割のように脳漿を飛び散らせて、動きを止めたのだった。
(胸糞悪い…)
徹は、両面宿儺の死骸を見ながら、勝利の余韻にも達成感も感じずにそう胸の中で毒づいた。
コンラドを伴って、徹はエッカルトとフィーネの様子を見に向かった。
コンラド曰く、両面宿儺からは魔石は出ないらしい。その上、特に金になる回収部位もない。
徹は目の前でずぶりずぶりと迷宮に両面宿儺が回収されていくのを見送るしかなった。
そこには、未だに青い顔をしたフィーネとエッカルトがおり、そのエッカルトの背中をカシアが心配そうにさすっていた。
「二人が落ち着くまで、休憩しよう。見張りは、俺とカシアでやる。キャンプの準備はコンラドと俺でやる」
比較的安全な場所に移動し、キャンプを張り、二人を休ませた。
徹は見張りを買って出ており、一人で少しキャンプから離れたところで、ボーット座っていた。
「気分はどう?大丈夫?」
そういって、温かいミルクを差し出してくれたのはカシアだった。
徹にミルクを渡すと、自分の分を取り出して隣に座った。
「すがすがしい気分って言ったらうそになるな。胸糞悪い。あんなのがいるなら先に行ってくれ。エッカルト君が危なかった」
「ごめんなさい。両面宿儺はみんなが通る通過儀礼みたいなものだったから、私もコンラドも何も言わなかったの。あれを見るとみんな気分が悪くなるんだよね。すごく臭いし」
「あれは、まっとうな生き物じゃないからな…」
「どういうこと?」
「あれは、生物的に異常だ。外形からの類推だが、中途半端にくっついた脳漿、二つあるだろう心臓と肺。だけど首は一つしかない。食道も1つしかない一方胃や腸といった消化器官は2つある。臀部は癒合していなかったから多分肛門も2つあるだろう。あと見ずらかったが可視粘膜がチアノーゼを起こしていた。あの構造では、呼吸もままならないだろう。あれが、生まれて成長したとは考えづらい。普通なら、成体になる前に死んでいるだろう」
「えっと…?し、心臓が2個あったら便利じゃない?一個つぶれても死ななそうだし」
「ないない。心臓ってそんな安い器官じゃないよ。一個でもつぶれたら大出血で死ぬのが落ちさ」
「でも、そんなこと言ったら、ここまで来るまでのモンスターでも変なものばっかだったじゃない」
「そうでもないよ。あいつらは、見た目は変だけど、それでも生物としての体裁は取っていたからね」
「むぅ…じゃあ、両面宿儺ってなんなの?」
「そうだね。ある程度育った人間を無理やり癒合させたって言われた方がしっくりくるかな。もしくは、培養層で、成体まで無理やり育てた?だから見た目のえぐさっていうか違和感みたいなものが、生理的に受け付けないのだと思うよ。フィーネちゃんもエッカルト君も結構感性豊かだから、余計につらかったんだろうね」
「そっか…あれもかわいそうな子なんだね…」
「でも、殺してあげる方がいいだろうね。あの状態ではどのみち長くは持たないよ」
「そうか…でも、この階層にはかなりの両面宿儺がいるよ。それだけ量産されているってこと?」
「俺の言っていることが正しければそうなるね。でも、ディーナシーって本当になんなんだろうね……」
その後、フィーネとエッカルトが落ち着いて、迷宮攻略を再開するまでに2時間ほどかかることとなった。
実は、並行して間章も書いていたのですが、間に合いませんでした。また、忘れたころに投稿すると思いまする。
あとエッカルト君が吐いていたのは、初めて死体を見て、吐き気がするのと同じ理論です。