ハァハァもっと俺を殴ってくれ
「カーマさん!いったいエッカルトになにを言ったのですか!」
フィーネちゃんの怒声が、ヴァニルクランの酒場に鳴り響いたのは、ちょうど太陽が正中に上った時だった。
徹もちょうどゾネの楽しい戦闘訓練でぼろぼろになった体を風呂で休めて、食事をしようと酒場に入ったところこのとである。
それまでやかましかった酒場が一気に静まり返っていた。
「いや、何をって。やっぱりパンツ穿いていた方がいいって話だよ?」
「そんな話ではありません!」
「ふむ。それじゃあ、あれか。エッカルト君と巨乳派か貧乳派について語ったことか。むしろ、乳を見る前にくびれを見ろとあれほど…」
「ふざけないでください!1週間前にみんなで潜ったときからエッカルトの様子が変なんです。休みの日だっていうのに一人で迷宮に潜ってぼろぼろになって帰ってくるし…昨日なんて骨折までしてたんですよ!」
「ほう…」
徹はエッカルトが一人で努力していることに感心し、同時にそこまで追い込まれていたことにあわれに思った。
「骨折か。大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないですよ!今うちのクランの人に頼んで部屋から出ないようにしてもらってます。寝てなきゃいけないのに、それでも迷宮に行こうとするから!」
「そかそか。それじゃあ、ちょいと治しに行ってやろうかね。おやっさーん、俺、昼飯いらないからー。よろしくー」
徹は厨房の方に向かって大声で、伝えると厨房の方からは、おやっさんの怒鳴り声が返ってきた。
なんだか、長いこと怒鳴っていたようだが、要約すると『さびしい』らしい。
「治せばいいって話じゃないんです!もうこんな危険なことをしないように反省してもらわないと!こんなことするならパーティーを組んだ意味がないじゃないですか!」
「あーっと、それはだな…」
徹が、フィーネに何かを言いかけた時に後ろからスッと入ってきたゾネによって止められた。
「なあ、ここはヴァニルクランの酒場なんだ。そういうことは、別のとこでやってくれないか?周りに迷惑だ」
ゾネの言うとおり、酒場の喧噪はなくなり、全員が徹たちを見ていた。
「すまん」
「ごめんなさい…」
フィーネはさっきまでの勢いを失ってうつむいてしまう。
「それじゃ、フィーネ。エッカルト君のところに行く途中でちょっと話をしようか」
「は、はい…」
徹は素直に謝って、フィーネを連れて酒場を出ることにした。
どのみち、エッカルトのところへは行くのだし、ゾネの言っていることは正しい。
徹がヴァニルクランに所属しているとはいえ、野良パーティーで起こった問題である以上ヴァニルクランの酒場に迷惑をかけるのは筋が通らない。
だが、徹たちが、酒場を出ようとしたところで、ゾネからまた声がかかった。
「嬢ちゃん。俺は、当事者でもないし、カーマからまた聞きしただけだがな。それでもわかる。カーマのこれからいうことは正しい。だから、ちゃんとよく聞いて、理解してやるんだ」
徹とフィーネはヴァニルクランから出ると無言で道を歩いていた。
「なあ、エッカルトは元気だったか?」
「さっき怪我をしているって言ったじゃないですか」
フィーネは驚いたように徹を見上げながら言った。
「そうじゃなくて、パーティーを組んでから元気だったかってこと」
「元気でしたよ」
「本当?いつものように元気いっぱいだった?何も心配なかった?」
「それは…」
黙って考え込むフィーネを後目に、徹はぼおっと考えていた。
(俺は、エッカルト君と同じように根拠のない自信をへし折られてから、自信を取り戻さないまま大人になった。その結果は、ただただ生きていただけ。社畜になって、結局は心が折れてしまった。幸いにも、ヴォルフによって、再び魔道書を与えられたからこそまた笑っていられる)
「初めてパーティーを組んだあの日から、だんだんと元気がなくなってきていました…」
フィーネは、顔を前方に向けて、ポツリポツリと思い出しながら話し始めた。
(いまも、こんな見ず知らずの場所で元気にしていられるのも、魔術師としての誇りと魔術を究めるという夢が俺を支えているからだ。そのために、今の俺は、日本にいたころには考えられないほど、精神的に充足している)
「ちょっと前は、声をかけてもあんまりちゃんと返してくれないこともありました」
(だからこそ思う。エッカルト君にはどんなに危険でも、命を掛け金にしても、誇れるものを―他人に誇れる自分を取り戻してほしいと)
「でも…1週間前から、急に元気になって」
一息おくとフィーネはそこで、徹を改めてにらんだ。
「元気になって、迷宮に一人で入るようになりました。怪我をして帰ってくるのもそれからです」
「そっか。フィーネちゃんは、エッカルト君にどうしてもらいたいの?」
「そんなの決まってます。あんな危険なことはやめてほしいんです」
「あんなって、何しているかわかっているの?」
「はい。エッカルトの後を付けて行ったのでわかってます」
エッカルトの後をつけていって、フィーネが見たものは、モンスターに囲まれながら、攻撃をよけ続ける姿だった。
あんなことをしていれば、命がいくつあっても足りない。
「それじゃ、エッカルト君のやってることはそんなに価値のないことなのかな?」
「そ、そんなこと言ったって、強くなるのは大事ですけど、死んじゃったら元も子もないじゃないですか!」
「そうだね」
「だったら…」
抗議の言葉をさえぎって、徹はつづけた。
「それは同時に、外は危険だから、家から出るなって言っているのとおんなじことなんだよ。極端な例だけどね」
「それは…」
フィーネは押し黙ったが、その顔には不満があふれていた。
「でもね。俺やゾネが言いたいことは、リスクマネージメントの話じゃないんだ。それよりももっと根源的な事。エッカルト君が今求めていることを、否定しないであげてほしいってことなんだ」
「でも、強くなるのなら、みんなで迷宮に潜っていれば、そのうち強くなれます。一人で…危険なことをする必要はないと思います」
「違うよ。強くなるのが目的じゃない。それは手段でしかないんだよ」
「えっ?じゃあ…なにを?」
意外な徹の言葉に、フィーネは一瞬呆けた。
「簡単な話さ。誇りと夢だよ。居場所というのかな?エッカルト君が、ここに居る意味。居場所。他人に必要とされること。何より、ここにいるのが自分でなければならないという自信。難しい言葉で言えば、アイデンティティを支えるバックボーンてとこかな」
「………」
黙り込むフィーネを見て、彼女が自分の言葉を理解しているのか徹には判断ができなかった。
「まあ、こんな臭い話をしたけれど、そんなものがなくなって人間は生きていけるんだよね。だって、人間は生まれながらにして生きる意味を持っている」
「それは?」
「種の保存だよ。三大欲求とはよく言ったものさ。食べること、寝ること、セックスすること。どれも、種の保存のための最低条件さ。生きて子供をつくる。わかりやすいね」
そこまでいうと、徹は立ち止まって、フィーネの方を向き、ポーションを1ダース取り出した。
「やっぱり、俺は、エッカルト君と会うのはやめておくよ。代わりに、これをフィーネちゃんに渡しておく。ちょうど12本。1ダースだね。なくなったらまた追加であげるから」
そういって、出されたポーションを、フィーネは黙って受け取った。
瓶に入った、透明な赤味がかった液体をフィーネは不思議そうに見つめていた。
「それは、ちぎれた腕さえもくっつけちゃうような不思議な薬。傷口にかけてもいいし、飲んでもどっちでも行けるよ。まあ尻穴から突っ込むのが一番いいんだけどね」
「こんな時までふざけないでください!」
(今回はほんとなんだけどなあ…)
「それで、この薬をエッカルト君にあげて、傷を治してあげるのもいい。迷宮に行かせたくないからこの薬を隠して、エッカルト君をベッドに縛り付けるでもいい。フィーネちゃんが正しいと思う方を選ぶといい」
「……はい」
「ただこれだけは、肝に銘じておくといいよ。もし、エッカルト君をベッドに縛り付けるなら、エッカルト君があきらめたなら、彼は二度と以前の様には笑わないよ」
徹は、最後通告のようにいって去って行った。
カーマさんはずるいです。
フィーネは、徹に脅されたように感じていた。
フィーネにとってエッカルトはとても大事な人。
この街、カーマインで生まれたときからそばにいた。一つ年上の男の子。
親同士が仲良しだったために、当たり前のように一緒にいて、一緒に育った。
いつごろ好きになったのかはわからないけど、好きかと聞かれれば好きだと自信を持って答えられる。
だけど、どれだけ好きかと聞かれれば、少し首をひねってしまう。
だけど、いなくなるなんて考えただけでも背筋がぞっとする。
そんなことを考えながら歩いていたフィーネは、知らず知らずのうちにクランにまでついていた。
そこでは、迷宮に行こうとしているエッカルトと引き留めようとする酒場の主人が争っていた。
「あ、フィーネ。どこ行ってたんだよ。あれ?それなに?」
「フィーネちゃん。いいところに帰ってきてくれた。エッカルトがどうしても迷宮に行くってきかないんだ。全く肋骨が折れてるってのに元気すぎるんだよ」
エッカルトに言われてフィーネは、手に持っていたポーションを抱きかかえた。
それはまるで、子供がいたずらを隠すようであった。
フィーネにしてみれば、無茶をさせないためにエッカルトにポーションを渡さないか、それとも、エッカルトの気持ちを汲んでポーションを渡すか決めかねているところに、核心を突かれたのだ。
動揺しない方がおかしい。
「あ…これは…えっと…その…」
「これは?」
エッカルトも酒場の主人もフィーネの様子がおかしいことに気づいて、心配げにちかよってくる。
この時に、フィーネも逃げ出せばよかったのだが、フィーネの頭の中には逃げるという思考がぽっかりと抜け落ちていた。
「カーマさんが、エッカルトにって…」
「えっ?おれに?」
エッカルトはそういうと、自然な動作でフィーネの抱えていたポーションを取り出した。
「あ…」
フィーネは反射的に手を出すが、明確な意志を持たないその行動は、何の意味を示さなかった。
「赤い液体?飲み物??いいや、とりあえず飲んでみよう」
フィーネがあわてている横で、エッカルトはポーションの瓶の口を開けると一気にそれを嚥下した。
「なにこれ、うま…」
ポーションの味に感動しているエッカルトの横で、フィーネはエッカルトの青かった顔色に朱が差し出してきていることをみてとっていた。
もともと、エッカルトは骨折とはいっても、肋骨の2本ほどにヒビが入っていただけなので、治癒が促進され、あっさりと治ったためだ。
しばらくして、エッカルト自身も、今までやせ我慢で耐えてきた胸の痛みが消えていることに気づいた。
「あれ?なおってる?」
「それは…カーマさんが、エッカルトのけがを治すためにくれたものだから…」
「ありがとう、フィーネ。俺のためにわざわざカーマさんからもらってきてくれたんだな!」
「そ、そういうわけじゃ…」
エッカルトは、ご機嫌でフィーネの手を握って小躍りする。
「よし、治ったんだからもう文句言わせないぜ。いいな?」
「あ、ああ。」
酒場の主人の許可をもらうと、エッカルトは装備を整えなおして喜んで、迷宮の方に駆けて行った。
取り残されたフィーネと酒場の主人は、その後ろ姿を呆然と見つめるしかない。
「なあ、よかったのか?」
「………」
酒場の主人の質問にフィーネは答えることができなかった。
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八方眼(Passive)
視界上昇
索敵範囲上昇
認識力上昇
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空蝉(Passive)
危機回避能力上昇
危機回避判断上昇
危機認知能力上昇
敏捷上昇
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超感覚的知覚(Passive)
予知能力
透視能力
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「かー、ぺっ」
フィーネが、ヴァニルクランに怒鳴り込んできてから1か月目。
自慢げに獲得したスキルを徹に見せつけるエッカルトに、徹は唾を吐いた。
「うお、きたねえ。なにするんすか!」
「いや、なんとなくむかついた。それよりも、エッカルト君。俺は、『心眼』を獲得するように言ったんだけど、なにこれ?」
「別にいいじゃないっすか。強いっすよ、これ?いいでしょう」
「なんだろう。激しく裏切られた気分だわ。せっかく俺が、ナイスで素敵な説得により、フィーネちゃんを説得してやったっていうのに!この仕打ち!ひどい!ひどいわ!」
「いや、意味わかんねーし。でも、あの薬にはお世話になりました。マジで感謝です.」
「くそおおおお。ぷじゃけんなあああああ」
こうして、エッカルトはその日から、コンラドと一緒に前衛として徹のパーティーで欠かせない役割を果たすようになるのだった。
エッカルト「いつから俺が、『心眼』を会得すると錯覚していた」
あ、ちなみにエッカルト君の修行風景は、全身に鎧を着こんで目隠しをして、モンスターに殴られてハァハァしているのを想像してもらえれば、大体あってます。




