第87話 次の波
フェルトハイムに、穏やかな日常が戻りつつあった。
市場には活気が戻り、通りには人の声が満ちる。まだ完全ではないが、それでも確かに町は立ち直り始めていた。人々の表情にも、少しずつ余裕が戻っている。
それは守り切った結果だった。
だが同時に——それは“一区切り”に過ぎないことも、レオは理解していた。
◇ ◇ ◇
議事館。
三国の代表が揃う場で、レオは静かに報告を終えた。
「フェルトハイムにおける一連の混乱は、海商ギルドの関与によるものと確認されました」
セルゲイが腕を組む。
「だが本体は残っている」
「はい」
レオは頷く。
今回潰したのは、あくまで一拠点。一つの指揮系統に過ぎない。
◇ ◇ ◇
アシュレイが口を開く。
「問題はここからですね」
「彼らは今回の失敗で引くような組織ではない」
むしろ、動きを変えてくる。
それは全員が理解していた。
◇ ◇ ◇
「次はどこだ」
セルゲイが問う。
レオは少しだけ考えた。
そして答える。
「フェルトハイムではない」
◇ ◇ ◇
その一言で、空気が変わる。
◇ ◇ ◇
「ここはもう、警戒されている。次は別の場所で均衡を崩すはずです」
◇ ◇ ◇
アシュレイが頷く。
「つまり、舞台は移る」
◇ ◇ ◇
レオは静かに言った。
「はい」
◇ ◇ ◇
その言葉は、新しい局面の始まりを意味していた。
◇ ◇ ◇
同じ頃。
フェルトハイムの港。
小さな船が、静かに出港していく。
特別なものではない。
どこにでもある交易船。
だが——。
◇ ◇ ◇
その中には、一人の男が乗っていた。
◇ ◇ ◇
黒い外套ではない。
だが、その目は同じだった。
◇ ◇ ◇
「……報告は届いた」
小さく呟く。
◇ ◇ ◇
「次は、失敗しない」
◇ ◇ ◇
その視線は、遠くの海へ向けられていた。
◇ ◇ ◇
夕方。
金獅子亭。
店内は、ほぼ以前の活気を取り戻していた。
客の笑い声が響き、料理の匂いが広がる。日常が、戻ってきている。
ガレスが満足そうに言う。
「やっと落ち着いたな」
ミレイも頷く。
「はい」
◇ ◇ ◇
そのとき、ルナがレオの隣に来た。
「ぱぱ」
「どうした?」
「どこかいくの?」
◇ ◇ ◇
レオは少しだけ驚く。
◇ ◇ ◇
「……どうしてそう思ったの?」
◇ ◇ ◇
ルナは少し考えてから言った。
「なんか、そんなかお」
◇ ◇ ◇
レオは苦笑する。
隠していたつもりだった。
だが、完全ではなかったらしい。
◇ ◇ ◇
「少しだけね」
◇ ◇ ◇
そう答えると、ルナは黙って頷いた。
何も言わない。
ただ、レオの服を少しだけ掴む。
◇ ◇ ◇
その手の温もりが、胸に残る。
◇ ◇ ◇
夜。
レオは再び議事館へ向かっていた。
フェルトハイムの灯りが、背後に広がる。
守った場所。
戻りつつある日常。
◇ ◇ ◇
だが、ここで終わりではない。
◇ ◇ ◇
均衡は、もっと広い場所で揺れている。
◇ ◇ ◇
「……行くか」
◇ ◇ ◇
小さく呟く。
◇ ◇ ◇
フェルトハイムの戦いは終わった。
そして物語は、次の舞台へと移る。
より大きく、より深い均衡の中へ。




