第85話 再び灯るもの
夜が明けるころ、フェルトハイムの空気は確かに変わっていた。
広場での出来事は、すでに町中に広がっている。黒い外套の男が捕らえられたこと、襲撃や扇動の裏に海商ギルドがいたこと、その中心にレオがいたこと。
人々はまだ戸惑っていた。
だが、昨日までとは違う。
視線に、明確な変化があった。
◇ ◇ ◇
市場は開かれていた。
以前と同じように、とまではいかない。それでも、止まってはいない。商人が声を上げ、客が足を止める。ぎこちないながらも、日常が戻ろうとしている。
その中で、レオは静かに歩いていた。
視線が向く。
だが、もう逸らされない。
そして——。
「……ありがとう」
小さな声。
通りすがりの老人だった。
レオは一瞬だけ立ち止まり、軽く頷いた。
それ以上の言葉は、必要なかった。
◇ ◇ ◇
議事館。
レオとエドワードは、報告をまとめていた。
「拘束した男から、いくつかの情報が引き出せています。完全ではありませんが、組織の構造は見え始めました」
エドワードが書類を整えながら言う。
「三国にも共有します」
レオは頷いた。
「これで、次は動ける」
守る段階は終わりつつある。
ここからは——排除の段階だ。
◇ ◇ ◇
「ただ」
エドワードが少し声を落とす。
「町の中には、まだ余波が残っています」
レオは視線を上げた。
「分かってる」
疑いは完全には消えていない。恐怖も、記憶も残っている。
壊れたものは、簡単には戻らない。
◇ ◇ ◇
金獅子亭。
昼の時間。
店内には、少しずつ客が戻ってきていた。
ガレスがカウンターに立ち、いつも通りの調子で声を上げる。
「ほら、空いてるぞ。座れ座れ」
その言葉に、客たちがわずかに笑う。
無理にではない。
自然に。
◇ ◇ ◇
ミレイは料理を運びながら、その様子を見ていた。
完全ではない。
だが確実に、戻り始めている。
そのとき、ルナが店の奥から顔を出す。
「まま」
「どうしたの?」
ルナは少し迷ってから、小さく言った。
「もう、こわくない?」
◇ ◇ ◇
ミレイは一瞬だけ言葉に詰まる。
そして、優しく抱き寄せた。
「大丈夫」
その言葉は、今度は少しだけ強かった。
◇ ◇ ◇
外。
レオは店の前に立ち、町を見ていた。
人の流れ。
声。
動き。
どれも、昨日とは違う。
◇ ◇ ◇
「……戻るな」
小さく呟く。
だがそれは、元に戻るという意味ではない。
◇ ◇ ◇
壊れた後の、新しい形。
◇ ◇ ◇
そのとき、ガレスが隣に来た。
「顔つき変わったな」
レオは少しだけ笑う。
「そう?」
「前より“町のやつ”って感じだ」
ガレスは肩をすくめる。
◇ ◇ ◇
レオは町を見る。
この場所。
この人たち。
守る対象ではなく——。
◇ ◇ ◇
共にあるもの。
◇ ◇ ◇
「……そうかも」
静かに答えた。
◇ ◇ ◇
フェルトハイムの均衡は、一度壊れた。
だがそれは、終わりではない。
◇ ◇ ◇
新しく組み直された均衡は、以前よりも強く、しなやかに形を持ち始めている。
◇ ◇ ◇
物語は、次の段階へと進む。
戦いは終わった。
だが——。
本当の意味での変化は、ここから始まる。




