第84話 均衡の終点
広場に吹く風が、わずかに変わった。
距離を取ったまま対峙する二人の間に、張り詰めた空気が沈む。互いに理解している。次で決まる、と。
レオは呼吸を整えた。視線は逸らさない。相手の動き、足の置き方、重心のわずかな揺れ。そのすべてを拾う。
対する黒い外套の男は、静かに構え直した。先ほどまでの余裕は消えている。だが焦りもない。ただ純粋に、勝つための形に入っていた。
◇ ◇ ◇
「最後だな」
男が言う。
レオは何も返さない。
言葉はもう必要ない。
次の一手で、すべてが決まる。
◇ ◇ ◇
同時に動いた。
距離が消える。
刃が交差する。
最初の一撃は、互いに完全に読んでいた。ぶつかり、弾き、流す。だが次の瞬間から、速度が一段階上がる。
男の連撃は鋭く、迷いがない。一直線に急所を狙い続ける。その圧力は強い。普通なら、守るだけで崩される。
だがレオは崩れない。
受けるのではなく、流す。防ぐのではなく、ずらす。力の向きを変え、相手の動きそのものを制御する。
◇ ◇ ◇
「綺麗だな」
男が言う。
「だが甘い」
次の一撃は、今までとは違った。
深い。
重い。
決めに来ている。
レオはそれを真正面で受けない。半歩引き、体を捻り、軌道を外す。だが完全には避けきれない。
刃が肩をかすめる。
浅い。
だが確実な一撃。
◇ ◇ ◇
血が落ちる。
石畳に、赤い点が一つ。
◇ ◇ ◇
男が笑う。
「ほらな。守る動きは、最後に遅れる」
レオは一瞬だけ視線を落とし、すぐに戻す。
呼吸は乱れていない。
動きも変わらない。
◇ ◇ ◇
「守ってない」
静かに言う。
◇ ◇ ◇
男の目がわずかに揺れる。
◇ ◇ ◇
「終わらせに来てる」
◇ ◇ ◇
次の瞬間、レオが踏み込んだ。
初めての、完全な攻撃。
◇ ◇ ◇
速さではない。
読みでもない。
“確定”の動き。
◇ ◇ ◇
男の刃を外側へ流し、そのまま内側へ潜り込む。体勢を崩すのではなく、完全に軸を奪う位置取り。
逃げ場がない。
◇ ◇ ◇
男が反応する。
だが遅い。
◇ ◇ ◇
レオの一撃が、止まる。
喉元、数寸手前。
◇ ◇ ◇
完全な決着。
◇ ◇ ◇
沈黙が落ちる。
◇ ◇ ◇
男は動かない。
動けない。
わずかでも動けば、終わる。
◇ ◇ ◇
「……なぜ止めた」
低く問う。
◇ ◇ ◇
レオは答えた。
「終わらせるからだ」
◇ ◇ ◇
「ここで殺せば、また同じことが起きる」
◇ ◇ ◇
男は小さく笑った。
◇ ◇ ◇
「理想だな」
◇ ◇ ◇
レオは首を振る。
◇ ◇ ◇
「違う」
◇ ◇ ◇
「現実だ」
◇ ◇ ◇
その言葉に、男の目がわずかに細くなる。
◇ ◇ ◇
周囲から兵が近づく。
包囲は完全だった。
◇ ◇ ◇
男は抵抗しなかった。
ゆっくりと手を下ろす。
◇ ◇ ◇
「……面白い」
最後にそう言った。
◇ ◇ ◇
広場の空気が、少しずつ戻る。
張り詰めていたものが、ほどけていく。
◇ ◇ ◇
ガレスが外周から戻ってくる。
「終わったか」
レオは頷いた。
◇ ◇ ◇
完全ではない。
だが——。
確実に、一つの決着だった。
◇ ◇ ◇
フェルトハイムの均衡は、一度壊れた。
だが今——。
新しい形で、再び立ち上がろうとしている。
◇ ◇ ◇
夜は、静かだった。
今度は——。
本当の意味で。




