第83話 壊す者と守る者
刃と刃がぶつかる音が、夜の広場に鋭く響いた。
最初の一撃は探りだったが、次の瞬間には連続した攻防へと変わっていた。間合いは近く、互いの呼吸すら読める距離。速さも技量も拮抗しているが、戦い方はまったく違う。
レオは受け流す。力で押さえ込まず、軌道をずらし、崩しながら流れを制御する。対して黒い外套の男は、迷いなく急所を狙い続ける。無駄がなく、感情の揺れもない。戦いそのものが、ただの手段であるかのような動きだった。
◇ ◇ ◇
「守っているつもりか?」
男が踏み込みながら言う。刃が一直線にレオの喉元を狙う。
「その均衡とやらで」
レオは言葉を返さない。体をわずかに捻り、刃を紙一重で外すと、そのまま相手の腕の角度を変えて力を逃がす。反撃には出ない。まだ読む段階だ。
「人はそんなもので守れない。疑いは残るし、恐怖も消えない」
男の声は冷静だった。
「だから壊れる」
連撃が来る。速度が上がる。押し切る意思がはっきりと見える。
レオは一歩踏み込み、相手の軌道を外側へ誘導する。完全に防ぐのではなく、流して崩す。わずかに生まれた隙で距離を切る。
◇ ◇ ◇
「だから壊すのか」
レオが初めて口を開いた。
短い一言だったが、重みがあった。
男は笑う。
「違う。元から壊れるものを、早めているだけだ」
再び踏み込む。今度の一撃は鋭い。迷いがない。最短で急所を狙う。
レオはそれを受け流しながら、足の位置を変える。衝撃を逃がし、次の動きへ繋げる準備をする。
◇ ◇ ◇
「人は変わる」
レオが低く言う。
男の動きが、ほんの一瞬だけ止まる。
「壊れることもある。でも、それで終わりじゃない」
レオは一歩前に出る。
受けるだけだった動きが、変わる。
◇ ◇ ◇
踏み込む。
男の刃を外へ逸らし、そのまま間合いの内側へ入り込む。最短距離での打ち込み。速さではなく、位置で勝つ動きだった。
男がわずかに後退する。
初めて、明確に“下がった”。
◇ ◇ ◇
「……なるほど」
男は息を吐いた。
「守るだけじゃないか」
その目が細くなる。
「壊しに来ている」
レオは答えない。ただ構えを崩さず、相手の動きを見据える。
◇ ◇ ◇
広場の外周では、ガレスたちが状況を抑えていた。小競り合いは続いているが、大きな混乱には至っていない。兵の配置も維持され、逃げ道はほぼ塞がれている。
この戦いが終われば、すべてが決まる。
◇ ◇ ◇
男が再び動く。
今度は完全に本気だった。迷いも探りもない。一直線に間合いを詰め、連続で斬り込む。
レオは受ける。しかし、その受けは単なる防御ではない。流しながら位置を取る。足の置き方、体の向き、相手の重心——すべてを計算し、少しずつ主導権を奪っていく。
そして、わずかな隙が生まれる。
◇ ◇ ◇
レオは踏み込んだ。
男の腕の外側へ回り込み、軌道を完全に外す。そのまま体勢を崩し、押し切る。
鈍い音が響き、男が大きく後退する。
石畳を滑る音が、夜の広場に残った。
◇ ◇ ◇
距離が開く。
決定的ではない。
だが、流れは変わった。
◇ ◇ ◇
男は笑った。
今度ははっきりと。
「いいな」
低く言う。
「それでこそだ」
その目に、わずかな狂気が宿る。
「なら——壊しきってみろ」
◇ ◇ ◇
空気が再び張り詰める。
フェルトハイムの均衡は、この一点に収束していた。
守るか、壊れるかではない。
どちらの意思が、この町に残るか。
物語は、決着の直前へと踏み込んでいく。




