第82話 均衡の中心
広場の空気は、凍りついたように張り詰めていた。
遠巻きに人がいる。だが誰も近づかない。夜の灯りが揺れ、石畳に影を落とす。その中心で、レオと黒い外套の男は向かい合っていた。
互いに動かない。
だが、次の一歩で全てが変わると、誰もが感じていた。
◇ ◇ ◇
「終わらせると言ったな」
男が静かに口を開く。
「何を終わらせる? この町の混乱か、それとも——」
一瞬だけ間を置く。
「自分の立場か」
挑発ではない。事実の提示に近い声だった。
レオは揺れない。
「どっちでもいい」
短く言う。
「全部止める」
その言葉に、男はわずかに笑った。
◇ ◇ ◇
「できると思うか?」
問いは軽い。だが、その裏には確信がある。
「人はもう疑っている。信頼は壊れた。一度壊れたものは戻らない」
男はゆっくり歩き出す。
円を描くように距離を詰める。
「お前が何をしても、遅い」
◇ ◇ ◇
レオは一歩も動かない。
「戻すつもりはない」
静かに返す。
男の動きが一瞬止まる。
◇ ◇ ◇
「壊れたなら」
レオは続ける。
「作り直す」
◇ ◇ ◇
その言葉に、男の目が細くなる。
◇ ◇ ◇
「面白い」
低く言う。
「だが、理想だ」
次の瞬間、男の体が消えるように動いた。
◇ ◇ ◇
間合いが一気に詰まる。
刃が走る。
◇ ◇ ◇
レオは最小の動きでそれを受け流した。
衝撃を逃がし、足を半歩引く。反撃はしない。まずは読む。
男の動きは速い。無駄がない。だが、急いでもいない。
試している。
◇ ◇ ◇
「守る動きだな」
男が言う。
次の一撃が来る。
今度は低い位置から。足を狙う。
レオは体を捻り、刃を避けると同時に、相手の腕の軌道を外へずらす。
力ではない。
崩し。
◇ ◇ ◇
男がわずかに距離を取る。
初めて、完全に間合いが切れる。
◇ ◇ ◇
「なるほど」
男は小さく息を吐く。
「ただの理想家じゃない」
◇ ◇ ◇
レオは何も言わない。
呼吸を整える。
視線を外さない。
◇ ◇ ◇
そのとき、広場の外周で動きがあった。
ガレスと町の男たちが、騒ぎを抑えながら外周を固めている。兵も配置につき、逃げ道を塞いでいく。
戦いは、二人だけのものではない。
だが中心は——ここだ。
◇ ◇ ◇
「終わりにするって言ったな」
男が再び構える。
「なら、見せてみろ」
空気が変わる。
今度は本気だ。
◇ ◇ ◇
レオも一歩踏み出した。
迷いはない。
守るためではない。
終わらせるための動き。
◇ ◇ ◇
次の瞬間、二人の間合いが再び交差する。
刃と刃がぶつかる音が、夜の広場に響いた。
その音は、合図だった。
フェルトハイムの均衡を巡る戦いが、ついに決着へと動き出す。




