第79話 割れ目
フェルトハイムの朝は、静かすぎた。
市場は開いている。人もいる。だが、声が少ない。昨日まであった“迷いながらの会話”すら減り、代わりに生まれていたのは——距離だった。
互いに、踏み込まない。
関わらない。
それは平穏ではなく、分断の始まりだった。
◇ ◇ ◇
金獅子亭でも、その変化ははっきりしていた。
客は来る。だが席は離れ、視線も交わらない。会話は必要最低限で終わる。店としては成立しているが、町としては壊れ始めている。
ガレスが低く言う。
「昨日より悪いな」
ミレイは静かに頷いた。
「はい……」
昨日は疑いだった。
今日は、避けている。
それが一番、戻りにくい状態だった。
◇ ◇ ◇
議事館。
レオは報告を受けていた。
「小競り合いが増えています。直接的な暴力には至っていませんが、頻度が上がっている」
エドワードが淡々と言う。
「意図的ですね」
レオは短く答えた。
偶然ではない。流れが作られている。
◇ ◇ ◇
「止めますか?」
エドワードが聞く。
◇ ◇ ◇
レオは少し考えた。
そして首を振る。
「止めるだけじゃ足りない」
◇ ◇ ◇
「原因を引きずり出す」
◇ ◇ ◇
エドワードの目がわずかに細くなる。
方針は明確だった。
◇ ◇ ◇
一方、町の裏路地。
黒い外套の男は、静かに動いていた。
今度は直接壊さない。
人を使う。
◇ ◇ ◇
目をつけたのは、若い男だった。
最近の騒動で仕事を減らし、苛立ちを抱えている。
◇ ◇ ◇
「最近、厳しいだろう」
男は自然に声をかける。
若者は警戒しながらも頷く。
「まあな」
◇ ◇ ◇
「原因は分かってる」
◇ ◇ ◇
一言。
◇ ◇ ◇
若者の目が揺れる。
◇ ◇ ◇
「……王国の連中だろ」
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男は何も否定しない。
ただ、小さく笑った。
◇ ◇ ◇
「もし、それを証明できたら?」
◇ ◇ ◇
若者の呼吸が変わる。
◇ ◇ ◇
「証明……?」
◇ ◇ ◇
男は一枚の紙を差し出した。
簡単な地図と、時間。
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「今夜、ここに行け」
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若者はそれを受け取る。
迷いはあった。
だが、怒りの方が勝っていた。
◇ ◇ ◇
その様子を、少し離れた場所から見ている影があった。
レオだった。
◇ ◇ ◇
すべて見ていた。
◇ ◇ ◇
「……やっと出てきた」
小さく呟く。
◇ ◇ ◇
エドワードが隣で言う。
「利用していますね、人を」
◇ ◇ ◇
「だから捕まえる」
◇ ◇ ◇
レオの目が静かに鋭くなる。
◇ ◇ ◇
「現場で」
◇ ◇ ◇
夜。
指定された場所。
古い倉庫の裏。
若者は緊張しながら歩いていた。
周囲には誰もいない。
だが——。
◇ ◇ ◇
奥から音がする。
誰かがいる。
◇ ◇ ◇
若者は息を飲む。
そして、一歩踏み出した。
◇ ◇ ◇
その瞬間。
◇ ◇ ◇
「そこまでだ」
◇ ◇ ◇
レオの声。
◇ ◇ ◇
同時に、周囲から兵が現れる。
逃げ場はない。
◇ ◇ ◇
若者は動けなくなる。
◇ ◇ ◇
「……違う」
震えながら言う。
「俺は……」
◇ ◇ ◇
「分かってる」
レオは静かに言った。
◇ ◇ ◇
「利用された」
◇ ◇ ◇
若者の目が揺れる。
◇ ◇ ◇
「……あいつだ」
震える声。
◇ ◇ ◇
「黒い外套の男」
◇ ◇ ◇
レオは頷いた。
◇ ◇ ◇
証言が出た。
◇ ◇ ◇
そして同時に——。
◇ ◇ ◇
屋根の上。
黒い外套の男が、その様子を見ていた。
◇ ◇ ◇
「いい」
小さく笑う。
◇ ◇ ◇
「それでいい」
◇ ◇ ◇
その目は、まったく焦っていなかった。
◇ ◇ ◇
「次で終わりだ」
◇ ◇ ◇
フェルトハイムの均衡は、完全に限界へ近づいていた。
そして——。
決定的な一手が、すぐそこまで来ていた。




