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第229話 国民が選ぶ王子

王都へ戻る街道で。


 レオたちは、新たな異変を目にした。


「またある」


 ミレイが馬車の窓から外を見る。


 宿場の壁。


 街道沿いの掲示板。


 商店の入口。


 同じ紙が貼られている。


 そこには。


 三人の名前。


 レオン。


 ノア。


 オーウェン。


 そして。


 その下。


 あなたが「本物の王子」だと思う者を選べ。


「王都だけじゃないんだ」


「はい」


 レオが答えた。


「かなり広い範囲へ配られています」


 ガレスが紙を一枚剥がす。


「こんなもん、片っ端から剥がすか?」


「意味はないでしょう」


 リアムが答える。


「すでに読んだ人間がいる」


「新しい紙も貼られるでしょうし」


「じゃあ放置か?」


「いいえ」


 レオが言った。


「回収はします」


「ただし、目的は隠すためではありません」


「証拠として?」


「はい」


 紙。


 印刷。


 使われているインク。


 貼られた場所。


 時間。


 配った人物。


 調べられるものはある。


 ただ剥がして。


 なかったことにする。


 それこそ。


 白鴉の思う壺だった。


     ◇ ◇ ◇


 馬車へ戻る。


 オーウェンが。


 回収した紙を見ていた。


「俺が本物の王子ね」


「心当たりは?」


 ガレスが聞く。


「ない」


「本当に?」


「お前まで疑うな」


「確認だ」


「生まれた場所は?」


「北部の小さな町」


「両親は?」


「父は俺が七つの時に死んだ」


「母はその三年後」


「記録は?」


「あるはずだ」


「なら」


 レオが言った。


「確認しましょう」


「また俺が王子じゃない証拠集めか」


「必要です」


「分かってるよ」


 オーウェンは苦笑した。


「ここまで来たら徹底的にやれ」


     ◇ ◇ ◇


「でも」


 ミレイが紙を見る。


「これって三人とも同じ意味で『王子候補』にされてるわけじゃないよね」


「どういうことです」


「レオは」


 ミレイが指を一本立てる。


「今までレオン王子として生きてきた」


「はい」


「ノアは」


 二本目。


「本当はアデライド王女の息子だった」


「はい」


「オーウェンは」


 三本目。


「今になって突然、失われた第二王子だって言われ始めた」


「そうですね」


「全然違う」


 レオが少し考える。


「だから比較できる?」


「うん」


「同じ『王子』でも」


「何を信じるかで選ぶ相手が変わる」


 リアムが頷いた。


「レオン様を選ぶ者は」


「これまでの実績を重視するかもしれない」


「ノアを選ぶ者は血統」


「オーウェンを選ぶ者は」


「新しく出された証言や記録」


「つまり」


 レオが呟く。


「何を根拠に人が現実を選ぶか」


「そこまで観察している」


     ◇ ◇ ◇


 クララが。


 静かに口を開いた。


「エリアスらしい」


 全員が見る。


「昔」


「彼はよく言っていました」


「人は真実を知りたいのではない」


「自分が納得できる説明を欲しがるのだ、と」


「嫌なこと言う人だね」


 ミレイが言った。


「当時は」


 クララが答える。


「ここまで歪んではいませんでした」


「何が変えたんでしょう」


 レオが尋ねる。


「分かりません」


「ですが」


「自分が王族の血を引いているのに」


「存在しない者として扱われたこと」


「それだけが理由とは思えません」


「他にも何かあった?」


「おそらく」


「それが」


 クララは窓の外を見る。


「リーベル村なのかもしれません」


     ◇ ◇ ◇


 夕方。


 王都が見えた。


 だが。


 門へ近づく前から。


 異常は分かった。


 人が多い。


 城門前に。


 普段より遥かに多くの人々が集まっている。


「何だ?」


 ガレスが身を乗り出す。


 声が聞こえる。


「レオン殿下が戻ったぞ!」


「本物か!?」


「ノアを出せ!」


「オーウェンもいるって!」


「三人を並べろ!」


 ミレイの顔が強張った。


「もうこんなに」


「紙だけではありませんね」


 リアムが言う。


「噂が噂を呼んでいます」


     ◇ ◇ ◇


 近衛が道を開ける。


「殿下!」


 王都側の隊長が駆け寄ってきた。


「中央門は危険です」


「別門から王宮へ」


「暴動ですか」


「まだそこまでは」


「ですが」


「三人の王子について」


「市民の間で議論が過熱しています」


「議論?」


「賭けまで始まっています」


「賭け!?」


 ミレイが声を上げる。


「誰が本物かで?」


「はい」


 レオの表情が険しくなる。


 白鴉にとっては。


 理想的な状況だった。


 人々が自発的に。


 三人を比較し。


 噂を集め。


 自分の答えを決める。


     ◇ ◇ ◇


「別門へ」


 リアムが言う。


 だが。


 レオはすぐには頷かなかった。


「レオ?」


「ここで隠れて入れば」


「どう見えるでしょう」


「偽物だから逃げた?」


 ミレイが言う。


「そう使われる可能性があります」


「じゃあ正面から?」


「はい」


「危険です」


 リアムが止める。


「分かっています」


「でも」


 レオは城門前を見る。


「私は今まで」


「レオン王子として彼らの前に立ってきました」


「それを」


「紙一枚で突然やめるつもりはありません」


     ◇ ◇ ◇


 馬車が止まる。


 レオが降りた。


 歓声ではない。


 怒号。


 質問。


「本当にレオン殿下なのか!」


「偽物だって話は!」


「ノアが本物なんだろ!」


「オーウェンが第二王子だって証人がいるぞ!」


 レオは。


 近衛に囲まれながら前へ出た。


「皆さん」


 声を張る。


 少しずつ。


 周囲が静まる。


「出回っている文書について」


「私は把握しています」


「じゃあ偽物なのか!」


 一人が叫ぶ。


「その質問へ」


 レオは答えた。


「今ここで」


「都合のいい部分だけ切り取って答えるつもりはありません」


 ざわめき。


「逃げるのか!」


「違います」


「確認できた事実を」


「証拠とともに公表します」


「いつだ!」


「可能な限り早く」


「それまで待てっていうのか!」


「はい」


 レオは。


 はっきり答えた。


     ◇ ◇ ◇


「ですが」


 続ける。


「一つだけ」


「今この場で言えます」


 人々が見る。


「街に貼られている」


「『本物の王子を選べ』という紙」


「それは王宮が出したものではありません」


「では誰が!」


「調査中です」


「またそれか!」


「はい」


 レオは否定しなかった。


「分からないものを」


「分かったとは言いません」


 その言葉に。


 一瞬。


 声が弱まる。


「だから皆さんにも」


「一つだけお願いがあります」


「何だ!」


「今聞いた話だけで」


「誰かを敵にしないでください」


     ◇ ◇ ◇


「ノアが王子なら」


「私が敵になるわけではありません」


「オーウェンが何者であっても」


「それだけで彼を敵と決める理由はありません」


「でも王子は一人だろ!」


 別の男が叫ぶ。


「いいえ」


 レオが答える。


「王子という立場の人間が」


「一人しか存在できないわけではありません」


 ざわめき。


「問題は」


「誰が誰なのか」


「それだけです」


「誰か一人を本物にするために」


「他の誰かを偽物として憎む必要はありません」


     ◇ ◇ ◇


 ミレイは。


 馬車のそばから。


 レオを見ていた。


 完璧王子。


 昔なら。


 もっと綺麗な答えを言っただろう。


 誰も不安にさせない。


 完璧な笑顔。


 完璧な言葉。


 だが。


 今のレオは。


 分からないことを。


 分からないと言った。


 それでいい。


 ミレイには。


 そう思えた。


     ◇ ◇ ◇


 王宮へ入る。


 セドリック王。


 グレイストーン公爵。


 そして。


 ノアが待っていた。


「戻ったか」


 セドリックが言う。


「はい」


 レオが頭を下げる。


 その横。


 ノアが。


 オーウェンを見る。


「あなたが」


「オーウェン?」


「そうだ」


「失われた第二王子?」


「違う」


「即答ですね」


「俺までその気になったら」


「話が余計ややこしくなる」


 ノアが。


 少しだけ笑った。


「同感です」


     ◇ ◇ ◇


「陛下」


 レオが言う。


「クララ・ウェルズを連れてきました」


 セドリックの顔が変わった。


「クララ?」


 女性が前へ出る。


「お久しゅうございます」


「……生きていたのか」


「はい」


「アデライドの」


 セドリックの声が止まる。


 クララは。


 静かに頭を下げた。


「陛下」


「お話ししなければならないことがあります」


「何だ」


「先王について」


 そして。


「エリアス・ヴァレンについてです」


 セドリックの表情には。


 何の反応もなかった。


「誰だ?」


 クララが。


 僅かに目を伏せる。


「やはり」


「ご存じないのですね」


     ◇ ◇ ◇


 クララは説明した。


 先王の庶子。


 公式記録には存在しない子。


 王宮の外で育てられた。


 エリアス・ヴァレン。


 セドリックの異母兄弟。


 話が進むにつれ。


 王の顔から。


 血の気が引いていった。


「父に」


「もう一人の子が?」


「はい」


「証拠は」


「現時点では」


 クララが答える。


「先王の私信を直接提示することはできません」


「所在が分からないためです」


「なら」


「断定はできない」


「はい」


 レオが言った。


「だから」


「エリアスが陛下の異母兄弟であるという話も」


「現時点では証言です」


 セドリックがレオを見る。


「お前は」


「自分に都合のいい話でも疑うのだな」


「今まで散々」


「それで痛い目を見ましたから」


     ◇ ◇ ◇


「それで」


 グレイストーンが尋ねる。


「リーベル村については?」


 エドガーの帳面。


 地図。


 最初の観察室。


 すべて説明する。


「行くのか」


 セドリックが聞いた。


「はい」


「いつ」


「できるだけ早く」


「その前に」


 レオが言う。


「王都の混乱を最低限抑えます」


「どうやって?」


「三人で話します」


 セドリックが眉を寄せる。


「三人?」


「私」


「ノア」


「オーウェン」


 オーウェンが嫌そうな顔をする。


「やっぱり俺もか」


「当然です」


     ◇ ◇ ◇


「三人で何を言う?」


 グレイストーンが尋ねる。


「分かっている事実だけを」


「レオ」


 ミレイが言った。


「自分のことも?」


 部屋が静かになる。


 レオが。


 ミレイを見る。


 そこが。


 避けられない問題だった。


 レオは。


 本来のレオン王子ではない。


 王子の身代わりとして。


 その名を与えられ。


 育てられた。


 白鴉は。


 すでにそれを市民へ流している。


「はい」


 レオが答えた。


「話します」


「全部?」


「話せる範囲は」


「でも」


 セドリックが立ち上がった。


「待て」


「陛下」


「それを公にすれば」


「お前は」


 王が言葉を失う。


 レオが。


 静かに続きを言った。


「王子ではいられなくなるかもしれない」


「分かっています」


     ◇ ◇ ◇


「それでもか」


「はい」


「なぜ」


「隠せないからではありません」


 レオは答えた。


「隠さないと決めたからです」


 完璧王子。


 作られた名前。


 作られた立場。


 ずっと。


 誰かが決めたレオンを演じてきた。


 そして今度は。


 エリアスが。


 その事実を使って。


 国民に。


 レオが何者なのかを決めさせようとしている。


「私が何者なのか」


 レオが言う。


「白鴉に決めさせるつもりはありません」


     ◇ ◇ ◇


「レオ」


 ミレイが呼ぶ。


「はい」


「怖い?」


 王の前。


 公爵の前。


 皆がいる。


 それでも。


 レオは。


 昔のように笑わなかった。


「怖いです」


「うん」


「ものすごく」


「うん」


「全部失うかもしれない」


「うん」


「それでも」


 ミレイが言った。


「レオはレオでしょ」


 レオが。


 目を閉じる。


「はい」


 それだけは。


 誰にも選ばせない。


     ◇ ◇ ◇


 翌朝。


 王都中央広場。


 王宮から正式な告知が出された。


 レオン王子。


 ノア・ハーディング。


 オーウェン・クロフォード。


 三名が、市民の前で現在確認されている事実について説明する。


 その知らせは。


 瞬く間に王都へ広がった。


 人々が。


 広場へ集まり始める。


 そして。


 その群衆の中には。


 小さな帳面を持った者たちが。


 何人も紛れていた。


 広場を囲む建物。


 窓。


 路地。


 屋根の下。


 それぞれが。


 人々の反応を書き留めている。


 レオン支持。


 ノア支持。


 オーウェン支持。


 だが。


 その下には。


 もう一つ。


 別の項目があった。


 誰も選ばない。


 白鴉は。


 それすら。


 観察していた。

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