第226話 証言を失わせる
王都から届いた急使の文書を前に、レオたちはしばらく黙っていた。
第四観察、第一段階終了。
次は、証言を失わせる。
オーウェン。
帳簿では――証言。
「つまり」
ミレイが言う。
「次に狙われるのは、オーウェン本人?」
「そうとは限りません」
レオは答えた。
「『証言を失わせる』だけなら、本人を殺す必要はありません」
「記憶を壊す」
「信用を失わせる」
「証言そのものを偽物扱いさせる」
リアムも続ける。
「あるいは、別の証言を大量に出して埋もれさせる」
「またMIREIか」
ガレスが顔をしかめた。
「可能性は高いです」
◇ ◇ ◇
問題は。
王都へ戻るか。
フェルトハイムへ残るか。
再び。
選択を迫られる。
「レオ」
ミレイが先に言った。
「今度はどうする?」
「まず」
レオは封書を見る。
「オーウェンが本当に王都を離れたのか確認します」
「消えたって書いてあるよ」
「治療室から姿を消したことは確認されています」
「でも、王都から出たとは限りません」
リアムが頷く。
「王宮内に隠されている可能性も」
「近衛の別施設へ移された可能性もある」
「本人が自力で逃げた可能性も」
「だから」
レオは言った。
「戻るかどうかを決めるのは、その後です」
◇ ◇ ◇
その間。
フェルトハイム側でも。
やるべきことが残っている。
「まず子供たちを」
ミレイが言う。
「今夜はどうする?」
「避難先のままです」
レオは即答した。
「自宅へ戻すのはまだ危険です」
「私たちは?」
「市政局に近い宿舎へ移ります」
「屋敷じゃなくて?」
「はい」
「場所が知られている」
「それに」
レオは少し苦笑した。
「また窓を割られたくありません」
「そこ?」
「そこもです」
◇ ◇ ◇
セリーヌも。
今夜は一人にしない。
「私、子供たちのところへ行く」
セリーヌが言った。
「いいの?」
ミレイが尋ねる。
「うん」
「ルナちゃんとソラくんも怖かったでしょ」
「私も」
セリーヌは少し笑う。
「誰かと一緒の方がいい」
ガレスが腕を組む。
「その方がいいな」
「ただし」
レオが言う。
「移動は護衛付きで」
「はいはい」
「知らない人に呼ばれてもついていかない」
「……それ、今言う?」
「今だから言います」
「もう十分反省してるよ!」
ミレイが横から。
「もっと反省して」
「ミレイまで!?」
◇ ◇ ◇
夜。
王都から二通目の報告が届いた。
今度はグレイストーン本人の筆跡。
内容は詳細だった。
オーウェンが最後に確認されたのは。
深夜。
治療室。
医師が薬を確認した時。
その半刻後。
近衛の交代。
次の見回り時には。
寝台は空。
窓。
閉まっていた。
扉。
見張りがいた。
「じゃあ、どうやって出たの?」
ミレイが尋ねる。
「裏口?」
「治療室に裏口はないそうです」
「隠し通路?」
ガレスが言う。
「王宮ならありそうだけど」
「確認したそうですが、見つかっていません」
「なら」
リアムが文書を見る。
「見張りが通した?」
「可能性があります」
「でも見張り本人は?」
「覚えていないと」
全員が止まった。
「覚えてない?」
ヴィクターがいれば。
きっと反応していただろう。
「詳しく」
レオが続きを読む。
見張りは。
交代まで。
扉の前に立っていた記憶がある。
誰も通していない。
だが。
交代した近衛は。
前任者が。
一度だけ治療室へ入ったと証言している。
「本人は覚えてない?」
「はい」
「何のために入ったかも?」
「記憶にない」
「白鴉の誘導?」
ミレイが言う。
「まだ断定できません」
だが。
嫌な一致だった。
◇ ◇ ◇
「薬を使われた可能性は?」
ガレスが尋ねる。
「医師が調べています」
「何か飲まされた?」
「現時点では不明です」
「ただ」
レオは続けた。
「交代後、その見張りの水筒から」
「微量の眠気を誘う薬草成分が見つかっています」
「完全に眠らせるほどじゃない?」
「はい」
「判断や記憶が曖昧になる程度」
マリアなら。
詳しく分かるはずだ。
「王都に残したの正解だったね」
ミレイが言う。
「はい」
「マリアさんに調べてもらえます」
◇ ◇ ◇
さらに。
オーウェンの寝台から。
別のものが見つかった。
一枚の紙。
私は、自分の言葉を信用できない。
「オーウェンの字?」
ミレイが尋ねる。
「筆跡は似ています」
「本人が書いた?」
「まだ分かりません」
「そこが狙いか」
ガレスが言う。
「証言を失わせる」
「自分自身に」
リアムが続ける。
「自分の証言を信用できないと思わせる」
ヴィクターと同じ。
自分の記憶。
自分の判断。
自分の言葉。
すべてを疑わせる。
◇ ◇ ◇
「でも」
ミレイが言う。
「オーウェンって、白鴉側にいた時期があるんだよね?」
「はい」
「なら」
「こういうやり方を知ってるんじゃない?」
「知っている可能性は高いです」
「それでも効く?」
レオは考える。
「効くと思います」
「どうして?」
「知っていても」
「自分の記憶に穴ができたら」
「怖いからです」
「正しいと分かっていても?」
「人は」
レオは言った。
「自分の中で起きたことだけは、完全に外から確認できません」
だから。
怖い。
◇ ◇ ◇
そこへ。
市政局の職員が入ってきた。
「殿下」
「何です」
「北門で、不審な紙が」
「また?」
「はい」
差し出された紙。
今度は。
短い。
証言は、二つあれば疑われる。
その下。
三つあれば、事実になる。
「……嫌な言い方」
ミレイが呟く。
「意味は?」
ガレスが尋ねる。
「オーウェンと矛盾する証言を」
リアムが答える。
「複数用意する?」
「可能性があります」
レオは紙を見つめた。
「王都で」
「すでに始まっているかもしれません」
◇ ◇ ◇
その予想は。
翌朝。
現実になった。
王都から。
三通目の急報。
「何です」
レオが読む。
表情が変わる。
「どうしたの?」
ミレイが尋ねる。
「証言者が出ました」
「誰の?」
「オーウェンの」
王都の男。
名は。
ロバート・ヘイル。
職業。
馬車商。
彼は。
オーウェンと三年前から面識があると証言した。
そして。
こう言った。
オーウェンは以前から、自分が王族かもしれないと話していた。
「嘘?」
「分かりません」
「でも広場では」
ミレイが言う。
「自分は王子じゃないって言ってた」
「だから矛盾します」
◇ ◇ ◇
二人目。
元宿屋の主人。
オーウェンが一年前に泊まった際。
夜。
酔った状態で。
王宮へ戻る時が来た。
そう呟いたと証言。
「出来すぎてる」
ガレスが言う。
「はい」
「でも」
リアムが言う。
「本人たちが嘘をついているとは限りません」
「記憶を書き換えられた?」
「そこまでは」
「いや」
レオが言う。
「もっと簡単です」
「別人をオーウェンだと思わせる?」
「はい」
「三年前や一年前の話なら」
「顔を正確に覚えていなくても不思議ではない」
「先に『あれはオーウェンだった』と言われれば」
「記憶は後から整う」
MIREI。
現実整合。
◇ ◇ ◇
三人目。
王宮の元文官。
彼は。
十七年前。
アデライド王女の子供について。
監察局から。
死亡ではなく、別名で保護された。
そう聞いたと証言。
「これ自体は」
ミレイが言う。
「本当じゃない?」
「一部は」
レオが答える。
「ですが」
「その文官は」
続きへ目を落とす。
「保護後の名前が」
一度止まる。
「オーウェン・クロフォードだったと」
部屋が静かになった。
◇ ◇ ◇
「三つ」
リアムが呟く。
紙に書かれていた。
証言は、二つあれば疑われる。
三つあれば、事実になる。
オーウェン本人は否定。
だが。
三人の他人が。
違う時期。
違う場所。
違う立場から。
彼が王族だと示す話をする。
「市民は」
ミレイが言う。
「どっちを信じるかな」
「分かりません」
「でも」
ガレスが答える。
「本人より三人の証言を信じる奴もいる」
「はい」
◇ ◇ ◇
「王都へ戻ります」
レオが言った。
「決めたの?」
ミレイが尋ねる。
「はい」
「理由は?」
「証言者を直接確認する必要があります」
「それと」
「オーウェンの行方」
「でもフェルトハイムは?」
「今すぐ離れるわけではありません」
「今日一日」
「市政局と自警団の体制を整えます」
「子供たちは?」
ミレイが聞く。
そこが。
一番重要だった。
「連れていきません」
「やっぱり?」
「はい」
「王都は今」
「王族騒動の中心です」
「子供たちを近づけたくない」
「じゃあここに?」
「フェルトハイムへ残します」
「でも」
ミレイの顔が曇る。
「また離れる」
「はい」
「安全は?」
「今の避難先を継続」
「場所を知る者は増やさない」
「さらに」
「ロイドと使用人頭」
「セリーヌにも」
レオがセリーヌを見る。
「お願いできますか」
「私?」
「子供たちのそばにいてください」
「もちろん」
「今度は知らない人についていかないでください」
「まだ言う!?」
「大事です」
◇ ◇ ◇
「ミレイ」
レオが見る。
「どうしますか」
「私?」
「王都へ」
「行く」
即答だった。
「いいのですか」
「子供たちと離れるのは嫌」
「でも」
「レオだけ行かせるのも嫌」
「それに」
少し間を置く。
「オーウェンのこと」
「私も最後まで見たい」
レオは頷いた。
「分かりました」
◇ ◇ ◇
昼。
市政局前。
レオは住民へ。
火災。
偽命令。
偽号外について。
確認できた事実だけを説明した。
穀物被害は約二割。
食料は補填可能。
復興特別税は存在しない。
領地放棄もない。
偽号外の出所は調査中。
「また王都へ行くのですか!」
一人の住民が叫んだ。
「はい」
「やっぱり逃げるんじゃ」
「戻ります」
レオは答えた。
「でも」
「今は王都で起きていることも」
「フェルトハイムへ繋がっています」
「だから行きます」
「証拠は?」
「今すぐ全部は見せられません」
「ですが」
「戻った後」
「公開できるものは公開します」
完全な納得は。
まだない。
それでも。
以前より。
人々の声は小さかった。
◇ ◇ ◇
夜。
レオとミレイは。
子供たちの避難先へ向かった。
ルナは。
寝る準備をしていた。
「また行くの?」
最初に言った。
ミレイが。
一瞬。
答えに詰まる。
「うん」
「やだ」
「……うん」
「母さまも?」
「行く」
「父さまも?」
「はい」
ルナの目に。
涙が溜まる。
「また?」
レオはしゃがんだ。
「またです」
「ごめんなさい」
「いつ帰る?」
「できるだけ早く」
「前も言った」
「はい」
「絶対って言って」
レオは。
少し迷った。
そして。
「帰ってきます」
「絶対?」
「絶対です」
◇ ◇ ◇
ソラは。
まだ状況を理解しきれていない。
「おとうしゃん」
「はい」
「おみやげ」
「何がいいですか」
「おかし」
「分かりました」
「いっぱい」
「それは母さまに聞いてください」
「レオ」
「何です」
「逃げたね」
「判断を委ねました」
「同じ」
ルナが少しだけ笑った。
それを見て。
レオも。
ほんの少し安心した。
◇ ◇ ◇
翌朝。
王都へ向け。
再び出発する。
レオ。
ミレイ。
ガレス。
リアム。
護衛。
フェルトハイムの城門を抜ける。
「今度は」
ミレイが言う。
「何を選ばされるんだろう」
「考えません」
「珍しい」
「敵の問題を先回りして解く必要はありません」
「来たら?」
「その時に考えます」
「保留?」
「合理的判断です」
「言い方変えただけじゃない?」
◇ ◇ ◇
王都へ近づくにつれ。
街道上。
妙な紙が増えた。
宿場。
掲示板。
壁。
木。
どれも。
同じ見出し。
消された王子は二人いる。
レオが。
馬車を止めさせた。
「二人?」
ミレイが読む。
本文。
一人は王宮に。
一人は王都の外に。
どちらが本物か、王家自身も知らない。
「また」
リアムが顔をしかめる。
「情報を混ぜ始めましたね」
「一人はノア?」
ミレイが言う。
「もう一人はオーウェン?」
「そう読ませたいのでしょう」
「でも」
レオは紙を見る。
「名前が書かれていない」
「つまり?」
「後から」
「誰でも当てはめられる」
王宮にいる。
ノア。
あるいは。
別の誰か。
王都の外にいる。
オーウェン。
あるいは。
別の誰か。
「白紙の見出しと同じ」
ミレイが言った。
「はい」
◇ ◇ ◇
その時。
後方から。
一騎の伝令。
「レオン殿下!」
「何です!」
「王都から!」
「グレイストーン公爵より!」
新しい封書。
レオが開く。
最初の一文。
オーウェンを発見。
「見つかった!」
ミレイが言う。
「どこ?」
レオは続きを読む。
そして。
表情を変えた。
「王都ではありません」
「じゃあ?」
「王都北西」
「廃教会です」
「生きてる?」
「はい」
「一人?」
レオは。
次の行を読む。
「……いいえ」
「誰と?」
レオは。
静かに答えた。
「クララ・ウェルズです」
全員が止まった。
アデライド王女の侍女。
対象017を。
ハーディング家へ預けた人物。
十七年間。
消息不明だった女性。
「生きてたの?」
ミレイが呟く。
「そう書いてあります」
「なぜオーウェンと?」
「分かりません」
さらに。
グレイストーンの文書には。
一つ。
重要なことが書かれていた。
クララは。
保護された直後。
こう証言したという。
観察者の正体を知っている。
レオの表情が変わる。
ついに。
十七年前と。
現在を繋ぐ人物が。
見つかった。
「急ぎます」
今度こそ。
観察者へ。
直接繋がる可能性があった。




