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第223話 切り離すということ

王宮へ戻る馬車の中。


 レオは一度もミレイから視線を外さなかった。


「……レオ」


「はい」


「見すぎ」


「見ていません」


「ずっと見てるよ」


「確認しているだけです」


「何を?」


「ミレイがいることを」


「それを見てるって言うんじゃない?」


 向かいに座るガレスが深く息を吐いた。


「お前ら、緊張感あるのかないのか分からんな」


「あります」


「あるよ」


「なら声を揃えるな」


 だが。


 レオが過敏になるのも無理はなかった。


 倉庫に残されていた言葉。


 基準点を切り離す。


 敵はミレイを狙っている。


 少なくとも。


 そう思わせようとしている。


「レオ様」


 リアムが帳簿を見ながら言った。


「一つだけ」


「何です」


「『切り離す』を、誘拐と決めつけない方がいいと思います」


 レオがリアムを見る。


「分かっています」


「本当に?」


「……半分くらいは」


「正直ですね」


「ミレイを物理的に連れ去る可能性はあります」


「ですが」


 レオは帳簿へ視線を落とした。


「白鴉がやってきたことを考えれば、それだけではない」


「うん」


 ミレイも頷く。


「私とレオを喧嘩させるとか?」


「それもあります」


「ミレイを疑わせる」


「ミレイに私を疑わせる」


「互いに近づけない状況を作る」


「あるいは」


 リアムが続けた。


「レオ様自身に、ミレイさんから離れることを選ばせる」


 レオの表情が変わった。


「それが一番、白鴉らしいですね」


 無理やり奪うのではない。


 本人に選ばせる。


 そして。


 その選択こそ正しいと思わせる。


     ◇ ◇ ◇


 王宮。


 倉庫から回収した物は、すべて一室へ運び込まれた。


 印刷済みの号外。


 白紙の見出し。


 帳簿。


 契約書。


 活字。


 そして。


 第四観察の開始を告げた紙。


 セドリック王。


 グレイストーン。


 アルバート伯爵。


 ノア。


 ヴィクター。


 マリア。


 全員が集まる。


「これが?」


 セドリック王が帳簿を見る。


「はい」


 レオが答えた。


「倉庫に残されていました」


「残されていた、か」


 グレイストーンが言う。


「見つけた、とは言わないんだな」


「見つけさせられた可能性がありますから」


「妥当だ」


 王が頁をめくる。


 そして。


 最後の記述で手を止めた。


 ミレイ――基準。


「これは」


 王がミレイを見る。


「お前を狙うという意味か」


「分かりません」


 ミレイ自身が答えた。


「誘拐かもしれないし」


「違うかもしれません」


 レオが横を見る。


「意外と冷静ですね」


「レオが私の分まで慌ててるから」


「慌てていません」


「馬車の中でずっと見てた」


「確認です」


「何の話だ」


 セドリック王が眉をひそめた。


「何でもありません」


 レオとミレイの声が重なった。


     ◇ ◇ ◇


「重要なのは」


 リアムが帳簿を指した。


「この記録を、どこまで信用するかです」


「敵の記録だぞ」


 ガレスが言う。


「全部嘘ってことか?」


「その可能性もあります」


「ですが、全部本当の可能性もある」


「一部だけ本当かもしれない」


 ミレイが言う。


「一番面倒なやつだね」


「はい」


「だから」


 レオは言った。


「この帳簿を行動の根拠にはしません」


「どういう意味だ」


 セドリック王が尋ねる。


「例えば」


「『ミレイが狙われているから、一室へ閉じ込めて守る』」


「それをした瞬間」


「私たちは敵が用意した情報によって行動を変えたことになります」


「でも危険なのは本当かもしれない」


 アルバート伯爵が言う。


「はい」


「だから普段以上の警戒はする」


「ただし」


「ミレイ本人の意思を無視して隔離はしません」


 ミレイが少し笑った。


「よかった」


「何です」


「絶対『部屋から出ないでください』って言うと思ってた」


「言いたいですよ」


「やっぱり」


「ものすごく言いたいです」


「でも言わない?」


「……努力します」


「そこは言い切ってよ」


     ◇ ◇ ◇


「もう一つ気になる」


 ノアが言った。


 全員が彼を見る。


「帳簿の分類です」


 セドリック――王。


 レオン――選択。


 ノア――血統。


 オーウェン――証言。


 アルバート――秘密。


 ヴィクター――疑念。


 マリア――過去。


 ミレイ――基準。


「これは役割ではないでしょうか」


「役割?」


「白鴉から見た」


 ノアは自分の名前を指す。


「私は血統」


「オーウェンは証言」


「マリアさんは過去」


「つまり」


「それぞれが持っているものを示している」


「なら俺は?」


 アルバート伯爵が尋ねる。


「秘密」


 ガレスが答えた。


「そのままだな」


「嬉しくないな」


「ヴィクターの疑念も分かる」


 リアムが言う。


「白鴉側にいた経験があり、記憶にも不確かな部分がある」


「では」


 セドリック王がレオを見る。


「レオンの『選択』とは何だ」


 誰もすぐには答えなかった。


「これまで」


 ミレイが言う。


「最後に決めてきたのがレオだからじゃない?」


「何を信じるか」


「誰を守るか」


「どこへ行くか」


「だから選択?」


「可能性はあります」


 リアムが頷く。


「白鴉はレオ様に選ばせたいのかもしれません」


「何を?」


 ミレイが尋ねる。


 リアムは。


 答えなかった。


     ◇ ◇ ◇


 その時。


 扉が叩かれた。


「入れ」


 セドリック王が答える。


 近衛が入ってきた。


「陛下」


「何だ」


「正門に使者が」


「どこからだ」


「フェルトハイムです」


 レオが立ち上がる。


「フェルトハイム?」


「はい」


「誰から?」


「市政局からの正式な急使です」


「内容は?」


 近衛が封書を差し出した。


「レオン殿下宛てです」


 レオは受け取る。


 封。


 市政局の印。


 見覚えのある正式なもの。


「開けないの?」


 ミレイが尋ねる。


「開けます」


 封を切る。


 中には一枚の文書。


 レオの表情が変わった。


「何が書いてある」


 セドリック王が尋ねる。


 レオは読む。


「フェルトハイムで」


 一度止まる。


「騒ぎが起きています」


「どんな?」


「私が」


 レオは紙を見つめた。


「領主として、住民へ新しい税を課す命令を出したことになっています」


「また偽命令?」


 ミレイが言う。


「はい」


「内容は?」


「復興特別税」


「一世帯につき、通常の三倍」


「三倍!?」


「当然、私は出していません」


 ガレスが顔をしかめる。


「誰がそんなもん信じる」


「正式な文書だったら?」


 ミレイが言う。


 部屋が静まる。


 そう。


 これまで何度も。


 偽の命令書は使われてきた。


「市政局は?」


 リアムが尋ねる。


「命令が偽物だと判断しています」


「なら訂正すれば」


「すでにしています」


「ですが」


 レオが続きを読む。


「住民の一部が、市政局の訂正こそ偽物だと主張している」


「……始まってるな」


 ガレスが呟いた。


 何を信じればいいか分からない状態。


 それが。


 フェルトハイムにも広がっている。


     ◇ ◇ ◇


「被害は?」


 レオが急使へ尋ねた。


「まだ大きな衝突はありません」


「ただ、市政局前に住民が集まり始めています」


「税の徴収は?」


「行われていません」


「偽命令を使って金を集めた者は?」


「現在確認中です」


「他には?」


 急使が一瞬迷った。


「殿下のお屋敷にも」


 レオとミレイの表情が同時に変わった。


「何がありました」


「侵入しようとした者がいたそうです」


 その瞬間。


「ルナとソラは!?」


 二人の声が重なった。


 急使が慌てて答える。


「ご無事です!」


 ミレイの肩から力が抜ける。


「……よかった」


 レオも小さく息を吐いた。


「本当に無事なのですか」


「はい」


「騒ぎが屋敷へ及んだ直後、使用人たちが裏手からお二人を避難させました」


「どこへ?」


「場所は書面には残しておりません」


「市政局の責任者と、護衛を担当した者だけが把握しています」


 レオはすぐ頷いた。


「それでいい」


「場所は伝令にも知らせないでください」


「はい」


「二人に怪我は?」


 ミレイが尋ねる。


「ありません」


「かなり驚いてはいるそうですが」


「現在は信頼できる者が付き添っています」


 ミレイは胸元へ手を当てた。


「ルナ……ソラ……」


 レオも目を閉じる。


 自分たちが王都にいる間。


 また子供たちへ危険が迫った。


 だが今回は。


 使用人と護衛が、先に動いてくれた。


「避難を判断した者は誰です」


 レオが尋ねる。


「屋敷の使用人頭です」


「戻ったら必ず礼を」


「承知しました」


     ◇ ◇ ◇


 だが。


 急使の表情は晴れなかった。


 レオが気づく。


「まだ何かあるのですね」


「はい」


「何です」


「お子様方は避難できました」


「使用人たちも、大半は無事です」


「ですが」


 急使は言葉を選ぶ。


「もう一人」


「屋敷にいた方が」


「誰です」


「村から訪ねてきていた」


「セリーヌさんです」


 ミレイが目を見開いた。


「セリーヌが?」


「なぜあの子が家に?」


「昨日、村からフェルトハイムへ来られたそうです」


「ミレイさんたちが長く戻っていないので、様子を見に来たと」


「それで?」


「騒ぎの最中に」


「姿が分からなくなりました」


「誘拐された?」


「まだ断定できません」


 レオが先に言う。


「目撃証言は?」


「詳しいことは現地で」


「ただ」


 急使はもう一枚の紙を差し出した。


「屋敷にこれが残されていました」


 レオが受け取る。


 そこには。


 たった一行。


 第一の代替基準点を確保。


「……代替?」


 ミレイが呟いた。


 レオの表情が険しくなる。


     ◇ ◇ ◇


「子供たちではなく」


 リアムが紙を見る。


「セリーヌさんを?」


「おそらく」


 ガレスが腕を組む。


「最初からセリーヌを狙ってたのか?」


「分かりません」


 レオはすぐ答えた。


「ですが」


 ミレイが言う。


「ルナとソラが避難したから」


「その場にいたセリーヌを代わりに?」


 誰もすぐには答えなかった。


 可能性はある。


 屋敷が襲われた。


 本来なら。


 レオとミレイにとって最も大切な存在である二人の子供を狙うこともできた。


 だが使用人たちが先に避難させた。


 その結果。


 敵が目的を変更した?


「代替という言葉は」


 リアムが慎重に言う。


「本来の対象が確保できなかった時に、別の対象を使うという意味にも読めます」


「でも」


 レオが言った。


「それも敵にそう考えさせられているだけかもしれません」


「じゃあ、どう考えるの?」


 ミレイが尋ねる。


「今ある事実だけです」


 レオは紙を置いた。


「ルナとソラは無事に避難」


「セリーヌは所在不明」


「そして、屋敷にこの紙が残された」


「それ以上は」


「現地で確認します」


     ◇ ◇ ◇


「レオン」


 セドリック王が言う。


「戻れ」


 レオは父を見る。


「フェルトハイムへ」


「お前が直接姿を見せれば、少なくとも混乱は収まりやすい」


「そうですね」


「明朝出ろ」


「護衛はこちらで」


「待って」


 ミレイが言った。


 全員が彼女を見る。


「何だ」


 王が尋ねる。


「これ」


 ミレイは帳簿を指した。


 第四観察――対象を分断する。


「タイミングが良すぎない?」


 誰も答えない。


「フェルトハイムで騒ぎが起きる」


「レオが行かなきゃいけなくなる」


「しかも」


 ミレイは急使の持ってきた紙を見る。


「子供たちが狙われたかもしれなくて」


「セリーヌまでいなくなった」


「そうしたら」


「私たちは絶対に戻る」


「はい」


 レオが答える。


「戻ること自体を、相手が予測している可能性は高いです」


「では行かない?」


「いいえ」


 即答だった。


「子供たちの安全を自分の目で確認したい」


 ミレイも頷く。


「私も」


「それに」


 レオは続けた。


「領主としてフェルトハイムの混乱を放置できません」


「敵がそれを予測していたとしても」


「行く理由が消えるわけではない」


     ◇ ◇ ◇


「問題は」


 セドリック王が言う。


「ミレイも連れていくのか」


 レオが黙る。


「王都も安全ではないが」


「移動中はさらに危険だ」


「帳簿には、ミレイが基準点だと書かれている」


「なら王宮に残した方が」


「それが『切り離す』になる」


 ミレイが言った。


「そうだね?」


 レオは答えなかった。


 帳簿。


 レオン――選択。


 ミレイ――基準。


 フェルトハイムへ戻る。


 ミレイを連れていく。


 残す。


 どちらを選んでも。


 敵が観察している気がする。


「私、行くよ」


 ミレイが言った。


「ミレイ」


「子供たちがいる」


 その一言で。


 レオは何も言えなくなった。


「無事だって聞いた」


「でも」


「自分の目で見たい」


「ルナもソラも、怖かったと思う」


「それにセリーヌも」


 ミレイは真っすぐレオを見る。


「私はフェルトハイムへ行きたい」


     ◇ ◇ ◇


 リアムが口を開いた。


「敵がどう考えているかを基準にしない方がいいでしょう」


「どういう意味だ」


 王が尋ねる。


「ミレイさんを残せば敵の思惑通りかもしれない」


「連れていっても思惑通りかもしれない」


「どちらでも同じ理屈が成立します」


「なら」


「本人たちの理由で決める」


 レオが言った。


「はい」


 リアムが頷く。


 レオはミレイを見る。


「敵の予告は関係なく」


「フェルトハイムへ戻りたいですか」


「うん」


「子供たちのところへ?」


「一番はそれ」


「セリーヌも?」


「もちろん」


 レオは目を閉じ。


 すぐ開く。


「分かりました」


「一緒に戻りましょう」


「うん」


「ただし」


「何?」


「絶対に一人にならない」


「はい」


「勝手に動かない」


「レオもね」


「……はい」


「今、間があった」


「ありません」


     ◇ ◇ ◇


「俺も行く」


 ガレスが言った。


「お願いします」


「リアムは?」


「同行します」


「ヴィクターは?」


 ヴィクターが自分から尋ねた。


 レオは少し考える。


「王都へ残ってください」


「理由は?」


「オーウェンが回復した時」


「エドガー・ロウや観察者について、さらに話を聞ける可能性があります」


「あなたなら、オーウェンの過去の言葉と照合できる」


「分かりました」


「マリアさんも?」


「私は残るよ」


 マリアが答えた。


「オーウェンの傷も気になる」


「それに王都の資料をまだ見終わってない」


「お願いします」


     ◇ ◇ ◇


 その夜。


 出発準備を終えた後。


 レオとミレイは王宮の客室にいた。


 ミレイは窓辺に立っている。


「ルナ」


 小さく呟く。


「ソラ」


 レオが後ろへ立つ。


「無事です」


「分かってる」


「でも」


「はい」


「怖かっただろうなって」


 レオも同じだった。


 ルナは。


 また両親がいない時に騒ぎへ巻き込まれた。


 ソラはまだ幼い。


 何が起きたかも理解できていないかもしれない。


「戻ったら」


 ミレイが言う。


「まず二人に会おう」


「はい」


「何より先に」


「もちろんです」


「それからセリーヌ」


「はい」


「絶対助ける」


「必ず」


 今度は。


 レオも迷わず答えた。


     ◇ ◇ ◇


 翌朝。


 まだ空が薄暗いうちに。


 レオたちは王宮を出た。


 レオ。


 ミレイ。


 ガレス。


 リアム。


 そして護衛数名。


 目的地はフェルトハイム。


 馬車が王都の門を抜ける。


 ミレイは窓から遠ざかる城壁を見ていた。


「何です?」


 レオが尋ねる。


「ううん」


「本当にこれでよかったのかなって」


「分かりません」


「レオでも?」


「未来の正解なんて分かりませんよ」


「意外」


「何がです」


「レオなら全部分かってる顔するから」


「顔だけです」


「認めた」


「忘れてください」


 ミレイが笑う。


 レオも。


 ほんの少しだけ笑った。


     ◇ ◇ ◇


 王都から一時間ほど進んだ頃。


 最初の休憩地点。


 小さな宿場。


 護衛が馬へ水を与える。


 レオたちも馬車を降りた。


「ミレイ」


「いるよ」


「分かっています」


「じゃあ呼ばなくていいでしょ」


「確認です」


「またそれ」


 その時。


 一人の少年が近づいてきた。


「レオン殿下?」


 護衛が前へ出る。


「止まれ」


「待ってください」


 少年は十歳ほど。


 手には封筒。


「これ」


「殿下に渡してって」


「誰から?」


「知らないおじさん」


「いつ?」


「さっき」


「どこにいる?」


 少年が振り返る。


「……いない」


 ガレスが周囲を見る。


「特徴は?」


「帽子かぶってた」


「他には?」


「普通の人」


 また。


 普通。


 どこにでもいる。


 記憶に残らない人物。


     ◇ ◇ ◇


「封筒を地面へ置いてください」


 リアムが言う。


 少年が従う。


 護衛が少年を離れさせる。


 外側を確認。


 仕掛けは見当たらない。


 レオが開く。


 中には。


 一枚の紙。


 短い文章。


 選択を確認した。


 レオの顔から表情が消えた。


「やっぱり見られてる」


 ミレイが言う。


 続き。


 基準点を同行させたことは合理的である。


 では次に問う。


 そして。


 最後の一文。


 基準点と領民。


 同時に守れない時、どちらを選ぶ?


「……ふざけやがって」


 ガレスが低く吐き捨てる。


 レオは紙を握り潰さなかった。


 破りもしない。


 ただ。


 静かに見つめた。


「選びません」


「レオ?」


「その二択を」


 レオは言った。


「受け入れません」


 ミレイか。


 領民か。


 どちらかを選べ。


 そういう状況を。


 敵は作ろうとしている。


「リアム」


「はい」


「予定を変えます」


「どうします」


「フェルトハイムへ急ぐ」


「休憩は最低限」


「途中の宿場にも連絡を回してください」


「不審な命令書や号外が出ていないか確認を」


「分かりました」


「ガレス」


「おう」


「護衛を二組に分けないでください」


「全員固まって動く?」


「はい」


「相手は分断させたい」


「なら」


「こちらから分かれる理由を作らない」


     ◇ ◇ ◇


 再び馬車が走り出す。


 ミレイは。


 しばらく黙っていた。


「レオ」


「はい」


「もし」


「その状況になったら」


「言わないでください」


「まだ何も言ってない」


「分かっています」


「私を置いて領民を助けて、って言うつもりでしょう」


 ミレイが黙る。


 図星だった。


「でも」


「駄目です」


「レオ」


「敵が決めた二択です」


「どちらを選んでも」


「相手の実験に参加することになる」


「だったら?」


「三つ目を探します」


「なかったら?」


 レオは答えない。


 ミレイが見つめる。


「レオ」


「……その時に考えます」


「逃げた」


「保留です」


「同じじゃない?」


「違います」


 だが。


 レオ自身にも分かっていた。


 敵は。


 本当に作るつもりだ。


 選ばなければならない状況を。


     ◇ ◇ ◇


 夕方。


 フェルトハイムまで。


 あと半日ほどの場所。


 前方から。


 一騎の馬が走ってきた。


「殿下!」


 フェルトハイムの役人だった。


 馬から降りる。


 息を切らしている。


「どうしました」


「街で!」


「何があった!」


「市政局前に集まっていた住民の一部が暴徒化しました!」


「怪我人は?」


「出ています!」


「死者は?」


「今のところ確認されていません!」


「原因は?」


「新しい号外です!」


 レオの表情が変わる。


「何と書かれていた」


 役人が。


 震える手で紙を差し出した。


 見出し。


 レオン領主、フェルトハイムを放棄。


「……何これ」


 ミレイが呟く。


 本文。


 王都の混乱を理由に。


 レオン王子は領主としての責務を放棄。


 今後、フェルトハイムへ戻る意思はない。


 さらに。


 復興特別税は。


 領地を手放す前に資金を回収するためのものだった。


「全部嘘です」


 レオが言う。


「分かっています!」


「ですが住民の一部が信じてしまって」


「市政局が否定しても」


「王子に命じられて嘘をついているのだろうと!」


「それで暴動に?」


「はい!」


「急ぎます」


 レオが馬車へ戻ろうとする。


「殿下!」


「まだあります」


 役人の声。


 レオが振り返る。


「何です」


「殿下のお屋敷が」


「再び襲われました」


 ミレイが息を呑む。


「子供たちは!?」


 今度は。


 レオより先に叫んだ。


「ご無事です!」


「避難先は知られていません!」


 その答えに。


 二人は同時に息を吐いた。


 だが。


「セリーヌさんが」


 役人が続ける。


「いなくなりました」


「やっぱり……」


 ミレイの顔から血の気が引く。


「どこに連れていかれたの?」


「分かりません」


「ただ」


「屋敷に」


「これが残されていました」


 もう一枚。


 紙。


 レオは受け取る。


 そこには。


 たった一行。


 第一の代替基準点を確保。


 レオはその文字を見つめた。


 子供たちは。


 守れた。


 だから。


 代わりにセリーヌを狙ったのか。


 あるいは。


 最初から。


 セリーヌこそが今回の対象だったのか。


 まだ分からない。


 分かっているのは。


 一つだけ。


「急ぎます」


 第四観察は。


 すでに。


 フェルトハイムでも。


 始まっていた。

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