第221話 言えなかった名前
悲鳴が中央広場を埋め尽くした。
「走るな!」
「押すな!」
「近衛! 出口を確保しろ!」
兵士たちの声も、人々の叫びに飲み込まれていく。
演台の上。
オーウェン・クロフォードは倒れたまま動かない。
「矢はどこから!?」
ミレイが窓へ駆け寄る。
「向かいの建物だ!」
ガレスが叫んだ。
広場南側。
三階建ての商館。
最上階の窓が、一つだけ開いている。
「リアム!」
「確認します!」
「ガレスは私と!」
「分かった!」
レオが扉へ向かう。
「ミレイはここに!」
「でもオーウェンが!」
「医者を向かわせます!」
「私も行く!」
「ミレイ!」
「あの矢、胸に刺さってた!」
その言葉でレオが止まる。
ミレイに医術の心得があるわけではない。
それでも、負傷した人間を放っておけない性格なのは分かっている。
「……分かりました」
「ただし、私から離れないでください」
「うん!」
「ノア」
レオは振り返る。
「ここに残ってください」
「しかし」
「今、あなたが人前へ出れば、オーウェンが言おうとした『本物の王子』と結びつけられます」
ノアが止まった。
「ヴィクター」
「はい」
「ノアとここに」
「分かりました」
◇ ◇ ◇
レオたちは階段を駆け下りた。
建物を出た瞬間。
人の波が押し寄せる。
「殿下だ!」
「レオン殿下!」
「何が起きたんです!」
「本物の王子って誰なんですか!」
「オーウェンは王子じゃないのか!」
質問が飛ぶ。
「今は広場から落ち着いて離れてください!」
レオが声を張る。
「事実関係は確認します!」
「走らず、近衛の指示に従ってください!」
それ以上は答えない。
答えられない。
ガレスが前を開ける。
ミレイはレオのすぐ後ろを離れずについてきた。
◇ ◇ ◇
演台の周囲は近衛が囲んでいた。
「殿下!」
「オーウェンは!」
「生きています!」
兵士が答える。
ミレイが息を吐く。
「医師は?」
「向かっています!」
オーウェンは仰向けにされていた。
矢は胸に刺さっている。
だが。
レオが眉を寄せる。
「血が少ない」
ガレスも気づいた。
「浅いのか?」
「触らないで!」
ミレイが止める。
「抜いたら駄目!」
「分かってる」
オーウェンの呼吸はある。
弱い。
それでも胸は上下している。
「オーウェン」
レオが呼ぶ。
反応はない。
「殿下!」
医師が到着した。
「任せます」
医師が傷を確認する。
「矢をここでは抜けません」
「運べますか」
「慎重に」
「王宮へ?」
近衛が尋ねる。
「待ってください」
レオは周囲を見る。
狙撃者の目的が完全な殺害なら。
搬送先まで狙われる可能性がある。
「王宮医務室ではなく、近衛詰所の治療室へ」
「場所は外へ漏らさないでください」
「承知しました」
◇ ◇ ◇
「レオ!」
リアムが走ってきた。
「射手のいた建物を確認しました!」
「本人は?」
「いません」
「逃げた?」
「はい」
「ただし」
リアムが手にしていた布を見せる。
黒い布。
そして。
小さな金属片。
「何です?」
「矢筒についていた留め具と思われます」
そこに刻まれていたのは。
三本の麦穂。
ハーディング家の紋章。
「またか」
ガレスが吐き捨てる。
「露骨すぎる」
「はい」
レオも同意した。
エイブラムが連れていかれた建物。
そして今度は。
狙撃場所にハーディング家の紋章。
「父上が?」
声。
レオが振り返る。
「ノア!」
ノアが建物から出てきていた。
ヴィクターも一緒だ。
「残ってくださいと言ったでしょう」
「すみません」
「ですが、これを見て」
ノアが金属片を見る。
「父を疑うのですか」
「いいえ」
レオは即答した。
「むしろ逆です」
「逆?」
「証拠として分かりやすすぎます」
「ハーディング家の紋章を残す必要がない」
「誰かが疑わせたい?」
ミレイが言う。
「可能性があります」
レオは金属片をリアムへ返した。
「触れた者を記録してください」
「分かりました」
◇ ◇ ◇
広場の混乱が収まり始めた頃。
ガレスと近衛数名が、射手の逃走経路を追った。
商館の裏階段。
裏口。
狭い路地。
そこで。
一台の荷車が見つかった。
御者はいない。
荷台には何も積まれていない。
「車輪の跡は?」
レオが尋ねる。
「大通りへ出て終わりだ」
ガレスが答えた。
「人も馬車も多すぎる」
「荷車の持ち主は?」
「商館のものじゃない」
「番号も削られてる」
リアムが荷台を調べる。
「ここ」
床に。
細かな木屑。
そして。
白い粉。
「何だ?」
ガレスが指を伸ばす。
「触らないでください」
リアムが止めた。
「毒?」
「分かりません」
「マリアさんに見てもらいましょう」
◇ ◇ ◇
近衛詰所。
オーウェンの処置は続いていた。
レオたちは別室で待っている。
ノアは椅子に座り。
黙ったままだった。
「ノア」
ミレイが声を掛ける。
「はい」
「大丈夫?」
「……分かりません」
今度は最初から、そう答えた。
「オーウェンは」
ノアは両手を見る。
「私の名前を言おうとしたのでしょうか」
「可能性はあります」
レオが答える。
「でも、まだ分かりません」
「もしそうなら」
「なぜ彼は私を知っている?」
「エドガー・ロウとの関係かもしれません」
オーウェンの母エレナは。
エドガー・ロウの妹。
「叔父から聞いた?」
「あり得ます」
「エドガーが対象017を守った側なら」
リアムが続ける。
「ノア様の本当の身元を知っていた可能性があります」
「でもエドガーさんは消息不明なんだよね」
ミレイが言う。
「はい」
「オーウェンがどこまで知っているか」
「本人に聞くしかありません」
◇ ◇ ◇
扉が開いた。
医師。
全員が立ち上がる。
「どうです」
レオが尋ねる。
「命に別状はありません」
安堵の空気が流れた。
「矢は?」
「胸骨の脇へ入りましたが、深くありません」
「幸運でした」
「毒は?」
「今のところ兆候はありません」
「意識は?」
「まだ戻っていません」
「いつ頃?」
「分かりません」
「傷だけなら、そう長くはかからないと思います」
「会えますか」
「今はお控えください」
「分かりました」
医師が出ていく。
「殺すつもりだったのかな」
ミレイが呟く。
「どういう意味です」
「狙撃するなら」
「胸を狙って、こんな浅い傷になる?」
「射手が下手だった可能性はある」
ガレスが言う。
「人混みの中で狙いがずれた可能性もある」
「でも」
ミレイは考える。
「オーウェンが名前を言う直前だった」
そうだ。
あまりにも。
タイミングがよすぎる。
◇ ◇ ◇
「殺すためではなく」
リアムが言った。
「話を止めるため?」
「それなら」
レオは考える。
「なぜ矢を使う必要がある」
「劇的だから」
ヴィクターが言った。
全員が彼を見る。
「すみません」
「でも」
「白鴉計画が認識を作るものなら」
「大勢の目の前で」
「秘密を話そうとした人物が撃たれる」
「それだけで、人は何を考えるでしょう」
ミレイの顔が変わる。
「王家が口封じした」
「そう考える者はいるでしょう」
リアムが答える。
「実際に誰が撃ったかなんて関係なく」
レオは目を閉じた。
その通りだ。
号外。
王の声明。
オーウェンの登場。
王子ではないという否定。
本物の王子がいるという発言。
そして。
名前を言う直前の狙撃。
物語として。
出来すぎている。
「城下の反応を調べてください」
レオが言った。
「すでにグレイストーン卿が人を出しています」
リアムが答える。
「噂の内容を知りたい」
「はい」
「何が事実として広がり始めているのか」
◇ ◇ ◇
一刻後。
予想は当たった。
王都ではすでに。
いくつもの噂が広がっていた。
**オーウェンは本物の王子を知っている。**
**王家が口封じのため射手を送った。**
**ハーディング家が王子を隠している。**
**レオン王子が王位を守るため、もう一人の王子を消そうとしている。**
「私まで?」
レオが呆然とする。
「一番広がっているわけではありません」
リアムが言う。
「慰めになっていません」
「すみません」
「もう一つあります」
「何です」
リアムが紙を見る。
「『レオン王子は、王家が隠している別の秘密を知っている』」
ガレスが眉をひそめる。
「随分曖昧だな」
「根拠は?」
レオが尋ねる。
「ありません」
「誰が言い始めたのかも不明です」
「完全な噂ですね」
「はい」
「ですが」
リアムは続けた。
「内容が曖昧だからこそ厄介です」
「聞いた人間が勝手に意味を足せる」
ミレイが言う。
「王子の秘密かもしれないし」
「王宮の秘密かもしれない」
「ノアさんのことだと思う人もいる?」
「いるでしょう」
レオは紙を見つめた。
「後から何が起きても」
「『あの噂はこれのことだった』と結びつけられる」
「そういう使い方ができます」
「もう何でもありだな」
ガレスが顔をしかめた。
「それが狙いでしょう」
レオが言った。
真実と嘘を。
同じ場所へ大量に放り込む。
さらに。
意味の定まらない噂まで混ぜる。
すると。
人々は自分で隙間を埋め始める。
最後には。
誰かが作った嘘ではなく。
自分自身が作り上げた物語を信じる。
◇ ◇ ◇
「白鴉計画の完成形」
ヴィクターが言う。
「国全体へ同じことをする」
「はい」
「でも」
ミレイが首を傾げる。
「それって本当に成功なの?」
「何がです」
「だって」
「誰も何も信じなくなったら」
「相手の言うことだって信じなくなるよね」
レオは止まった。
確かに。
MIREI段階は。
周囲の認識を一つへ揃えることで対象を追い込む。
だが今。
王都では。
認識が一つに揃っていない。
むしろ。
無数に分裂している。
「目的が違う?」
リアムも気づいた。
「国民に特定の嘘を信じさせたいのではなく」
「何も信じられない状態を作ること自体が目的?」
「そうかもしれません」
レオは答えた。
誰が王族か分からない。
誰が敵か分からない。
記録も信用できない。
王家の発表も。
新聞も。
目撃者も。
すべて疑わしい。
その状態で。
何か大きな出来事が起きたら。
「判断できなくなる」
ノアが呟いた。
「国が」
◇ ◇ ◇
夕方。
マリアがグレイストーン邸から王宮へ来た。
荷車から採取した白い粉を調べるためだ。
「薬じゃないよ」
第一声だった。
「では?」
「石灰だ」
「石灰?」
「建物の壁なんかに使う普通のもの」
「木屑は?」
「樫だね」
「何か分かりますか」
「これだけじゃ無理」
「王都中にある」
「そうですか」
「ただ」
マリアが小さな布袋を出した。
「こっちは面白い」
「何です」
「狙撃場所に残ってた黒い布」
「調べたの?」
ミレイが尋ねる。
「ああ」
「微かに油が染みてる」
「何の油です」
「弓の手入れに使うようなものじゃない」
マリアが匂いを確かめる。
「印刷機の油に近い」
レオの目が細くなる。
「号外?」
「同じ人物とは限らないよ」
マリアが釘を刺す。
「分かっています」
「ならいい」
号外の印刷。
狙撃。
どこかで繋がっている可能性。
だが。
まだ証拠ではない。
◇ ◇ ◇
「それと」
レオはマリアを見る。
「確認したいことがあります」
「何だい」
「歌です」
「歌?」
ミレイが旋律を口ずさむ。
ノアが覚えていた。
顔の見えない女性が歌っていた旋律。
数秒。
マリアの顔から。
表情が消えた。
「どこで聞いた」
ミレイが口ずさむのを止める。
「やっぱり知ってるの?」
「答えな」
「ノアさんが覚えてたの」
マリアが。
ゆっくりノアを見る。
「お前が?」
「はい」
「幼い頃の記憶です」
「誰かが歌ってくれた」
「顔は覚えていません」
マリアはしばらく何も言わなかった。
「マリアさん」
レオが尋ねる。
「誰の歌です」
「アデライド王女だ」
ノアの目が見開かれる。
「母の?」
「ああ」
「王女が作った子守歌だ」
「公には出てない」
「じゃあ、どうしてマリアさんが知ってるの?」
ミレイが尋ねる。
マリアは。
答えなかった。
◇ ◇ ◇
「マリアさん」
レオがもう一度呼ぶ。
「十七年前」
「あなたは対象017の保護には関わっていないと言いました」
「そうだ」
「今も?」
「……ああ」
「では、なぜアデライド王女だけが知るはずの歌を?」
「王女本人から聞いた」
「いつ?」
「もっと前だ」
「監察局の仕事で王宮へ出入りしていた頃」
「何の仕事です」
「薬毒調査」
マリアは椅子へ座った。
「アデライド王女は体が弱かった」
「薬の確認を何度か頼まれた」
「その時に聞いた」
「それだけ?」
ミレイが尋ねる。
「ああ」
レオはマリアを見る。
嘘だとは決めない。
だが。
「もう一つ質問します」
「何だい」
「クララ・ウェルズを知っていると言いましたね」
「知ってる」
「どの程度?」
「顔見知りだ」
「それだけですか」
マリアが。
レオを見る。
長い沈黙。
「……今、それが関係あるのかい」
「あります」
「クララはノアをハーディング伯爵へ預けた人物です」
「そして対象017の逃走には」
「記録係と」
レオは言葉を区切った。
「薬毒調査担当が協力した」
ミレイの表情が変わる。
「マリアさん」
「あなたではないと言いました」
「ああ」
「なら」
「誰だったのです」
マリアは答えない。
「知らないのですか」
「それとも」
「言えないのですか」
しばらく。
部屋には誰の声もなかった。
やがて。
マリアが深く息を吐く。
「……言えなかった」
「なぜ?」
「約束したからだ」
「誰と」
マリアは。
ノアを見た。
「クララだよ」
◇ ◇ ◇
ノアが立ち上がる。
「クララを知っていた?」
「ああ」
「顔見知りではなかったのですか」
「それも嘘だ」
「マリアさん」
ミレイの声が揺れる。
「どうして」
「守るためだ」
「誰を?」
「この子を」
マリアはノアを指した。
レオの表情が変わる。
「では」
「対象017の保護に関わっていた?」
「直接逃がしたのは私じゃない」
「それは本当だ」
「でも」
マリアは目を閉じる。
「逃がす計画を知っていた」
「薬毒調査担当は?」
リアムが尋ねる。
「私だ」
ついに。
答えが出た。
「なぜ今まで否定したのです」
レオの声は静かだった。
「言えば」
「対象017が生きていると認めることになる」
「ノアの居場所は知らなかったんでしょう?」
「知らなかった」
「だからこそだ」
「私が知らなければ」
「捕まっても言えない」
十七年前。
誰もが。
同じ方法を選んでいた。
守るために。
真実を分割する。
◇ ◇ ◇
「担当観察官は誰です」
レオが尋ねた。
「対象017を逃がすと決めた人物」
マリアは答えた。
「エドガー・ロウ」
オーウェンの叔父。
やはり。
彼だった。
「記録係は?」
「ルイス」
「クララは?」
「王宮側の協力者」
「では」
リアムが整理する。
「エドガー、ルイス、マリア、クララ」
「この四人で対象017を逃がした」
「正確には」
マリアが言う。
「もっといた」
「誰です」
「名前までは知らない」
「互いに全部を知らないようにしたから」
「エドガーが?」
「ああ」
また。
情報を分ける。
一人が捕まっても。
全体が崩れないように。
「エドガーは今どこに?」
レオが尋ねる。
「知らない」
「本当に?」
「本当だ」
「最後に会ったのは」
「十七年前?」
マリアは首を振った。
「違う」
レオが止まる。
「いつです」
「三年前」
「どこで?」
「村だよ」
ミレイが目を見開いた。
「私たちの村?」
「ああ」
「何で!?」
「私に会いに来た」
「何を話したのです」
マリアはレオを見る。
「白鴉が」
「また動き始めたと」
◇ ◇ ◇
「三年前から?」
「そうだ」
「なぜ誰にも言わなかった!」
ガレスが声を荒らげる。
「言ってどうする」
「その時は証拠もなかった」
「エドガー自身も確信してなかった」
「でも」
ミレイが言う。
「何か聞いたんでしょ?」
「ああ」
「何を?」
マリアは答える。
「白鴉計画の資料を探している人間がいる」
「十七年前の対象者を調べている」
「そして」
一度言葉を止める。
「王族の血を使うつもりらしい、と」
レオの背筋に冷たいものが走った。
「オーウェンについては?」
「聞いてない」
「エドガーの甥だということは?」
「知らなかった」
「エドガーに妹がいたことは知ってた」
「でも、その息子の名前までは」
◇ ◇ ◇
「エドガーは三年前」
レオが言う。
「白鴉計画の再始動を知っていた」
「はい」
「そして現在消息不明」
「そうだ」
「オーウェンは、そのエドガーの甥」
「はい」
「なら」
リアムが言う。
「オーウェンが叔父から何かを引き継いだ可能性はかなり高い」
「そうですね」
レオは頷く。
その時。
扉が開いた。
医師だった。
「殿下」
「どうしました」
「患者の意識が戻りました」
全員が立ち上がる。
「話せますか」
「短時間なら」
「行きます」
◇ ◇ ◇
治療室。
オーウェンはベッドに横たわっていた。
胸には包帯。
顔色は悪い。
だが。
目は開いている。
「オーウェン」
レオが近づく。
「……殿下」
「話せますか」
「少しなら」
「誰に撃たれたか分かりますか」
「いいえ」
「狙撃されることを予想していましたか」
オーウェンが。
僅かに笑った。
「はい」
レオたちの表情が変わる。
「なぜ?」
「そうなると思ったからです」
「誰が撃つと?」
「分かりません」
「ではなぜ広場へ?」
「伝えるためです」
「何を」
「本物の王子を」
ノアが一歩前へ出た。
オーウェンの視線が。
彼へ向く。
「……やっと」
オーウェンが呟いた。
「会えた」
「私を知っているのですか」
「はい」
「私は誰です」
オーウェンは答える。
「ルシアン・アーデル」
ノアが息を呑んだ。
「なぜ知っている」
レオが尋ねる。
「叔父から」
「エドガー・ロウ?」
「はい」
「叔父はどこにいる」
オーウェンの顔から。
僅かな笑みが消えた。
「死にました」
マリアが固まる。
「いつ」
「二年前です」
「どうして」
「殺されました」
「誰に?」
オーウェンは。
レオを見る。
「白鴉に」
部屋が静まり返る。
「計画に殺された、という意味ですか」
「違います」
オーウェンが答える。
「白鴉計画ではありません」
「では?」
オーウェンは息を整えた。
そして。
言った。
「今の白鴉は」
「計画の名前じゃない」
レオの表情が変わる。
「どういうことです」
「誰かが」
オーウェンは目を閉じる。
「その名前を」
「組織の名前として使っている」
「誰です」
オーウェンが答えようとする。
だが。
医師が止めた。
「これ以上は危険です」
「あと一つだけ」
レオが言う。
「その組織を率いている人物を知っていますか」
オーウェンは。
ゆっくり目を開いた。
「名前は知りません」
「でも」
「叔父は」
掠れた声。
「その人を」
何と呼んでいた。
レオは待つ。
オーウェンの唇が動く。
「――観察者」
それだけ言うと。
オーウェンは再び目を閉じた。
医師がレオたちを下がらせる。
治療室を出る。
誰もすぐには話さなかった。
白鴉。
十七年前は計画の名だった。
だが今は。
その名を引き継いだ組織が存在する。
そして。
その中心には。
**観察者。**
まだ顔も。
名前も分からない人物がいる。
レオは廊下の先を見る。
ようやく。
追うべき相手の輪郭が。
見え始めていた。




