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第217話 ハーディング家

エイブラムが描いた紋章。


 三本の麦穂を抱く盾。


 レオには見覚えがあった。


「ハーディング家……」


 ミレイが小さく繰り返す。


「どんな家なの?」


「古い伯爵家です」


 レオは答えた。


「王家に仕えて長い。代々、王宮の実務に関わる者を多く出しています」


「今の当主は?」


「アルバート・ハーディング伯爵」


「セドリック陛下の側近の一人です」


 リアムの表情が変わった。


「『王の隣』」


「そうです」


 敵が残した言葉。


 **対象は、すでに王の隣にいる。**


 ハーディング伯爵なら、文字通り王の近くにいる。


 だが。


「待ってください」


 レオはすぐに言った。


「これだけでハーディング伯爵を疑うのは早い」


「紋章があったんでしょ?」


 ミレイが尋ねる。


「はい」


「ですが、紋章は盗めます」


「屋敷を借りることもできる」


「それにエイブラムさんは、屋敷の場所そのものを確認していません」


「目隠しされてたもんな」


 ガレスが頷く。


「つまり」


 リアムが整理する。


「確認できているのは、王都と思われる場所の建物で、ハーディング家の紋章を見たことだけ」


「はい」


「ハーディング家の屋敷だった、とはまだ言えません」


 エイブラムが不安そうに尋ねる。


「私の見間違いでしょうか」


「そういう意味ではありません」


 レオは首を振る。


「あなたが見たものは重要です」


「ただ、見たものと、そこから考えたことを分けたいだけです」


「……分かりました」


   ◇ ◇ ◇


 王都へ向かうことは決まった。


 ただし、その前にやることがある。


「子供たちはどうするの?」


 ミレイが尋ねた。


 ルナとソラ。


 二人を再び危険へ近づけるわけにはいかない。


「フェルトハイムへ残します」


 レオは迷わず答えた。


「私もそれがいいと思う」


「ロイド」


「ああ」


「頼めますか」


「最初からそのつもりだ」


 ロイドは腕を組む。


「家の周囲は自警団で固める」


「前みたいに、同じ人間を長時間立たせることもしない」


「交代制?」


「それもある」


「見張り役同士にも、互いの行動を確認させる」


 白鴉計画が使うのは、力だけではない。


 脅迫。


 偽の命令。


 思い込み。


 だから一人だけを信用して任せるのではなく、複数人で確認する。


「ありがとうございます」


「ただし」


 ロイドがレオを見る。


「お前も無茶するな」


「努力します」


「その返事は信用できん」


「私も」


 ミレイが言った。


「ミレイ?」


「レオの『努力します』は、大体無茶する時の言葉だから」


「そんなことは」


「ある」


 ガレスまで加わった。


「……分かりました」


「無茶しません」


「本当?」


「可能な限り」


「ほら」


 ミレイが呆れた。


   ◇ ◇ ◇


 出発は翌朝。


 レオ。


 ミレイ。


 ガレス。


 リアム。


 ヴィクター。


 そしてマリア。


 六人で王都へ向かう。


「本当に来るんですね」


 レオがマリアを見る。


「何度聞くんだい」


「あなたの工房がありますから」


「数日閉めたくらいで潰れやしないよ」


「村の人が困りませんか」


「急ぎの薬は用意してきた」


「それに近隣の薬師にも話を通してある」


「抜かりないですね」


「お前と一緒にするんじゃないよ」


「私はそこまで抜けていないつもりですが」


「ミレイを森で拾われるまで放っておいた男が?」


「それは……」


「私が拾ったんだけど」


 ミレイが訂正する。


「そうだったね」


 マリアは鼻を鳴らした。


   ◇ ◇ ◇


 翌朝。


 ルナは明らかに不満そうだった。


「また行くの?」


「はい」


「この前、帰ってきたばっかり」


「すみません」


「謝るなら行かない?」


「それはできません」


 ルナが頬を膨らませる。


 レオはしゃがみ、娘と目線を合わせた。


「王都で確認しなければならないことがあります」


「危ない?」


 嘘はつけなかった。


「危険がないとは言えません」


「じゃあ行かないで」


 レオは答えられなくなる。


 代わりにミレイが隣へしゃがんだ。


「ルナ」


「お母さんも行くの?」


「うん」


「二人とも?」


「ごめんね」


「やだ」


 ルナは俯いた。


 以前なら、レオは何とか安心させようとしたかもしれない。


 絶対に大丈夫だと。


 何も起こらないと。


 だが。


 それは言えない。


「怖いですよね」


 レオが言った。


「父さまも怖いです」


 ルナが顔を上げる。


「父さまも?」


「はい」


「でも、だからこそ」


「きちんと調べて、危ないことを終わらせたい」


「ルナとソラが、安心して暮らせるように」


 ルナはしばらく黙っていた。


 やがて。


「帰ってくる?」


「帰ってきます」


「母さまも?」


「もちろん」


 ミレイが答える。


「二人で?」


「二人で」


「……分かった」


 完全に納得したわけではないだろう。


 それでもルナは頷いた。


   ◇ ◇ ◇


 王都への道は静かだった。


 少なくとも最初の一日は。


 尾行もない。


 怪しい馬車もない。


 道を塞ぐ者もいない。


「静かですね」


 ヴィクターが言う。


「それ言うと何か起きそうだからやめろ」


 ガレスが返す。


「前にも同じことを言われた気がします」


「なら覚えろ」


 レオは前方を見ながら二人の会話を聞いていた。


「レオ」


 隣を進むミレイが声を掛ける。


「何です」


「考えすぎてる顔」


「そんな顔がありますか」


「ある」


「どんな?」


「眉間に皺が三本」


「三本?」


「今は四本」


 レオは思わず額へ触れた。


 ミレイが笑う。


「嘘」


「……ミレイ」


「少し力抜いた方がいいよ」


「分かっています」


「分かってない人の返事」


 だが。


 少しだけ気持ちは軽くなった。


   ◇ ◇ ◇


 二日目の昼。


 一行は街道沿いの宿場で休憩を取った。


 そこでリアムが妙なものに気づく。


「レオ様」


「どうしました」


「あれを」


 宿の掲示板。


 旅人向けの知らせが何枚か貼られている。


 荷運び募集。


 馬車の予定。


 落とし物。


 その中に。


 一枚だけ、新しい紙。


 **王都へ向かう旅人へ。**


 **北門は混雑している。西門を使うことを勧める。**


「普通のお知らせじゃないの?」


 ミレイが尋ねる。


「普通なら、宿の主人が書いたものです」


 リアムが紙を見る。


「でもこれは」


 裏返す。


 右下。


 ほとんど見えないほど薄く。


 鳥の印。


「またか」


 ガレスが顔をしかめる。


「本物?」


 マリアが確認する。


「違う」


「羽の溝がない」


「偽物ですね」


「北門へ行くなという誘導?」


 ヴィクターが言う。


「なら北門へ行くか?」


 ガレスが尋ねる。


「それも相手の思う通りかもしれません」


 レオは掲示を見る。


「宿の主人に確認しましょう」


   ◇ ◇ ◇


「これですか?」


 主人は紙を見るなり首を傾げた。


「私が貼ったものじゃありません」


「いつから?」


「分かりません」


「朝にはなかったと思います」


「誰かが貼るところを見た人は?」


 宿にいた者たちへ確認する。


 一人だけ。


 荷馬車の御者が覚えていた。


「若い男だった」


「どんな?」


「茶色い髪」


「普通の旅装」


「顔は?」


「特に変わったところは」


「どちらへ?」


「王都の方へ向かった」


「一人?」


「たぶん」


「西門を使えと言っていましたか」


「いや」


「紙を貼っただけだ」


 それ以上の情報は得られなかった。


「どうします」


 リアムが尋ねる。


「北門にも西門にも行きません」


 レオが答えた。


「他に入れるのか?」


「王都には南東の商用門があります」


「少し遠回りになりますが」


「敵が北と西を意識させたいなら、別を選ぶ」


 マリアが言う。


「そういうことです」


 ガレスが笑う。


「やっと相手の二択に付き合わなくなったな」


「成長しました」


「自分で言うな」


   ◇ ◇ ◇


 三日目。


 王都が見えてきた。


 巨大な城壁。


 その奥に王城の塔。


 久しぶりというほどではない。


 それでも。


 以前とは違って見える。


「戻ってきたね」


 ミレイが言う。


「はい」


 商用門へ向かう。


 そこには荷車の列ができていた。


 検査を待つ商人。


 農産物。


 布。


 酒樽。


 特に異常はない。


「北門は本当に混雑しているのですか」


 リアムが門兵へ尋ねた。


「北門?」


 兵士が首を傾げる。


「いや」


「今日はむしろ空いてるはずだ」


「工事も?」


「何もしてない」


 やはり。


 宿場の紙は偽情報だった。


「西門は?」


「普通だ」


「ありがとうございます」


 門を通過する。


「北門を避けさせたかった」


 ミレイが言う。


「あるいは」


 レオが答える。


「私たちがそう考えること自体が目的」


「もう考えるだけ無駄じゃない?」


「少しそう思い始めています」


「珍しい」


「ミレイ」


   ◇ ◇ ◇


 王都へ入ったレオたちは、まずグレイストーンの屋敷へ向かった。


 王宮へ直接行かない。


 対象017の存在を誰が知っているのか分からない以上、最初から大勢へ知らせるのは危険だった。


 グレイストーンは執務室で待っていた。


「よく戻った」


「調査、ありがとうございます」


「礼は後だ」


 老公爵は机の上の紙を指した。


「新しいものが出た」


「祝典の下絵ですか」


「見つかった」


 全員の表情が変わる。


「画材店を営む息子が保管していた」


「父親の遺品をほとんど処分していなかったのが幸いした」


「本物と確認できますか」


「紙と絵具の年代は合う」


「画家本人の筆跡との照合もした」


「少なくとも後世に作られた偽物とは考えにくい」


 グレイストーンが布を外す。


 大きな紙。


 十七年前の春の祝典。


 王族。


 貴族。


 官僚。


 多くの人物が簡単な線で描かれている。


「ここだ」


 グレイストーンが一点を指す。


 王族が並ぶ場所。


 第三席。


 そこに。


 一人の子供が描かれていた。


「男の子……?」


 ミレイが呟く。


「そう見える」


 十歳ほど。


 細身。


 礼装。


 髪は短い。


 顔は下絵なので詳細ではない。


 だが。


 その横。


 画家が人物確認のために書いたと思われる小さな文字が残っている。


 名前ではなかった。


 **第三席・陛下の甥。**


「甥?」


 レオが息を呑む。


 セドリック王の甥。


「陛下に兄弟は?」


 リアムが尋ねる。


「いた」


 グレイストーンが答えた。


「妹君が一人」


「アデライド王女」


「十七年前には?」


「すでに亡くなっていた」


「子供がいた記録は?」


「公式にはない」


 レオが下絵を見る。


 だが画家は。


 その子を。


 **陛下の甥**


 と記している。


「アデライド王女に、記録から消された息子がいた?」


「そう考えるのが自然だ」


「でも」


 レオはすぐに言う。


「まだ確定ではありません」


「分かっている」


 グレイストーンが頷く。


「だから調べた」


「何を?」


「王女付きだった侍女たちだ」


 アデライド王女が亡くなったのは十八年前。


 病死と記録されている。


 その後。


 王女付きの侍女たちは別の部署へ移された。


 だが。


「一人だけ」


 グレイストーンが言う。


「王女の死から約一年後、突然王宮を辞めた侍女がいる」


「名前は?」


「クララ・ウェルズ」


 マリアが反応した。


「知ってる」


「監察局の人間ですか」


「違う」


「王女付きの侍女だ」


「何度か話したことがある」


「どんな人?」


 ミレイが尋ねる。


「真面目な女だった」


「口が堅い」


「王女からも信頼されていた」


「今どこに?」


 グレイストーンが一枚の紙を出す。


「それが分からん」


「退職後の記録がない」


「また消えた人間か」


 ガレスが顔をしかめる。


「いや」


 グレイストーンが首を振る。


「少なくとも退職までは正式な記録がある」


「その後を追えないだけだ」


「死亡扱いにもなっていない」


「なら消息不明ですね」


「そういうことだ」


   ◇ ◇ ◇


「アデライド王女について、もう少し教えてください」


 レオが言った。


 グレイストーンは椅子へ座る。


「陛下より五歳下」


「政治にはほとんど関わらなかった」


「体が弱く、公の場へ出ることも少なかった」


「結婚は?」


「していない」


「なら、子供がいたとすれば」


「婚外子になる」


 王女の婚外子。


 それなら、存在を伏せる理由はある。


 だが。


「王位継承順位第三位になるのですか」


 リアムが尋ねる。


「王が正式に血統を認めれば、可能性はある」


 グレイストーンが答える。


「当時の王家には男子が少なかった」


「ただし」


「正式に認知された記録はない」


「記録が消されたのなら?」


「あり得る」


 十七年前。


 王の甥。


 十歳前後。


 王位継承順位第三位。


 白鴉計画の対象。


 かなり一致している。


「その子の父親は?」


 ミレイが尋ねる。


「分からん」


 グレイストーンが答える。


「王女自身が明かさなかったという話が残っている」


   ◇ ◇ ◇


「陛下は知っているのでしょうか」


 ヴィクターが尋ねた。


 誰もすぐには答えなかった。


 自分に甥がいたことを。


 セドリック王は知っているのか。


「直接聞くしかないでしょう」


 レオが言った。


「ですが、その前に」


「ハーディング家です」


 リアムが続ける。


「そうだ」


 グレイストーンの表情が険しくなる。


「お前から知らせを受けた後、私も調べた」


「アルバート・ハーディング伯爵について?」


「ああ」


「現在五十八歳」


「十七年前も王宮に?」


「いた」


「役職は?」


「当時は礼典局の次官」


 全員が黙った。


「礼典局……」


 ミレイが下絵を見る。


 祝典。


 消された第三席。


 その式典を管理していた部署。


「つまり」


 リアムが言う。


「十七年前、ハーディング伯爵は対象017が祝典へ出席していたことを知り得る立場だった」


「そうなる」


「今は?」


「王室政務官」


 王と日常的に会う。


 まさに「王の隣」にいる人物。


「対象017がハーディング伯爵という可能性は?」


 ガレスが尋ねる。


「年齢が合いません」


 レオが答える。


「対象017は現在二十代後半と考えられる」


「伯爵は五十八」


「なら伯爵は対象じゃない」


「しかし」


 リアムが言う。


「対象の正体を知っている可能性はある」


   ◇ ◇ ◇


「ハーディング家の子供は?」


 レオが尋ねた。


「息子が二人」


 グレイストーンが答える。


「長男は三十四」


「次男は二十九」


 全員が止まった。


「二十九……」


 対象017と年齢が近い。


「名前は?」


「長男、エドワード」


「次男」


 グレイストーンは一度、レオを見る。


「ノア・ハーディング」


 レオの記憶に名前があった。


「王宮書記官……」


「知ってるの?」


 ミレイが尋ねる。


「はい」


「何度も会っています」


 王宮の会議。


 書類の受け渡し。


 国王の執務室。


 いつも目立たず。


 静かに働く若い書記官。


「陛下の近くにいる?」


「かなり」


 レオの声が低くなる。


 王室政務官の父。


 王宮書記官の次男。


 どちらも王の近くにいる。


「でも」


 ミレイが言った。


「ハーディング伯爵の息子なんでしょ?」


「記録上は」


 リアムが答える。


 その言葉で全員が理解した。


 もし。


 十七年前に王族としての身分を消された子供を。


 誰かが別の家の子として育てたのなら。


「ノアの出生記録は?」


 レオが尋ねる。


 グレイストーンは答えなかった。


 代わりに。


 一枚の紙を差し出した。


「それが問題だ」


 ノア・ハーディング。


 二十九歳。


 ハーディング伯爵次男。


 だが。


「出生証明がない?」


 リアムが驚く。


「正確には」


 グレイストーンが言う。


「出生時の記録が後から作られている」


「いつ?」


「十七年前」


 空気が止まった。


 ノアが十二歳になる頃。


 対象017が記録から消えた時期とほぼ同じ。


「それ以前のノア・ハーディングの記録は?」


「見つからない」


「じゃあ」


 ミレイが呟く。


「十二歳くらいの時に、突然ハーディング家の次男になった?」


「記録上はそう見える」


「家族は?」


「伯爵夫人は?」


 レオが尋ねる。


「十二年前に亡くなっている」


「長男は?」


「王都にいる」


「弟について聞けば」


「待ってください」


 レオが止める。


「まだ接触しない方がいい」


「なぜだ」


 ガレスが尋ねる。


「もしハーディング家そのものが対象017を守っていたのなら」


「こちらが調べていると知られることで、危険に晒す可能性があります」


「逆に敵側なら?」


「証拠を消される」


「どちらにしても慎重に、か」


「はい」


   ◇ ◇ ◇


 その時。


 執務室の扉が叩かれた。


「何だ」


 グレイストーンが尋ねる。


 使用人の声。


「王宮から使者でございます」


 レオたちは顔を見合わせる。


「誰宛てだ」


「レオン殿下へ」


 レオの表情が変わる。


 自分が王都へ戻ったことは、まだ王宮へ知らせていない。


「誰からです」


「ノア・ハーディング様です」


 部屋が静まり返った。


「通せ」


 グレイストーンが言う。


 しばらくして。


 若い使者が入ってきた。


「レオン殿下」


「ノア・ハーディング様より、お預かりしております」


 一通の封書。


 レオは受け取る前に封を見る。


 ハーディング家の紋章。


 三本の麦穂。


「本人から?」


「はい」


「いつ渡されました」


「半刻ほど前です」


「内容は知っていますか」


「いいえ」


 使者を下がらせる。


 リアムが封を確認する。


「細工はないと思われます」


 レオが開封した。


 中には一枚。


 短い文章。


 **レオン殿下へ。**


 **私について調べていると聞きました。**


 全員の表情が変わる。


 すでに知られている。


 続き。


 **おそらく、あなたが知りたいことと、私が知りたいことは同じです。**


 **今夜、王宮西棟の書庫へお越しください。**


 そして最後。


 **私は、自分が誰なのか知りません。**


 レオは紙を置いた。


「罠でしょうか」


 ヴィクターが尋ねる。


「分かりません」


「でもノア本人も、自分の出生に疑問を持ってる?」


 ミレイが言う。


「少なくとも、手紙が本人の意思で書かれたなら」


 リアムが答えた。


「行くのか?」


 ガレスが尋ねる。


 レオは手紙を見る。


「行きます」


「ただし、一人では行きません」


「当然だ」


 その時。


 マリアが手紙を手に取った。


 文章ではない。


 紙の端を見ている。


「どうしました」


「この紙」


「何か?」


「王宮で使ってるものじゃない」


「では?」


「監察局で使っていた紙に似てる」


 レオの表情が変わった。


「十七年前の?」


「ああ」


「紙質が同じだ」


「でも、そんな古い紙をノアが?」


「分からない」


 マリアは裏返す。


 そして。


 右下。


 光に透かす。


 小さな印が浮かんだ。


 銀の鳥。


 羽の根元に。


 二本の溝。


 レオたちは息を呑んだ。


 ノア・ハーディングから届いた手紙。


 そこに使われていたのは。


 十七年前。


 対象017を保護した可能性のある者たちと同じ区分の紙だった。


 今夜。


 王宮西棟の書庫。


 そこで待つノアは。


 対象017なのか。


 それとも。


 対象017へ辿り着かせるための、新たな誘導なのか。


 レオは手紙を折り直した。


「確かめましょう」


 答えを決めるのは。


 会ってからだ。


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