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第216話 消された第三位

地下保管室から持ち出した資料は、その日のうちに三つへ分けられた。


 原本。


 フェルトハイムに残す写し。


 そして、王都へ送る写し。


 レオは自宅の机で、グレイストーンへ送る文書を確認していた。


「これでいいでしょう」


 リアムが最後の一枚を置く。


 記したのは、確認できた事実だけだ。


 十七年前の白鴉計画。


 MIREI分類。


 対象番号017。


 王族近親者。


 当時の王位継承順位第三位。


 試験中止。


 対象喪失。


 そして、対象を保護したと思われる観察官の私記。


「『現在、王の隣にいる』という紙については?」


 ミレイが尋ねた。


「書きました」


「ただし、事実としてではありません」


 レオは文書の一節を指す。


 ――何者かより、対象017が現在王の近くにいるとの情報あり。真偽不明。


「これなら大丈夫ですね」


「うん」


「敵が言ったことまで事実みたいに扱ったら、また誘導されるもんね」


「はい」


 そこは徹底する。


 確認したもの。


 推測。


 敵から与えられた情報。


 すべて分けて考える。


   ◇ ◇ ◇


「伝令は誰にする」


 ガレスが尋ねた。


「一人では送らない方がいいでしょう」


 リアムが答える。


「途中で奪われれば終わりです」


「二人?」


「二組です」


 レオが言った。


「同じ内容を別々の経路で送ります」


「そこまでやるか」


「相手は記録を消すことに慣れています」


「なら、こちらは消しにくくするだけです」


 ロイドが苦笑する。


「最近のお前、随分疑り深くなったな」


「否定できません」


「でも」


 ミレイが言う。


「疑ってばっかりじゃなくて、確認するようになったんじゃない?」


 レオは少し考えた。


「そうありたいですね」


 二組の伝令は、それぞれ別の門から出発した。


 一組は街道を北東へ。


 もう一組は一度南へ下り、別の宿場から王都へ向かう。


 同じ文書。


 違う経路。


 どちらか一方でも届けばいい。


   ◇ ◇ ◇


 その後。


 レオたちは、地下から持ち出した原本をもう一度確認した。


 マリアも同席している。


「対象017の年齢が分かるものは?」


「今のところありません」


 リアムが答える。


「性別も?」


「記載なしです」


「王族近親者」


「王位継承順位第三位」


「それだけか」


 ガレスが腕を組む。


「十七年前の第三位なんて、王室の系譜を見ればすぐ分かると思ったんだがな」


「普通ならね」


 マリアが言った。


「でも白鴉計画が絡んでる」


「しかも対象は身分記録を破棄されて逃がされた」


「消した側が、王室記録まで触っている可能性があります」


 レオが続ける。


「だからグレイストーン卿には、複数の資料を確認するよう頼みました」


 公式系譜。


 議会記録。


 礼典記録。


 王族への予算配分。


 十七年前の新聞や公報が残っているなら、それも。


「それでも分からなかったら?」


 ミレイが尋ねる。


「別の方法を探します」


「例えば?」


「肖像画」


「肖像画?」


「王族なら、式典の絵に描かれている可能性があります」


「名前が消されても顔は残る?」


「はい」


「なるほど」


 マリアが感心したようにレオを見る。


「少しは頭を使うようになったね、王子様」


「昔から使っているつもりですが」


「昔はミレイのことになると半分止まってたよ」


「今も止まるぞ」


 ガレスが言う。


「ガレス」


「事実だろ」


「……否定はしません」


「しないんだ」


 ミレイが呆れた。


   ◇ ◇ ◇


 問題はもう一つあった。


 消えたエイブラム。


 そして、まだ見つかっていない息子。


「最後に確認されたのは?」


 レオがロイドへ尋ねる。


「昨夜の二刻頃」


「見張りが窓の外から確認してる」


「その時は部屋にいた」


「朝にはいなかった」


「出入口は?」


「正面は見張ってた」


「裏口も」


「窓しかないな」


「二階ですよね」


「ああ」


 リアムが尋ねる。


「縄は?」


「なかった」


「飛び降りた形跡は?」


「地面に足跡はあった」


「一人分?」


「そこが妙なんだ」


 ロイドが地図を広げる。


「二人分ある」


「誰かが迎えに来た?」


 ミレイが言う。


「可能性があります」


「足跡はどこへ?」


「路地を抜けて大通り」


「そこから消えてる」


「人通りが多いから追えなかった」


「息子だった可能性は?」


 レオが尋ねた。


「分からん」


「足の大きさは大人だった」


 エイブラムの息子は成人している。


 なら可能性はある。


「父親を呼び出すために息子を使った?」


 ガレスが言う。


「あるいは」


 リアムが続ける。


「息子さん自身も、何らかの指示を受けている」


「決めつけないでください」


 レオが言った。


「今は二人とも行方不明」


「それだけです」


   ◇ ◇ ◇


 夕方。


 意外な人物がレオの家を訪ねてきた。


 ダグだった。


 地下採石場で白鴉計画側に協力していた男。


 もっとも、自ら望んで加わったわけではない。


 彼も家族を利用されていた。


「どうしました」


「思い出したことがある」


 ダグは落ち着かない様子で室内へ入る。


「地下のことだ」


「保管室ですか」


「いや」


「俺はそんな部屋があることすら知らなかった」


「では?」


「観察官が、一度だけ変なことを言ってた」


 全員がダグを見る。


「何と?」


「地下に運び込んだ人質を確認してた時だ」


「名簿を見ながら」


 ダグは記憶を探る。


「『十七年前と同じ失敗はするな』って」


 レオの表情が変わる。


「他には?」


「もう一人が聞いた」


「何のことだって」


「そしたら」


 ダグは続ける。


「『対象を逃がした奴を信用したのが間違いだった』って」


「対象017」


 ヴィクターが呟く。


「おそらく」


 リアムが言う。


「その会話をした人物の顔を覚えていますか」


「一人は観察官」


「顔を隠してた」


「もう一人は……」


 ダグが考える。


「見たことがある気がする」


「どこで?」


「フェルトハイムじゃない」


「王都?」


「たぶん」


「俺は昔、荷運びで何度か王都へ行った」


「その時に見たような」


「特徴は?」


「背が高い」


「五十くらい」


「左手の小指が曲がってた」


 マリアが突然顔を上げた。


「左の小指?」


「ああ」


「昔折ったみたいに、完全には伸びない」


「知っているのですか」


 レオが尋ねる。


 マリアはすぐには答えなかった。


「……一人だけ」


「監察局にいた男で、その特徴を持っていた奴がいる」


「名前は?」


「エドガー・ロウ」


「銀の鳥の区分を扱っていた六人の一人ですか」


「ああ」


「消息不明の二人のうち?」


「そうだ」


 部屋が静まり返る。


「十七年間、どこにいたかは?」


「知らない」


「最後に見たのは?」


「監察局が消える数日前」


「その後は一度も?」


「ない」


「対象017の保護に関わった可能性は?」


 リアムが尋ねる。


 マリアは少し考える。


「ある」


「エドガーは観察部門にも出入りしていた」


「でも」


「私記にあった『薬毒調査担当』ではない」


「担当観察官本人?」


「それもあり得る」


 新しい名前が出た。


 エドガー・ロウ。


 十七年前の監察局員。


 銀の鳥の分類印を扱えた六人の一人。


 現在は消息不明。


 そして。


 もしダグの記憶が正しければ。


 最近まで、白鴉計画を引き継いだ者たちの近くにいた可能性がある。


   ◇ ◇ ◇


「ただ」


 レオが言う。


「エドガーが敵とは限りません」


「何でだ?」


 ガレスが尋ねる。


「ダグが見た人物が本当にエドガーか、まだ確認できていない」


「それに」


「『対象を逃がした奴を信用したのが間違いだった』と言ったのが、その人物とは限らない」


「そうだ」


 ダグが頷く。


「言ったのは観察官だ」


「もう一人の男は聞いてただけだ」


「なら、なおさらです」


 エドガーらしき人物が。


 白鴉計画側にいたのか。


 潜り込んでいたのか。


 捕らわれていたのか。


 それすら分からない。


「名前が出ただけで犯人にしない」


 ミレイが言う。


「はい」


 レオは頷いた。


「それを繰り返したら、白鴉計画と同じです」


   ◇ ◇ ◇


 二日後。


 王都へ送った二組の伝令のうち、一組が戻ってきた。


 予想より早い。


 馬を乗り継いで急いだのだろう。


「グレイストーン卿からです!」


 封書を受け取る。


 封を確認。


 異常なし。


 レオが開く。


 最初の一文を読み。


 表情を変えた。


「どうしたの?」


 ミレイが尋ねる。


「王室の公式系譜では」


 レオはゆっくり言った。


「十七年前の王位継承順位第三位に該当する人物がいません」


「いない?」


「順位が飛んでるのか?」


 ガレスが聞く。


「いいえ」


 レオは首を振る。


「公式記録上は、別の人物が第三位になっています」


「じゃあ対象017と矛盾する」


「はい」


「でも」


 リアムが言う。


「それだけなら、白鴉側の記録が間違っている可能性もあります」


「続きがあります」


 レオは読み進める。


 グレイストーンは、依頼通り複数の記録を調べていた。


 公式系譜。


 議会記録。


 王族予算。


 そして礼典記録。


「十七年前の春の祝典」


「公式系譜では第三位だった人物が病気で欠席しています」


「代わりに?」


「第四位が繰り上がるはずです」


「ですが、当日の立ち位置を記した礼典係の原簿には」


 レオは一度言葉を止める。


「第三位の位置に、別の人物を示す印が残っています」


「名前は?」


「消されています」


 黒く塗られたのではない。


 紙そのものが削られていた。


「でも、誰かがそこにいた」


「はい」


「そして」


 レオは次の頁を見る。


「王族への衣装支給記録にも、同じ時期に一人分の不自然な追加があります」


「性別は?」


「分かりません」


「年齢は?」


 ミレイが尋ねる。


「衣装の寸法が残っています」


 レオは数字を読む。


 小さい。


 明らかに成人のものではない。


「子供……」


 ミレイが呟いた。


「おそらく十歳前後」


 十七年前。


 十歳前後なら。


 現在は二十代後半。


「今の王宮で、その年齢に当てはまる人間は多い」


 ガレスが言う。


「王族に限らなければ、かなりいます」


 リアムも答えた。


「ですが対象017は、本来王族」


「本人は自分の血を知らない可能性がある」


 ヴィクターが続ける。


 そして。


 今は王の隣にいる。


   ◇ ◇ ◇


「まだあります」


 レオはグレイストーンの報告を読み進める。


 最後。


 礼典係が残した私的な覚え書きが見つかっていた。


 祝典の翌日に書かれたもの。


 短い文章。


 **第三席の子供について、以後記録不要との命あり。**


 **名を記すな。**


 **王家の命ではない。**


 ガレスの顔が険しくなる。


「王家の命じゃない?」


「では誰が」


「分かりません」


「ただし」


 その下に、もう一文。


 **監察局より処理済みとの連絡。**


 マリアが立ち上がった。


「おかしい」


「何がです」


「監察局は王族の存在を消す権限なんて持ってない」


「では、誰かが監察局の名を使った?」


「それか」


 マリアの顔が険しくなる。


「局内の誰かが、正式な命令を通さず勝手にやった」


「対象017を守るため?」


 ミレイが尋ねる。


「可能性はある」


 レオは考える。


 祝典。


 第三席にいた子供。


 その直後。


 記録から消された。


 白鴉計画の対象。


 そして観察官によって逃がされた。


 時期は一致する。


「グレイストーン卿は、さらに調べています」


「何を?」


「祝典の記録画です」


「残ってるのか」


 ガレスが身を乗り出す。


「王宮にはなかったそうです」


「やっぱり消されてる?」


「ですが」


 レオは報告書の最後を見る。


「当時、祝典を描いた画家が下絵を自宅へ持ち帰っていた可能性がある」


「画家は?」


「すでに亡くなっています」


「家族は?」


「息子が王都で画材店を営んでいるそうです」


 グレイストーンは、その店へ人を向かわせた。


 だが。


 報告書を書いた時点では、まだ結果が出ていない。


「待つ?」


 ミレイが尋ねる。


「いいえ」


 レオは首を振った。


「王都へ向かいます」


「今度こそ?」


「はい」


 対象017の年齢。


 十年前後。


 消された第三席。


 監察局による記録処理。


 ここまで確認できた。


 敵に言われたからではない。


 自分たちで集めた証拠が王都を指している。


「マリアさんは?」


 レオが尋ねる。


「行くよ」


「村へ戻らなくていいの?」


 ミレイが聞く。


「ここまで首を突っ込んで、今さら帰れるかい」


「工房は?」


「セリーヌに鍵を預けてきた」


「薬草、分かるかな」


「お前よりは分かる」


「ひどい!」


「三年教えてタイムとセージを間違えた弟子が何を言う!」


「まだ覚えてるの!?」


「忘れるか!」


 ガレスが小声でリアムへ言う。


「この二人、本当に師弟なんだな」


「疑いようがありませんね」


   ◇ ◇ ◇


 その日の午後。


 王都へ向かう準備を進めていた時だった。


 ロイドが駆け込んできた。


「レオ!」


「どうしました」


「エイブラムが戻った!」


 全員の表情が変わる。


「一人ですか」


「いや」


「息子も一緒だ」


「二人とも無事?」


「生きてる」


「ただ」


 ロイドは息を整える。


「エイブラムが、お前にしか話さないって言ってる」


「何を?」


「王都で見たものだ」


 レオが眉を寄せる。


「王都?」


「昨夜まで、あいつは王都にいたらしい」


 時間が合わない。


 エイブラムがフェルトハイムから消えてから、まだ二日ほど。


 普通に移動して往復するには早すぎる。


「どうやって?」


「馬車を何度も乗り換えさせられたそうだ」


「何のために王都へ?」


「それを話したいらしい」


   ◇ ◇ ◇


 自警団の詰所。


 エイブラムは椅子へ座っていた。


 隣には、二十歳ほどの青年。


 息子だった。


 二人とも疲れ切っている。


「息子さんは?」


 レオが尋ねる。


「無事です」


 エイブラムが答える。


「怪我もありません」


「何があったのです」


「息子を返すと言われました」


「指定された場所へ行ったら、馬車が待っていた」


「乗るようにと?」


「はい」


「誰が?」


「御者だけです」


「顔は?」


「布で隠していました」


「それで王都まで?」


「途中で三度、馬車を替えました」


「窓も塞がれていた」


「でも」


 エイブラムは言う。


「王都だと分かった」


「なぜ?」


「鐘です」


「王都の夕刻の鐘」


 確かに、長く王都へ荷を運んでいた者なら分かるかもしれない。


「そこで何を見たのです」


「屋敷へ連れていかれました」


「どこの?」


「分かりません」


「地下室でした」


「そこに息子がいた?」


「はい」


「そして」


 エイブラムは震える手を握った。


「もう一人」


「誰です」


「知りません」


「でも、周りの人間が」


 息を呑む。


「その人を」


「殿下、と呼んでいました」


 部屋が静まり返った。


「男性ですか、女性ですか」


「男です」


「年齢は?」


「二十代後半くらい」


 対象017と一致する可能性がある。


「顔は?」


「見ました」


「知っている人物でしたか」


 エイブラムは首を振る。


「いいえ」


「でも」


「変なことを言っていました」


「何と?」


 エイブラムは、その言葉を思い出すように目を閉じた。


「『私は王子ではない』」


「そう言ったんです」


 ミレイがレオを見る。


「周囲は殿下と呼ぶ」


「本人は否定する」


 MIREI。


 周囲の現実を作り。


 本人の認識を揺さぶる。


「他には?」


 レオが尋ねる。


「その人は怒っていました」


「『何度言えば分かる。私は王族じゃない』って」


「すると、周りの一人が」


 エイブラムの声が小さくなる。


「こう言いました」


 **『今は、まだそう思っていてください』**


 レオの背筋に冷たいものが走った。


 対象017。


 王族としての過去を知らされずに育った人物。


 そして今。


 誰かがその人物へ、自分が王族だと認識させようとしている。


 十七年前とは逆だった。


 当時は。


 王族であるという現実を消した。


 今は。


 消した現実を、周囲から再び作ろうとしている。


「その人は今どこに?」


 ガレスが尋ねる。


「分かりません」


「俺たちが出される時には、もういませんでした」


「屋敷の場所は?」


「地下から出る時も目隠しされました」


「何か覚えていることは?」


 エイブラムは必死に考える。


「匂い」


「何の?」


「花です」


「強い花の匂い」


「それから」


「鐘が近かった」


「夕刻の鐘が、すごく大きく聞こえた」


 王都。


 鐘楼の近く。


 花の匂いが強い場所。


 それだけでは特定できない。


 だが。


 エイブラムは最後に言った。


「あと一つ」


「地下から上へ連れていかれる途中」


「扉に紋章がありました」


「どんな?」


「鳥じゃありません」


 エイブラムは紙を借りる。


 震える手で形を描く。


 一つの盾。


 その中央に。


 三本の麦穂。


 レオの表情が変わった。


「知っているのですか」


 リアムが尋ねる。


「はい」


 レオは、その紋章を知っていた。


 王宮で何度も見たことがある。


 古い貴族家の紋章。


 王家に長く仕え。


 現在も王宮へ自由に出入りできる家。


「誰の紋章だ」


 ガレスが尋ねる。


 レオは紙から目を離さず答えた。


「ハーディング家です」


 そして。


 その家の当主は。


 今もセドリック国王のすぐ近くで働いている。


 レオは顔を上げた。


「王都へ行きます」


 今度こそ。


 対象017へ続く道が。


 具体的な場所へ繋がり始めていた。


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