表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
215/221

第215話 対象番号017

フェルトハイムの地下保管室。


 十七年前の資料を前に、レオたちはしばらく動かなかった。


 机代わりにした木箱の上には、二つの資料が並んでいる。


 一つは、第三資料。


 十七年前の封がそのまま残されていた箱から見つかったものだ。


 そこには、白鴉計画におけるMIREI分類――現実整合段階についての記録が残されていた。


 もう一つは、何者かが投げ込んだ新しい紙。


 **対象番号・零一七。**


 **対象は、すでに王の隣にいる。**


 そして第三資料の一覧にも、同じ番号が存在した。


 **対象番号017――王族近親者。**


 **試験中止。対象喪失。**


 **王位継承順位――当時第三位。**


「十七年前の王位継承順位第三位……」


 リアムが呟いた。


「これが誰なのか分かれば、一気に進みます」


「王宮の記録を確認するしかないな」


 ガレスが言う。


 だがレオはすぐには頷かなかった。


「問題があります」


「何だ」


「敵も、私たちがその記録を確認すると分かっています」


「王都へ戻れば罠がある?」


 ミレイが尋ねる。


「可能性は高いです」


「ですが」


 レオは古い一覧表を見る。


「だから確認しない、というわけにもいきません」


 王位継承順位。


 これは噂ではない。


 王室記録に残るはずの情報だ。


「グレイストーン卿へ伝令を出すという方法もあります」


 リアムが提案する。


「私たち自身が戻らなくても、当時の継承順位を調べてもらえる」


「それがいい」


 ガレスが頷く。


「王都へ戻る前に、対象が誰なのか確認できる」


「そうしましょう」


 レオは決めた。


   ◇ ◇ ◇


「ただし」


 マリアが口を挟んだ。


「王位継承順位だけで本人を特定できると思わない方がいい」


「どういう意味です」


「十七年前の王室記録が、全部正しい保証はないだろう」


 レオは黙る。


 その通りだった。


 白鴉計画。


 監察局。


 記録の改ざん。


 この物語の中心にあるものばかりだ。


「公式記録では第三位でも」


 マリアは続ける。


「本来は違った可能性もある」


「逆に、本来第三位だった人物が記録から消されている可能性も」


 リアムが言う。


「ああ」


「だから王室記録だけじゃ足りない」


「何と照合しますか」


 レオが尋ねる。


「王宮の公式系譜」


「当時の議会記録」


「王族への予算配分」


「それから、礼典記録」


「礼典?」


 ミレイが首を傾げる。


「王位継承順位が高い王族は、式典で立つ位置が決まってる」


 マリアが説明する。


「名前が書き換えられても、複数の記録すべてを完全に直すのは難しい」


「なるほど」


 レオは頷いた。


「一つの記録で判断しない」


「そういうことだよ」


   ◇ ◇ ◇


 リアムが第三資料をさらに調べていると、一枚の薄い紙が冊子の奥から落ちた。


「何かあります」


 拾い上げる。


 表には何もない。


 裏返す。


 そこに、薄い筆跡で数字が並んでいた。


「日付ですね」


 十七年前。


 月日まで記されている。


「対象017の試験中止日と同じです」


 リアムが一覧と照合した。


「その下にも文字があります」


 レオがランタンを近づける。


 かすれている。


 だが読めた。


 **対象移送命令を拒否。**


 **担当観察官、独断により保護措置へ移行。**


「観察官が対象を逃がした?」


 ヴィクターが言う。


「そう読めます」


「白鴉計画の担当者が裏切ったのか」


 ガレスが眉を寄せる。


「その下」


 リアムが指を動かす。


 **保護責任者――記録抹消。**


 名前が黒く塗られている。


 さらに、その横。


 小さな分類印。


 銀の鳥。


 羽の根元には二本の溝。


 マリアの顔色が変わった。


「これは……」


「あなたの区分と同じですね」


 レオが言う。


「ああ」


「では、あなたの仲間の誰かが対象017を保護した?」


「可能性はある」


「誰です」


「分からない」


 マリアはすぐに首を振った。


「さっき言った六人のうち、誰でも使えた印だ」


「あなた自身では?」


 ガレスが遠慮なく尋ねる。


「違う」


「覚えてないではなく?」


「違うと言ってる」


 マリアの声が鋭くなる。


「私はその日、フェルトハイムへの資料移送準備をしていた」


「証明できる?」


「十七年前の記録が残っていればね」


「今はできない」


「なら、可能性から完全には外せません」


 レオが静かに言う。


 マリアが睨む。


 だが数秒後。


「……そうだね」


 認めた。


「それでいい」


「私の言葉だけで外すべきじゃない」


   ◇ ◇ ◇


「対象喪失という表現も」


 リアムが言う。


「死亡ではなく、白鴉計画側が居場所を失ったという意味でしょう」


「可能性が高いですね」


 レオは資料を見つめる。


 十七年前。


 対象017。


 王族近親者。


 王位継承順位第三位。


 白鴉計画の試験対象となっていた。


 だが担当観察官の一人が、対象移送命令を拒否。


 保護措置へ切り替えた。


 そして記録上、対象は「喪失」。


「今も生きているなら」


 ミレイが言う。


「十七年前に子供だったのかな」


「年齢は書かれていません」


 リアムが一覧を見る。


「王族近親者としか」


「でも、白鴉計画の対象って」


 ミレイは少し考える。


「大人じゃないと駄目なの?」


 誰も答えられなかった。


「むしろ」


 ヴィクターが静かに言う。


「子供の方が、周囲の言葉を信じやすいかもしれません」


 重い言葉だった。


 自分自身が、繰り返される言葉によって認識を揺さぶられた経験を持つからこそ、その意味が分かる。


「年齢も確認項目です」


 レオが言う。


「王都へ伝える内容に加えます」


   ◇ ◇ ◇


 地下保管室を出る前に、残された資料をすべて確認することになった。


 持ち出せるものは持ち出す。


 ただし、元の配置や箱の状態も記録する。


 リアムが紙へ簡単な見取り図を描く。


「第一資料の箱があった位置」


「第二資料」


「第三資料」


「蝋の状態」


「床の足跡」


「すべて残します」


「後から誰かが入った時、何が変わったか分かるように?」


 ミレイが尋ねる。


「はい」


「敵は記録を書き換える」


「だから、こちらも現状を記録する」


 レオは頷いた。


 白鴉計画へ対抗する最も単純な方法。


 事実を複数人で確認し、残す。


 それだけだ。


 だが、それが最も重要なのだ。


   ◇ ◇ ◇


 最後に第二資料の箱をもう一度確認していたガレスが、底板を叩いた。


「音が違う」


 全員が振り返る。


「何です?」


 リアムが近づく。


「こっちは鈍い」


 ガレスが中央を叩く。


「こっちは少し高い」


「二重底?」


 ミレイが言う。


「あり得ます」


 リアムが箱を裏返す。


 底板の隅。


 小さな釘の一本だけが新しい。


「敵が開けた後に細工した可能性があります」


「罠か?」


「調べます」


 糸や火薬の仕掛けは見つからない。


 リアムが細い工具を差し込み、新しい釘を抜く。


 底板が少し浮いた。


 慎重に持ち上げる。


 その下に。


 一冊の小さな帳面が隠されていた。


「第二資料は不要」


 レオが、敵の残した文を思い出す。


「本当に不要だったのでしょうか」


「それとも」


 ガレスが言う。


「これに気づかなかった?」


 リアムが帳面を開く。


 最初の頁。


 題名はない。


 ただ。


 **観察官私記**


 とだけ記されていた。


「白鴉計画の公式記録ではない」


 マリアが言う。


「個人的な日記のようなものか」


 頁をめくる。


 日付は十七年前。


 筆跡は一人のもの。


 内容は簡潔だった。


 **017への試験は継続不能。**


 **対象は我々の想定以上に周囲の言葉を信じている。**


 **このまま続ければ人格そのものが崩れる。**


 次の頁。


 **中止を申請。却下。**


 **上層部は結果だけを求めている。**


 さらに。


 **私は観察官であって、処刑人ではない。**


 ヴィクターが息を呑む。


「この人は……」


「途中で計画に疑問を持った」


 レオが言う。


 頁を進める。


 やがて。


 対象017についての記述が続く。


 **本日、対象から質問された。**


 **『みんなが同じことを言うなら、私の方が間違っているの?』**


 誰も声を出せなかった。


 MIREI段階。


 周囲の現実を偽の認識へ合わせる。


 その結果。


 対象は、自分の記憶よりも周囲の言葉を信じ始めた。


 まさに計画の目的だった。


 だが。


 観察官は、それを見て耐えられなくなった。


   ◇ ◇ ◇


 さらに数頁。


 **移送命令。**


 **対象を王都北部施設へ移すとの決定。**


 **次段階へ進めるという。**


 その次の日。


 **拒否した。**


 短い一文。


 そして。


 **対象を逃がす。**


 ガレスが低く息を吐く。


「これが保護措置か」


 次の頁。


 **協力者二名。**


 **一人は記録係。**


 **一人は薬毒調査担当。**


 全員の視線がマリアへ向く。


「薬毒調査担当……」


 ミレイが呟く。


 マリアは帳面を凝視していた。


「私は知らない」


「本当に?」


「少なくとも、この件について協力した記憶はない」


「では別の人?」


「薬毒を扱う者は私だけじゃなかった」


 マリアの声は硬い。


 だが。


 明らかに動揺している。


「記録係は」


 レオが尋ねる。


「ルイス?」


「可能性は高い」


 マリアが答えた。


「だが、これだけでは断定できない」


   ◇ ◇ ◇


 次の頁。


 そこには、逃走経路について書かれていた。


 **王都東門を使用せず。**


 **北側の旧搬入口より退去。**


 **身分記録を破棄。**


 **新たな戸籍は作らない。**


「戸籍を作らなかった?」


 リアムが眉を寄せる。


「なら、正式には存在しない人間になる」


「身分を隠すためでしょう」


 レオが言う。


「しかし、王族なら」


 ガレスが続ける。


「いずれ探される」


 次の記述。


 **対象は王族として生きてはならない。**


 **名前も過去も、本人へ知らせない。**


 ミレイが顔を曇らせた。


「それって」


「守るために、本人へ真実を隠した」


 レオが言う。


 白鴉計画から守る。


 だがその方法は。


 本人の過去を奪うことでもあった。


「皮肉ですね」


 ヴィクターが呟いた。


「人の認識を操る計画から逃がすために」


「本当の過去を隠した」


「そうですね」


 レオは返した。


   ◇ ◇ ◇


 帳面は終盤へ入る。


 文字が乱れてきていた。


 急いで書いたのだろう。


 **追跡あり。**


 **王都を離れる。**


 **最終合流地点を変更。**


 その次。


 地名が記されていた。


 リアムが読み上げる。


「……グレーン村?」


 マリアの顔が変わる。


「知っていますか」


「知ってる」


「どこです」


「王都から南へ二日ほど」


「今はもうない」


「ない?」


「十年以上前に廃村になった」


「対象017はそこへ?」


「少なくとも、観察官は向かうつもりだったようですね」


 レオが言う。


 さらに頁をめくる。


 最後から二枚目。


 そこには。


 **対象を予定地点へ引き渡した。**


 **ここから先は、私も居場所を知らない。**


 そして。


 最後の頁。


 たった一文。


 **もし017が再び王の近くへ戻ることがあるなら、それは誰かが見つけたのではない。本人が、自分で戻る道を選んだ時だけであってほしい。**


 沈黙。


 レオはその一文を何度も読んだ。


 今。


 敵は言った。


 **対象は、すでに王の隣にいる。**


 もしそれが事実なら。


 十七年前に王族としての身分を消され。


 白鴉計画から逃がされた対象017は。


 何らかの経緯で王都へ戻った。


 そして今。


 セドリック王の近くにいる。


   ◇ ◇ ◇


「問題は」


 ガレスが言った。


「誰だ」


「十七年前に王位継承順位第三位だった人物」


「その人物が今、別の名前で王宮にいる可能性があります」


 リアムが答える。


「公式記録だけでは分からないかもしれません」


「だから」


 レオは帳面を閉じる。


「複数の記録を照合します」


「王宮へ戻る前に、グレイストーン卿へ伝令を」


「対象017については?」


 ミレイが尋ねる。


「全部書くの?」


 レオは少し考えた。


「対象番号と、十七年前の継承順位までは伝えます」


「この私記そのものは?」


「写しを作ります」


「原本は持っていきます」


「敵に奪われる危険は?」


 ヴィクターが尋ねる。


「あります」


「だから二つに分けます」


 レオはリアムを見る。


「写しを一つ、フェルトハイムへ残す」


「もう一つを伝令に」


「原本は私たちが持つ」


「同じ内容を三か所に」


 リアムが頷く。


「記録を一か所へ集めない」


「監察局が十七年前にやったことと同じですね」


 マリアが言う。


「今度は」


 レオは答えた。


「誰かが一つを消しても、全部は消せないようにします」


   ◇ ◇ ◇


 地下保管室を出る直前。


 ヴィクターが入口で足を止めた。


「また声ですか」


 レオが尋ねる。


「いいえ」


 ヴィクターは首を振った。


「何か思い出したんです」


「何を?」


「オーウェンが以前」


 皆がヴィクターを見る。


「王宮で、一人の人物について話していました」


「誰です」


「名前は言いませんでした」


「ただ」


 ヴィクターは記憶を慎重に辿る。


「『あの方は、王族より王族らしい』と」


「それだけ?」


「もう一つ」


「『本人だけが、自分の血を知らない』と」


 レオの表情が変わった。


「いつ聞いたのです」


「二か月ほど前」


「誰について話していたかは?」


「分かりません」


「周囲には誰が?」


「侍従が数人」


「近衛も」


「その時は、冗談だと思いました」


 本人だけが、自分の血を知らない。


 対象017。


 王族としての過去を隠された者。


 符合する。


「オーウェンは対象017の正体を知っていた」


 リアムが言う。


「少なくとも、その可能性があります」


「そして今、オーウェン自身が行方不明」


 ガレスが低く言った。


「王都に戻れば、まず奴を探す必要があるな」


「はい」


 レオは頷いた。


 対象017。


 オーウェン。


 白鴉計画。


 三つの線が、少しずつ一つへ近づいている。


 だが。


 まだ名前はない。


 決めつけない。


 証拠を集める。


 その原則だけは崩さない。


 レオは最後に地下保管室を振り返った。


 第一資料は奪われた。


 第二資料からは、敵が見落とした可能性のある観察官私記が見つかった。


 第三資料には、MIREI分類と対象017の記録が残されていた。


 敵がすべてを掌握しているわけではない。


 それが分かっただけでも大きい。


「戻りましょう」


 レオは言った。


「今度は、こちらから追います」


 白鴉計画を引き継いだ者たちが用意した問いに答えるのではなく。


 残された記録から。


 自分たち自身の問いを立てる。


 対象017とは誰なのか。


 十七年前。


 誰がその人物を救ったのか。


 そして。


 なぜ今になって、その人物が再び王の隣にいるのか。


 答えは。


 王都にある。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ