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第197話 封印の回廊

翌朝。王宮の空には薄い雲が広がっていた。夜明けを迎えて間もない時刻で、長い廊下にも人の姿はほとんどない。レオは西棟へ向かいながら、外套の内側に収めた青銅の鍵を確かめた。旧・謁見の間に隠されていた手紙。そこに同封されていた、最後の記録庫を開くという鍵。そして、監察局が姿を消す直前にルイス・アルデンへ与えられた最後の任務——王国記録を最終保管庫へ移送せよ。長く消され続けてきた真実へ続く道が、ようやく一本に繋がろうとしている。だが、その道が誰によって用意されたものなのかは、まだ分からない。監察局か。ルイスか。白鴉か。あるいは、すべてを利用しながら自分たちをどこかへ導こうとしている別の人物か。レオは歩みを止めず、静かに息を吐いた。

   ◇ ◇ ◇

王宮西棟の地下入口には、すでに四人が集まっていた。ガレス、エレナ、リアム、そしてグレイストーン。

「全員揃っています」ガレスが短く告げた。「周囲は確認した。今のところ、後をつけている者はいない」

「ありがとうございます」レオは四人の顔を順に見る。「今回の調査は、これまで以上に慎重に進めます」

誰も異論を挟まなかった。昨日見つかった手紙には、こう記されていた。——一人だけ信じるな。その者は、お前のすぐ近くにいる。その一文だけを理由に仲間を疑うつもりはない。だが、警戒を解く理由もなかった。

「私たち以外には目的地を知らせていません」エレナが言った。「近衛にも、文書管理官にも、詳しい場所は伝えていません。西棟の老朽箇所を確認するとだけ説明しました」

「それで十分だ」ガレスが頷く。「ただし、予定していた時刻までに戻らなければ、指定した兵が捜索を始める」

レオは少し考えた後、頷いた。「それで構いません。誰にも知らせず地下へ入り、そのまま行方不明になるわけにはいきませんから」

グレイストーンが低い声で言う。「監察局が十七年前に何を守ろうとしたのかは分からん。だが、記録を隠すためだけに、王宮の地下へこれほどの施設を造ったとは考えにくい」

「罠もあると?」リアムが尋ねる。

「侵入を防ぐための仕掛けくらいはあるだろう」グレイストーンは古い石壁へ目を向けた。「魔法のようなものではない。鍵、重り、歯車、落とし戸。人間が造ったものなら、必ず人間の手で動く。そして、人間の手で壊すこともできる」

ガレスが剣の柄へ手を置く。「分かりやすくて助かる」

「剣で壊せるものばかりならな」グレイストーンの返答に、ガレスは苦い顔をした。

   ◇ ◇ ◇

五人は第三保管庫を通り抜けた。昨夜のうちに散乱した帳簿や倒れた棚は最低限片づけられていたが、床にはまだ追跡の痕跡が残っている。埃を乱した足跡、倒された棚、人影が消えた隠し扉。レオは立ち止まらず、その奥へ進んだ。

旧・謁見の間へ続く細い通路を抜けると、建国王の織物が飾られた広間へ出た。十五年前に役目を終えた場所。巨大な柱、取り外された玉座、白い布に覆われた家具。朝の光さえほとんど入らず、広間の奥は薄暗い。エレナが持参したランタンへ火を灯し、続いてリアムとガレスも、それぞれの灯りを掲げた。黄味を帯びた光が、古い石床を静かに照らす。

「昨日のままですね」リアムが周囲を見回す。

「誰かが入った形跡は?」レオが尋ねる。

「少なくとも、表から入った跡はありません」床に積もった埃にも、新しい足跡はなかった。だが、それだけで安心はできない。ここには外から見えない通路がいくつもある。第三保管庫から続く道。壁の裏にある王の密室。さらに、その先に眠っているはずの地下空間。正面の扉を使わなくても、この場所へ入ることは可能だった。

レオは建国王の織物を横へずらした。その裏に隠されていた石扉は、昨日開けたままになっている。五人は狭い密室へ入った。中央の机、壁の本棚、王家と有力貴族の血筋が記された系譜図。監察局は王ではなく、王国そのものに仕えると刻まれた銅板。すべてが昨日と同じ場所にある。

「図面では、この部屋のさらに奥に空間があります」リアムは持参した古い建築図面を机の上へ広げた。現在の謁見の間、旧・謁見の間、第三保管庫。複数の図面を重ね合わせると、通常の壁では説明できないほど厚い部分がある。その中心が、この密室の北側だった。

「距離にして、壁の向こうへ十歩以上」リアムが指で線をなぞる。「普通なら、部屋か通路がなければ不自然です」

「昨日は見つけられなかったのか?」ガレスが石壁を眺める。

「目立つ継ぎ目はありませんでした」エレナが答えた。「だから建築図面を確認してから、改めて調べることにしたんです」

グレイストーンがランタンを受け取り、壁を端から照らしていく。「扉というものは、隠しても完全には消せん。開閉する以上、どこかに継ぎ目がある」

レオも壁へ近づいた。石材はどれも同じ大きさに整えられ、色も形も揃っている。指先で表面をなぞるが、何もない。隣の石へ移っても変化はない。さらに数歩進んだところで、リアムが声を上げた。「ここです」

全員が振り返る。彼が示したのは、壁の下部に刻まれた王冠の装飾だった。部屋全体には複数の王家の紋章があるが、その王冠だけ中央の宝石を表す部分がわずかに沈んでいる。「押された跡があります」リアムが布で埃を拭う。丸いくぼみの縁だけが、他より滑らかだった。

「最近使われた?」エレナが尋ねる。

「最近とは限りません。ですが、何度も押された痕跡です」グレイストーンがレオへ視線を向けた。「試してみろ」

レオは頷き、王冠の中央へ親指を当てた。ゆっくり力を込める。最初は動かなかった。さらに強く押すと、カチリ、と壁の奥で小さな金属音が響いた。直後、王冠の下にある石が指一本分だけ前へせり出す。「動きました」エレナがランタンを近づける。せり出した石を引くと、その奥から青銅製の鍵穴が現れた。形は、手紙に同封されていた鍵と同じだった。

レオは外套の内側から青銅の鍵を取り出した。鍵の柄には王冠に似た印が刻まれているが、現在の王家の紋章とは微妙に形が違う。王冠の頂点が一つ多く、その下に細い線が引かれていた。

「古い王家の印でしょうか」エレナが呟く。

グレイストーンは首を横に振った。「私が知る限り、王家が公式に使った紋章ではない」

「なら、監察局だけが使っていた?」

「可能性はある」

レオは鍵を鍵穴へ差し込んだ。抵抗はなく、奥までぴたりと入る。ゆっくり右へ回した。一度目、重い。二度目、壁の中で歯車が噛み合うような音がする。三度目、鍵が止まった。その直後、ゴン、と床下で重いものが落ちる音が響く。続いて、壁の奥で鎖が引かれていく。ギギギギ——。長い年月を眠っていた装置が、軋みながら動き始めた。

「下がってください」リアムが声を上げる。五人は壁から距離を取った。石壁中央に細い縦の割れ目が現れ、そこから左右へゆっくりと壁が開いていく。

「重りを使った仕掛けですね」リアムが動きを見ながら言う。「鍵を回すことで留め金が外れ、壁の内側に吊られた重りが落ちる。その力で扉を動かしているんだと思います」

「閉じる時は?」ガレスが尋ねる。

「おそらく中に巻き上げ装置があります。人力で重りを元の位置へ戻すのでしょう」

石扉は人一人が通れる幅まで開くと止まった。その向こうには、暗闇が口を開けていた。

   ◇ ◇ ◇

冷たい空気が流れ出す。湿った匂い。石と土。長く閉ざされた地下特有の空気だった。レオはランタンを高く掲げる。光の先に、石造りの回廊が伸びていた。幅は三人が並べるほど、天井は低く、背の高いガレスなら手を伸ばせば届きそうだった。壁には一定間隔で真鍮製の燭台が取り付けられているが、蝋燭はほとんど残っていない。長い年月の間に溶けたのではなく、誰かが取り外したように、燭台だけが空になっていた。

「灯りは持参して正解でしたね」エレナが言う。だが、リアムは入口近くの燭台を調べながら眉をひそめた。「すべて空ではありません」燭台の受け皿に、わずかな蝋が残っている。指先で触れる。

「新しい?」レオが尋ねる。

「古くはありません」リアムは蝋を指で軽く押した。「完全には硬くなっていません。数日以内に火が灯された可能性があります」

ガレスの表情が変わる。「誰かが先に入ったということか」

「少なくとも、この通路が十七年間ずっと閉じられていたわけではありません」エレナが入口の石扉を見る。「でも鍵は私たちが持っていました」

「鍵が一本だけとは限りません」グレイストーンが静かに言う。「あるいは、別の入口がある」

レオは回廊の奥へ視線を向けた。ランタンの光は途中までしか届かず、その先には濃い闇だけが広がっている。「進みましょう」

先頭はガレス、その後ろをレオ、エレナ、リアム、最後尾をグレイストーンが歩く。ランタンは三つだけ使うことにした。灯りを増やせば視界は広がるが、遠くからも自分たちの位置が分かってしまう。もし先に誰かがいるなら、不用意に存在を知らせるべきではない。

石床には薄く埃が積もっていた。しかし入口から数歩進んだところで、ガレスが手を上げる。「止まれ」全員が足を止めた。彼はランタンを低く掲げる。埃の上に、足跡が残っていた。一人分。靴底は細く、ガレスやレオのものより小さい。

「第三保管庫で見た足跡と似ています」リアムがしゃがみ込んだ。

「同じ人物か?」

「断定はできません。ですが、大きさはほぼ同じです」

足跡は回廊の奥へ続いていた。乱れてはいない。走った形跡もない。誰かは追われることを恐れず、落ち着いて歩いている。

「私たちが来ることを知っていたのでしょうか」エレナが小声で尋ねる。「それなら、足跡を残すでしょうか」

レオは足跡の向きを確認する。奥へ向かうものだけで、戻った跡はない。「まだ先にいる可能性があります」

ガレスが剣を抜く。鞘から刃が滑り出す音が、地下へ小さく響いた。

「必要になるまで振るうな」グレイストーンが釘を刺す。「相手が敵とは限らん」

「分かっている」そう答えたものの、ガレスは剣を納めなかった。

回廊は緩やかに下っていた。壁にはところどころ細い亀裂が走り、天井から落ちた砂が床に溜まっている。だが、造りそのものは頑丈だった。石は隙間なく組まれ、支柱も一定間隔で配置されている。

「オズワルドの仕事でしょうか」エレナが壁へ手を触れる。

「おそらく」リアムが答えた。「この造り方は、王宮地下の古い排水路と似ています。ただし、こちらの方が丁寧です」

「秘密を守るための通路だったからでしょう」

十七年前。オズワルド・レインは王宮地下の工事を監督した。測量士エリオット・バーンズは記録から消えた。監察局は突然廃止され、職員たちの名前も消された。その翌日、ルイス・アルデンは王国記録を最終保管庫へ運ぶよう命じられた。それらすべてが、この回廊へ繋がっている。

レオは自分たちの足音を聞きながら、胸の奥に奇妙な重さを感じていた。真実へ近づいている。だが近づくほど、誰かが意図的に残した道を歩かされているという感覚も強くなる。木箱、金属札、白紙の伝言、青銅の鍵。一つ見つけるたび、次の場所が示される。偶然とは思えない。誰かが最初から、自分たちがここまで来ることを望んでいる。

   ◇ ◇ ◇

しばらく進むと、回廊の幅が広くなった。正面には石壁。道はそこで左右へ分かれている。分岐の中央には、腰ほどの高さの石碑が立っていた。表面には厚く埃が積もっている。レオが布で拭うと、古い文字が現れた。左を指す矢印の上に「第一記録庫」、右を指す矢印の上に「最終記録庫」と刻まれている。

「記録庫は一つではなかったのですね」エレナがランタンを近づける。

リアムは図面を開いた。「この分岐は記されていません。というより、ここから先の図面そのものがない」

「意図的に残さなかったのでしょう」グレイストーンが右の通路を見る。「最終記録庫が目的地だ。だが、名前から考えると、第一、第二と続いている可能性もある」

「第二記録庫は?」ガレスが石碑を調べるが、正面にも側面にもどこにも記載はなく、壊された跡もない。

「最初から、ここには第一と最終しか書かれていなかったようです」リアムが言う。

レオは左右の床へ視線を落とした。足跡は右へ続いている——最終記録庫の方向だ。一方、左の通路には薄い埃が均一に積もっており、誰かが最近通った形跡はない。

「先に来た人物は、迷わず右へ進んでいます」エレナも気づいた。「この場所を知っていたということでしょうか」

「あるいは、私たちと同じように目的地を示されていた」

レオは石碑へ手を置いた。その時、指先にわずかな凹凸を感じた。「裏にも文字があります」五人で石碑の背後へ回る。埃を払うと、一文だけ刻まれていた。

——記録を守る者は、真実を急ぐな。

レオはその言葉を見つめた。「白紙の伝言と同じです」エレナが呟く。真実を急ぐな。見えている証拠ほど疑え。ルイスは裏切っていない。誰かが密室へ残した三行。その最初の言葉が、十七年前に造られた石碑にも刻まれている。

「監察局が使っていた言葉なのでしょうか」リアムが尋ねる。「教訓か、合言葉か」

グレイストーンは石碑を眺めた。「どちらにせよ、あの白紙を書いた者は、監察局の内部事情を知っている」

「少なくとも、偶然同じ言葉を使ったわけではありませんね」

レオは左右の通路を見比べた。目的地は最終記録庫。右へ進めば、先行した人物に追いつけるかもしれない。王国記録も、そこにある可能性が高い。だが石碑は、真実を急ぐなと警告している。そして左の第一記録庫には、誰も入っていない。

「左へ行きます」レオが告げる。

ガレスが振り返った。「最終記録庫ではなく?」

「はい。先に来た人物は右へ向かっています。相手が私たちを右へ誘っている可能性があります」レオは足跡を指差した。「第三保管庫でも、木箱や金属札は見つけやすい場所に残されていました。旧・謁見の間でも、白紙の伝言が突然現れた。そして、この場所には『真実を急ぐな』と刻まれている」

エレナがレオの意図を察した。「先に第一記録庫を調べるべきだと?」

「はい。目的地へ急ぐ前に、監察局がどのような記録を残し、どのような順序で読むことを想定していたのか確認します」

リアムが右の足跡を見る。「先行者を逃す可能性はあります」

「承知しています。ですが、追跡だけを優先して罠へ入る方が危険です」

グレイストーンが頷いた。「私もレオに賛成だ。十七年間守られた場所だ。一つ飛ばして先へ行けば、必要な情報を知らないまま核心へ触れることになるかもしれん」

ガレスはしばらく右の通路を睨んでいたが、やがて剣を下ろした。「分かった。左だな」

   ◇ ◇ ◇

第一記録庫へ続く通路は短かった。十歩ほど進むと、古い木製の扉が現れる。地下にありながら、扉は完全には腐っていない。表面には油を塗った跡があり、金属の補強板が何本も打ちつけられていた。

「扉だけは定期的に手入れされていたようですね」リアムが木肌を調べる。

「最近ですか」

「いえ。最後に油を塗られたのは、かなり前でしょう。ただ、造られた当初から保存を考えて加工されています」

扉には取っ手も鍵穴も見当たらず、中央に長方形の金属板が埋め込まれているだけだった。エレナがランタンを近づけると、板には一文が刻まれていた。

——嘘を持つ者、この先へ進むべからず。

「また警告か」ガレスが眉を寄せる。

リアムは金属板の周囲を調べる。「嘘を見抜く仕掛けがあるとは思えません。人が造った扉ですからね」

「言葉そのものに意味があるのでしょう」レオが言う。「監察官として記録を読む者へ向けた戒めかもしれません。自分に都合のいい結論を持ったまま、記録へ触れるなと」

グレイストーンが低く呟く。「真実を急ぐな。見えている証拠ほど疑え。嘘を持つ者は進むな。監察局は、記録を残す以上に、読む者の姿勢を警戒していたようだな」

レオは扉の前に立ち、押してみるが動かない。金属板へ手を当てると冷たい。周囲をなぞると、板の下部に小さな隙間がある。「動きます」指を掛けて持ち上げると、金属板が上へ滑った。その下から、三つの回転式の円盤が現れる。それぞれに文字が刻まれていた。

「組み合わせ錠ですね」リアムが目を細める。一つ目の円盤には「王・国・民」、二つ目には「命・法・血」、三つ目には「守る・従う・疑う」が刻まれている。

「三つの言葉を選ぶ仕掛けか」ガレスが腕を組む。「適当に回せば開くんじゃないのか」

「間違えた時に何が起こるか分かりません」リアムが扉の下部を見る。「床に細い溝があります。中の留め金が外れないだけならいいですが、別の仕掛けと繋がっている可能性もあります」

エレナが刻まれた言葉を順に読む。レオは銅板に刻まれていた一文を思い出す。——監察局は王に仕える組織ではない。監察局が仕えるのは、王国そのものである。

「一つ目は『国』でしょう」レオが円盤を回す。カチリ。中央の印に「国」が合う。

「二つ目は?」ガレスが尋ねる。

「王国を守るために、何を基準とするか」エレナは考え込む。「血ではありませんね。王家の血に従う組織ではないと、すでに記されています」

「命も違う気がします」リアムが言う。「特定の人物の命を最優先するなら、王に仕える組織と変わりません」

レオは二つ目を「法」へ合わせた。「国を、法によって」

「そして三つ目は『守る』か?」ガレスが尋ねる。だがグレイストーンが首を横へ振った。「単純すぎる。この扉には『嘘を持つ者』と書かれている。監察局は何より、見えているものを疑うよう求めている」

レオも同じ考えだった。三つ目の円盤を回し、「疑う」を中央の印に合わせる。国。法。疑う。一見すれば奇妙な言葉の並びだが、監察局の理念として考えれば意味は通る。国のため、法を基準とし、すべてを疑う。

「これでいきます」レオは円盤の横にある小さなレバーへ手を掛けた。

「待て」ガレスが一歩前へ出る。「私が動かす」

「ですが」

「何か飛び出すなら、俺の方が避けやすい」

レオは迷ったが、やがて場所を譲った。「無理はしないでください」

「分かっている」ガレスは体を扉の正面から外し、横から腕を伸ばしてレバーをゆっくり下ろす。カチッ。内部で留め金が外れる音がした。続いて、扉がわずかに手前へ動く。

「正解か」ガレスが息を吐く。

しかし、その直後。カン——。回廊の奥から、金属がぶつかるような音が響いた。五人が一斉に振り返る。音は最終記録庫の方向からだった。遠く、だが確かに聞こえた。偶然石が落ちた音ではない。金属同士が触れ合う、乾いた響き。

「誰かいます」エレナがランタンを握りしめる。ガレスは再び剣を構えた。「先行した者か」

レオは右の通路を見つめる。暗闇の向こうに動くものは見えない。だが、先ほどまで足跡だけだった存在が、今は明確な音を立てた。こちらが第一記録庫を開けた直後に。まるで、扉が開いたことを知っているかのように。

「追いますか」リアムが尋ねる。

レオはすぐには答えなかった。第一記録庫の扉は開いている。最終記録庫の方向には、誰かがいる。今ならまだ追いつけるかもしれない。だが、ここで引き返せば、第一記録庫を調べるという判断を自ら捨てることになる。

「入りましょう」レオは開いた扉へ向き直った。

「本当にいいのか?」ガレスが尋ねる。

「はい。相手が私たちの動きを見ているなら、音を立てたのも注意を引くためかもしれません」

「こちらを右へ向かわせるために?」エレナが言う。

「その可能性があります」

グレイストーンが満足そうに頷く。「真実を急ぐな、か」

レオは第一記録庫の暗い入口を見つめた。「ここに何が残されているのかを、先に確かめます」

ガレスは剣を構えたまま、扉を押し開いた。古い蝶番が軋み、冷たい空気が流れ出す。ランタンの光が、部屋の中へ細長く伸びた。そこには壁一面を埋める棚があり、帳簿、封筒、木箱——いくつもの記録が、十七年前の姿のまま静かに並んでいる。

そして部屋の中央、一脚の椅子に、人の形をしたものが座っていた。エレナが息を呑む。ガレスが一歩前へ出る。レオはランタンを高く掲げた。光が、その姿を照らす。人間ではなかった。古びた外套と帽子を被せられた木製の人形。胸元には、一枚の紙が留められている。

レオは慎重に近づいた。紙に書かれていたのは、たった一行。

——ここへ来た者よ。最終記録庫へ進む前に、裏切り者の名を知れ。

その下には、黒い封蝋で閉じられた一通の封筒が結びつけられていた。封蝋に刻まれているのは、翼を広げた白い鳥。監察局の印だった。

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