第196話 最後の記録庫
密室を出ても、誰一人として口を開かなかった。
「一人だけ信じるな」。その一文が、全員の胸に重くのしかかっていた。
だがレオは歩みを止めない。やがて旧・謁見の間を抜けると、静かに振り返った。
「皆さん」
三人の視線が集まる。
「先ほどの手紙についてですが」
レオは一度言葉を切った。
「私は、誰かを疑うつもりはありません」
ガレスが小さく笑う。
「そう言うと思った」
「監察局が残した言葉だからといって、無条件に正しいとは限りません」
レオは落ち着いた声で続けた。
「証拠もなく仲間を疑えば、それこそ相手の思うつぼです」
エレナも静かに頷いた。
「その判断が正しいと思います」
◇ ◇ ◇
王宮へ戻る途中、レオは青銅の鍵を何度も見返していた。鍵は古い。だが錆びはほとんどない。
「最近まで使われていたようですね」
リアムが言う。
「ええ」
レオは鍵の柄に刻まれた模様を指でなぞった。そこには白い鳥ではなく、小さな王冠が刻まれている。
「監察局の印ではありません」
「王家の印ですか?」
エレナが尋ねる。
「完全には一致しません。ですが、王家と関係する施設なのは間違いないでしょう」
◇ ◇ ◇
その日の午後、王宮文書管理室には古地図が机いっぱいに広げられていた。リアムが何枚もの図面を重ね合わせる。
「第三保管庫」「旧・謁見の間」「オズワルドの屋敷跡」――赤い印を線で結ぶ。「そして最後の記録庫」
「問題は場所ですね」
ガレスが頭を掻いた。
「鍵だけあっても、扉が分からん」
その時だった。
「……待ってください」
エレナが一枚の古い図面を持ち上げた。
「この図面だけ縮尺が違います」
レオも近づく。確かに妙だった。一見すると普通の王宮配置図だが、壁の厚さだけが不自然に広く描かれている。
「これは建築図面です」
リアムが気付いた。
「部屋ではなく、壁の内部まで描いてあります」
レオは定規を当て、壁の厚さを測る。
「……おかしい」
「どうしました」
「この場所だけです」
彼が指差したのは、現在の謁見の間の真下だった。
「壁が異常に厚い。地下空間があります」
ガレスが目を見開く。
「隠し部屋か」
「その可能性があります」
さらに図面を重ねる。旧・謁見の間、第三保管庫、現在の謁見の間――三つを重ねた瞬間、一本の直線が浮かび上がった。
エレナが息を呑む。
「全部繋がっています……」
「地下通路ですね」
リアムが静かに言う。
「しかも一直線です」
レオは青銅の鍵を見つめた。
「最後の記録庫は、この通路のどこかにあります」
◇ ◇ ◇
そこへ執務室の扉が叩かれた。
「失礼します」
入ってきたのはグレイストーンだった。
「調べていた件で報告がある」
「何か分かりましたか」
「ルイス・アルデンについてだ」
全員の表情が引き締まる。グレイストーンは一枚の古い報告書を机へ置いた。
「二十年前、ルイスは書庫管理部へ所属していた。だが、それは表向きだ」
「実際には?」
レオが尋ねる。グレイストーンは静かに答えた。
「監察局への出向記録が見つかった」
エレナが驚きの声を上げる。
「本当に監察局の人間だったのですね」
「いや」
グレイストーンは首を横に振る。
「正式所属ではない。書庫管理部から、一時的に監察局へ派遣されていたらしい」
レオは考え込む。
「だから監察局の名簿には載らず、書庫管理部の記録だけが残っていた……」
「そういうことだろう」
グレイストーンは続けた。
「そして、もう一つ分かった。ルイスの最後の任務だ」
「何です?」
部屋の空気が張り詰める。グレイストーンは報告書の最後の一行を指差した。そこには、短くこう記されていた。
『王国記録を最終保管庫へ移送せよ』
その日付は、監察局が姿を消した前日だった。
レオはゆっくりと報告書を閉じる。
「やはり……最後の記録庫は実在します」
そして監察局が命を懸けて守り抜いた「王国記録」は、今もなお、そのどこかで眠り続けているのだった。




