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第187話 閉ざされた第三保管庫

王宮へ戻った頃には、空は夕焼けに染まり始めていた。茜色の光が回廊の石畳を照らし、長く伸びた影が四人の足元を追いかけてくる。レオたちは休む間もなく文書管理室へと向かった。今日という日を無駄にするわけにはいかない、という空気が全員の間に流れていた。

 エレナが先頭に立ち、扉を開けて中にいた管理官へ声を掛ける。

「第三保管庫について調べたいのですが」

 管理官は一瞬だけ表情を曇らせた。それはほんの微かな変化だったが、レオの目は見逃さなかった。長年、人の顔色を読むことに慣れている者の反応だった。

「第三保管庫、ですか」

「何か問題でも?」

 エレナが重ねて尋ねると、管理官は口ごもった。

「……いえ」

 そう答えたものの、その声には明らかな戸惑いが混じっていた。手元の書類を整える仕草も、心なしかぎこちない。

「第三保管庫は十七年前に閉鎖されました」

 管理官はそう言いながら、棚の奥から古い台帳を取り出してきた。表紙は色あせ、綴じ糸もほつれかけている。

「理由は資料の通り、水漏れです」

 レオは台帳を覗き込みながら、静かに尋ねる。

「閉鎖後、一度も開けられていませんか」

「公式にはありません」

「公式には?」

 管理官は言葉を選ぶように視線を伏せた。しばらくの沈黙のあと、ようやく口を開く。

「……鍵の貸し出し記録が、一度だけ残っています」

 その一言で、部屋の空気が張り詰めた。エレナとガレスが同時に顔を上げ、リアムも身を乗り出す。

「いつです」

 レオの声は落ち着いていたが、その奥には強い緊張がにじんでいた。

「三年前です」

 レオの眉がわずかに動く。三年前——それは父の事件や、黒蛇会の動きが活発になり始めた頃と重なる時期だった。偶然にしては、あまりにも符合しすぎている。

「借りた人物は」

 管理官は台帳のページをめくり、指でなぞりながら確認していく。だがやがて首を横へ振った。

「そこだけ、記録がありません」

「ありません?」

 エレナが思わず聞き返す。

「貸し出し日は書かれています。返却日もあります」

 管理官はページを指し示しながら続けた。

「ですが、借用者名だけが空欄なんです」

 ガレスが低く呟いた。

「また名前だけ消えてるのか」

「いえ」

 管理官は首を振る。

「消された形跡はありません」

「最初から書かれていないんです」

 その言葉に、レオはエレナと視線を交わした。誰かが意図して名を伏せた——そうとしか思えない。偶然に空欄になることなど、通常はあり得ないからだ。

「保管庫の鍵はありますか」

 レオが尋ねると、管理官は少し迷った様子を見せたあと、奥の棚から小さな鍵箱を持ってきた。蓋を開けると、中には大小さまざまな鍵が整然と、あるいは乱雑に並んでいる。長年の使用によって光沢を失ったものもあれば、ほとんど新品同然のものもあった。

 その一番奥、他のものよりも黒ずんだ真鍮の鍵が一本だけ、ひっそりと残されていた。

「これが第三保管庫の鍵です」

「開きますか」

「……分かりません」

 管理官は鍵を手に取り、じっと見つめながら答えた。

「二十年近く使われていませんから」

◇ ◇ ◇

 王宮西棟。普段は人がほとんど立ち入らない地下区画へ、四人は足を踏み入れた。灯りの少ない石造りの長い廊下を進むと、やがて古びた鉄扉が姿を現す。

 扉には赤い封蝋の跡が残っていた。長い年月を経て乾き、ひび割れたその跡は、かつて厳重に封じられていたことを物語っている。しかし、封はすでに割れていた。

「封印は破られています」

 リアムが灯りを近づけながら、静かに言った。割れた封蝋の断面は古びておらず、比較的最近のものであることが見て取れる。

「三年前でしょうか」

「おそらく」

 レオは扉を見つめたまま短く答えた。誰かがすでにここへ足を踏み入れている。それも、正規の手続きを踏まずに。

 鍵を差し込む。ギギッ、と鈍い音が響いた。長い年月を経た錠前は重く、なかなか回らない。ガレスが力を込めて扉を押すと、ゆっくりと鉄扉が開いていく。中から、冷たく乾いた空気が流れ出してきた。埃と古紙、そしてかすかに錆の匂いが混じっている。

◇ ◇ ◇

 松明に火を灯し、四人は中へ足を踏み入れた。第三保管庫は、想像していた以上に広かった。何列もの棚が規則正しく並び、その多くは白い布で覆われている。長年の眠りから覚めることのなかった資料を、埃と湿気から守るためだろう。

 誰の足音も、松明の爆ぜる小さな音さえも、やけに大きく響いて感じられる。

「……誰かいます」

 リアムが小さく呟いた。

「え?」

 エレナが息を呑む。レオはすぐに床へ視線を落とした。薄く積もった埃の上に、新しい足跡が残っている。一人分。それも、ごく最近つけられたものだった。埃の乱れ方から見ても、時間はさほど経っていない。

「まだ遠くへは行っていません」

 レオが静かに言う。足跡は保管庫の奥へと続いていた。四人は音を立てないよう、慎重に足を運び始めた。棚にはそれぞれ番号が振られている。十五列、十六列——そして。

「十七列です」

 エレナが小声で告げた。金属札に刻まれた文字を確認する。

 17-4-3。

「四段目」

 リアムが棚を見上げる。

「三番目」

 ガレスが松明を掲げ、目的の場所を照らし出した。そこには、一冊だけ周囲より新しい革表紙の帳簿が置かれている。誰かが最近入れ替えたかのように、埃がほとんど積もっていなかった。

 レオはゆっくりと手を伸ばす。指先が革表紙に触れようとした、その瞬間——保管庫の奥で、何かが倒れる音が響いた。

 ガタンッ——。

 全員が一斉に振り向く。

「誰だ!」

 ガレスが剣を抜き、松明を高く掲げた。しかし返事はない。暗闇のさらに奥へ、小さな人影が一瞬だけ走り去るのが見えた。

「逃がすな!」

 レオは反射的に駆け出した。

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