第185話 隠された記録室
石の扉の前で、四人は足を止めた。
地下室は静まり返っている。聞こえるのは、自分たちの呼吸と、どこからか滴る水の音だけだった。
「ここまで隠す理由があるということですね」
エレナが小さく呟く。レオは頷いた。
「オズワルド・レインが本当に地下工事の責任者だったのなら、この奥に残したかったものがあるのでしょう」
◇ ◇ ◇
石の扉には取っ手がなかった。レオは表面をゆっくり観察する。継ぎ目は見える。だが押しても引いても動かない。
「鍵があります」
リアムが壁の一角を指差した。小さな金属板が石に埋め込まれていた。錆びついてはいるが、人工物だと分かる。
「開けられそうか」
ガレスが尋ねる。リアムはしゃがみ込んだ。
「少し時間をください」
細い工具を差し込み、慎重に動かしていく。カチリ。小さな音が響いた。続いて、石の奥で何かが噛み合う音が聞こえる。
「開きます」
リアムが立ち上がった。ガレスが扉へ手を掛ける。ゆっくり力を込めると、重い石扉は長い眠りから覚めるように軋みながら動き始めた。
◇ ◇ ◇
その先は、一つの部屋だった。地下室というより、小さな書庫。壁一面に棚が並び、古い木箱や革張りの帳簿が整然と収められている。
「これは……」
エレナが目を見開いた。
「記録室ですね」
レオも部屋を見回す。思っていたより荒らされた形跡がない。机の上には羽ペンが置かれたまま。棚にも資料が残っている。
「急いで逃げたわけではなさそうです」
ガレスは周囲を警戒する。
「罠はないようだ」
「なら調べましょう」
レオは最も近い棚から帳簿を取り出した。表紙には、――地下資材搬入記録、と書かれている。
「地下工事の資料です」
エレナも隣の棚を調べ始めた。
◇ ◇ ◇
帳簿を開く。日付。資材名。数量。搬入責任者。細かな記録が続いている。
「かなり几帳面ですね」
リアムが感心したように言う。
「建設局長らしい仕事です」
レオはページをめくる。すると、ある日付で手が止まった。
「十七年前……」
その日を境に、搬入資材が変わっていた。石材。木材。鉄材。そこまでは普通だ。だが、その後に見慣れない項目がある。――封鎖用石板。――秘匿扉。――特殊錠前。
「封鎖用……」
ガレスが眉をひそめる。
「最初から隠すつもりだったのか」
「そのようです」
さらにページをめくる。最後の欄に、小さな文字が書き添えられていた。――工事完了。――以後、白鴉の指示による。
全員の動きが止まった。
「……白鴉」
エレナが息を呑む。初めてだった。白鴉という名が、当時の資料に直接記されていた。
◇ ◇ ◇
レオは慎重に次のページを開く。しかし、そこから先はすべて切り取られていた。
「ない……」
リアムが呟く。
「重要な部分だけ」
ページが根元から丁寧に外されている。
「誰かが持ち去っています」
「最近でしょうか」
エレナが尋ねる。レオは紙の断面を見る。
「違います」「かなり昔です」「紙の変色具合が同じです」
「工事が終わった頃には、すでに抜かれていたのでしょう」
◇ ◇ ◇
ガレスが棚の奥を探る。
「こっちにも帳簿がある」
今度は人員名簿だった。工事に携わった者たちの名前が並んでいる。オズワルド・レイン。エリオット・バーンズ。その他、多くの職人たち。
「これなら全員追えます」
リアムが言った。しかし、その瞬間、レオの目が一つの欄で止まる。
「……おかしい」
「どうしました」
エレナが近づく。
名簿の最後。工事監督の欄。そこには、建設局長 オズワルド・レイン、と記されていた。その下に、もう一人。役職だけが書かれている。――特別監督官。名前だけが、鋭利な刃物で完全に削り取られていた。
「消されています……」
エレナが呟く。
「最初から白紙だったわけではありません」
「ええ」
レオは静かに頷く。
「ここには、確かに誰かの名前があった」
白鴉ではない。エドガーでもない。地下工事を直接監督していた、もう一人の人物。その名前だけが、誰にも読めないよう完全に消されていた。




