第184話 封じられた屋敷跡
昼過ぎ。レオたちは王都北区へ向かっていた。同行するのはガレス、エレナ、リアムの三人だけだ。大勢で動けば目立つ。まだ相手が完全に動きを止めたとは限らない以上、慎重に行動する必要があった。
北区に足を踏み入れると、空気が一段と静かになった。周囲には古い石造りの住宅が並んでいる。かつて王宮建設局の役人たちが暮らしていた地区だという。しかし人通りは少なく、年老いた住民が時折姿を見せる程度で、どこか時間が止まったような静けさが漂っていた。石畳には長年の風雨で刻まれた轍の跡が残り、窓には板が打ちつけられた家も少なくない。かつての賑わいを想像するのは難しかった。
「この辺りです」
リアムが歩みを止め、地図から顔を上げた。そのまま指を差す。
「あそこです」
そこだけ、不自然に空いていた。一軒分の土地だけが更地になっている。周囲の屋敷は残っているのに、その場所だけ建物がない。まるで歯が一本だけ抜け落ちたような、奇妙な光景だった。
「確かに……」
ガレスが辺りを見回しながら呟いた。
「二十年近く放置されている土地には見えんな」
雑草は膝ほどしか伸びていない。石垣も崩れておらず、誰かが最低限の管理を続けているようだった。もし本当に長年放置されていたなら、もっと荒れていておかしくない。手入れの跡が、かえって不自然さを際立たせていた。
レオはゆっくりと敷地へ足を踏み入れた。土は固く締まっている。雨のあととは思えないほど踏み固められていた。しゃがみ込み、土を指先で触れながら呟く。
「最近も人が入っています。足跡は消されていますが、地面が均一すぎる」
「なら」
エレナが辺りを見回した。
「何か隠しているのでしょうか」
「その可能性は高いですね」
リアムが懐から報告書を取り出し、目を通しながら口を開いた。
「近隣住民の話では、この土地を買おうとした商人が何人もいたそうです。ですが、全員、契約直前で取りやめています」
「理由は?」
「分からないそうです。急に気が変わった、とだけ」
ガレスが鼻を鳴らした。
「脅されたんだろうな」
誰もそれを否定しなかった。
レオは敷地をゆっくり歩いた。屋敷の基礎石はすでに撤去されている。踏みしめるたびに、乾いた土の匂いが立ち上った。しかし一か所だけ、明らかに違和感があった。敷地の北側、大きな樫の木の根元だった。足を止め、じっと見つめる。
「どうしました?」
リアムが近づいてくる。
「地盤が違います」
レオは剣の柄で地面を軽く叩いた。コン、と乾いた音が響く。少し横を叩くと、今度はドス、という鈍い音がした。
「空洞があります」
ガレスも同じように叩いてみせる。
「本当だ」
音の違いは明らかだった。表情を見合わせた四人は、迷わず作業に取りかかった。
「掘ってみましょう」
四人で慎重に土を除けていく。しばらくすると、硬い感触が現れた。
「石です」
エレナが土を払うと、平らな石板が姿を現した。しかも人工的に加工されている。
「蓋ですね」
リアムが息を呑んだ。四人は顔を見合わせ、無言のまま頷き合う。ここまで来て引き返す理由はなかった。
四人で力を合わせ、「せーの」と声を揃えて押す。重い石板が少しだけ動き、土埃が舞い上がった。さらに押すと、石板は横へ滑り、その下から黒い穴が口を開けた。
「地下室……」
エレナが小さく呟いた。冷たい空気が吹き上がってくる。長年閉ざされていた空気だった。かすかに湿った土と、古い紙のような匂いが混じっている。リアムが松明へ火を灯し、穴の中を照らした。石造りの階段が、暗闇の奥へと続いている。
「地下通路ではありませんね」
ガレスが言った。
「地下室です」
「ええ」
レオも頷く。
「ですが、この先がどうなっているかは分かりません」
「私が先に」
ガレスが剣を抜き、ゆっくりと階段を下りていく。レオ、エレナ、リアムの三人も、その後に続いた。一段ごとに軋む音が響き、松明の炎が揺れるたびに、壁に映る影も大きく揺れた。
地下室は意外なほど広かった。棚、机、本棚——そのすべてに厚く埃が積もっている。誰も入っていない。最初はそう思えた。しかし、レオは違和感を覚え、静かに呟いた。
「……違う。誰か入っています」
「え?」
エレナが振り返る。レオは床を指差した。埃の上に、一本だけ細い線が伸びている。
「棚が最近動かされています」
ガレスが目を細めた。
「本当だ」
重い棚を引きずった跡が、壁際まで続いていた。誰かが意図的に、その痕跡を隠そうとした様子もうかがえる。だがそれでも、完全には消しきれていなかった。
「まだ奥があります」
レオは棚へ近づき、ゆっくりと手を掛けた。
「押します」
四人で力を込める。ギギギ、と重い音を立てて棚が動いた。その向こうには、さらに奥へ続く石の扉が姿を現していた。
地下室は終わりではなかった。誰かが意図的に隠した第二の部屋が、その先で静かに待っていた。




