第182話 最初の犠牲者
古文書保管庫を出たあとも、レオの足は止まらなかった。頭の中では、十七年前という数字が何度も繰り返されている。王位継承記録の閲覧。地下工事。巨額の資金移動。どれも偶然ではない。そして、それらはすべてエドガー一人では説明がつかなかった。
「グレイストン卿」
レオは歩きながら口を開く。
「十七年前、王宮で大きな出来事はありませんでしたか」
老人はすぐには答えなかった。記憶を辿るように目を閉じる。
「……一つだけある」
「何でしょう」
「今では口にする者もほとんどいない出来事だ」
三人は会議室へ移った。扉が閉められ、人払いが行われる。グレイストンはゆっくり椅子へ腰を下ろした。
「当時、私はまだ今ほど高い役職ではなかった。それでも忘れられない事件がある」
「事件?」
「ああ。王宮建設局長の失踪事件だ」
レオとガレスが顔を見合わせる。
「失踪?」
「正式には病死として処理された」
グレイストンは静かに続けた。
「だが、遺体は最後まで見つからなかった」
「名前は」
レオが尋ねる。
「オズワルド・レイン。王宮建設局長であり、地下工事の最高責任者だった男だ」
部屋が静まり返る。
「地下工事……」
「つまり」
ガレスが低く呟く。
「隠し通路を造った責任者か」
「その可能性は高い」
「病死として処理された理由は?」
レオが尋ねる。グレイストンは苦い表情を浮かべた。
「当時も疑問に思った。病死なら遺体があるはずだ。しかし葬儀だけが行われた。棺は閉じられたままだった」
「誰が処理したのです」
「王宮医務局と……」
老人は少しだけ言葉を止める。
「エドガー殿下だ」
「!」
「当時のエドガー殿下は、『王族として最後まで見届けたい』と言って、手続きを引き受けられた」
◇ ◇ ◇
レオは机へ地図を広げる。そこへ新たに一つの名前を書き加えた。オズワルド・レイン。その横へ、地下工事、十七年前、失踪、と書き込む。
「また繋がりました」
「ええ」
エレナも頷く。
「でも、まだ足りません」
「何がです」
「白鴉です」
エレナは静かに言った。
「エドガー殿下と地下工事は繋がりました。でも、白鴉はどこにも出てきません」
その通りだった。白鴉だけが、痕跡を一切残していない。
その時、エレナがふと思い出したように口を開いた。
「建設局の人事記録なら、この保管庫にも残っているかもしれません」
「人事記録?」
「歴代の役人の任免や経歴をまとめた台帳です。閲覧には少し時間がかかりますが……」
「見せてください」
「はい」
エレナは保管庫の管理官へ声をかけ、しばらくして一冊の分厚い台帳を持って戻ってきた。革張りの古い表紙には、「王宮建設局人事記録」と金文字で刻まれている。慎重にページをめくり、十七年前の欄を探す。
「ありました」
エレナが指差した。
◇ ◇ ◇
オズワルド・レイン。王宮建設局長。在任二十二年。そして、その下には、「病没」とだけ記されていた。
「家族欄は……」
ガレスが覗き込む。そこには不自然な空白があった。
「何も書かれていません」
エレナが眉をひそめる。
「普通なら配偶者や近親者の記録が残るはずです」
「削除された?」
「いえ……」
エレナは紙の状態を確かめる。
「削った跡はありません。最初から書かれていないように見えます」
グレイストンが低く呟く。
「妙だな。建設局長ほどの役職で、家族の記録がないとは考えにくい」
レオも頷いた。
「つまり、人事台帳とは別の資料に記録されていた可能性があります」
「その資料は」
「今は見当たりません」
さらに台帳を調べていく。すると、退任記録の欄に小さな追記が残っていた。「本人死亡に伴い、王都北区所有家屋を国庫へ移管」
「家屋……」
レオが目を細める。
「屋敷があったということですね」
「ええ」
エレナも頷いた。
「ただ、その後どうなったかまでは、この台帳には記録されていません」
レオは静かに台帳を閉じた。
「リアムを呼びましょう」
「調査ですか」
「はい」
レオは立ち上がる。
「オズワルド・レインという人物について、徹底的に調べてもらいます。屋敷の跡地。当時の関係者。建設局の元職員。どんな小さな情報でも構いません」
ガレスが頷いた。
「ようやく聞き込みの出番だな」
◇ ◇ ◇
レオは窓の外へ視線を向けた。十七年前。その年に起きた出来事は、まだ氷山の一角にすぎない。エドガーは、その年から動いていた。しかし、それ以前から計画を立てていた者がいる。白鴉。その名だけが、依然として闇の中にあった。
レオは静かに拳を握る。
「あと少しだ」
誰に言うでもなく呟いた。
「必ず、その正体へ辿り着く」




