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場面3:オリヴィアの打診

プロンプターズとしての活動を開始して数日後の昼下がり。俺たちはアンナさんの好意で貸してもらっている宿『風見鶏の宿』の談話スペースで、次の依頼について相談していた。資金繰り、装備の更新……課題は山積みだ。


「やっぱり薬草採取より、ゴブリン退治の方が割はいいよな……」


「でも、ミミはキラキラ光る薬草探すのも好きなのだ! たまにお宝も見つかるし!」


ミミが言うお宝とは、大抵の場合、ただの綺麗な石ころかガラクタなのだが。まあ、本人は楽しそうだからいいか。


「資金繰りを考えると、多少危険でも報酬の良い依頼をこなしていく必要があるな。装備も早く更新したいところだ」


フェリシアが現実的な意見を言う。相変わらず真面目だ。


「そうですね。現状の装備では、より高ランクの魔物やダンジョンに対応するのは難しいかと……」


セラも同意する。俺も全く同意見だ。問題はどうやってその資金と装備を調達するか、だが……。


そんな議論をしていると、宿の入口のドアベルがカラン、と澄んだ音を立てた。


「あら、いらっしゃ……まあ! オリヴィア様! どうなさったんですか、こんな所まで」


カウンターから顔を出したアンナさんの少し驚いたような声。その声に誘われるように談話スペースに現れた人物の姿に、俺は思わず息を呑んだ。


一瞬で、場の空気が変わる。それまで雑然としていた空間が、彼女一人の存在感で凛と引き締まったかのようだ。談話スペースにいた他の客たちも、明らかにその人物に注目している。


そこに立っていたのは、陽光を弾くような艶やかな金髪を上品なハーフアップにまとめた、若い女性だった。知性を感じさせる青い瞳は、どこか悪戯っぽく細められ、こちらを見ている。上質なシルクだろうか、光沢のある生地で作られたドレスは、動きやすさも考慮されているようだが、貴族令嬢らしい気品と洗練されたデザインが際立っている。フロンティアの街中では間違いなく浮いている、華やかな、しかしどこか近寄りがたいオーラを纏っていた。


(この人が……代官の娘、オリヴィア・ヘンドリックか。噂には聞いていたが……すごい存在感だ。同じ人間とは思えないくらい、纏う空気が違う)


若くしてこの街の実質的な運営を担う才媛。その噂に違わぬ、自信と、底の知れない深さを感じさせる雰囲気に、俺は無意識に背筋を伸ばしていた。


「こんにちは、アンナさん。少し野暮用で。……フェリシア、珍しいわね、貴女がこんな時間に宿にいるなんて」


オリヴィアは、俺たちの存在に気づきながらも、まずはアンナさんと、そして旧知だというフェリシアに親しげに声をかける。その声は落ち着いていて、涼やかなソプラノの響きを持っている。


「オリヴィアか。わざわざどうしたのだ? 私に用か?」


フェリシアは立ち上がり、少し訝しげな表情で応じる。呼び捨てだが、その口調には長年の付き合いからくる遠慮のなさと、同時に相手への敬意のようなものが奇妙に混じっている。


オリヴィアはフェリシアに軽く会釈すると、その青い瞳で俺たちプロンプターズ――俺、セラ、ミミ、そして俺の肩の上で興味深そうに彼女を見ているアリア――をゆっくりと見回した。まるで鑑定するように、それでいて楽しむような、好奇心に満ちた視線。俺はその視線に射抜かれるような感覚を覚え、思わず息を詰める。


「いいえ、今日は貴女だけでなく、そちらの皆様にもお話があって伺ったのよ」


オリヴィアは優雅に微笑み、俺に向き直る。


「はじめまして、プロンプターズの皆様。わたくしはオリヴィア・ヘンドリックと申します。どうぞよろしくて?」


彼女は貴族令嬢らしく完璧なカーテシーをしてみせる。その仕草の一つ一つが洗練されていて、俺はますます緊張してしまう。


「は、はじめまして。リーダーのユウです。こちらはセラ、ミミ、そして……」


「アリア様だよん! よろしくね、お嬢様!」


俺の肩の上でアリアが元気よく挨拶する。オリヴィアは一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに興味深そうな笑みを浮かべた。


「まあ、これが噂の……。ふふ、ご丁寧にどうも、アリアさん」


その反応から、彼女がアリアの存在も把握していることが窺える。一体どこまで調べ上げているんだ……? 背筋に冷たいものが走る。


オリヴィアは続ける。その声は穏やかだが、有無を言わせぬ響きがあった。


「フェリシアから、貴方たちの素晴らしい活躍は伺っておりますわ。『月光の祭壇跡』を見事攻略され、そちらのエルフの少女を救われたとか。特にユウさん……貴方がその中心にいらっしゃると」


彼女の視線が、真っ直ぐに俺に向けられる。その瞳の奥には、単なる社交辞令ではない、強い興味と……何かを見定めようとするような鋭さが宿っている。


(俺のことを試しているのか? この人は、どこまで知っているんだ……?)


俺が内心で動揺していると、彼女はふわりと微笑み、核心を突く言葉を続けた。


「実は、皆様のその素晴らしい力……特にユウさんのその、物を生み出すというユニークな力に、大変興味を持ちまして」


当然ながらスキル名は知らないようだな。しかし俺の力の『結果』から、その性質を正確に推測しているらしい。


俺はゴクリと喉を鳴らす。やはり、この人はただ者ではない。彼女の周りだけ、空気が違うように感じる。


「単刀直入に申し上げますわ、ユウさん。その『創造』の力を、このフロンティアの未来のために、お貸しいただけないでしょうか?」


「……え?」


俺は間の抜けた声を出してしまった。あまりにも予想外の、そして直接的な申し出だったからだ。


俺だけでなく、セラもフェリシアも、ミミでさえも驚きに目を見開いている。食堂の他の客たちも、何事かとこちらに視線を向けているのが分かった。


『おっ、いきなり核心突いてきたね! できる女の匂いがプンプンするんですけど! マスピ、ここは乗っとくべきっしょ! ビッグビジネスの予感!』


アリアだけが、俺の脳内で楽しそうに煽ってくる。だからビジネスって言うな!


オリヴィアは、俺たちの動揺を意に介する様子もなく、自信に満ちた笑みをたたえたまま、話を続けた。その声は穏やかだが、有無を言わせぬ響きを持っている。


「現在フロンティアは、様々な問題を抱えています。例えばここは冒険者の街ですが、彼らのダンジョン攻略を支援するアイテムは不足しがちです。職人たちも限られた資材でやりくりしています。……この辺境特有の気まぐれな天候が、農業や物流に影響しているのも一因ですね」


彼女は現状の課題を淀みなく説明する。その声には、この街を心から憂い、発展させたいという強い意志が感じられた。


「そこで、ユウさんの『創造』の力をお借りできないかと考えたのです。貴方のその、既存の枠にとらわれない力ならば、これらの問題を解決する、何か『新しい解決策』や『画期的な道具』を生み出せるのではないかしら?」


彼女は俺の持つスキル【生成AI】の可能性を刺激するかのように、問いかける。


(確かに、どれもこの街の大きな課題だ。俺のスキル…生成AIなら、既存の方法とは全く違うアプローチで何か解決策を『生成』できるかもしれない……!)


俺が可能性を感じ始めたところで、オリヴィアはさらに言葉を重ねる。その瞳は、俺の反応を探るように細められた。


「もちろん、これは正式な依頼としてお受けいただきたいのです。開発に必要な資金、人材、場所などの支援は、代官家として惜しみません。そして、成功の暁には……そうですね、これらの技術から得られる利益の半分を、貴方たちプロンプターズに報酬としてお支払いすることをお約束いたしますわ。……いかがかしら?」


利益の、半分……!?

 

俺はその破格の条件に、再び言葉を失った。この世界の貨幣価値はまだよく分からないが、これが成功すれば、莫大な富が手に入ることは間違いないだろう。資金難と装備不足を一気に解決できるかもしれない。だが……。


「ねえねえ、お姉さん! それって、お金がいーっぱいくれるってこと!? やったー! それならミミも手伝うにゃ!」


隣でミミが、目をキラキラさせながら身を乗り出してきた。こいつの頭の中は、完全に報酬(=おやつ?)でいっぱいらしい。


「こらミミ! はしたないぞ!」


フェリシアが慌ててミミの頭を押さえる。しかし、そのフェリシア自身も、オリヴィアの提案に驚きと……そして、何か複雑な感情が入り混じったような表情を浮かべている。


旧知の仲である彼女には、オリヴィアの真意――俺の力を利用してフロンティアを発展させたいという野心――が透けて見えているのかもしれない。だが同時に、それが俺たちにとって大きなチャンスであることも理解しているのだろう。


セラは、相変わらず冷静な表情でオリヴィアをじっと観察している。その碧い瞳の奥には、警戒心と好奇心が同居しているように見えた。


俺は混乱した頭を整理しようと、オリヴィアに問いかけた。


「オリヴィア様。俺たちの力を評価してくださるのは嬉しいのですが……ご期待に沿えるかどうか。……それに、なぜ俺たちのような新参者に、そこまで……」


スキル名も、その詳細な能力も明かしていないはずだ。過度な期待と、破格すぎる条件。何か裏があるのではないかと疑ってしまう。


俺の戸惑いに、オリヴィアは悪戯っぽく微笑んだ。


「ふふ、貴方がたが『月光の守り』という、既存の技術体系とは異なる魔道具を『創造』されたこと。そして、ゴードン支部長も舌を巻くほどの効率で依頼を達成されていること……それだけで、貴方たちの力が『普通』ではないことくらい、わたくしにも分かりますわ」


彼女は核心には触れない。だが、その言葉と自信に満ちた瞳は、俺たちの力の「結果」から、その本質と可能性を正確に見抜いていることを雄弁に物語っていた。


「ユウさん。貴方が不可能を可能にする力をお持ちであること、わたくしは確信しております。このフロンティアという街で、その力を試してみる価値は、十分にあるかと存じますが? ……どうなさいますか?」


彼女の問いかけに、俺はすぐに答えることができなかった。


大きなチャンスであることは間違いない。だが、大きなリスクも伴う。果たして俺に、この街の未来を左右するような依頼をこなすことができるのか……?


俺が答えに窮していると、フェリシアが助け舟を出すように口を開いた。


「オリヴィア。話は分かった。だが、これは我々パーティにとっても大きな決断になる。少し、相談する時間が欲しい」


「ええ、もちろんですわ」


オリヴィアは優雅に頷くと、立ち上がった。


「良いお返事、お待ちしておりますわね。それでは、失礼いたします」


彼女は最後に俺に意味深な微笑みを残し、アンナさんに挨拶をして、静かに宿を後にした。

後に残された俺たちは、オリヴィアという名の美しい嵐が残していった大きな提案と、それぞれの想いを胸に、しばらく顔を見合わせるしかなかった。


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