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場面2:才媛の慧眼

辺境都市フロンティアの若き才媛、オリヴィア・ヘンドリックは、今日も代官屋敷の執務室の窓辺に立ち、眼下に広がる街の喧騒を静かに見つめていた。


窓枠に指をかけ、遠くまで続く土埃の道を眺める。活気はある。だが、それは危うい硝子細工のような均衡の上で成り立っているに過ぎない。彼女の艶やかな金髪は上品なハーフアップにまとめられ、理知の光を宿す青い瞳は、この街の持つ潜在的な活力と、同時に根深く巣食う停滞の澱みをも正確に捉えていた。


(この街も、少しずつ変わり始めてはいる……けれど、まだ足りないわ。本当の意味で自立し、輝くためには、もっと……)


保守的で事なかれ主義のリンドブルム王国。その最果てに位置するこのフロンティアは、良くも悪くも中央の干渉が薄い。父であるヘンドリック子爵はとうに統治への意欲を失い、半ば隠居同然の暮らし。この街の実質的な舵取りは、若きオリヴィアの双肩にかかっていた。

 

彼女の願いはただ一つ。このフロンティアを、単なる辺境の泥臭い街ではなく、王国や他の大国に頼らずとも独自の輝きを放つ、豊かで活力ある独立都市へと変えること。そのためには、既存の枠を打ち破る、革新的な『何か』が必要だった。


(何か、この淀んだ空気を吹き飛ばすような、新しい風が……起爆剤となる力が……)


そんな折、彼女の張り巡らせた情報網に、興味深い報告が次々ともたらされ始めていた。最近現れたという、奇妙な新人冒険者パーティ『プロンプターズ』に関する断片的な噂。そして今日、二人のギルド支部長から直接もたらされた報告が、彼女の冷静な思考を熱く波立たせていた。


執務室の豪奢なソファには、冒険者ギルド支部長のゴードンと、商人ギルド支部長のエリアスが腰掛けていた。ゴードンはドワーフらしく屈強な体躯で、手入れの行き届いた立派な髭に長年の経験が刻まれている。エリアスは対照的に小柄で神経質そうな男だが、その目は常に算盤を弾くように抜け目なく動いている。


「それで、オリヴィア嬢。例の新人パーティのことだが」


ゴードンが、重々しく口を開いた。その声には、単なる報告以上の、困惑と僅かな警戒の色が滲む。


「リーダーのユウという小僧……どうやら、王国が最近ご執心で呼び出した『異世界からの勇者候補』の一人らしいが……妙な道具を使う。それに、あのフェリシアの奴……元騎士団の女だが、あいつが妙に生き生きしているのも気になる」


(異世界からの勇者候補……! やはりあの噂は……それに、フェリシアが? あの石頭がねぇ……)


オリヴィアは内心で情報を反芻する。独自の情報網で掴んでいた王国召喚の噂が、ここでゴードン自身の口から裏付けられた。しかも、その一人がこんな辺境に? そして、旧知のあの堅物女騎士が、その青年の下についているとは。


「だとすれば、ゴードン支部長。そのユウという青年が使う『妙な道具』というのは、召喚の際に与えられた『恩恵』……つまり、スキルによるものと考えるのが自然ですわね?」


オリヴィアが穏やかに問いかけると、今度はエリアスが、神経質そうに指を揉みながら言葉を続けた。


「まさに、その通りかと。オリヴィア様、問題はそのスキルで作られたと思われる品なのです。あのパーティのエルフの少女が身に着けている指輪……『月光の守り』とやら。あれは、既存のどの魔法体系、錬金術、ドワーフのルーン技術とも全く異なるようです。まるで……この世界の法則から外れた『何か』によって作られたとしか……。一体、どのような力を使えばあのような……」


エリアスはそこで言葉を切り、オリヴィアの反応を探るように上目遣いで視線を送る。彼の興味はもっぱら、その未知の技術の『価値』にあるのだろう。


「既存の技術体系とは異なる……解析不能なスキル、ですか。興味深いですわね」


オリヴィアは優雅に微笑む。内心では、点と点が繋がり、一つの確信に近い仮説が形になりつつあった。


(異世界からの召喚者。前例のない『生成』あるいは『生産』に関わるスキル。そして、スキルの一部だという、言葉を話す小さな妖精のような存在……。彼が元いた世界の、我々の知らない法則に基づく力……だとしたら、これは……)


オリヴィアの青い瞳に、強い好奇心と、それ以上に冷徹な計算の色が浮かぶ。


(この力……計り知れない可能性を秘めている。フロンティアを、いえ、この大陸の勢力図すら塗り替えかねないほどの。でも、同時に……扱い方を間違えれば、街を滅ぼしかねない劇薬……!)


彼女は指先で、そっと机の上に広げられたフロンティアの地図をなぞる。この王国の外れにある辺境都市が、世界の中心となる可能性。その甘美な響きと、背中合わせの破滅のリスク。天秤にかけるまでもない。リスクは管理すればいい。だが、この千載一遇の好機を逃す手はない。


「お二人の報告を総合すると、そのユウという青年は、我々の知らない法則に基づいた『生成』の力を持つ、ということになりそうですわね。それは、この街に大きな利益をもたらす可能性も、逆に大きな混乱を招く可能性も秘めている……。慎重な対応が必要でしょう」


彼女の言葉に、ゴードンもエリアスも神妙な顔で頷く。


「それにしても……」オリヴィアはふと思いついたように続ける。「そのパーティには、フェリシアもいるとか。ゴードン支部長、彼女の様子は?」


「ふん、あの石頭のことか。腕は鈍っておらんようだが……妙にあのユウという小僧に肩入れしているように見えるのが、どうにも解せん」


「そうですか」


オリヴィアの口元に微かな笑みが浮かぶ。


「フェリシアのことなら、わたくしからも少し話をしてみましょう。旧知の間柄ですし、あの石頭には正面から話すのが一番ですわ。それに……彼女が懐くほどの相手なら、そのユウという青年、単なる変わり者ではなさそうですものね」


(まずは、あの朴念仁を通して、じっくりと観察させてもらいましょうか。あの異世界の力とやらを、どうすればこのフロンティアの発展に繋げられるか……)


報告を終えたゴードンとエリアスを丁寧に見送った後、オリヴィアは窓の外の喧騒に再び目を向けた。その青い瞳には、フロンティアの未来を変えるかもしれない『切り札』を見つけた狩人のような、鋭い輝きが宿っていた。


◇◆◇


その数日後。オリヴィアは所用で市場近くを歩いていた。活気はあるが、どこか雑然とした街並み。ふと、彼女の視線が、大通りから少し入った路地裏へと向けられた。


そこにいたのは、黒髪の青年――アイカワ・ユウ。彼は周囲を気にするようにきょろきょろと見回した後、自分の肩の上、何もない空間に向かって、何やら真剣な顔で話しかけている。


(あれは……? やはり、独り言を……いいえ、違うわね)


オリヴィアが足を止めた瞬間、ユウの肩の上あたりに、淡い光の粒子がふわりと集まり、小さな妖精のような姿が現れた! キラキラと輝き、羽を動かしながら、ユウと楽しげに言葉を交わしているように見える。


(……! あの輝く小さな存在……! やはりただの魔道具ではない。あれが、噂の…言葉を話すというスキルの一部? 妖精とも精霊とも違う……異質な存在。まるで、独自の意志を持っているようだわ……!)


オリヴィアは息を呑み、物陰からその様子を注意深く観察する。ユウと、アリアと呼ばれる存在は、まるで長年の相棒のように、自然な様子でコミュニケーションを取っている。その光景は、オリヴィアの知るどんな魔法や技術とも異質で、そして……彼女の知的好奇心と、フロンティアの未来への野心を強く刺激するものだった。


(未知の生成スキル……そして、言葉を話すあの不可解な存在……。この組み合わせが、フロンティアの、そして世界の未来を左右する鍵となるかもしれない)


彼女の青い瞳が、獲物を見つけた狩人のように、鋭い輝きを増した。


(危険は大きい。けれど、リターンも計り知れない……! これは、賭けてみる価値があるわ!)


オリヴィア・ヘンドリック。辺境の才媛は、今、その類稀なる知性と野心を胸に、未知なる力を持つ異世界人と、その謎めいたスキルへと静かに狙いを定めたのだった。


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