場面1:新たな日常と課題
『月光の祭壇跡』での死闘から、しばらく過ぎた。辺境都市フロンティアでの生活は、まるで激しい嵐の後の、少しばかり騒がしい凪のように、驚くほど早く日常の形を取り戻しつつあった。まあ、俺たち『プロンプターズ』に限って言えば、「凪」というよりは相変わらずのドタバタ騒ぎの連続なのだが。それでも、異世界に放り出され、独りで森を彷徨っていたあの頃に比べれば、ここは間違いなく天国と呼べる場所だった。
「よーし、今日の依頼は『ゴブリン斥候の討伐』! 報酬は銅貨50枚! 昨日の薬草採取よりは実入りがいいな!」
朝の冒険者ギルド。その扉をくぐれば、むせ返るような熱気が俺たちを迎える。エールと汗、武具の手入れ油、それに様々な種族が放つ獣臭や土の匂いまでが混じり合った、独特の空気がホールを満たしている。まさに生命力と……あと若干の危険な匂いが渦巻く場所だ。
その喧騒の中で、俺は依頼掲示板から受け取ったばかりの羊皮紙――インクの匂いがまだ新しい――を仲間たちに見せた。セラ、フェリシアさん、ミミ、そして定位置である俺の肩の上で浮遊するアリア。彼女たちには、俺が異世界から召喚されたこと、そして役立たずと追放された経緯も、既に話してある。彼女たちは俺の過去を知った上で、それでも仲間としてここにいてくれているのだ。
「ゴブリンか。雑魚だが、油断はするなよ。斥候タイプは動きが素早い上に、罠を仕掛けてくることもある。特にミミ、お前は持ち前の感覚で周囲の警戒を怠るな! いいな!?」
カウンター近くの席で、愛用の大剣に丁寧にオイルを塗り込んでいたフェリシアさんが、こちらを見ずに釘を刺す。鋼を滑る布の音と、オイルの微かな匂い。その手つきには、元騎士としての経験が滲み出ている。
「むー! 分かってるのだ! ミミだって、昨日フェリ姉にきっつーいお説教されて、涙で枕を洪水させたんだから! 今日はちゃんと索敵するもん!」
ミミがふさふさの尻尾をぶんぶん振りながら、ぷくーっと頬を膨らませる。反省ねぇ……。一晩寝たら忘れてそうなのがミミクオリティだが。まあ、少しずつでも成長してくれれば御の字か。
「あら、プロンプターズさん! 今日も朝から元気いっぱいですね!」
カウンターの向こうから、受付嬢のミリアさんが明るい笑顔で手を振ってくれる。茶色のサイドテールがぱたぱたと元気よく揺れた。
「最近、依頼達成率もすごくいいって評判ですよ! この前なんて、南の商業都市から来たソラリス同盟の大きな商会の人が、『フロンティアに面白い新人パーティがいるらしいじゃないか。どんな魔法やスキルを使うんだい?』って探りを入れてきましたから! もしかしたら、大きな依頼が舞い込んでくるかも?」
「えっ!? そ、そうなんですか……」
ミリアさんの言葉に、俺は内心で冷や汗をかく。ソラリス自由都市同盟――抜け目のない商人気質で知られる彼らに目をつけられるのは、正直言って厄介極まりない。俺のスキルのことは絶対に秘密にしなければならないのに……あまり目立ちすぎるのは避けたいところだ。
「それにユウさんの分析と指示が的確だって、一緒に組んだ他のパーティの方も褒めてました!」
「い、いやぁ、それほどでも……! 仲間のサポートのおかげですよ、ははは……」
俺は曖昧に笑って誤魔化す。実際はアリアの超性能分析と指示のおかげなんだよなあ。ああもう、この秘密、いつまで隠し通せるんだ……!?
『マスピ、顔ひきつってるw でも評判いいのは嬉しいじゃん! これも天才AIアリア様のおかげだね! もっと褒めて崇めてくれてもいいんだよ?』
肩の上でアリアが、俺にだけ聞こえる脳内通信でドヤ顔をしているのが目に浮かぶ。こいつ……!
その日のゴブリン討伐依頼は、まあ……ミミが光る苔(食べると悲惨なことになるやつ)に夢中になって一時行方不明になりかけたり、フェリシアさんがゴブリン相手に本気で最終奥義を繰り出しそうになったり、セラが俺にかけたはずの防御魔法がなぜか近くの岩にクリティカルヒットして粉砕したりと、色々とあったが無事に(!?)完了した。連携は……うん、きっと向上しているはずだ。きっと。
夕暮れ時、俺たちは『風見鶏の宿』の食堂にいた。
木のテーブルには、アンナさん特製の温かい料理が湯気を立てている。今日のメインは、ごろっと大きな野菜と柔らかく煮込まれた鶏肉のクリームシチューだ。付け合わせのパンもふかふかで、バターの香りが鼻腔をくすぐり、空腹を刺激する。これぞ文明の味、生きる喜びそのものだ。
「ん~~! やっぱりアンナさんのご飯は世界一美味しいのだ! ほっぺたが超新星爆発起こして異次元の彼方に飛んでいくにゃ~!」
ミミは既に口の周りをシチューまみれにしながら、目をキラキラさせている。その表現のスケールだけは、いつも天元突破である。
「フェリシアちゃんも、どうぞたくさん食べてね。若いんだから、しっかり食べないと」
アンナさんが、にこやかにフェリシアさんの前に大皿を置く。その量は明らかに俺たちの皿よりも一回り……いや、二回りは大きい。山盛りのシチューが、まるで雪山のようだ。
「む……あ、ああ。感謝する、アンナ殿」
フェリシアさんは一瞬だけ顔を赤くしたが、すぐに真顔に戻ってスプーンを手に取る。その食べっぷりは、もはや見慣れた光景とはいえ、やはり凄まじい。まるで小型の嵐が皿の上を通過したかのように、瞬く間にシチューとパンが彼女の口へと吸い込まれていく。
俺は苦笑しながらも、最近ギルドで耳にする物騒な噂について口を開いた。
「そういえば、最近ギルドでも変な噂が増えましたね。各地で魔物の動きが活発化しているとか、原因不明の災害が増えているとか……。エルム聖王国が聖騎士団の派遣を準備しているなんて話も聞きましたし……。なんだか、世界全体がきな臭いというか……」
俺がそう言うと、勢いよく肉塊を咀嚼していたフェリシアさんの手がピタリと止まった。
「……ああ、確かによく聞くな」
彼女はスプーンを置き、表情を曇らせる。
「間違いなく、厄災の影響だろうな。世界に五つ存在するという『五大ダンジョン』……そのうちの一つ、北の『始祖の炉』をライオネル皇国が攻略したことも関係あるかもしれん」
五大ダンジョン……『始祖の炉』……。セラから以前、世界の理に関わる危険な場所として名前だけは聞いていた。そんな場所を、ライオネル皇国は攻略したというのか?
「始祖の炉……あの、触れたもの全てを金属に変えるという無機物の厄災『マキナ・レクイエム』の源とされる場所を……おそらく相当な犠牲を払ったのでしょうね」
隣で聞いていたセラの顔色が変わる。彼女の声には、明確な恐怖が滲んでいた。やはり、ただのダンジョンではないのだ。
「ああ。そして、その『始祖の炉』攻略が引き金になったのか、他の五大ダンジョン――南の大森林にあるという『生命の揺り籠』や、セラの一族が守護してたという、全ての記録が集まるとされる『深淵図書館』なども活性化し始めているらしい。それに伴って、『歪みの肉腫』や『静かなる虚無』といった、それぞれのダンジョンに関連する『五大厄災』と呼ばれる破滅的な現象が、世界各地で顕著になってきているという話だ」
フェリシアさんは苦々しげに続ける。
「それにライオネルは攻略して手に入れた古代技術で、軍拡を進めているらしい。リンドブルム王国……お前を追放した宰相派はそれに対抗心を燃やしているそうだ。一方で、宗教国家エルム聖王国は『厄災は神の怒りだ』と聖騎士団を動かす準備をしているし、ソラリス同盟の抜け目のない商人どもはこの混乱に乗じて武器や物資を高値で売りさばいているらしい。まったく、救いようのない状況だ」
彼女の言葉に、食堂の空気が一気に重くなる。五大ダンジョン、五大厄災、国家間の対立、そして人々の心を蝕むという不和の囁き……。この世界は、俺が想像していたよりもずっと複雑で、危険な状況にあるらしい。
「そういや、リンドブルム王国にいるユウの元仲間(?)の勇者たちも、五大ダンジョン攻略に乗り出したって。ただ勇者たちはリンドブルム内の派閥に分かれて動いているみたいで、あんまり連携が取れてないって聞いたニャ」
ミミが、どこで仕入れてきたのか、そんなゴシップ情報を楽しそうに暴露した。
(ダイキたちが……? 確かにあいつらじゃ連携なんて取れるないだろうな。……追放された俺には関係ない話だが……アオイさん、大丈夫だろうか……? あんな連中の中で苦労していないといいんだが……)
俺は内心でため息をつく。召喚された当初から、あの連中が上手くやれるとは思えなかった。彼女だけが、俺を庇ってくれたというのに。
「まあ世の中のことは置いておいて、俺達の話だ。何よりもまずは資金と装備は、早急に何とかしないとまずい……」
俺は重くなった空気を振り払うように、改めて現状の課題を口にする。いつ、俺たちのこのささやかな日常が、世界の大きなうねりに飲み込まれるか分からないのだから。
「ミミはキラキラ光ってて、アンデッドも一撃で浄化できる『聖銀のピコピコハンマー・極』が欲しいにゃ! あと空飛ぶ魔法の絨毯と、食べてもなくならない魔法のレインボーケーキ!」
……ミミの願望だけは、世界の危機感と全く連動していなかった。しかも要求が前回よりさらにグレードアップしてる! 頼むから少しは(略)。
「だからそういうのは無理だと言っているだろう! 少しは現実的なことを考えろ! ケーキならアンナ殿に頼め!」
フェリシアさんの本日何度目かの、もはやお約束となった真っ当なツッコミが飛ぶ。
「はは……まあ他には便利アイテムとかも必要ですよね」
俺が言うと、隣で静かに本(今度は天文学か何かに関する本らしい)を読んでいたセラが、ふと顔を上げた。そして、何か途方もないことを思いついたように目を輝かせ、俺に本の挿絵(星々を巡る船のような絵?)を示してこう言った。
「ではユウ様。この古代の文献に、『星々の運行法則』を応用して『運命そのものを最適化する超演算装置』の概念図が書かれています。これをアリアさんのような『情報知性体』に組み込んだアイテムはどうでしょうか?」
「へえ……どんなことに使えるのかな?」
「そうですね……もしかしたらフェリシア様の『理想の伴侶との遭遇確率』を算出・向上させることも可能なのでは?」
「なっ!? せ、セラ! 貴様! 今度は何を言い出すかと思えば! 運命最適化!? 伴侶遭遇確率!? 私を実験台にする気か!」
フェリシアさんが顔を真っ赤にして絶叫! 今日の彼女は完全にセラのおもちゃだ。
俺はといえば……セラの天然と知的好奇心が融合した斜め上すぎる発想に、腹がよじれそうだった。運命の伴侶までAIでマッチング? いや、発想は面白いけど。フェリシアさん相手にそれを言うか?
『ぶはははは! セラっち、天才! フェリ姉の婚活までAIでサポートとか、発想が神! よし、アタシの新機能『運命の人♥マッチングシステム(ただし失敗しても責任は取りません)』実装決定!w』
アリアも腹を抱えて(?)大爆笑している! だから勝手に実装するな!
「こ、こら! 笑うな! 二人とも、明日覚えていろ!」
涙目のフェリシアさんの抗議も虚しく、俺とアリアの笑いはしばらく止まらなかった。
(……まあ、こんな風に笑っていられる日常を守るためにも)
俺は笑い涙を拭い、改めて決意を固める。ギルド依頼だけでは限界がある。資金も、装備も、そして俺自身のスキルアップも必要だ。ダンジョンに潜るだけが能じゃない。
(俺には【生成AI】スキルがある。この力を使えば……。単に物を生成するだけじゃない。この世界にない全く新しい便利な道具や、あるいは既存の物を改良して、圧倒的な付加価値をつけて売れば……!)
閃いた。これだ! ダンジョン攻略と並行して、俺のスキルで物を作り、それを売る! 二足の草鞋で、この状況を打開する!
『お、マスピ、やっと気づいた? それが一番手っ取り早いって! さっすがアタシのマスター! で、最初に何作る? やっぱり『運命の人♥マッチングシステム(フェリシア様お試し版)』でしょ!』
アリアが早速、脳内で変な提案をしてくる。
「それは絶対にやりません。……だが、AIスキルで物を作って売る……。試してみる価値は、大いにありそうだ」
俺はアリアにツッコミを入れつつ、呟いた。この【生成AI】スキルを最大限に活用して、このフロンティアで成り上がる。としてこの迫りくる世界の危機の中で、俺たちにできることを見つけ、実行するんだ。
俺は窓の外に広がるフロンティアの夜景と、遠い空に浮かぶ二つの月を見つめながら、静かに、しかし強く闘志を燃やすのだった。




