場面30:新たな日常の始まり
こうして、俺たちプロンプターズの、辺境都市フロンティアでの新たな日常が始まった。落ち着く暇もないほど目まぐるしいが、不思議と充実感のある、騒がしい日々だ。
冒険者ギルドの熱気にもすっかり慣れた。もはや生活の一部だ。
依頼掲示板の前で、メンバー(主に俺とフェリシアさん)が次なる依頼を選ぶ。簡単な薬草採取から、ちょっと厄介なゴブリンの小集落討伐まで。ランクはまだFだが、祭壇跡の一件と、ミリアさんの(おそらくは好意的な)噂の拡散のおかげで、俺たちの名前はギルド内でも「あの妙な新人パーティ」として少しずつ認知され始めていた。
「あ、プロンプターズさん! この前の依頼、もう達成報告が上がってましたよ! 相変わらず早いですね! どんな裏技を使ってるんですか?」
カウンターの向こうで、ミリアさんがキラキラした瞳で尋ねてくる。裏技って……まあ、AIという名のチートを使っているのは事実だが、言えるわけがない。
「い、いや、裏技なんて滅相もない! チームワークの賜物ですよ、チームワーク!」
俺が必死に笑顔で誤魔化していると、肩の上でアリアが『マスピ、顔ひきつってるよw』と脳内通信で茶々を入れてくる。うるさい!
依頼をこなす連携も、最初の頃に比べれば格段にスムーズになってきた……と言いたいところだが。
「ミミ! だからそっちは罠だと言ってるだろうが!」
「にゃ!? でもお宝の匂いが……ぐえっ!」
フェリシアさんの静止を振り切って罠に突っ込んだミミが、軽い痺れ罠にかかって白目を剥いている。……うん、前途は多難だ。
ギルドの依頼がない時は、俺は宿屋に確保した作業スペース――いや、物置部屋――に籠ることが多くなった。ここが俺たちの秘密基地であり、俺とアリアの研究開発ラボなのだ。薄暗く、埃っぽく、お世辞にも快適とは言えないが。
「アリア、この前手に入れた『虹色の鉱石』ってやつ、分析結果どうだった? これで何か面白い回復薬とか作れないか? 見た目も派手なやつ!」
『んー、解析結果は出てるけど……これ、食べたらランダムで体毛が七色になる呪いの石だよ? 回復効果ゼロ! マスピ、これで虹色アフロヘアーとか試してみる?w』
「試すか! 危うく劇物を作るところだった……。ちゃんと解析してから提案しろよ!」
『えへへ、ごめんごめん! じゃあ、こっちの『ぷにぷにスライムゼリー』を触媒にして、飲むと体がゴムみたいに伸びーる薬とかどう!? ゴムゴムのー、みたいな。ミミっちが喜びそう!』
「それも却下! もっとまともなものを頼む!」
金属が擦れるような匂い、薬品のツンとした香り、そしてAI生成時の淡い光と微かな駆動音。時折上がる俺の悲鳴(?)。そんなものに囲まれながら、俺は今日もAIと格闘していた。まるで終わりのないデバッグ作業のようだ……。
フロンティアの町はずれにある小さな図書館があるのだが、今ではセラの聖域となっていた。時間を見つけては通い詰め、古代語の難解な文献と睨めっこしている。その集中力は凄まじく、声をかけるのも躊躇われるほどだ。
俺が薬草茶を差し入れに持って行くと、彼女は分厚い古文書から顔を上げ、ふわりと微笑んだ。最近、こういう柔らかい表情を見せてくれることが増えた気がする。……心臓に悪いからやめてほしい、とは言えないが。
「ユウ様、ありがとうございます。ちょうど、古代の月光魔法と、精神エネルギーの関係性についての仮説を検証していました。この部分なのですが……」
彼女が指差すページには、ミミズがのたくったような古代文字と、理解不能な魔法陣(?)がびっしり。完全に異世界のオーパーツだ。
「この術式構造、もしかしたらユウ様のスキル……アリアさんの情報処理パターンと、何か根源的な部分で繋がっているのかもしれない、と感じるのです。ユウ様は、どう思われますか?」
真剣な眼差しで、キラキラした瞳で問いかけられても! 俺に分かるわけないだろ!
「いや、俺に聞かれても……さっぱり……」
「そうですか……。でも、ユウ様と話していると、不思議と新しい視点が見えてくる気がします。もう少し、ここにいてもよろしいでしょうか?」
そう言って、彼女は自然な仕草で俺の隣に座り、再び文献に目を落とす。近い! セラさん、近いって! その無意識(だと思いたい)の距離感! ドキドキして内容が頭に入ってこないんですが!
『はい、ラブコメ警報Lv3! マスピ、意識しすぎ! 鼻の下伸びてるよ!』
アリア、お前は黙ってろ!
一方、フェリシアさんはストイックに鍛錬に……いや、最近様子がおかしい。
宿の裏庭で剣を振るう姿は真剣そのものなのだが、時折、俺の視線に気づくと、動きがぎこちなくなり、剣の軌道が微妙にブレるのだ。そしてなぜか、俺の方をチラチラと見ながら、わざとらしく咳払いしたりする。
「ユウか。見ていないで、何か言ったらどうだ。……その、なんだ。私の剣に、何か……助言とか、あるなら……聞いてやらんでもないぞ?」
あのフェリシアさんが、俺に剣の助言を求める!? しかも何そのツンデレ発言!? なんか完全に様子がおかしい!
「いや、俺、剣は素人ですから……」
「いいから、何か気づいたことでも……例えば、その……お前の『特殊な視点』とやらで、だ」
特殊な視点って……アリアの分析のことか? まさか、それで俺が何か剣技のアドバイスができるとでも? 無茶言うなよ!
「えっと……その、構えが、とても綺麗だと思います……?」
俺が当たり障りのないことを言うと、フェリシアさんは「ふん、当然だ!」となぜかドヤ顔をした後、「だが、もう少し踏み込みが……いや、なんでもない!」と一人でブツブツ言いながら、また鍛錬を再開してしまった。……よく分からない人だ。
そして、ミミはというと……。
ある日の午後、宿の厨房からアンナさんの悲鳴に近い声と、何やら怪しげな煙が上がっているのに気づき、慌てて駆けつけた。
「ミミちゃん! だからそれはお鍋に入れちゃダメだって言ってるでしょう!」
「えー? でも、このキラキラ光るキノコ入れたら、シチューがもっと美味しくなると思ったんだにゃ!」
そこには、巨大な寸胴鍋の前で目を輝かせるミミと、顔を引きつらせながらも必死でミミを止めようとするアンナさんの姿があった。鍋の中からは……紫色の泡がぶくぶくと吹き出し、明らかに食べ物ではない異臭が漂っている!
『あーあ、ミミっち、またやらかしてる。ちなみにあのキノコ、『ドクテングダケモドキ』。食べたら三日三晩、笑いが止まらなくなる幻覚作用付きだよ』
アリアの冷静な(そして恐ろしい)分析が脳内に響く。笑いが止まらないシチュー……それはそれで新しい料理かもしれないが、丁重にお断りしたい。
「ミミ! 何やってるんだ!」
「あっ、ユウ! 見て見て! ミミがアンナさんのお手伝いして、特製シチュー作ってるのだ!」
「どこが特製だ! それ、完全に失敗作…いや、生物兵器だろ!」
結局、俺とアンナさんでミミを鍋から引き離し、問題のシチュー(?)は厳重に処分されることになった。ミミは「せっかく美味しくしようと思ったのにー」と不満げだったが、アンナさんから「お手伝いは嬉しいけど、入れる前に必ず聞いてね?」と優しく諭され、しぶしぶ頷いていた。
だが、そんなミミも、アンナさんの買い物の荷物を運ぶのを手伝ったり(途中で荷物を落としてリンゴを転がしたりしていたが)、食堂の掃除を手伝ったり(箒で遊び始めてフェリシアさんに怒られたり)と、なんだかんだで宿の人気者(?)になりつつあった。
そんな風にして、俺たちのフロンティアでの日々は、賑やかに、そして目まぐるしく過ぎていく。
ギルドで依頼を受け、街で情報を集め、工房(物置)で試作品を作り、図書館で調べ物をして、訓練場で汗を流し、そしてまた騒動に巻き込まれる。
そして夜になれば、みんなで「風見鶏の宿」の食堂に集まり、アンナさんの美味しい手料理を囲んで、その日の出来事を報告し合うのが、俺たちの日課になっていた。
「今日の依頼、森で迷子のプニプニ鳥を助けたのだ! ふわふわで可愛かったにゃ!」
「ふん、あれは迷子ではなく、お前が勝手に追いかけ回しただけだろうが。おかげで依頼達成が遅れたぞ」
「図書館で、古代の月光石についての文献を見つけました。アリアさん、解析を…」
他愛のない会話。仲間たちの笑い声。食堂の温かい灯り。この日常が、今の俺にとってはかけがえのない宝物だ。
その夜、俺は一人、宿の窓からフロンティアの街を見下ろしていた。夜空には、大きく鮮やかな二つの月が浮かび、優しい光を地上に投げかけている。街の灯りはまばらだが、その一つ一つに、人々が生きている確かな温もりを感じた。
(追放されて、一人で森を彷徨っていた時は、本当にどうなることかと思ったけど……)
今は違う。俺には頼れる仲間たちがいる。そして、この街が、俺たちの新しい拠点だ。
「ここから、俺たちプロンプターズの冒険が、本当に始まるんだな」
俺は夜空に向かって、静かに、しかし力強く呟いた。未来への期待と、そしてこの賑やかすぎる仲間たちと共に歩むことへの、ほんの少しの不安(?)を胸に抱きながら。
俺たちの物語は、まだ始まったばかりだ。
…………続くよ? 打ち切りエンドじゃないからね?




