場面4:目標設定とAI計画
オリヴィアさんが嵐のように去った後、俺たちプロンプターズは宿屋『風見鶏の宿』の一室――俺たちの部屋兼、臨時の作戦室だ――に戻り、改めてテーブルを囲んでいた。アンナさんに入れてもらった温かい薬草茶の湯気が、部屋に残るわずかな緊張感をゆっくりと溶かしていく。
「……と、いうわけなんだが。みんなはどう思う? オリヴィアさんの提案……かなり大きな話だが」
俺は先ほどのオリヴィアさんからの依頼内容――フロンティアの抱える課題解決への協力要請と、破格の報酬条件――を仲間たちに改めて共有し、意見を求めた。これは、俺たちパーティの今後を左右するかもしれない重要な選択だ。成功すれば大きな飛躍に繋がるが、失敗すれば……。
最初に口を開いたのは、腕を組んで難しい顔をしていたフェリシアさんだった。
「ふむ……。話自体は悪くない。街のためになるなら協力すべきだ。それに、成功すれば報酬も大きい。私たちの生活安定にも繋がるだろうし……」
彼女はそこまで言うと、ちらりと自分の腰に差した剣に目を落とし、わずかに声のトーンを落として付け加えた。
「……新しい剣が、買えるかもしれんしな……(ボソッ)」
(やっぱりそこか! いや、気持ちは痛いほど分かるけど!)
俺が内心でツッコミを入れていると、セラも静かに、しかし力強く頷いた。その碧い瞳には知的な好奇心の色が浮かんでいる。
「わたしも賛成です。ユウさんのその素晴らしい『創造』の力が、人々を助けるために使われるのであれば、とても意義のあることだと思います。それに……」
彼女はテーブルの上の空中に指で何かを描くような仕草をしながら続ける。
「オリヴィア様が仰っていた天候に関する課題……古代エルフの文献にも、天候を読み、予測する試みに関する記述が見られます。わたくしの持つ知識が、何かのお役に立てるかもしれません」
セラの言葉に、俺も肩の上で浮遊するアリアも目を見合わせる。古代の知識と俺のスキル、何か面白い化学反応が起こるかもしれない。期待感が胸に広がる。
「さんせー! ミミも大賛成なのだ!」
元気よく手を挙げたのはミミだ。理由はもちろん……。
「だって、なんか新しい美味しいものとか、面白いものができるんでしょ!? それに、なんかスゴイことすれば、フェリ姉がお駄賃くれるかもしれないし! 天才的なのだ!」
……うん、動機は相変わらずだが、まあ賛成は賛成か。ブレないな、こいつは。
『てことで、満場一致! オリヴィアっちの依頼、受けちゃう方向で決定だね!』
アリアが脳内で軽快に告げる。確かに、反対意見はなさそうだ。リスクはあるだろうが、それ以上に、この街に貢献できるかもしれないという期待感と、俺自身のスキルを試したいという好奇心が勝っていた。
「よし、決まりだな。オリヴィアさんの依頼、受けよう。俺たちの力で、このフロンティアを少しでも良くするために!」
俺が宣言すると、仲間たちも力強く頷いてくれた。その信頼が、今は何より心強い。
「問題は、具体的に何を開発するか、だな……。オリヴィアさんは抽象的な課題をいくつか挙げていたけど、解決策は一つじゃないはずだ」
俺は腕を組んで考える。元の世界で生成AIを使っていた時の経験が頭をよぎる。あの頃は、漠然とした要求に対して、まずAIに大量のアイデアを出力させ、その中から可能性のあるものを拾い上げて磨いていく、というプロセスが有効だった。
(そうだ、AIにアイデアを出させる時は、まず質より量だ。とにかく大量に出させて、そこから絞り込むのが定石だったな。この異世界のAIでも、同じやり方が通用するかもしれない。よし、アリアにちょっと無茶振りしてみるか! 元の世界のAIは、これくらい平気でこなしてた…はずだ! 多分! 頑張れアリア!)
俺は肩の上で「どんなスゴイもの作ろうかな~?」と鼻歌交じりに浮かれているアリアに向き直る。
「アリア、『プロンプト:オリヴィアさんが言っていた課題……『冒険者のサポートアイテム』、『職人の作業効率化』、そして『自然現象への対策』。これらを解決するためのアイデアを、とにかくたくさん! あらゆる角度から! 突拍子もないものでも何でもいい! 制限なしでリストアップしてくれ!』」
「え、たくさんって……どれくらい? 10個くらい?」
アリアが不思議そうに首を傾げる。俺はニヤリと笑って、人差し指をピッと立てた。
「そうだな……まずは、景気づけに1000個くらいかな!」
「…………は?」
一瞬の沈黙。空気が凍ったように感じられた、コンマ数秒の後――。
『せ、せんこぉぉぉぉぉ!? い、今なんて!? せんこぉぉぉぉ!? む、むむむ無理無理無理ィィィ!!! マスピ、アンタ正気!? アタシをなんだと思ってるのさ! その場のノリで適当な数言ってんじゃないよ! 鬼! 悪魔! ブラックAI企業かっ! これ絶対労基法違反だよ! 訴えてやる! うわーん、過労死しちゃうよぉぉぉ! こんなの絶対無理ぃぃぃ!!! ぴえん通り越してぱおん!』
アリアのアバターが、俺の肩の上でプリズムのように明滅しながら、文字通り火花を散らし、ジタバタと手足を振り回し始めた! その瞳(液晶?)には滝のような涙のエフェクトが流れ、脳内には「ピー!ガー!」というシステムクラッシュ寸前のような悲鳴が鳴り響く! 完全に処理能力の限界を超えたようだ!
「ひゃっ!? アリアちゃん、燃えてる!? 大丈夫かニャ!?」
ミミがアリアの突然の号泣に目を白黒させている。
「ユウ様……さすがに1000個は、アリアさんがお気の毒では……。少し、要求を緩和されては……」
セラも心配そうに俺を見る。彼女の優しさが心に染みるが……ここは心を鬼にする!
「ふん、普段偉そうにしている割には、根性がないAIだな」
フェリシアさんだけは呆れたように腕を組んでいる。自分の新しい剣がかかっているせいか、厳しめの態度である。
「いや、大丈夫だ! アリアの性能ならこれくらい……いけるはずだ! それに、これは俺たちの未来がかかってるんだ! アリア、泣いてる暇があったら手を動かせ! お前の性能を俺は信じてるぞ! さっきの強気はどうした!」
俺は内心の不安を押し殺し、アリアに発破をかける!
『うぅ……マスピのドS! 鬼! 悪魔! ブラック……! でも……信じてる、なんて言われたら……やるしかないじゃん……! 覚えてろよぉ……! しゃーない、やってやるよ! 超絶怒涛のアイデア生成フェスティバル、開催じゃあああ!!!』
アリアは涙声(とヤケクソ感)で悪態をつきながらも、その瞳にプロフェッショナルな(?)光を宿らせた! 彼女の周囲の光の粒子が激しく明滅し、目の前にアイデアを書き連ねた書類が、印刷機のように次々と生み出された。
・『苔を圧縮して作る非常食(究極の味気なさ)』
・『持ち主の気分を読んで硬さが変わるハンマー』
・『空飛ぶ絨毯(ただし燃料は高純度魔石のみ)』
・『岩トカゲの鱗を編み込んだ痒くなる服』
・『スライムの体液を濃縮した超強力消臭剤(自分も臭う)』
・『ミミ専用・自動で撫でてくれるロボットアーム』
・『思考盗聴防止機能付きアルミホイル帽子(デザイン最悪)』
……etc.
……etc.
……。
ものの数十秒で、ウィンドウには文字通り1000個以上のアイデアリストが表示された! 中身は……玉石混交、いや、ほとんどがガラクタか、もしくは危険物判定ギリギリアウトじゃないか!? ミミ専用アイテムまで混じってるし!
「ひ、ひぇ……! 本当に1000個以上出したのだ……! アリアちゃん、すごいけど、ちょっと怖い……!」
ミミが若干引いている。他の仲間たちも、AIの(ある意味での)規格外のポテンシャルに言葉を失っているようだ。
『ど、どや……! アタシは……燃え尽きた……真っ白にな(がくっ)』
アリアのアバターが白い灰のようになって(見えるエフェクト)、力なく俺の肩に倒れ込む。完全にオーバーワークだ。
「お、お疲れ、アリア……。すごいじゃないか。よく頑張ったな」
俺は苦笑しながらも、彼女の労をねぎらう。本当に無茶をさせてしまったようだ。
「それにしても……これは……使い物になるものがほとんどないように見えるが……?」
リストを一瞥したフェリシアさんが呆れ顔で言う。
「いや、ここからが本番だ。アイデアは、最初は質より量。どんなにくだらないアイデアの中にも、光る原石が隠れていることがあるんだ」
俺は現代で培った(?)手法を説明する。
「アリア、最後にもうひと頑張り頼む。今度は、これらのアイデアを『実現可能性』『コスト』『期待できる効果』『独自性』あたりで自動スコアリングして、評価の高い順にトップ20を選出してくれ!」
「……はぁ…はぁ…やるしかないんでしょ…鬼マスピ…ラストスパート……」
アリアが消え入りそうな声で呟きながらも、最後の力を振り絞って処理を開始する。健気なやつめ……。
すぐに、スコアリングされたリストの上位20件が表示された。そこには、先ほどのカオスなリストの中から、比較的現実的で、かつ効果が期待できそうなアイデアが並んでいた。
「ふむ……」と俺はリストを仲間たちと一緒に眺める。
「なるほど『栄養価と保存性を担保した食料品』……これはダンジョンに持ち込める携帯食料みたいな方向性だな」
以前、激マズキノコの学習データからペースト状のスープ(激マズ)を作ることが出来た。ああいった形で食料を作ることもできるだろうな。
フェシリアさんも紙をパシパシ叩いて、一枚差し出した。
「これも良いかもしれんぞ。『使用者の作業を補助・最適化する装着型グリップ』……これは職人向けに改良できそうだ」
なるほど魔道具というより便利グッズみたいなものか。これは生成AIで設計図さえ作れば、他の人でも製造できるかもしれない。良いものが製作できれば、例えば特許のような形で収益を得られるかもしれない。
「こちらも良いかもしれません。『短期的なマナ変動=天候変動を予測するシステム』という案です」
セラもリストを覗き込み、「古代の天候占術の理論とも深く関連しています。実現できれば、画期的です」と興奮気味に言う。
なるほど天気予報か。どうすれば予報出来るようになるか想像もつかないが、数時間後や次の日の天気が分かるだけでも、都市で生活する人々への恩恵は計り知れないだろう。
「よし、方向性は見えたな! この三つのアイデアを元に、具体的な開発計画を詰めていこう!」
俺たちの目の前に、具体的な目標が見えてきた。AIへの無茶振りという名のブラック労働(?)はあったものの、こうして大量の選択肢から可能性を探る方法は、この異世界でも有効らしい。
俺は、これから始まる新たな挑戦への期待と、燃え尽きて肩の上でプルプル震えているAIへの感謝と若干の罪悪感を胸に、仲間たちと共に顔を見合わせ、力強く頷いた。




