表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
纏物語  作者: つばき春花
第弐章 六人の宮司と蘇りし鬼姫
38/126

其之卅㭭話 その娘、凶暴に付

 前回までの『纏物語』は……。


「うむ……それもそうだか、それよりも気に掛かる事がある。千里乃神の力を取り込んだおった天狗が祓われた……となると……」


「そうだ、そうなると我等が封じていた千里乃神の封印が解ける! そうなると恐らく……」


「いや、恐らくではない。間違いなく千里乃神はここ(人吉)に来るであろう……」


「それもまた厄介だな……」


      




 人吉駅十七時十五分着の列車が三分ほど遅れて三番ホームに到着した。その列車の四番車両から一人の女子高生がホームに降り立った。長い艷やかな黒髪に色白の肌。まるで日本人形の様な美女。今の季節そぐわないない冬のセーラー服姿で、静々と人吉駅の改札を歩み出て一人呟いた。


「ちょっと……蒸し暑いわね……ここ(人吉)」



 青き月の力を授かった優は、その力に悩んでいた。



 舞美が榊市に帰ってから毎日のように纏の力を使いこなせるように、一人空に上がり稽古に明け暮れていた。


 目の前に沸き立つ巨大な雲。それに向かい神経を集中させ『月下の刀』を振り抜く。目の前の空間が捻じ曲がるような激しい衝撃と共に、巨大な雲が真っ二つになり一瞬で蒸発し消えてなくなる。


 そして湧き出る氣を一気に放出し、人吉市上空から九州山脈を越え、椎葉村上空まであっという間に移動する。

 当初、この纏の力に驚き、感動していた優だったが最近は、稽古をすればするほど程、この纏った強力な力に戸惑いを感じるようになっていた。


「違う、こんなんじゃない! 舞美ばあちゃんの剣の速さは、こんなもんじゃなかった!」


「違う! 違う違う! 舞美ばあちゃんはこんなに遅くない! もっと、もっと速く飛んでた! 神氣の息……どうやったらできるの!? 分かんない! 涼介おじいちゃん教えて!」


「………………」


 優の問いに涼介が応える事はなかった。舞美が天狗と対峙した時に見せられた風のように軽やかな動きと、電光石火の剣捌きが脳裏に焼き付いて離れない。


 そして舞美から教えてもらった『神氣の息』もまだ習得できていなかった。只々闇雲に力を使い、刀を振り回すだけだった。



 思い悩む中、勉強も部活も身が入らない、だから学校に行くのも億劫になっていた。

 

 だけど毎夜、空に上がるのだけは……欠かさなかった。


 悶々としていたある日の放課後の事。放課後と言っても部活動の帰りだったので辺りは暗く、街を照らす明かりの中、家路についていた時の事である。橋を渡っていた。真中辺りに差し掛かると、欄干にもたれ川下を眺めている制服姿の女子高生の姿があった。『ここら辺では見慣れない制服だな……』優はそう思いつつそのむすめの後を通り過ぎた、と同時にその娘であろう、後方から声をかけられた。


「こんばんは……」


 その声に振り向く優。すると娘が優の方を見て微笑していた。


「あなた、青井優……さん?」


か細く澄んだ声だった。


「あっ……は、はい……そうですけど……」


 優の返事を聞いたその娘の口元が少し、ほんの少しだけ微笑んだ気がする。


「そう……貴方が……」



 俯き加減に呟くと娘は、急に左脚を軸にくるっと体を回した。


「えっ?」


 優が驚いた次の瞬間、左目の視界に娘の靴が『ドンッ!』と入ってきた。蹴りだ! 強烈な蹴りが優の顔面に飛んできた。優は間一髪、頭を反らしその強烈な蹴りをかわした。


 鋭い風切り音が優の鼻先を掠める。しかし矢継早に、そのまま右脚を軸にし、左からの回し蹴りが確実に優の顔面を捕らえにきた。あまりの速さに今度は、よけ切れない!

 

『ボギッ!メキッ!』


 鈍い音が辺りに響く、しかしそれは咄嗟に竹刀袋を盾にして蹴りを受け止めた袋から出た音だった。


 ダランと真ん中から折れ曲がる袋、優はそれを見て驚愕した。何故ならそれは中の三本の竹刀と固い素振り用の木剣が真っ二つに折れているのが分かったからである。


(な、なんて蹴り! こんなの真艫に受けたら痛いだけじゃ済まない!)


 リユックと二つに折れた竹刀袋を投げ捨て四歩後ろへ下がった。そして娘の方を見ると、手に持った何かをゆっくりと頭上に挙げながら『ブツブツ……」と言の葉を唱えている。


『シャン!』


 一つ鈴の音が鳴り響くと優の後ろから冷たい風が吹き始め、やがてそれが娘の周りに集まり渦を巻き始めた。冷たい風は渦の中で氷の塊を作り出し、形成された氷がぶつかり合わさり、次第にその形が何匹もの、蛇の様な形の異形な氷物になった。その異形な者は、今にも飛び掛かりそうな勢いでノコギリの様な歯が並んだ口を『ガパッ』と開け優を威嚇する。


「シャァァァ! シャァァァ! シャァァァ!」


 優はニヤリと笑い叫んだ。


「お前は悪しき者!? だったら手加減しなくていいわよねっ‼」


優は右手の指輪を左の人差指と中指ですっと触り大きく手を広げ胸の前で拍を打った。


『パンッ!』


「纏!」


 優の身体がまばゆい光が発する。その輝きの中から現れたのは真っ白い純白の纏を纏った優。その纏から湧き出る青い氣は、優を包み込み黒い眼に白銀の髪色。腰には細身の剣『月下の刀』を差す。


 娘はその姿に臆することなく手に持った鈴を打ち鳴らす。


『シャン!シャシャン!シャン!シャシャン!』


 その音と共に一斉に氷蛇が四方八方から、優目掛けて突進してくる。落ち着きはらいている優は『シュラッ』っと腰にある『月下の刀』を抜いた。そして……。


『シュパッパッパッパッパッパッパッパッパッパッパッパッパパパパパパパパパパッ‼」


 一瞬にして氷蛇を粉々に打ち砕いた。切り刻まれた氷蛇は氷の霧となって消え失せた。そして優は刀をゆっくりと鞘に納めると、一瞬で娘の目の前に走り込み右足を軸にし、強烈な蹴りを放ちながら叫んだ。


「さっきのお返しよっ‼ おりゃぁぁぁぁぁぁ!」


 一瞬驚いた娘

『ガチィィィン!』


 鈍い金属音が響く、咄嗟に手に持っていた鈴で受け止めたが『ズズズゥゥゥゥ……」とその威力で後ろに身体をずらされた。


「ちぃぃぃぃッ! 邪魔な鈴ねっ!」


 それを聞いた娘は、服の埃を『パッパッ』と払いながら答えた。


「ただの鈴ではありません……これは神楽鈴……とても神聖なものよ……それを今……貴方は足で蹴りましたわね……」


「なぁに言ってんの‼ あなたがそれで私の蹴りを受け止めたんでしょっ‼ 私がそれを狙って蹴った訳じゃないしっ!」


 その言葉を聞いた娘の眼が優を睨みながら微妙に据わる。そして静かに答えた。


「それに……その言葉遣い……気に入りません……貴方には……少々……お仕置きが必要です……ね……」


 そう言いながら娘は神楽鈴を腰に差し、両手を大きく広げ胸の前で拍を打ち唱えた。


『パンッ!』


「……纏……」


 何処からともなく吹いてくる冷たい風が娘を包む。


「な、何この風⁈ 冷たぁっ‼」


 風の塊の中から現れたのは、紫色の袴を纏った娘。俯き加減で静かに佇んでいた。そしてゆっくりと神楽鈴を胸に当て顔を上げた。その眼を見た優は、一瞬で感じ取った。


「やばい、絶対やばいぃ! いったん間合いをとらな……」


 そう思いながら後ろに飛び下がったと同時に、何故か娘の顔が優の目の前に現れた。


「はは、速い‼」


まさに眼に捕らえられない速さだった。その速さに優は、なすすべもなく右の鉄拳が優の鳩尾に入る!


『ドォゴッッッ!』


『ガァハッッッ‼』


「えいっ……」


 娘の掛け声……


 続けざまに強烈な右脚からの回し蹴りがくの字に折れ曲がった背中に入る。


『ドオォン‼』


「キャァァァァァァァ‼」


 強烈な蹴りに吹っ飛ばされた優は、村山の斜面に思いっきり叩き付けられた。


 草むらの中にめり込んだ優は直ぐに立ち上がり自分に気合を入れた。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁあああ! こらぁぁお前! 調子に乗るなよっ!」


 そう言いながら優は「月下の刀」を抜き、刀を顔の横に構えた。


「あら……意外と頑丈なのですね……」


「うるさいぃぃ! 行くぞっっっ、この野郎ぉぉ! はぁぁぁぁぁぁぁぁ! 蛇頭の舞ぃぃぃ!」


 そう叫びながら娘にも引けを取らない速さで突っこんでいく。娘は神楽鈴で迎え撃とうと中段に構えた。すると娘の直前で優の姿が幾つにも分かれ、四方八方から娘に突きを繰り出した。これは天狗から奪い取った神通力の力だった。


「とったあぁぁぁぁぁ!」


しかし、そう思った瞬間目の前にあった娘の体がすっと消え、いつの間にか優の後ろを取っていた。


「えっ!?」


「貴方……貧弱……貧弱です……」


そう言いながら娘の膝蹴りが再び優の鳩尾を捕らえた。


『ドゴッッッ‼』


「グハッ! カハッ……ゲホッ……ゲホッ……ゲホッ……」


 蹲って悶える優を見下す娘は、静々と近寄り言い放つ。


「どうしたの……もう終わり?……」


 優は唇をぐっと噛みしめ、刀を握り立ち上がった。そして呼吸を整えながら刀を脇構えで持ち言い返した。


「お前なんかに! 悪しき者なんかに絶対! 絶対負けない! 負けないんだからっ!」


 娘は『フッ……』と薄く笑ったかのようだったがすぐに無表情に戻り神楽鈴を打ち鳴らし始めた。


『シャンシャシャン!』


 その音色に合わせ、真っ黒い雲が娘の上空に渦を巻き始め雷鳴が聞こえ始める『ゴゴゴロゴロゴゴゴロ……』それは雷雲であった。その時優は、舞美の言葉を思い出していた。


『青き月の力は、闇雲に使っては駄目。心を無にして『神氣の息』をするの……そして清い心で相手をよく見る。すると不思議に自分以外の景色が……止まって見える……」


迫りくる巨大な雷雲を前に、舞美は目をつむり静かに呼吸を始めた、それは何気に使った『神氣の息』だった。


 次に目を開けた時、優の周りが灰色になり、すべての時が止まっていた。優は、無の境地で娘に向かって一蹴りで懐に飛び込み刀を振るった! 


 娘は優のその動きに一瞬驚愕する。


 しかし!


『パァァァァァァァァン‼』


 優の刀が娘に切り入る寸前に一筋の雷撃が優を真艫に捕らえた!


「キャァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!…………」


 カウンターの様な真上からの強烈な雷撃、優はなすすべなくそのまま地面に激しく叩きつけられ……意識を失った。


 つばき春花です。『纏物語』お読み頂き有難うございます。最近ちょっと投稿が遅れ気味ですが皆様、気長にお付き合いきださいませ。


次回予告『其之卅玖話 嫗めぐみ』


「嫗……めぐ……み……、嫗めぐみさん?! あの蛇鬼と!……おばあちゃんと一緒に蛇鬼と戦った、あの嫗めぐみさん!!」


「? じゃっき? おばあちゃん? 戦った?」


 それを聞きた母親がぼそっと言いながら優を見ながら首を傾げる。


 すると嫗の目が据わり始め、身体から殺気が発せられ始めた。その目はまさに『余計な事を喋るな!』と言わんばかりだった。


 その殺気に気づいた優は……。


「おお、おばあちゃんとジャッキ……ジョッキでかんぱぁぁい! なんちゃって……」


 とか言って母親を白けさせ、何とかその場を誤魔化した。


ご一読よろしくお願いします。


     つばき春花

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ