外伝 其之陸話 萌芽
恭一郎は、その捉えし者を見て驚愕する。 それは、観覧車の土台を割り生え出ている太い蔦がびっしりと支柱に巻き付き、観覧車それ自体が大きな禍々しい大樹になっていた。 その土台から四方八方に細い蔓を伸ばし、その先には、幾人もの御魂が捕まり喘ぎ、苦しんでいる。めぐみが観覧車を見上げながら呟く。
「やはり……呪木……しかしこの惡氣……昔感じた蛇鬼の氣に似ている……」
そうめぐみが呟いた、その時……
『シッシッヒュンヒュンヒュンシッヒュンシッ!』
暗闇の奥から鋭い風切り音と共に何かが迫ってくる。いち早く其れに気付いためぐみは……
「危ない……」
『ドゴゴッ!!』
そう言いつつ真後ろに居た恭一郎を見事な回し蹴りでふっ飛ばした。何気に繰り出された強烈な蹴りを真艫に喰らった恭一郎は、後方へふっ飛ばされた。
「うげぇぇぇ‼」
暫く宙を舞った恭一郎は、激しく地面に叩きつけられ、そのまま坂道を転げ落ち、どこかの壁に激突して……
『ガッシャァァァン!ゴッシャァァァァァン!ドンガラガラガッシャァァァン‼』
……ようやく止まった。
「痛ってぇぇぇ……酷いよ……めぐみさん……」
本当に丈夫な身体を持つ恭一郎、体に乗っかった物を退かしながら起き上がり服の誇りを払いながら視線を上に向けると……
「武士の……館?」
屋根の看板にそう表記してあった。恭一郎は、そこで上半身が割れて壊れている侍のマネキンがあるのに気が付いた。そのマネキンの手には、模造刀が握られていた。恭一郎は、徐にその刀を引っこ抜き、二、三度振り回し握り心地を試した。するとその模造刀が青白い光を発し始めた、そして……
「神氣かなんか知らないけど、やってやる! 絶対あの女の子を助けるんだ!」
恭一郎は、そう言いながらお化け屋敷の方向へ駆け出した。暗闇の中を進んで行くにつれ、呪木に捉えられた御魂達の苦しそうな声が色濃く聞こえてくる。
(たす……けて……)
(く、くく苦しい……いっそ殺してぇぇ)
(どうか……お助けを……)
其の声を見過ごす事が出来なかった恭一郎は、刀で蔦を斬り祓い囚われた御魂を解放しながら前へ進んだ。
自由の身になった御魂達は、呪木の毒氣が抜け顔に血色が戻り、穏やかな表情に変わりゆく。そして……
「ありがとう……お兄さん」
「ありがとう……ございます」
「あぁ……ありがとう」
と、言いつつ御魂達は、白い輝きに包まれながら空へ昇り行き、次第に消えていった。その中の一人、白髪で少し腰の曲がった御老人の御魂が恭一郎に歩み寄り、語り掛けてきた。
「お若い方……お名前を教えて頂きたい……」
「東城……恭一郎で……す……」
「おぉ……恭一郎さん……本当にありがとう……儂等は命尽き、御魂になって家族の元を旅立とうとした時、突然あの呪木に捕らわれここに連れ込まれたのだよ。そして儂等を縛り魂氣を吸われ続けていた……儂等はこうして解放された……だが無念な事に沢山の御魂が、あ奴に魂氣を吸い尽くされ、家に帰る事叶わずここて朽ち果てていった……本当に残念だ……」
震える声でそう言うと頭を深々と下げ白く輝きながら少しづつ消えてゆく老人。
「ちょっと待ってください! 女の子、おさげ髪の女の子を知りませんか! 僕に助けてって言ったんです! 何処にいるか知りませんかっ?!」
「女の子?……ひょっとして鬼が連れている子どもの事か? 呪木の手下の鬼が、自分の糧として連れまわしている子どもの事だろうか?」
「糧?」
「そうだ、鬼の腹が減ったらその連れている若い魂氣を喰らうのだ。気を付けなさい、鬼は狂暴で邪悪、慈悲もない。しかし頭は、あまり良くない。君のその力があれば鬼など対した事は無いだろう……だが呪木には、気を付けな…………さい……」
そう言いながら老人は、宙に昇りやがて消えていった。恭一郎は、体の奥底から湧いて出てくる怒りを感じていた。それは、今まで生きてきて初めて感じる心の底からの怒りだった。
「糧?! 喰らう?! そんなの絶対にっ絶対に許せない!!」
その時、地面が揺れるような感覚と共に暗闇の奥から低い足音が聞こえてきた。
『ズムッ、ズムッ、ズムッ』
その音と振動から、それは相当巨大で重い物と言う事が分かった。そしてその足音が突然ぴたっと止まった。
(足音が……止まった?)
そう思った……その時!
『ドオオォォォォォン‼』
宙から目前に巨大な者がとつぜん降り立った! それは、赤黒い巨体に大きな頭、その頭には、くの字に曲がった角が二本。目の前に降り立ったのは鬼、恐ろしく醜い顔をした鬼だった。鬼は異臭を放つ息を吐きつつ恭一郎に向かって、野太いしゃがれた声で雄たけびを上げた。
「グガァァァ!!おまえ……ヴォ……くう!喰らっで……ちからヴぉ貰う!お前食う!」
叫んでいるのか喋っているのか分からない、だが自分を喰らおうと考えている事は、容易に想像できた。何時もの恭一郎であれば驚き腰を抜かしてヘタれているところであろう。しかし今は、呪木と少女を捕らえている鬼に対する怒りでしっかりと前を見据え鬼と対峙している。
「お前が呪木の手下っ鬼かっ‼」
そう言いつつ刀を構えた、だがその時恭一郎は、鬼の腕に何か違和感を感じていた。そこで構えを維持しつつじりっ……じりっと右へ回り込んだ。すると大木のように太い左腕に何かが巻き付けてある……女の子だ、 あのおさげの女の子が蔓で鬼の腕にしっかり巻かれ気を失っていた。鬼は、腕に巻かれたこの少女から魂氣を吸い取っているのだ。
「女の子がっ?! このぉぉっ!!」
怒りで体が震える恭一郎、手にした刀を握りしめ、鬼の懐へ突っ込んでいく。鬼は、恭一郎目掛け、右手に持ったこん棒のような物を振り下ろした。
「ウグワァォァォァォォ!!」
『ドズゥゥンッ!!』
大地を揺らしながら地面にめり込むこん棒、しかし其の動作は、鈍く簡単に避けられた。
「当たらなければどうって事無いさっ!!」
どう言う事か恭一郎の動きが軽やかで其の速さは、正に電光石火だった、鬼の死角に回り込むと少女に巻き付いている蔦を斬った。そして落ちてきた少女を抱き掴む。すると鬼は、その巨体を捻り恭一郎の姿を捉えたと同時に、岩塊の様な硬く巨大な拳を繰り出した。
『ブオワッ!!』
凄まじい風圧と共に拳が迫る。しかし、これも難無く避けた恭一郎は、少女を小脇に抱えたまま刀を下から振り上げた。
『シュバッッ!』
恭一郎が手にした模造刀が、大木のような太く硬い左腕をまるで豆腐の様にストン……と斬った、そしてその腕が宙に舞い泡の様に崩れて消えた。
「グギヤッ?!グワガギャアァァ!!」
鬼の悲鳴が辺りに響く。鬼は、腰を抜かして暫く転げ回ると肩で息をしながら立ち上がり……素早く後ろに跳ね飛び、恭一郎の太刀を交わした。
「ハァハァハァ……おまえ、許さない、じぇったいにゆるざない!」
そう言い残すと背中を向け逃げ出した。
「このぉぉっ逃げるな鬼!!」
恭一郎は、後を追った。大きな足音を響かせながら逃げる鬼。巨体のくせに走るのが速い。しかし其の走り去る方向は、明らかに観覧車がある方向だった。その鬼が苦し紛れに叫んだ。
「だ、だすけで! 蛇鬼ざま! だすげで、ぐだざいぃぃぃ!」
恥も外聞もなく懇願の叫び声を上げる鬼、が……
『ドゴゴッゴゴ…………ボゴッゴゴッガッッッ!!』
轟音を伴った地響きと共に、地中から無数の太い木の根が突出し、鬼を貫いた。
「オギャアァァァ!!!」
根は、鬼を貫いたまま高々と持ち上がりその身体は、萎んでゆく風船の様にみるみる痩せ細り、筋肉隆々な勇ましかった身体は、水分が吸い取られミイラの様にカラカラになってゆく……
「グオォォォォ……蛇……鬼ざま……どうじで……どうじで……」
鬼の身体が萎んて行くにつれ、その声は、小さくなって行きやがて身体が粉々に崩れていった。そしてその時、抱き抱えていた少女が目を覚ました。
「うぅぅん……あれ……お兄ちゃん?」
恭一郎がゆっくり下ろすと少女の目がうるうると涙ぐみ……
「ぐすっ……お兄ちゃん……やっぱり来てくれたんだ……ぐすっ、ぐすっ……ありがとう、お兄ちゃん……」
涙ながらに感謝の言葉を口にした。だが安心したのも束の間……
『シュルルルルルルルルルルルルッ……』
何処からとも無く風切音が二人に向かって迫って来る。少女は、怯えつつ恭一郎の後ろに隠れたる様に身を寄せた。その音に警戒する恭一郎は、少女を庇うように前に立ち刀を構えた。しかし次の瞬間!
「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!! お兄ぃちゃぁぁぁぁぁぁんっ!!」
少女の体が何かに捉われ、高々と宙に持ち上げられた。
つづく……




