外伝 其之弐話 少女の御魂
【再び悪夢の地へ……】
恭一郎が中学生になって初めての夏休みに入ろうかというある日の夕刻、母親と舞美と恭一郎がリビングで夕食を取っていた。そこへ父親が帰宅して来た。なにやら顔がにやけており何かを企んでいる風にも見えた。そして徐に自分の席に座ると突然、紙切れのようなものを内ポケットから取り出し自慢げに頭上に翳しながら得意げに言い放った。
「ほらっ遊園地の無料券! お得意さんから貰ったのよこれ一枚で四人までOK! しかも園内乗り物全て無料! お前達もうすぐ夏休みだろ? お父さんも休み取るから皆で行くぜよっ!」
「うわぁ凄い、遊園地なんて久しぶりだもんね! 行こう行こう!!」
と、賛同したのは、母親。恭一郎は、頭を抱え舞美は、あからさまに興味がなさそうな態度で『ふぅぅん……』と軽くあしらった。
「なぁぁぁんだ……お前達、もっと喜ぶかと思ったら全然じゃないか。そうだなぁ……もう遊園地で燥ぐ年でもないかぁ……寂しいなぁ」
子ども達二人の予想外のリアクションの低さに父親は、がっかりした様子で無料券と共に遊園地のパンフレットをテーブルの上に置いた。夕食を食べ終わった舞美が使った食器を片付け、立ち上がった時、ふと……テーブル上のパンフレットが目に入った。すると舞美は、さっとそれを手に取り、食い入るように見入り始めた。
「えぇぇ?! この遊園地、夏休みに『ぷりきゅあショー』やるって!! 行きたい行きたい行きたい!!! いやいや絶対行くでしょ、行く行く絶対行くっ!」
舞美が昔から魔法少女が大好きなのは、良しとして……
「恭ちゃんも勿論行くよね!」
「えぇっと……ぼ、僕は……行きた……くないなぁぁ……」
「恭ちゃん……い、く、よ、ね……」
「は……はい……」
姉は、まったく行く気がない恭一郎の眼を鋭く睨みながら無理やり答えさせた。怖すぎる、顔は笑ってるように見えたが目が獣の様に鋭くて怖い。そうやっていつも脅されてショッピングセンターやデパートの屋上であるこの手の催しに恭一郎は、付き合わせられていた。
もし、ここで『行かない』と言ったら……舞美から何をされるか分からない。多分……いや確実に殴られる(しかもグーで)事が容易に予想できた恭介は、決して逆らう事はなかった。このやり取りの度に、昔の記憶が思い出され心臓が破裂する程バクバクになる。
そして運命の日は、恭一郎と姉の部活動が休みの日と父親の休みが重なる7月の土曜日に行く事が決まった。日程が決まったその日から舞美は『ぷりきゅあ』の録画を見ながら『予習予習!』と言いつつオープニング曲とエンディング曲の振り付け練習を始めた。熱心に踊っている姉の姿を見れば見る程、行きたくないという気持ちが日に日に増していき、次第に胃が痛くなる日が続いた。
『またボコボコにされたらどうしよう……』
考えるのは悪い事ばかり。そんな恭一郎の気持ちとは裏腹に、無情にも遊園地に行く日が近づいて来る。
そして、遂にやって来た出発当日。ずっと憂鬱だった恭一郎の気持ちとは裏腹に姉は、踊りの振り付けを全曲マスターしたという満足感で朝からかなりの上機嫌。玄関から出ると腰に手を当て空を見上げながら言い放つ。
「時は来たぁぁぁ!」
「アニメの観過ぎだよ……」
ぼそっと呟く恭一郎。
「んっ? 恭ちゃん何か言った?」
「う? ううううん、何にも言ってないよっ」
(危ない危ない……本当地獄耳なんだからなぁ……)
恭一郎の心の声が思わず漏れ出てしまった……
道中、車の中で姉は『ぷりきゅあ』の歌を鼻歌まじりで歌っている。車の中で終始ご機嫌の姉は、歌いながら僕に言ってきた。
「恭ちゃん、遊園地、楽しみだねっ! 乗り物全部タダで乗れるし。そうだ! お化け屋敷も絶対入ろうね、私昔っからお化け屋敷大好きでさ!暗くて涼しいし、大丈夫、全然怖くないよ、全部作り物だし私が傍に居るからね!」
何時か聞いた事がある台詞……どうやら姉は、その大好きなお化け屋敷で恭一郎の背中に隠れて怖がり、挙句そこで可愛い弟をボコボコの血だらけにした事をすっかり忘れているらしい。
(この人……なんて幸せな人なんだ……)
と……恭一郎は、一人思った。
【五井パープルランド】
東城家のある榊市から車で一時間とちょっと。そこにあるのが県下で一番大きな遊園地、五井パープルランドだ。広大な敷地の中にはゴルフ場やホテル、温泉施設もある。遊園地の売りは、ガラス張りのゴンドラがある巨大な観覧車に三段ある大きなメリーゴーランド、そしてジェットコースターは五種類もあってどれもスリル満点だ。夏休み期間中の今は、大きなプールが開設されるので、それが目当てなのか沢山の小さい子ども連れの家族や大学生ぐらいのカップルで賑わっていた。
現地に着いた恭一郎家族、入場手続きが終るや否や姉は恭一郎の手を握り、いきなり走り出した。
「ほら! 早くステージ広場へ! 早くいかないと良い席が取れないぃ!」
そう言いながら陸上競技のような走りっぷりで引っ張られる恭一郎。舞美の後ろを見ると雪の様に白い大きな犬?狼? それも付いて来る。これが何なのか分からないが舞美以外の人に見えていない事は、確かだった何がなるべく目を合わさないようにしようと心の中で呟いた。
しかし恭一郎は感じていた。前回この遊園地に来たのは十数年前の事。その時はあまり感じなかったが……遊園地に入ってから何か気持ちが悪い。実は駐車場に車で入った時からそう感じていた。誰かに見られているような……でもそれとは違うものも感じていた。
そして姉から散々走らされてやっとステージ広場に着いた。恭一郎は、この時点でもうすでに疲労困憊。午前の部のショー開演まであと一時間程あった。入園して猛ダッシュで来ので、一番乗りで到着し、席が選び放題だった。姉は迷う事なく一番前のど真ん中を陣取った。
(小さい子どもそっちのけで、こんなど真ん中に陣取るなんて大人げない)
と言いたかったが怖いから思うだけにしようとまた心の中で呟いた。
「やったぁぁ! ベストポジション! 恭ちゃん、ここお願いね! 絶対どっか行ったら駄目よ!」
「えっ?! えぇぇぇ!! おおお姉ちゃん何処行くの?!」
「決まってるでしょ! グッズ買ってその後、入待ちよ入待ち! キュアリリアンと写真撮るんだから! 恭ちゃん、ここから動いたらぶっ飛ばすからね!」
そう言い残し、喜び勇んでグッズ販売ブースの方へ向かって走って行った。
「あぁぁぁあ……」
と、諦め声を出す。恭一郎の目の前には、どでかい犬がワザとの様に座っているのでまったく前が見えない。
(この犬……わざとやってるな……邪魔だなぁ……)
そう思いつつも動くに動けない恭一郎は、じっと我慢するしかなかった。その内沢山の親子連れが恭一郎の周りで場所を取り始めた。ど真ん中に座る恭一郎は、かなり目立っていてかなり恥ずかしい思いをしていた。
(お姉ちゃん……早く来ないかなぁ……僕かなり恥ずかしいんですけど……)
その時だった、急に背筋に悪寒が走った。まるで背中に氷の塊を入れられたような感じだった。そしてどこからともなく何かしらの視線を感じ始めた、其れは、とても悲しく、苦しく感じる視線だった。辺りを見渡しふっと……前方のステージ端の方へ目を向けた。すると、どう考えてもそこに居る事が不自然過ぎる少女が一人佇んでいた。白昼でもはっきり見えるその子は、色白でおさげ髪、向日葵柄のワンピース。その表情は、とても悲しげだった。
そしてその少女は、声は出さず口を大きく動かし何かを訴えてきた。
「た・す・け・て……』
「助けて……?!」
恭一郎は、その口の動きを確認するかの様に呟きながら立ち上がった。その少女は確かにそう訴えるように口を動かした。すると目の前の犬が立ち上がり姿勢を低く構えながら……
『ウウウウウゥ……』
と、ステージの方を見ながら唸り声を上げた。と同時に黒い煙が足元から沸き上がり少女の体を身体を包み込んだ後消えていった。
(ななななんだ、今のは……今まで怖い者をいっぱい見てきたけど……今のは、何か違う……絶対……かなりやばい奴だ……)
恭一郎は、生まれて初めて背筋が凍るほどの戦慄を覚えた。そして舞美が両手に大きな袋を下げ満足げな表情を浮かべながら戻って来た。
「いやぁぁ写真もバッチリ撮れたし握手までしてもらっちゃった! ほらほら写真見る? ばっちり取れてるよ! ん……どうしたの恭ちゃん?」
そう、問いかける姉に気付いた恭一郎は、慌てた様子で……
「姉ちゃんあのねっあそこのおぉ……ぉぉぉ………………なな何でも……ない……」
恭一郎は、舞美に『あそこのステージの端に女の子が立っていた』と伝えようとしたが、やはり言う事が出来なかった。
つづく……




