外伝 其之壱話 東城恭一郎
某県榊市に居を構える東城家。会社に勤める父と専業主婦の母、地元の高校に通う姉、舞美。そして舞美の弟、名は東城恭一郎。榊市立榊第二中学校に通う中学生だ。
成績は、中の中、スポーツもずば抜けて出来る方ではなくごく普通……見てくれもこれと言ってとくになんという事もない、可もなく不可もなく、何の特徴もないその他大勢のうちの一人だった。
部活は、姉の影響なのかバスケットボール部に所属していた。運動神経もごく普通……しかし、恭一郎より下手くそ、しかし要領がいい同級生達は、うまく自分をアピールし体よく試合に出る事が出来ていた。口下手で目立つ事が苦手な恭一郎が同じ事を出来るはずもなく……試合の時は、常にベンチが指定席となっていた。本人も自分の事がよく分かっていたので気にも留めていない。
【恭一郎の能力】
古の神守、東城家。その血を受け継ぎこの後、最恐最悪の鬼、蛇鬼と壮絶な戦いを繰り広げる舞美……その弟、恭一郎には、この時点でその素質は、微塵もなかった。
しかし……しかし恭一郎には、人に言えない……いや、決して他人、家族にさえも絶対に言わないと硬く誓ったある能力があった……。それは、他の誰にも見えない異常な者が見えるという能力……俗に言う幽霊、お化け、妖怪、モノノ怪と言う類の者……それが恭一郎の目には、普通に見えるのだ。
たとえば……ほら、そこの電柱の後ろ。作業服を着た血だらけの男が恨めしそうにこっちを見ながら立っている。恭一郎が近ずくと、その男は、ゆっくりと顔を上げ、にやりと笑う。
そしてその曲がり角を曲がった所にあるガードレールに体操座りで寄り掛かり、下を向いてブツブツと意味不明な事を呟いてる二十代くらいの若者が居る。恭一郎が見えると何故か怯えたように慌てて背を向けながら消えて行く。毎日通る通学路だけでも大なり小なり数え切れない位の沢山の御魂が居る。しかし、物心ついた頃からこういう者が見えていた恭一郎は、今では、なんとも思わなくなっていた。
そんなある日の事、東城家に大事件が起こった。パンクした自転車を自転車屋で治し家に帰ると両親が血相を変えて車に乗り込もうとしていた。母親は、恭一郎の姿が目に入ると、走りより恭一郎の手を掴むと力ずくで車内に引き摺り込んだ。
『ガシャンッ!!』
自転車が大きな音を立てひっくり返るが 、お構いなしに車のアクセルを踏む父親。
「何何何っ?! どうしたのっ?!」
余りの出来事に慌てて事情を尋ねる恭一郎。すると……
「あのね、あのねあのね舞美が舞美が舞美がねっ舞美がっ!」
動揺を隠せない母親は、声を絞り出すようにして泣きながら事を説明した。それは姉の舞美が交通事故に合い、瀕死の重傷を負ってしまった事だった。病院に向かう車の中で、母親は、泣き過ぎてどうにかなってしまうのではなかろうかと言う位、嗚咽をしながら泣きじゃくった。
しかし病院に着くと今度は、恭一郎がどうにかなってしまいそうになる。それは……数えきれない御魂が病院の駐車場だけではなく至る所に蠢いていたからである。その御魂達の損傷は激しく、もう口に出せないように体がグチャッグチャになった者達がそこら中にいっぱい蠢いていた。姉を心配している両親に悪いとは思ったが、歩きながらも気を失いそうになった。
更に病室に入ると直ぐに視界に飛び込んできたのは……姉が……目の前のベッドの上で体中包帯でグルグル巻になって寝ているはずの姉が……何故か病室の天井付近に浮かんでいて、その周りに居る、一……二……三……五人の頭が禿げた爺達と話していた。 余りにも非現実的な現状に遂には精神を保つ事が出来ず、号泣している母親と佇んでいる父親の後ろで立ったまま暫く気を失ってしまった。
【恭一郎の悲惨な過去(姉からボコボコにされる)】
恭一郎は、自分が見えるという事を誰に言う事も、相談する事もせず一人心の奥底に仕舞い込んでいた。それは、家族にも打ち明ける事はなかった。友人ならともかく、一番身近で信用できる家族にまで何故秘密する必要があったのか……其れには、理由があった。
その理由とは……今から数十年前のある事が原因だった。その事が起こったのは、恭一郎が保育園の年長組に進級して間もない頃、五歳の時だった。
当時忙しかった父親がどうにか休暇を取り、子ども達の為にと隣の県にある大きな遊園地の前売り入場券を買ってきた。その吉報に姉も恭一郎も大はしゃぎ。小学生だった舞美も遊園地に行くのは、初めての事だったので二人で指折り数えて楽しみにしていた。出発の前日は、楽しみ過ぎてなかなか眠れず、夜更けまで布団の中で相談し合った。
そして当日。遊園地での楽しいひと時……観覧車やメリーゴーランド、コーヒーカップにゴーカート。広いステージでの戦隊ヒーローショー、どれも始めて見たり聞いたりする事ばかりで我を忘れてはしゃぎまわる二人、姉とお化け屋敷に入るまでは……。
広い芝生でお弁当を広げお昼ご飯。それを食べ終えた姉、舞美が恭一郎に言い出した。
「ねぇねぇ恭ちゃん、お昼の最初はさ、お化け屋敷に行こうよっ」
暗い所が苦手な恭一郎は、その話を聞いて本気で嫌がりながら……
「えぇ……僕怖いからいやだよぉ……」
「大丈夫って、私がついてるから! それにお化けって言ったって全部作りものだよっ全然怖くないって!」
そう言いながら舞美は、お昼ご飯を食べ終わると片付けもそこそこに嫌がる恭一郎の手を引っ張って無理やりお化け屋敷がある方へ向かった。しかし、いざお化け屋敷の中に入ると……
「きゃぁぁぁ暗ぁぁぁいぃ怖ぁぁぁいぃぃぃぃ!!」
姉は、恭一郎を先に歩かせ、自分より小さい弟の肩を鷲掴みにしてその体に隠れるように身を屈め動く作り物に大絶叫をしていた。『あんなの作り物だから全然怖くない』は、いったい何処へいったのだろうか。
お化け屋敷の中には人形の生首や、逆様にぶら下がった髪の長い女の人の人形が沢山ぶら下がっていた。しかし恭一郎は、その作り物を怖がる事はなかった……何故なら恭一郎の眼には『本物』が見えていたからである。
このお化け屋敷の中には、お化けの人形とは別に、本物の不気味な者が沢山蠢いていた……それは、顔面から滴る血を流した者、不自然に折れ曲がった首、そいつ等が恨めしそうな目で恭一郎を凝視する。目ん玉が真っ黒で口を大きく開け獣のように叫んでいる者や、手や足が吹き飛んだように千切れた者……それが幾人も這って恭一郎にずりずりと近づいてくる。
恭一郎は、後ろの姉に指を差しながら事細かく状況を解説しながら叫び続けた。
「ねねねねぇちゃんっなんか這ってくるっ!!」
「ねっねねねぇちゃんっほら首がない人が手招きしてるっほらそこ!」
「ねねねねぇちゃん血だらけの男の人が、く、来る! 走って追っかけて来るよっ!」
「ねぇちゃん首がない人が……ねぇちゃんあの人、頭が半分ないよぉ! ねぇちゃん! ねぇちゃん見てよ! ほらっあそこっ!おねぇちゃんてばっ!!」
大声を出しておかないと気を失うと咄嗟に感じた恭一郎は、事細かく後ろで縮こまる姉に大声で説明を続けた。そして無事、お化け屋敷から出た二人。姉は、お化け屋敷から出ると項垂れたままスタスタと歩き始めた。恭一郎は、元気がないその背中に向かって心配そうに語り掛けた。
「おねぇちゃん……大丈……夫? あああ、あのさっちょっとだけ怖かったね!」
すると……姉がぴたりと立ち止まり、次第にその肩がふるふると小刻みに震え出した。
「お姉…………ちゃん?」
恭一郎の声にゆっくりと振り向いた姉の瞳は、うさぎの目のように真っ赤で、そこから大粒の涙が流れていた。そしてその顔がみるみる鬼の形相の様になったその時、いきなり大きな声で恭一郎を罵倒し始めた。
「おおおおいぃ!!!このくそ馬鹿恭一郎ぉぉぉぉぉっ、お前ぇぇぇいい加減にしろよぉぉぉ!!お前のせいでえぇお前のせいでぇぇぇっ!!超怖かったんだからぁぁぁぁ!!!馬鹿ぁぁぁぁぁぁ!!!うわぁぁぁぁぁん!!!!」
そう叫びながら大号泣を始めたかと思ったら 見事な速攻で恭一郎の胸ぐらを掴み上げ、どこで覚えたのか固く握った拳で顔面を何発も殴った後足を掛けて転ばし、倒れた所を足で蹴り続け更に馬乗りになって両拳で殴り続けた。泣き叫ぶ恭一郎、それは遊園地のスタッフが姉の暴挙に気付き、止めに入るまで続けられた。
初めての遊園地で姉にボコボコにされ顔は腫れ上がり鼻と口からは、血がしたたり落ちていた恭一郎。その事があって恭一郎は、遊園地とお化け屋敷が大っ嫌いになり、もう何が見えようとも絶対に他の人には言わないと……幼心に固く固く心に誓わせたのは、外ならぬ姉の舞美だった。
【出会い】
ある日の夕刻、学校から帰宅していた時の事。
家の前に一人の女子高校生らしき人物が佇んでいた。その高校生は、姉と同じ制服を着ていたので恭一郎は、素直に『姉の友人』と思った。佇みまっすぐ前を見据えるその横顔は、どこか寂しげで虚ろな眼差しだった。そして近づいてくる恭一郎に気付いたのか、その女子高生は、恭一郎の方へ視線を移した。色白で長い黒髪、背がすらりと高く細身。姉とは比べ物にならない程の美人だった。
(ほわぁ……美人だなぁ……)
思わず顔を赤くした恭一郎は、磁石に引かれるように歩み寄り声を掛けた。
「こ、こんにちは。な、何か御用ですか? ひょっとしてお姉ちゃんの友達ですか?」
緊張しながら声を掛けるとその女子高生は、恭一郎を無視するように視線を玄関の方へ戻した。するといつもは、玄関の外に屯っているだけの悪霊もどきが何故か今日に限って恭一郎の顔目掛け瞬で弾け飛んできた。
恭一郎は、それを咄嗟に鞄で殴りつけると悪霊もどきは、壁に当たって弾け飛び泡のように蒸発して消えた。
(しまった! 知らない人の前でやってしまった!)
恭一郎は、一瞬ためらったが……
(まぁ……どうせ、見えていないか……)
そう思いながら女子高生を見ると、瞬き一つせず恭一郎をじっと見つめていた。そして静々と歩み寄ると……
「君……名前は……?」
と、問うてきた。それはとてもか細い声で視線は冷たく全くの無表情であった。その眼差しに戸惑いながら答える恭一郎。
「とと……東城……恭一郎……です」
そう名乗ると暫く恭一郎から視線をそらさず見つめていた女子高生。そして……
「そう……」
と、一言だけ呟くと背を向け、反対方向へ歩きだした。その後ろ姿を眺めていたが思い出したように後ろから小走りで歩み寄り声を掛けた。
「ああああのっ! すいません。よかったらぁ……お、お名前を教えてくれません……か?」
その問いかけに女子高生は、ピタリと立ち止まり頭だけ後ろを向くようにして答えた。
「嫗…………嫗……めぐみよ……」
つづく……




