表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
纏物語  作者: つばき春花
第弐章 六人の宮司と蘇りし鬼姫
31/122

其之卅壱話 祖母からの電話 

 

 今から幾百年前の話でございます。東の方角より不穏な兆しが近付く気配あり。


 ある平穏な日の事でございました。一日の畑仕事を終え帰路に着こうかと支度を始めた村人達。その頭上には穏やかに広がる真青な空。


 しかしその穏やかな空に突如として轟音と共に暗雲が垂れ籠め、すごい勢いで渦を巻き始めたのです。瞬く間にどす黒い雲が空を覆い尽くし、身を切り裂くような鋭い強風が吹きあれ、やがてそれはすべてを天高く巻き上げる巨大な竜巻となりて人も家も家畜も空高く吹き飛したのです。


 渦巻く暗雲からは何本もの激しい稲妻が地面に突き刺さり木々を焼き払う。『ゴゴゴゴゴゴゴッ』空に響く地鳴と共に山々の至る所が割れ、そこより真っ赤な炎が噴き上がり始めたのです。そしてその噴き上がる灼熱の火炎の只中から突然!


「ウォォォォォ! ガオウアァァァァァ!」


 空気が震える程大きく不気味な叫び声と共に鬼が現れたのでございます。その鬼の身の丈は十と五尺、頭には歪な角を二本有し、耳まで裂けた口に鋭い牙、その蛇のような縦長の瞳に睨まれるとカエルの様に身体が動かなくなるのです。全身は燃えるように赤く筋肉隆々。その腕から繰り出される一撃は山をも砕く程の怪力。


 幾人もの名のある武士達が槍や剣で立ち向かいましたがその強靭な身体に刃は折れ、鉄の鏃さえ跳ね返され

、その体に傷一つ付けられず鬼に薙ぎ払われるという始末。


 鬼は次々に村を襲い人を喰らい悪霊をも喰らう、そしてすべてを喰らい尽くすとまた次の村へ。その話は瞬く間に日ノ本の國中に広まり、鬼は日ノ本の國を恐怖に陥れたのでございます。


 その諸悪の根源となる鬼の名は邪鬼。邪鬼の目的は古の力『五珠の力』を手に入れ日ノ本の『善』を全て滅ぼし、この國を自らが統治する悪の巣窟に変える事だったのです。


 そうは捺せじと対峙するは國中から集まった勇猛果敢な武士、名のある術師、陰陽師そして宮司みやつかさ達でした。


 邪鬼との戦い、それはそれは凄まじいものでした。剣や槍が効かぬ邪鬼に、屈する事なく立ち向かう勇気ある武士達。その戦いの中で術師達もありとあらゆる封じの術、破邪の術を駆使し、立ち向かったのです。宮司達が放つ様々な鬼封じの術。それはとても強力な物でしたが鬼はその技々を知っているかの如く、鬼の分際で更に強力な結界を張り、全ての術をいとも簡単に跳ね返してしまうのです。


 封じの術が何一つ通じない宮司、術師達は苦戦を強いられてしまいます。そしてその悪しき強大な力に、なす術なく多くの宮司、術師達が次々と倒れて行きました。


 しかし長い戦いの末、宮司長とその妻、香苗之守の捨身の術を託された実の娘、嫗千里之守により、どうにか邪鬼を鬼封じの塚へ封じる事ができたのでございます。


 それから幾百年の時が経ってある時、塚に封印されているはずの邪鬼が、有ろう事か結界を抜け出してしまい幾百年経った日ノ本に現れ、この國を再び、恐怖に陥れようとするのです。


 しかし『五珠の力』を授った清い心の持ち主『東城舞美』、舞美に仕える雷獣『羅神』、御魂の術をその身に受け、嫗家幾百年もの間、魂を受け継ぎ鬼封じの塚を守ってきた宮司長の娘『嫗めぐみ』そして舞美が恋い慕う優しき人の心を持つ鬼の青年『神谷涼介』この者達の力により悲しい別れがありながらも宿敵、邪鬼を打ち祓う事が出来たのでございます。


 このお話し、詳しくは『纏物語 第壱章』をお読みいただくとして……ここで私は考えたのでございます。一つは何故、宮司達の放った強力な鬼封じの術が、いとも簡単に跳ね返されてしまったのでしょうか。そして前世の戦いで鬼を封じる程の力を持った嫗千里之守によって張られていた強力な鬼封じの結界から……邪鬼は何故に……逃げおおせる事が出来たのでしょうか……。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



「優ぅぅ! おはよおぉぉ!」


 遠くから友達が大きく手を振りながら走って来る。その声に気付いた優、振り返り大きく手を振り返しながら叫ぶ。


「おはよおぉ! みづきぃぃ!」


 そして全力疾走をして息を切らした友達がようやく優の所に追いついて頭にチョップをしながら叫ぶ。


「違ぁぁう! 私はみづきじゃなくてみ・つ・き!」


 「ハハハッ! ハハハハハッ! ハハハハハッ!」


 いきなり二人肩を組み大笑い。このノリツッコミが彼女たちの毎日の日課になっているのであろう。


 親友の名前は神酒美月。優とは保育園の頃からずっと一緒で優の幼馴染で親友だ。実家は人吉市でも優所ある神社でその一人娘である。


「でさぁ!……だから!……ほらぁ!……ハハハハ!」


 他愛のない会話をしながら歩く二人。空は雲一つない青空が広がり時折吹く風がとても心地いい、いつもと変わらない一日の始まりのはずだった。優と美月の通う人吉商業高校に行くには、必ず球磨川に架かる橋を渡らなければいけない。その人吉市の中心を流れる一級河川の球磨川に架かる橋の袂で優は立ち止まり俯いた。


「うん? 優、どうかしたの?」


 と急に立ち止まり俯いた優の顔を美月が覗き込みながら言った。


「あっ! うううん、何でもない! 何でもないよ!」


 慌てて取り繕う優。しかしここで優には何かがはっきり見えていた。


 (やばいなぁ……やばいよ、やばすぎるよ……居る、いっぱい居る! 橋の上にも下にも……)


 居るというのは橋の欄干に怪しげな者。この晴天の中、朝の日の光が燦燦と降り注ぐ中、とても怪しげな者が優の目にはっきりと見えていた。それは天狗の様な者。 背中に翼があり口が嘴のようにとがっている得体のしれない者。それが何匹も欄干の上に座りこっちを見ている。橋の下の河原には河童? 遠くてよく分からないけど二本足で立つ緑色の変な者が沢山居て多分、優を下から見上げていると思われる。


「すぅぅぅぅぅ……」


 と優は顔を上げ胸を張り大きく息を吸うと……。

 

『スタスタスタスタスタスタスタ……』と速足で一気に橋を渡り始めた。


「ち、ちよっと! 優! 優ってば! 待ってよ! どうしたの急に?!」


 美月の呼びかけにも答えずひたすら早く橋を渡りきる事に専念する優。欄干の上の変な者は通り過ぎる優を見つめている。


(目を合わしちゃ駄目!……目を合わしちゃ駄目! どうせ話しかけてはこないんだから!)


 そう心の中で呟きながらひたすら速足で歩く優。そして『橋を渡り切った!』と安心した瞬間、後ろから『声』が聞こえた。


『優、清き心を継ぐもの……お前が欲しい……』


 その声は低くしゃがれていて声を発したのか頭の中に響いてきたのか分からなかったがはっきりと聞こえた。優は思わず後ろを振り返った。すると欄干に座っていた沢山の怪しげな者達は居なくなっていた、河原の者達もだ。


 優は振り返ったまま暫く呆然としていた。その言葉の意味……『清き心を継ぐもの』そして『お前が欲しい……』自分の身に何か良からぬ事が近づいているのではないか……そう考えると優は怖くてたまらなくなってきた。


 その日の夜の事、自分の部屋でベッドに寝転び、携帯電話を握りしめ深いため息を付く優がいた。携帯の画面を見ては『はあぁぁぁ……』とため息。次にがばっと起き上がり携帯を見つめ掛けると思いきやまた倒れ込んで『はあぁぁぁ……』もう何時間もその繰り返しである。


 優は遠いところに住む祖母、神谷舞美に電話を掛けようとしていた。でも祖母にも心配を掛けたくないと思い始めた優はかける勇気がなく一人葛藤していたのであった。


「昔だったら……小さい頃はもっと簡単に電話を掛けていたのになぁ……」


 そう小さく呟く……。


 その内掛けるのを諦めて携帯を枕元に投げ捨てた。すると『ブウゥゥゥ……ブウゥゥゥ』と投げ捨てた携帯が鳴り始めた。寝転がったまま手を伸ばし携帯を取って画面を見ると祖母からだった。


「えっ? ええええええっ!!」


 優は驚き起き上がると素早く電話に出た。勿論電話を掛けようとしていた事を悟られぬように一度深呼吸をして落ち着きを取り戻し、何事もなかったのように電話に出た。


「もしもし……舞美ばあちゃん? うん……うん……元気だよ……。舞美ばあちゃんは? うん、よかった。えっ? 人吉に来るの? 明日? 明日の夕方! 分かったお母さんに言っとく! じゃあね、おやすみ!」


「いいいやったー! 舞美ばあちゃんが人吉に来るうぅぅぅ!」


 なんというタイミングの良さだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ