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まといものがたり  作者: つばき春花
第壱章 五珠の御魂と月下の刀
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其之参拾話 陽はまた昇る

「ぐぅぅぅぅ…………月下の刀……だとぉぉぉ……?」


舞美を睨みながら唸る蛇鬼と視線を合わせる事もなく舞美が呟く。


「月下の刀……耳元で涼介君が……そう囁いたの……」


月下の刀……それは、涼介……いや、青鬼が命を賭して作り上げた破蛇の剱が、怒りと悲しみの限界を超えた舞美の神氣によって進化した刀……涼介が、青鬼が月光を浴びその体内で鍛刀された蛇鬼を祓う為の刀……言わば鬼斬りの刀だ。


「そ、そんな物、わ、私は恐れんっ恐れんぞぉぉぉ!」


蛇鬼は、明らかに動揺していた。何故ならその刀名を聞き、自らが最も苦手とする月の晄が鍛えた刀という事を理解したからだ。


「ゴルッアアアアアアアァァァァッ!!」


醜い雄たけびを上げながら、蛇鬼の背中が割れ、再び巨大な大蛇の姿になった。


「ゴガアァァァァァ! 溶けてなくなれぇぇぃぃ! 舞美ぃぃぃ!」


黒蛇頭がどす黒い毒息を、赤蛇頭が灼熱の火炎を激しく吐き出した。だが舞美は、それに慌てる事も逃げる事もせず、月下の刀を左に軽く振り上げ……


『ヒュンヒュンッ……』


と、ばつ状に振り切った。すると眼前から薄く青白い壁が波紋のように広がり、其れに阻まれた毒息と火炎は、一瞬ですべて浄化された。月下の刀を授かった舞美は、静寂だった。何も語らず表情も変えず……唯、蛇鬼を祓う事のみに徹していた。


「蛇鬼……悪しき鬼よ……」


そう言いつつ、腰を低く落とし抜刀の構えを取った。そして鯉口を切るとそこから漏れ出した青白い神氣が舞美の身体を包む。と、同時に一筋の光線となって大蛇に向かって走った。


瞬で蛇鬼の眼前に移動した舞美、其の動きを蛇鬼は、捕えるどころか身構える暇さえ与えない。そして抜刀する……


「月煌……雷羅斬……」


『ヴゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙ンッ!!!』


その刀速は、大気を震わす程の衝撃波を伴ない、黒蛇頭の首を一閃した。


『バジッバリバリバリバリッ!!』


樹齢幾百年を超える大木よりも太く、鋼よりも硬い黒蛇頭の首を僅か一振りで斬り捨てたと同時に眩しい閃光が辺りを一瞬照らし……


『パァァァァン!!!!』


その閃光より遅れて耳を劈く落雷音が洞窟内に響いた。


「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!ししし痺れるぅぅぅぅ身体がぁぁ骨がぁぁぁぁ骨の髄までぇぇ痺れるぅぅぅっ!!!!なななんじゃこりゃぁぁぁ!!ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


月下の刀が放った一太刀が斬ったと同時に大蛇の身体の芯の芯まで雷を叩き込んだのだ。其の衝撃にのたうち廻りながら悶え叫ぶ大蛇。その巨体が徐々に縮んで行き元の姿に戻った蛇鬼の体は、真っ黒く焼け焦げ、右腕と左足が根元から千切れ顔の右半分が吹き飛んだ、見るも無残な状態だった。しかし、白い煙を上げながら少しづつ再生しているのが見て取れた。



跪く蛇鬼にゆっくりと歩み近づく舞美。その青い瞳に恐れ慄き後退りする蛇鬼を、無言無表情で追い込んで行く。


「ヒッヒイィッ! まままま待てままま舞美っ!」


そう言いながら右手を差し出す蛇鬼。だが舞美は、無表情で軽く刀を振り上げた……


「ギャアァァァァ!!」


蛇鬼の悲鳴と共に右手首が宙に舞った。差し出した右手を非情にも斬り捨てたのだ。そして再び切り口から電撃が骨の髄まで叩き込まれる。


「ギャアァァしし痺れれれるるるるっっ!!し死ぬぅぅぅっ!!」


舞美は、斬っても再生する蛇鬼を再生しては斬り、斬っては再生させ……冷酷非道に容赦なく蛇鬼を痛めつけた。


「お前のその苦しみは……是迄お前が殺めた幾人もの人々と幾人もの御魂達が受けた苦しみ……その比ではない……」



「ま、まま舞美待ってくれ! おおお俺が悪かったもう俺は駄目だ、ほほほほらなぁもうかかかか勘弁してくれ私は、おとなしく日ノ本から出て行く、いいいいいやいや、地獄に帰る、だだだだだだからもうこれ以上勘弁してくれ、苦しいぃ命だけは命だけは、たたた助けてくれお願いだぁぁぁ!」


「ま…………舞美……そ奴の言葉を聞いては…………いけません。 早く……早く……止めを……」


めぐみが震えるように舞美に語り掛けた。その言葉に一瞬……ほんの一瞬気を逸らした、その時を蛇鬼は、見逃さなかった。蛇鬼は、ニヤリと不敵に笑みを浮かべた次の瞬間、腹が大きく割れそこから無数の尖った触手が舞美めがけて放たれた。


「ハッハッハァ! 死ねぇぇ舞美!!」


勝利を確信し高笑いをする蛇鬼。しかし舞美は、めぐみの方へ視線を向けたまま刀を回し触手を瞬で細切れに切り刻んだ。


「ギッギャャァァァァァァァァ?!」


何度悲鳴を上げれば済むのだろうか……成す統べない蛇鬼は、情けない声を漏らしながら上げな背中で這うように後退りする。


「ヒィィ……ヒッヒィ……ヒィ……」


舞美は、蛇鬼に静々と歩み寄って行った。岩塊に詰まり動けなくなった蛇鬼を上から見下しながら刀を喉元に突き付け冷酷無慈悲に言い放った。


「蛇鬼……遊びは終わりです……お覚悟……」


『シャッ!』


「げっ?……」 


一太刀で無数の肉片にされた蛇鬼は、そのあまりの剣速に断末魔をあげる事すらできず、ほんの一言小さく声を発し、極粒の泡となって消えていった。これが日ノ本を恐怖に陥れた蛇鬼の呆気ない最後だった。


「ふぅぅぅぅぅぅぅ……」


そして全てが終わった……舞美は、目を閉じ静かにゆっくりと息を吐きながら刀を鞘へ戻すとすめぐみに駆け寄り、白珠を纏い、その力で治癒を施した。神氣を使い果たし蛇鬼に痛めつけられ身も心もボロボロだっためぐみ。しかしどうにか治癒が間に合った。崩れた岩の間から外に出ると、爽やかな風が吹き流れ、東の空と山の境がうっすらと青白くなり始めていた。舞美達にとって長い……長い長い夜が終わりを告げ山間から陽が昇り、榊の人々に新しい朝が訪れる。


蛇鬼は、祓われ日ノ本に平穏な日々が訪れる。しかし最愛の人……涼介と羅神は、帰ってこない……舞美は、遠い山々の向こうから昇り(いずる)(たいよう)を見つめながら、涼介と羅神の事を思い、大粒の涙を流した。


余りにも……余りにも大きな犠牲を払った、蛇鬼との戦いは……今、終わった。



つづく……


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