其之弐拾玖話 月下の刀
「そうだ……舞美。羅神は、お前の力が未熟なばかりに……今、ここで死んだ。お前達家族を思い、獣魂となってまでこの世に留まっていた羅神を……父親が可愛がっていた愛犬を……一度死んでしまった羅神を有ろう事か二度も死なせてしまった、いや……お前が殺してしまったのだよ舞美。クックックッ…………そればかりかぁぁっ!…………お前はぁぁ……涼介をも殺した。お前が恋心を抱いていた涼介。お前の事を想い、お前の事を誰よりも案じていた優しい男…………涼介を……お前はぁぁぁぁ……その手でぇぇぇぇ殺したぁ……」
蛇鬼は舞美の目を見つめながら語り掛けてきた。
見下しながら話す蛇鬼を前に、舞美は、目を逸らし跪き地面についた手をぎゅっと握り締め反論する。
「違ぁぁぅぅぅぅっ!!違う違う違う違うっ私は、涼介君を殺してない!あれは……あれは……涼介君がっわ私に……私にっ!」
「ふっ……何も違わない。お前が……その手で涼介を殺した。思い出せ、舞美。お前が……あいつの喉元にぃ刀を突き立てた……お前も見たはずだぁ……悶え苦しみながらぁ死んで行く涼介の姿を……間違いなくお前が殺したんだぁクックックッ……」
「ま、舞美……駄目です……蛇鬼……の言葉を……聞いては……いけません」
めぐみが震える足で立ち上り、舞美に進言するが……
「黙れ……死に損ないがっ……ふんっ!」
「きゃぁぁっ!!」
蛇鬼が放った衝撃波がめぐみの体を後に吹っ飛ばした。
「わ、わたしがりょうすけくんをころしたの?」
「わたし……が……りょうすけくんをこ……ろ……した?」
「ちがう……わたしは……すきだったの……りょうすけくんのことが……」
「そのわた…が……りょうすけを……ころ……し……」
「コロシタ……ワタシ……コロ……ス……」
舞美の表情が虚ろになり、目が白目を剝き頭が下がり始めた。そしてガバっと身体がくの字に反り返ると小刻みに震え出した。
(いかんっ!いかんいかんいかん!舞美!このままだと五珠が裏がえってしまうっ!舞美っ正気を保つのじゃ!)
(舞美ぃ!舞美舞美ぃ!惡氣に染まってはならん!)
(おのれぇぇ蛇鬼っ!姑息な鬼めぇぇ!)
(駄目じゃ!舞美の身体から瘴気が出始めておる!もう儂らの声も聞こえておらんぞ!)
(舞美!舞!…美…舞……美舞……美…舞………………)
どんなに叫ぼうともオジイ達の声は、舞美には届かなかった。
舞美は、ゆっくりと体を起こすと、その動きがぴたりと止まり身動き一つしなくなった。やがて俯く舞美の身体から、どす黒い悪氣が煙のように沸き立ち纏を漆黒色に染めると腕の五珠が黒く変色を始めた。そして……
『バキッッッバキッ』
枝を圧し折るような乾いた音を伴い舞美の頭に二本の歪な角が生え始める。
「ウガアァァァァァァァァァァッ!!ウヴガアァァァァァァゴガァァァァァッ!!!!」
狂ったように叫びながら頭を両手で押さえ髪を掻き毟りながら悶え苦しむ舞美。その瞳からは、墨のようなまっ黒い涙がとめどなく溢れ出ている。
その様を北叟笑みながら見守る蛇鬼。そして……高笑いしながら言い放つ!
「ハッハッハッハッハァ‼ いいぞ、いいぞ舞美、いや鬼神よっ! どんなに清い心を持っていても、所詮は人間っ人の心は脆く貧弱! さぁぁ……惡の権化、素晴らしき鬼の娘、鬼神の娘よ! その剱を持って私の下へ来い! そして共に日ノ本を滅ぼし、鬼の悲願、人間への怨み! 幾千年に及ぶ怨みを晴らし、ここ日ノ本を新たな國、惡の巣窟とするのだぁぁぁぁ!!!」
舞美が落ちている破蛇の剱を拾い上げ握りしめるとそれが不気味な黒色に変わる。怒りの表情をすれども瞳からは、黒い涙が止め処無く流れる。
そして破邪の剱を一振りすると、目の前にあった巨石が一瞬で粉々に砕けた。その姿は正に鬼神の如く……。
「ガアアアアアアアアアアアアァァァァッ!!!!」
その変わり果てた姿を目の当たりにした嫗めぐみ……もうどうする事も出来ない……自分の不甲斐なさと絶望感を感じながら脱力し膝をつくと涙を流しながら……
「舞美……」
と呟いた、その時だった……
『ひゅぅぅぅ……』
冷たい風が涙を流す嫗めぐみの頬を撫でるように吹き過ぎて行く……めぐみには、見えていた、その風は、鬼神の居る方向へ吹いて行く……
「あの風は……まさか……」
めぐみが呟く……。風は、鬼神の足元から渦を巻くように昇り行き、右手の人差し指に引っかかっているある物を軽く揺らした。
『チリィィィン……チリチリリィィィン……』
そのある物とは……涼介と揃えた青い風鈴のキーホルダー。舞美は、涼介が消えた後、そのキーホルダーを拾い上げ右手の人差し指に巻いていたのだった。
『チリリィィンチリンチリィィン……』
小さな風鈴の音が辺りに響くと、鬼神の動きがぴたりと止まり微動だにしなくなった。
「どうしたぁ鬼神よ?!」
蛇鬼が歩み寄ったその時……
「ガァァァァァァァァァァァ!!!!ヴアァァァァガウッガウアァァァァァ?!!!!!!」
鬼神は、行き成り叫び声をあげながら頭を抱えこんで倒れ、そのうち翻筋斗打って苦しみだした。まるで何かに抗うように岩塊に身体をぶつけながらのた打ち回る鬼神。やがてその苦しみを抑え込むように全身を震わせながらゆっくりと立ち上がった。そして『カッ!』と目を見開き叫び声をあげた。
「がっ!!……はああああああああああああああっ!!」
まるで何かを振り払うように鬼神が叫ぶ!
すると瞳から流れていた墨のようにどす黒い涙が、光輝く美しい涙となって頬を伝う。そして大きく腕を広げ、拍を討った!
『パァァァンッッ!』
「纏っ!!」
『ビッシャァァァッバリッババッバァァァァァン!!!!』
凄まじい轟音と共に雷撃が舞美の身体を貫くとその身体が神々しく輝く。どす黒い纏が再び真っ白い纏に変わり、ポニーテールの結び目が『パサッ』っとほどけ、黒髪が煌めく銀髪になり其れが自身から溢れ出る氣で靡く。体から湧き出ていた黒い惡氣は跡形もなく祓われ、変わりに青色の神氣に取って変わった。
更に……腰の剱を抜き指し示すと剱から青い蛇の刺青が舞美の右腕にしゅるっと巻き付いた。破蛇の剱は、柄の部分から青白い光を放ちながら細い刀に変わっていった。その刀は、刃身が白銀なれど蒼白く妖しい輝きを見せる細身の刀……握る柄の組紐は、純白で諸撮巻を施してあった。舞美は、その刀を高く掲げると……
『ヒュンッ……ヒュンヒュンヒュンッ……』
と風を斬る様に軽く振った後、その刀で蛇鬼を指し示し静かに呟いた。
「月下の……刀……」
「月下の……刀だとぉぉ……?」
つづく……




