⑨
颯斗の衝撃などつゆ知らず、龍ヶ崎は淡々と話を続けていく。
「せめて侘びとしてこれから君を家まで送りたいが、このあとすぐ生放送の仕事を控えているのだ。申し訳ないが、些細なことでも何かあったらこの番号にかけてくれ。では、失礼」
早口で告げると、少し離れたところに停めてあったドイツ製の黒光りしたスポーツカーの運転席へ乗り込む。
残された颯斗はつい、自分がいまハンドルを握っているママチャリとスポーツカーを見比べてしまう。
億を積まれた男がいまここに、いた。
呆然としながら、改めて颯斗のバイトをするあのカフェに来る者たちは、住む世界が本当に違う人間なのだと思い知る。
「そもそも電話する気なんて全然ないけど、こんな情報、気軽に赤の他人へ渡していいものじゃないだろ……」
紙切れをすぐ破棄するつもりで、ズボンのポケットの奥深くへと捻りこむ。
すると、大きなくしゃみがひとつ出る。
「うわ、マジ寒っ……。早く家に帰って熱いお風呂に入ろう」
独り凍えながら呟くと、十一月の早朝、愛車のママチャリで都内のはずれまで一時間半かけて帰宅したのである。
案の定、それから一週間。
帰宅するなり颯斗は高熱を出し、バイトどころか学校までも高校生になりはじめて、長期間休むはめになったのである。