⑩
一週間後。
「おい高遠。お前、龍ヶ崎様とあの日、なにかあったのか?」
「はい? 龍ヶ崎様、ですか?」
出勤するなり、病み上がりの颯斗は店長に詰め寄られた。
解熱と共にきれいさっぱり一週間前の出来事を忘れていた颯斗は、ぽかんとする。
「毎朝五時過ぎに高遠を訪ねて、龍ヶ崎様がお店へ顔を出すようになったんだよ」
「え? 俺を訪ねて、ですか?」
その前に「龍ヶ崎様」、って誰だったけと必死に逡巡する。
少なくとも、颯斗が勤務する時間に訪れる常連客ではないことは定かだ。
「そうなんだよ。しかも、心配して連絡を待っていると伝えてくれって」
あ、とその時、一週間前の出来事をようやく颯斗は思い出す。
メモをしまったズボンは破棄する前に、雨に濡れて洗濯済みだ。
きっともう、破棄する間もなくポケットの中で個人情報は粉々になって消えているだろう。
結局颯斗は病院には(お金がなくて)行っていない。
向こうだって、社交辞令で番号を渡したにすぎないだろう。
もし仮に颯斗が病院にかかったという連絡をしていたとしても、「バカじゃねえの。社交辞令もわからないのか。これだから貧乏人は……」と揶揄されそうなパターンかもしれない。
はじめから颯斗は龍ヶ崎に連絡するつもりがなかったせいで、すっかり存在自体が記憶から抜け落ちていたわけだが。
なんて、ぼんやり考えながら一週間ぶりのモーニングの準備をしていると、不意にカフェのドアが開いた。
「いらっしゃいませ、おはようございます」
店長のその声で振り向くと、まさにそこへは噂の龍ヶ崎が立っていた。
顔を見て、ようやく一週間前の「龍ヶ崎様」との押し問答を思い出す。
纏っている空気が洗練されており、相変わらず億の金を積まれたらしい大物オーラが漂っていた。
「――あいつ、俺につけてくれ」
龍ヶ崎が尊大に言う。
内心「ここはキャバクラか」と辟易しつつ、それでも下っ端の颯斗は店長からのアイコンタクトで龍ヶ崎の接客へとつく。
接客用の神スマイルはもちろん忘れずに、だ。
「龍ヶ崎様、おはようございます。この度は、ご指名ありがとうございます」
どういうわけか、今朝の龍ヶ崎はいつものセレブオーラだけでなく、不機嫌を隠そうともしないびりっとした緊張感をもまとっていた。
なんだって、朝から機嫌が悪いんだと内心で冷や汗をかく。
「なぜ、連絡してこなかったんだ?」
相変わらず龍ヶ崎はサングラスをかけており、瞳の色どころか、表情がまったく読めない。
「えっと……」
怒りの感情を露わにされ、颯斗は困惑する。
だってあれは、修羅場を口封じするための社交辞令ではなかったのだろうか。
「言っただろ、風邪ひいて病院行くようだったら電話しろって。それに叩かれた頬、大丈夫だったのか?」
セクシーすぎる低音で叱責されながら、一週間前、颯斗が叩かれた方の頬へそっと大きな手が触れた。
十一月の早朝だというのに触れた龍ヶ崎の指先は熱く、ついドキッとする。
ただ、触られただけだというのに……。




