表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
7章 聖地、怪物立つ
198/324

197話

 八月三日、大阪国際会議場。

 今日は全国大会の抽選会。午後1時頃に到着したが、結構な数の学校が先に到着していたようだ。


 「うわっ…スゲェ…」

 大輔も驚く程の数。

 確かにここまで坊主頭に日焼けして黒い面構えの連中が集まると圧巻だ。



 「おっ! 英雄! 哲也!」

 ここで声をかけられた。

 声の方へと振り返る。そこには安田高野がいた。

 春の大会で承徳と試合して以来の再開だ。


 「よぉ、甲子園出場おめでと高野」

 「それはお互い様だろ! まぁ俺は控えだけどな」

 そういって笑う高野。

 春の大会ではスタメンの選手の怪我という事で代役スタメンを任されていたが、夏は怪我した選手が復帰したということで、控えに回ったらしい。

 それでもベンチメンバーで甲子園に出れるというのは凄いことだろう。それぐらい甲子園に出場するってのはレアだしな。


 「春は負けたけど、今回は負けねーかんな!」

 「それはスタメンになってから言えよな」

 「うっせ!」

 高野と笑い合う。

 なんとなく中学時代を思い出した。



 過去に対戦した学校が甲子園に出たのは承徳だけじゃない。

 鳥取の西条学園、山口の柳田学園、徳島の鳴門東の三校も出場している。

 当然、練習試合の際に知り合った三校の選手たちとも軽い会話をした。


 特に鳴門東のエース宮崎とは、練習試合でメールアドレス交換して以来、定期的に連絡を取り合っていたので、久々の再開に笑顔が浮かんだ。

 鳴門東は、徳島大会を順当通りに勝ち上がり、準決勝で強豪鳴門商業を破って優勝。宮崎はその際、自己最速の140キロを記録し、甲子園でも好投手の一人として名前が挙げられている。


 彼ら以外にも、俺らは声をかけられた。

 やはりメディアの方で、奇跡の野球部などと大々的に取り上げられたのが大きな影響を与えているだろう。

 特にその立役者となっている俺は、ある種の有名人と化していた。

 聞かれることは、どうやって一年で甲子園に行けるだけの力をつけたかという点。


 「毎朝、朝ごはん食ってトイレでクソして学校に行く。はっきり言って最初は辛い。俺は何度も学校に行きたくないと思った。だが、これを毎日続けられる奴こそが俺らみたいになれるんだなって思う」

 こんな感じでプロフェッショナルみたいに神妙な面持ちで、バカみたいな回答してたら、結構集まっていた群衆も呆れたような表情を浮かべて散っていった。英ちゃん悲しいよ。



 「うん? あれ? もしかして佐倉英雄?」

 群衆が散ってからしばらく、また名前を呼ばれた。

 またか、今度はどこの誰だ? 内心嫌気がさしてきているが、ここは有名人の俺。爽やかな笑顔を浮かべて声の方へと振り返る。

 そこには坊主頭に日焼けした顔。典型的な高校球児スタイル。先程までいた群衆どももみんなこんな感じの顔だった。だが他の選手たちとは一線を画した存在。

 カリスマというか、オーラというか、何とも言えない人とは違う雰囲気を身にまとった男。


 「あぁ佐倉英雄だけど?」

 「やっぱりか! 俺だよ俺!」

 そういって自分の顔を指差す男。

 ごめん、俺っていう知り合いはいないから分からない。

 大体、なんだその振り込め詐欺の冒頭みたいなのは?


 「オレオレ詐欺かよ。言っとくが、俺は息子とかと勘違いしないからな? 俺の息子は股にしかいねぇーよ」

 「お、さすが英雄! 下ネタがキレッキレだねぇ!」

 目の前の男に言ったはずなのに、何故か恭平が先に反応してきた。

 褒められると恥ずかしいから、やめてくれ。

 一方、俺の下ネタを聞いた男は呆れたように笑っている。


 「そういう冗談言うの小学生の頃から変わってねぇな」

 男はどこか嬉しそうに笑う。

 小学生の頃から? って事は、俺の小学校の知り合い?

 え、もしかして記憶から消えた幼馴染との運命の再会的なアレか!? え、嫌なんだけど…。そういうイベントは、相手が美少女限定だろう? なんでこんな男とそういうイベントせにゃいかんのだ…。


 「俺だよ。楠木将成! リトルの決勝戦で投げ合っただろ?」

 「…あぁ」

 一人思い悩んでると、男は自己紹介をしてきた。

 ここでやっと相手の存在に気づき、俺はため息混じりに返事をした。


 リトルリーグの全国大会の決勝戦で投げ合った楠木君か。

 確かに試合終了後に今みたいに仲良くお話したっけか?


 「久しぶりだな」

 「おう! 奇跡の野球部の話は聞いたけど、さすが佐倉君だ!」

 スゲェ嬉しそうに笑う楠木。

 ぼんやりとした小学校の記憶の中で、小学生の楠木から「また全国大会で投げ合おう!」って言われたの思い出した。

 当時の俺は、二度とこいつと投げ合いたくねぇ! って思って、中学は楠木と投げ合う事が絶対にない軟式野球の方に逃げたんだっけか。

 それぐらい、当時の楠木は凄かった。いや今でも凄いんだけどさ。


 俺が勝てないと思ったピッチャーは、現状こいつぐらいだろう。

 怪物の俺が言うんだ。それぐらいヤバいピッチャーだ。


 だがしかし、「もう二度と投げ合いたくない」と思っていた俺が、今では「今度こそ投球内容でも勝利する!」って思うようになった。これは成長したと言わざるを得ない。さすが俺だ。


 「楠木のほうもすごいじゃん。選抜でノーノーピッチングして優勝だろ? やっぱり春夏連覇とか狙っちゃってるわけ?」

 「もちろん! だけど、佐倉君がいるとなると厳しいかもな」

 うわ、めっちゃ高評価だ。


 「今まで戦ってきたピッチャーの中で、一番佐倉君が凄いと思ったから、またこうして全国の舞台で戦えるチャンスをもらえて嬉しいよ。今度は負けないから」

 最後の一瞬、楠木は人懐っこい笑顔から、勝負師の表情に変えた。

 その瞬間、ぞわっと体全身に寒気が走った。


 やべぇ、やっぱりこいつは他の選手と何かが違うな。


 「じゃあ、また!」

 一瞬確かに存在した勝負師の表情は、すぐに楠木の顔から消えた。

 再び人懐っこい笑顔に戻った楠木は、手をひらひらと振りながら、立ち去っていく。


 「英雄、あいつやべぇな」

 楠木がいなくなったあと、大輔が話しかけてきた。

 どうやら大輔も何かを感じ取ったらしい。


 「あぁ、あいつはやべぇぞ」

 最低でも川端以上、下手すりゃ俺以上のピッチャーか。

 心滾る相手ではある。できれば楠木とは序盤で当たりたくはないな。

 あいつとは、それ相応の舞台で投げ合いたい。そういう欲求にかられた。



 集合時刻となり、メインホールに案内される。

 その際、抽選を引く。これは予備抽選と呼ばれるものだ。

 要は組み合わせを決める抽選の順番を決める抽選。公平性を保つ為だろう。


 我が校は24番。綺麗に半分の位置だ。

 引いたのは哲也。さすが哲也、こういう抽選の運は良いな。

 だが、これで運使い切ってなきゃ良いけど。



 大阪国際会議場メインホール。

 いま、49代表が勢ぞろいとなっている。おかげさまでやかましい。あらゆる所から雑音がこぼれ、それが重なり合い、騒音と化している。


 だが司会者の声がマイクを通して響くと同時に、一気に静まり返った。

 さすがは各地区の代表校になってるだけある。ここらへんはきっちりと叩き込まれているようだ。



 さて、抽選会が始まった。

 予備抽選で一番目を引いた山形の酒田南陵(さかたなんりょう)高校から順にステージに上がり、中央に置かれた抽選箱からクジを引いていく。

 抽選箱の後ろには巨大なトーナメント表。

 そこに書かれているヤグラは三回戦までしか記されていない。


 夏の甲子園では、まず三回戦までの組み合わせを決める。

 三回戦以降の準々決勝、準決勝はそれぞれ抽選を行い、組み合わせを決める。

 これが現行の夏の甲子園の抽選ルールだ。


 父上殿が学生の頃は、毎試合抽選をおこなっていたらしい。

 つまり一回戦勝てば、二回戦の組み合わせ抽選をおこない、二回戦勝てば、三回戦の組み合わせ抽選をおこなう、みたいな感じだったらしい。

 確かにそのほうが、次どこと当たるか分からないから、プレイヤー側にも観客側にもハラハラした感じになりそうだな。


 いつか、また復活するのだろうか?

 俺は正直、三回戦まで決まっている方が調整しやすいから今のままが良いのだがな。



 抽選会は中々の盛り上がりで進行していく。

 そうして、次は我がチームの番。

 キャプテン哲也が緊張した面持ちで抽選箱に手を突っ込んだ。そうして手を引っこ抜いて、取ったクジの数字を確認する。


 ≪山田高校、3番です!≫

 上ずった声でマイクに向かって番号を宣誓する哲也。

 わお、初日の第二試合やんけ!

 そして一回戦からの登場か、二回戦スタートよりも甲子園で試合できる数が増えるのはありがたいな。


 相手はまだ決まっていない。

 我が校の次は鹿児島の城南。優勝候補の一角だけあり、我が校よりも注目されている。

 キャプテンでチームの顔である四番中村は堂々とした立ち振る舞いで抽選箱からクジを引いた。


 ≪城南高校、4番です≫

 瞬間、ホールがどよめいた。

 ステージから降りたばかりだった哲也が思わず振り返っていた。

 もちろん席で見ていた俺たちも唖然とした表情を浮かべていた。


 次の番の学校がすぐ我が校との対戦カードを引き当てるとは…。


 ステージ上の巨大なトーナメント表につけられた山田高校のプレートの隣に城南高校のプレートがつけられた。


 「おいおい、哲也マジかよ」

 一回戦からプロ注目のスラッガーと戦えるとか最高すぎるんだが?

 マジで哲也の奴、くじ運やべぇな。



 哲也のくじ運の良さはさらに続いた。

 二回戦の相手は南北海道の函館実業と、優勝候補大阪の阪南学園の勝者。

 三回戦の相手となる四校には、愛知の愛翔学園と宮城の郁栄学院が含まれている。どちらも優勝候補として取り上げられている学校だ。

 去年の秋のブロック予選の時もそうだったが、マジで哲也の奴、くじ運やばすぎだろう。一度お祓いに行ってみたらどうだ?


 その他の優勝候補はある程度バラけた感じがする。

 まぁ隆誠大平安と浜野は同じブロックに入ったがな。


 こうして49番目となる栃木の宇都宮西工業(うつのみやにしこうぎょう)が抽選を引き終え、壇上の巨大なトーナメント表に全ての学校の名前が載った。

 さぁトーナメント表も決まった。

 あとは開幕するのみだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ