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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
7章 聖地、怪物立つ
197/324

196話

 8月1日。甲子園球場。

 俺達は三塁側ベンチに陣取り、グラウンドを駆け回る選手たちの様子をうかがう。

 今日は我が校の甲子球場での練習日。現在グラウンドで練習しているのは長崎代表の桂峰(けいほう)高校。彼らの練習時間はもうすぐ終わり、続いて我が校へと移ることになる。


 「スゲェなぁ」

 ベンチから見える球場全景を見たわしながら俺は感嘆の声を漏らした。

 緑を基調としたスタンド、内野グラウンドの黒土、外野の天然芝に、巨大なバックスクリーン。グラウンドの広さは我が県にある丘城スタジアムの方が広いはずだが、甲子園のほうが広く感じる。

 目の錯覚であると同時に、高校球児の聖地というイメージによる補正も大きい気がする。


 4万人以上収容できるスタンドには、本日観客は全然いない。何組かの記者やカメラマンはいる。

 まぁ練習してるだけだし、見に来る奴なんてそんなにいないだろう。

 しかし、いざ大会が開幕すれば、連日座席が足りないぐらいに観客で溢れかえる事だろう。


 「やべぇドキドキしてきた」

 誉は緊張しているのか、ぎこちない表情を浮かべている。

 たかが練習ぐらいで緊張するな。

 だが誉の気持ちはわからんでもない。


 甲子園球場。ここは言葉だけでは伝えきれない何かが存在している。

 不思議と気持ちが引き締まり、緊張してくる。

 数多の球児たちが喜び、涙し、激戦を繰り広げたグラウンド。

 そこに今から踏み込もうとしている。

 聖地という言葉に例えられるが、まさにその通りだな。 


 桂峰高校の練習時間終了のサイレンが鳴り響く。

 同時に山田高校の練習時間開始の合図でもある。


 「行くぞぉ!」

 「おぉ!!」

 桂峰高校が一塁側ベンチ前で整列し一礼する中、我が校は三塁側ベンチ前で整列し、哲也の号令と同時にグラウンドに飛び出した。


 甲子園練習は各校30分。

 練習内容は特に決まっていないが、最後にグラウンド整備をする必要がある。

 我が校はまずシートノックから入る。


 内野は佐和ちゃん、外野は佐伯っちがノックを打っていく。

 スタメン九人は各ポジションに選手がつき、控えは、松見、亮輔、石村、西岡、鉄平、里田の六人のみが守備についた。

 他の選手は佐和ちゃんたちにボールを渡したりなどの雑務をこなす。

 普段雑務を担当している岡倉はベンチに座ってみている。これは女子はグラウンドには入っては駄目というルールが存在するからだ。

 岡倉はどこか不満そうだ。まぁルールで決まってるんだから仕方がないだろう。



 甲子園のマウンドに上がる。

 そして一度、甲子園の黒土に触れた。

 スパイクがしっかりと土に食い込んでいるのを感じる。むせ返るほどの黒土の匂いを堪能する。


 「…悪くない」

 思っていた以上に甲子園のグラウンドは良い。

 土の感触、マウンドの高さ、そしてマウンドからの景色。どれも良い感じだ。


 30分と限られた時間しかないため、普段よりも佐和ちゃんはテンポ良くノックをこなしていく。

 サード、ショート、セカンド、ファースト、ピッチャー、キャッチャーと順番にノックをしていく。打球はゴロが中心。ボテボテのゴロから、勢いのあるゴロ、高く跳ねるゴロまで、佐和ちゃんは巧みに打球の勢いを調節して、甲子園球場の黒土の跳ね具合を確認していく。


 今回の甲子園練習は入念にノックをおこなう。

 他の学校なんかはバッティング練習を入れたりもするが、我が校はノックをメインにこなしていく。

 佐和ちゃんにとっても初めての甲子園、もちろん俺たちにとっても初めてだ。

 なので、色んな事に手を伸ばすよりも、一つのことを重点におこなったほうが効率が良いだろうというのが佐和ちゃんの考えだ。


 20分ほどノックをおこなうと、今度は俺、亮輔、松見の三人のピッチング練習。

 キャッチャーは哲也と里田。まず哲也が俺と亮輔のボールを受け取り、その後松見と里田のバッテリーの投げ込みをおこなう。

 その間他の選手達はピッチングでは使わない内野グラウンドの整備をしている。


 甲子園のマウンドの状態だったが、ありえんぐらいに良かった。

 普段マウンドの土とか気にしないのだが、今回ばかりは甲子園のマウンドの感触に感動した。

 さすがプロ野球球団の本拠地。しっかりと整えられている。



 三人とも十球ほど投げたら終了。

 あとはマウンドと打席近くのグラウンド整備をし終える頃には規定の30分を迎えていた。


 サイレンが鳴り響く中、最後にベンチ前で整列し一礼。

 反対のベンチからは、次に練習をおこなう岐阜の飛騨商業(ひだしょうぎょう)高校が意気揚々と飛び出した。

 飛騨商業は選抜出場校。さすがに選抜のほうで甲子園練習を経験しているだけあって、選手たちも慣れたように機敏に動いていた。



 このあと、普段の練習場所となっている河川敷のグラウンドに向かい、汗を流す。

 もうここまで来て技術的な指導はない。調子の維持、あるいは調子を上向きにしていく調整がメインだ。

 まだどこと当たるかも分からんし、相手を想定した練習なんかもできないから、淡々とメニューをこなしていく。


 そうして2時間、きっかりと練習をおこなってグラウンド整備を終えて、バスに乗って宿泊先へと戻った。



 ホテルの部屋でやってきた恭平、大輔、哲也、誉などとバカ話をしながら、俺は近くのコンビニで購入した高校野球雑誌を読む。

 雑誌の内容は当然ながら甲子園。

 各校の評価や、注目選手、地区予選の結果などが書かれている。


 我が校の評価はイマイチ。ABCの三段階評価ではC。

 確かにミラクル山田なんて言われてもてはやされているが、戦力に関しては俺と大輔という突出した選手がいるが、控え選手を含めた総合戦力は、優勝候補などにあげられる学校に劣るというのが、ざっとみた感じの評価だ。


 三段階評価でAランクをもらっている、いわば優勝候補は以下の通り。

 宮城の郁栄学院(いくえいがくいん)、西東京の帝光大三(ていこうだいさん)、神奈川の横浜翔星(よこはましょうせい)、愛知の愛翔学園(あいしょうがくえん)、大阪の阪南学園(はんなんがくえん)、京都の隆誠大平安(りゅうせいだいへいあん)、和歌山の弁天学園紀州(べんてんがくえんきしゅう)、島根の浜野(はまの)、熊本の肥後学院(ひごがくいん)の九校。


 今年の甲子園は例年に比べてレベルの高い大会になるだろうと、この雑誌は予想している。

 というのも、今年は多くのプロ注目選手が甲子園に出場を決めているからだ。

 ピッチャーでは隆誠大平安の楠木、浜野の神田を中心に、最速155キロの記録を持つ郁栄学院の畑中、横浜翔星のエース箕輪(みのわ)、昨夏、二年生で甲子園優勝ピッチャーになった愛翔学園の増井(ますい)、選抜でも好投した承徳の末国、過去に我が校も対戦した柳田学園のWエース須山と松西。九州ナンバー1ピッチャーと呼び声高い熊本代表肥後学院(ひごがくいん)の久米田(くめだ)と、かなりの数の好投手がいる。

 ざっと思い浮かんだだけでも、これだけいる。当然な話だが、各校に優れたエースがいるというわけだ。

 当然彼ら以外にも今大会で名を上げてくるピッチャーはいるだろう。主に佐倉英雄という男がな。


 一方でバッターの方も充実している。

 大会ナンバー1スラッガーと評されているのは横浜翔星の四番園田良太(そのだりょうた)。高校通算62ホーマーの強打者。プロ野球のみならずメジャーのスカウトからも注目されているという噂だ。

 園田に続くようにいるのが、まず阪南学園の吉井と松井。先日の大阪府大会決勝戦でもホームランを放っていたが、三番松井は高校通算33本、四番吉井は42本の記録を持つ。

 あとは鹿児島の城南(じょうなん)高校の中村。薩摩の怪童などと呼ばれている彼は、選抜甲子園で二打席連続ホームランを放つなど、これまでに高校通算47本のホームランを打っている。

 ホームラン数だけ見ても、例年に比べて強打者が多く揃っているのが分かる。


 好打者という点では郁栄学院の門馬(かどま)も高い評価を得ているし、弁天学園紀州の西川(にしかわ)は一年の夏から5季連続甲子園出場を果たしており、甲子園の申し子として、こちらも高い評価を得ている。

 この他にも、北北海道の武翔館(ぶしょうかん)の強肩強打のキャッチャー石田(いしだ)は現役高校生ナンバー1キャッチャーとも言われている。千葉の海藤大浦安(かいどうだいうらやす)の四番浜田(はまだ)は通算35本、承徳の四番村中はホームラン数こそ30に満たないが高い打撃力を有している。あとは福岡の北九州短大付属(きたきゅうしゅうたんだいふぞく)の三拍子揃えた外野手本庄(ほんじょう)。


 こちらも名前をあげたらキリがない。

 少なくともいま名前をあげた選手は、俺が対戦したい選手達でもある。

 どいつもこいつも優れた力を持ち合わせている。中には良ちんを越えるレベルのバッターもいることだろう。

 だが、これもピッチャーと同じく、今大会で急に活躍する選手だっている。主に三村大輔とかいう化け物がな。


 こんな感じで雑誌を熟読する。

 そうして読み終えて、俺は感嘆のため息が出た。

 やはり甲子園はこうではなくて、これぐらいのレベルがないと楽しくない。

 良ちんや大輔を簡単に上回っちまうぐらいのバッターが跋扈(ばっこ)し、俺や川端なんかが赤子に見えちゃうぐらいのピッチャーで溢れかえる。

 それぐらいじゃないと楽しめない。


 だから、今からスゲェ楽しみだ。早く開幕して欲しい。

 抽選は明後日、そして六日に開幕する。

 あぁ、待ち遠しいなぁ…。

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