195話
およそ三時間後、俺達は甲子園から少し離れた大阪のホテルへと到着する。
これからはここを拠点として、練習や試合をするわけだ。
ベンチ入りする18人の選手と、監督である佐和ちゃん一部屋、記録員としてベンチ入りする岡倉にも一部屋の計11部屋。俺は哲也と同じ部屋となった。
ちなみにベンチ入りできなかった選手や志田、佐伯っちなどには部屋はなく、応援団と共に試合のたびにバスで甲子園球場まで向かう事になるっぽい。
これからのスケジュールは、練習は2時間程度の調整で済まし、その後は自由行動。遊びに行くのも良し、部屋で寝ているのも良しと言う状況だ。
ただし佐和ちゃんからは羽目を絶対に外すなと厳重に注意されている。特に恭平はかなーり長い時間をかけて注意されていた。
本日はこのまま自由行動。
程よい硬さのベッドの上で大の字で寝転がりながら、俺は体から力を抜くようにため息を吐いた。
隣のベッドに座る哲也は、テレビをつけて番組を見ている。
「今日府大会だし、テレビでやるかもね」
「それなら、球場まで行って見れば良くないか?」
「え?」
俺はベッドから起き上がる。
時刻は11時ちょっと過ぎ、ここから大阪府大会の決勝戦の会場までどれくらいなのだろうか?
スマートフォンを取り出して、手早くここからのルートを調べる。
「大体一時間か…。試合開始が午後1時からなら、ぎりぎり間に合うか。よし、行こう!」
そういって俺はベッドから立ち上がる。
「え? 本当に行くの!?」
「当たり前だろ? 阪南学園が勝っても、愛国社が勝っても、間違いなく甲子園上位に食い込んでくるんだ。今のうちにチーム状況を観察できるならしときたい」
「そうだけど…」
ここで哲也の決断力の無さが浮き彫りになる。
いや、野球やってる時はスゲェ決断力あるんすよ哲也は。本当野球やってる時と性格が違いすぎるなこいつは。
「ひっでおー!」
ここでドアをノックする音と恭平の声がドアの向こうから聞こえた。
「どうした?」
「今から大輔とかと道頓堀行くんだけど、お前らもこねぇ!?」
道頓堀か。大輔がいるって事は食い倒れしにいくんだろう。
それも悪くないが…。今の俺は野球モードだ。
ドアを開けて、外にいる連中を伺う。恭平と大輔と中村っち、鉄平、あと秀平、耕平君に西岡、松見…結構な大所帯だな…。
「悪い、俺は今から府大会決勝見に行くから」
「なに!? おい英雄! 俺たち何のために大阪に来たと思ってんだよ! 大阪でも野球ばっか考えてんじゃねぇよ!」
恭平、てめぇの方こそ、何のために大阪来たんだ? 甲子園に出場するためだろ? なんでお前は野球の事考えねぇんだよ。
「って事で、俺は一人でも行くけどついてくる奴いるか?」
一度ほかの奴らにも聞いてみる。
「すいません、今の自分、たこ焼き食う準備できちゃってるんで…」
「俺もっす!」
秀平と松見が断ってきた。
なんだたこ焼き食う準備って…。
その他の連中も来ないみたいだ。どいつもこいつも旅行気分で来てやがるな。
「りょーかい」
しゃーない。俺一人でも野球観戦してやるぜ。
この他の選手にも一応聞いてみたが、誉、龍ヶ崎、亮輔、片井などは甲子園球場のほうに行くらしい。いわゆる甲子園に来たという実感を得たいためだろう。哲也はこっちの方に同行した。
という事で、マジで一人で大阪府大会決勝戦を見に行くことになった。ちょっと悲しい。
舞洲ベースボールスタジアム。
大阪府大会の決勝戦がおこなわれる球場だ。
両翼100m、中堅122mと現代のプロ野球基準を越える広さを誇り、その他設備もしっかり整えられた球場。
そこでおこなわれるのは、49地区の中でも指折りの激戦区とされる大阪府代表を決める決勝戦。
入場券を購入し、スタンドへと上がる。
途端、夏の日差しが一気に降り注ぎ、思わず目がくらんだ。
この球場のスタンドには一切屋根がない。おかげさまで直射日光をモロに受ける事になる。
周囲を見渡す。バックネット裏に陣取る高校野球ファンのおじさま方はみな揃って、キャップ帽をかぶり、首にはタオルを巻いて、手にはうちわを持って仰いでいる。
しかし、さすがの観客だ。やはり大阪の代表を決めるこの一戦は見逃せないといったところか。阪南学園が十何年ぶりに夏の府大会決勝戦に駒を進めたってのも大きいだろう。
俺は溢れかえる観客の中から、空いている席を見つけて腰を下ろした。
府大会は決勝戦は、春に十数年ぶりの選抜甲子園を果たし準優勝まで上り詰めた阪南学園と、春の近畿大会優勝校で昨夏、さらに前の夏に甲子園を出場を果たしている愛国社の戦いとなる。
阪南学園が勝てば、最後に甲子園出場を決めた1996年から、15年ぶりとなる夏の甲子園出場、愛国社が勝てば三年連続大阪の代表として甲子園に出場する。
前評判では、戦力が紙一重、阪南学園のほうが優れているとされているが、正直どっちが勝ってもおかしくないだろう。
と言うかどちらも全国クラスの実力校だ。阪南学園の三番松井は高校通算32本塁打、四番吉井は41本、対する愛国社の四番照井は38本と、超高校級のスラッガーが三人も揃っている。
どちらのエースもプロのスカウトから注目されている好投手同士。
こんだけ揃ってりゃ、たくさん観客が来るわな。
試合前だというのに熱気が凄まじい。我が地区の決勝戦もそこそこ熱気があったが、この球場とは比べ物にならない。
確か今年の大阪府大会はレベルの高い大会だったと言うのが往年からの高校野球ファンの見解だったか。
選抜準優勝校の阪南学園、三連覇を目指す春の近畿大会覇者愛国社、阪南学園と共に選抜甲子園に出場した河内桐蔭。
この三強を軸に、並み居る強豪たちが一つしかない大阪代表の座をかけて競い合ってきた。
そして今日がその集大成というわけだ。
さて、試合が始まった。
両校共に大阪を代表する野球強豪校。スタンドの応援の熱の入れ具合も相当だ。
応援歌に合わせて一糸乱れぬ動きで応援をするチアガール。音楽に合わせて声を張り上げる応援団。応援団をリードするように演奏を奏でるブラスバンド部。
どれを見ても凄い。斎京学館の応援団もすごかったが、やはり激戦区の野球名門校は、応援すらも高いレベルを有している。
そんなレベルの高い応援がスタンドからされる中、グラウンドでも高いレベルの試合が展開されていた。
愛国社は府大会二連覇を果たした実績からか安定した試合運びをする。一方の阪南学園は選抜準優勝からの勢いを残しているのか、時々に危なさを感じさせながらも、ぐいぐいと愛国社を押していく。
試合は序盤に阪南学園が3点を先制し、それを愛国社がジリジリと追い詰めていく展開となった。
「…スゲェ」
試合を見ながら俺は一人つぶやいていた。
どちらも全国クラスの強豪校。故に試合も全国レベルの高い水準だ。
見ているだけでも息を飲み、ハラハラし、興奮を覚える。
だがしかし、斎京学館を破った俺には、十分勝てるレベルだという自信があった。
確かにどちらも一番から九番まで優れた選手を擁しているが、それは斎京学館も同じだった。むしろ四番にいたってはどちらも斎京学館の四番には優っていない。
故に、俺は一人勝てるという自信に満ち溢れていた。
やはり斎京学館に勝利したという結果は、俺の成長に繋がっているようだ。
あの学校に勝てたのだから、ここにも勝てる。そんな自信にあふれている。
まぁ前々から甲子園優勝狙ってたし、この程度覚悟の上でしたけどね?
ともあれ、試合は4対4で最終回を迎えた。
九回の表、先攻の阪南学園は三番松井から始まる。
対する愛国社のピッチャーはエースの二階堂。昨日の準決勝阪北大付属戦で140球を越える球数を投げており、だいぶ疲れの色が見える。
スタンドの観客たちが食い入るように試合を見つめる。そして俺も同じく感情の高ぶりを抑えながら、結果を見守る。
左打席に入る松井への初球。
金属バットの音が木霊した。
スタンドにいた誰もが声を揃えて同じ言葉をあげたせいか、「おぉ!」という驚きの声が球場に反響する。
弾き飛ばされた打球は、ライト方向へと綺麗な角度で飛んでいき、もうまもなくライトフェンスを飛び越した。
一塁側、阪南学園応援団の大歓声。
おいおい初球で決めちまうのかよ。
この一発が勝負を決めた。
続く四番吉井にもホームランを打たれた二階堂は、さらに連打で1点取られ降板。二番手ピッチャーは無失点で切り抜けたが、この大きな3点が決めてとなった。
最終回、四番照井が今日二本目となるホームランを放ったが、反撃はそこまで7対5で阪南学園が優勝を決めた。
大歓声に包まれる球場。
俺はゆっくりと立ち上がり出口へと歩いていく。
三番松井に四番吉井か。どちらもスゲェバッターではあったが、良ちんに比べるとまだまだだった。
スタンドから見ているからかもしれないが、良ちんのほうがはるかに怖かった。
だから、阪南学園が当たっても勝てる気しかしない。
球場を出ても、中から聞こえる歓声の大きさに苦笑いをしてしまう。
しかし、甲子園球場はもっと歓声が凄いのだろうな。そう考えると、スゲェ楽しみになってきた。
今までは県内の人々ぐらいだったが、これからは全国の人々に見られることになる。それは観客席のみならず、中継を介してテレビ越しからも見られている。
俺のピッチングが、山田高校のプレーが、大勢の観客から見守られる。
あぁ、やべぇ…考えたら興奮してきた。楽しみだ! スゲェ楽しみだ! 早く、甲子園で投げてぇなぁ!
帰り道、スマートフォンでもう一つの地区大会決勝戦の結果を調べる。
愛知、愛翔学園と中宮大梅村の試合は3対2で愛翔学園が勝利した。
昨夏の甲子園王者が、再び甲子園の地へと戻ってくる事となった。
そして、これで49地区の代表が出揃った。
明日からは順に甲子園球場での練習が始まる。
もう全国大会開幕も間近ということか。




