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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
6章 怪腕夏に唸る
183/324

182話

 四回の表、山田高校の攻撃。

 ツーアウト一三塁。今日最初のチャンスがやってきた。

 一塁側スタンドに陣取る山田高校応援団は、やっと訪れたチャンスに盛り上がりを見せていた。応援団の一人である私も、チャンス到来に胸の奥底で興奮を覚えていた。


 「梓! チャンスだよ!」

 隣で応援していた帆波が私の背中をバシバシ叩きながら興奮気味に声を荒げる。

 初戦の頃は、私や百合が来るからと言う理由だけで来ていて、野球なんか興味なかったのに、今では私よりも熱烈な応援をしている。


 「佐倉ぁ! あんたが決めなさいよぉ!」

 帆波がメガホンを口に当てて声を張り上げている。

 彼女だけじゃない。スタンドにいる生徒たちがメガホンや手を口元に当てて声援をグラウンドへと送る。


 スタンドの熱い応援は一人の選手の背中へと注がれる。

 私も彼の背中へと視線を向けた。

 今、彼はどんなことを考えてるんだろうか? 緊張していたりするのかな?

 そんな考えを巡らせながら、大事な勝負を見守る。



 ≪五番ピッチャー佐倉君。ピッチャー佐倉君≫

 場内アナウンスが、俺の名前を告げる中、俺は一礼して左打席へと入った。

 軽く足場を固め、息を吐いてリラックスしながら、バットをゆっくりと構えた。


 マウンド上にいる男、川端遊星を凝視する。

 あの野郎、口元歪ませて笑ってやがる。だが目は笑っていない。帽子を目深にかぶっているが、その眼光の鋭さは獰猛な肉食獣と同じだ。

 獲物を狩るような、そんな鋭い目をしている。


 正直な話、俺は川端みたいなタイプのピッチャーが大嫌いだし、超絶苦手だ。

 特に容赦なく厳しい所を攻めてくるインコースへのストレート。これがクソ打ちづらい。あんなのポンポン投げ込まれたら打てる気がしない。

 失投とかしてくれねぇかなぁ…。



 初球、放たれたのは案の定インコースへのストレート。


 「っだ!」

 変な声を発していた。体は軽く仰け反ってしまった。左耳から乾いたミットの音が聞こえた。

 だからインコースへのボールが厳しすぎるっての!! あいつデッドボールとか怖くないのかクソ野郎!?


 「ボール!」

 だが判定はボール。いくらなんでもインコースに入りすぎていたからな。今のがストライクだったら、さすがに審判の目を疑ってしまう所だ。

 川端のストレートを改めて見たが、やはり良いボールだ。回転は綺麗だし、スピードあるし、何より球威が思いの他乗っている。こんな最高のストレートを投げれるピッチャーが県内に俺以外にもいるとはな。思わなかったよ。

 天才を自称してるだけあって、相応の実力は持ち合わせているわけか。


 「ふぅぅぅぅ…」

 一度深く息を吐いて肩の力を抜いた。

 そしてバットを構え直し、川端を見つめる。相変わらず口元に笑みを浮かべつつも目は鋭い。



 二球目、今度もインコースへのストレート。

 これまた厳しいコースだ。ここまでインコース深いところを攻められたら、バットが出ない。

 またも俺は見送った。乾いたミットの音が響く。


 「ストライク!」

 今度はストライクゾーンに入っているようだ。それでも厳しいコースだった。これでカウントはワンボールワンストライク。

 今のコースに全球投げられたら、さすがにお手上げだ。だが、さすがに川端も人の子。インコースの厳しいところに今のストレートを投げ続けるなんて不可能だ。

 狙うはストレートではなく変化球。



 三球目、インハイへのストレート。

 これまた厳しいコース。ストライクかボールか微妙な位置。だがここは打ちに行く。

 ボールはバットの上部に直撃する。瞬間、バットを握っていた両手に雷撃が落ちたかのような鈍痛と痺れが走った。顔を歪めながらも打球の行方を追う。

 打球はフライとなったが、そのままバックネット裏のスタンドへと飛び込むファールとなった。


 キャッチャーフライとかにならなくて良かったと安堵しつつも、一度バットを握っている両手へと視線を向ける。

 今の芯が外れたところで当てちゃったから、めっちゃ衝撃が半端ない。激痛と痺れで手を開くのもやっとだ。

 こんな状態でまともな打球は打てない。


 一度タイムをかけてもらい、スパイクのヒモを結びなおす。

 ここは一度、間を置いて、痺れがある程度収まるまで時間を伸ばしたいところだが…。


 「バッター。早く」

 のろのろとスパイクのヒモを結んでいると、球審から急かすように言われた。

 クソが、どんだけ円滑に試合回したいんだよ。口には出さないがグチグチと悪態を胸の中で吐きながら、そそくさとヒモを結び直し、再び打席へと入る。

 まだ両手には若干の痺れがある。だが、これ以上無理に時間を稼いだら、逆に球審の印象を悪くするしな。


 「ありがとうございました」

 苦笑いを浮かべて一度感謝してから、打席に入った。。

 足場を固め直し、数度ホームベースをバットの先で小突いてから、肩の力を抜いて構えた。



 次で四球目。

 まだ痺れが残っており、感覚が曖昧だ。出来れば、ここは変化球が来て欲しい所だが、相手バッテリーは俺の状態が悪いのを察しているだろう。

 それに俺はまだ川端のストレートをろくに打ち返していない。

 次は間違いなくストレート。安易に予測は出来る。


 四球目、案の定ストレート。

 厳しくインコースを攻めてくるボールだが、このまま見逃せば、三振する可能性もある。無理にでも打ちに行った。


 鈍い音とともに打球は一塁側へと転がっていく。

 一塁線上を弱々しく転がっていき、そしてファールゾーンへと切れていく。

 両手に激痛再び。バットの根元で打ってしまったようだ。両手の痺れと鈍痛が半端ない。

 痛みに顔を歪める。バットを握る両手が小刻みに震えている。だが、二連続でスパイクのヒモを結び直すとか、常識的に考えてありえないので、痛みに堪えながらバットを構えた。


 さて五球目、ここまで全部ストレート。

 前の打席もストレートのみで攻めてきた。

 そろそろ、緩急を使ってきても良いはずだ。正直、すでにストレートのタイミングが分かっている。甘いコースに来れば、長打にする自信もある。川端も俺らと同じ高校生。いつ甘いコースに投じるか分からない。

 そうなると、いつまでもストレート一辺倒のリードをし続けるはずがない。


 狙うならここしかない。ここはカーブを投じる。俺はそう読んだ。

 川端のカーブは落差と球速差が大きい。他の球種の可能性を頭に残していては一瞬の迷いで振るが鈍る恐れがある。だから他の球種は捨てる。

 これで読みが外れて三振したら、もうアレだ。一人で十五回投げ抜く覚悟でマウンドに行ってやる。川端と我慢比べに突入してやる。



 四球目。

 意識を研ぎ澄ませる。呼吸一つにも気を遣い、神経張り巡らせて、ボールを待ちわびる。

 川端が三塁ランナーを一瞥してから、クイックモーションに入った。

 研ぎ澄まされた視覚が、投じる瞬間、手首のひねりを確認した。


 脳が判断するより先に、体がカーブだと判断する。

 そこからは意識よりも無意識が体を動かす。何千、何万と繰り返した素振りによって脳に刻み込まれた動きをもってして、カーブを迎え撃つ。

 山なりに、そして大きく変化するカーブ。ストレートとの球速差はおよそ20キロ近くあるだろう。だが、 体は前へと行く事も、重心がずれる事もない。

 腰の回転と手首の力。長打じゃなくていい。とにかく打ち返す!


 振りぬかれるバット。瞬間、両手に重みが感じたが、すぐさま消え去った。手に残るのはボールを捉えた時の感覚。

 金属バットの快音を耳にしながら、俺はヒットを確信し、脳裏にガッツポーズをする自分の姿が浮かんだ。


 打球はセカンド頭上を鋭くライナーで飛び越した。

 セカンドの鏡原はタイミングを合わせて力強くジャンプしていたが、ボールは鏡原のグラブのわずか上を通り越し、そのままライト前に落ちた。


 球場をひっくり返すんじゃないかってぐらいの大歓声が一塁側スタンドから沸き起こった。


 「しゃあっ!」

 一塁へと走りながら、無意識に口から歓喜の声が漏れていた。

 嬉しくて今にも飛び跳ねたいぐらいだが、まずは一塁ベースを踏まねばな。



 大歓声に包まれるグラウンド。

 その中で三塁ランナーの耕平君はおそらくホームインしただろう。

 一塁ランナー大輔も全速力で二塁へと滑り込んだ。

 そんな中で、俺も一塁ベースを踏みしめて、小さくオーバーランしてから一塁ベースへと戻る。


 一度ホームへと振り返る。耕平君と中村っちが打席近くでハイタッチしている。

 ここで得点になったのだと改めて理解し、嬉しくなってベンチに向かってガッツポーズをしてしまった。正直高校野球でこういう事やりすぎると注意されるから、あまりやりたくないんだが、嬉しすぎてやってしまった。反省はしているが後悔はしていない。


 そこでやっと、安堵の息が口からこぼれた。

 我が校の先制点は、エースの俺から飛び出るライト前ヒット。

 それは山田高校の今日の試合初のヒットでもあった。


 マウンド上にいる川端を見る。表情に笑顔が消えた。俺を憎悪のこもった目で睨みつけている。一つ嘲笑ってやろうかとも考えたが、今の川端はマジギレしそうなのでやめておく。

 あの様子を見る限り、頭に血が上って崩れそうだな。


 「中村っち! 続けよぉ!」

 ここは一つ、我が校のパワー自慢の中村修一君に決めてもらおう。



 その初球、鋭く変化するスライダーで中村っちから空振りを奪った。

 わお、川端の奴、崩れてねぇ。

 いやまぁ、ヒット一本程度で崩れるピッチャーだったら、ここまで勝ち上がってないし、全国クラスのピッチャーなんて評されない。

 ちょっとでも期待した俺が馬鹿だった。


 続いて二球連続のストレート。

 どちらもインコースを厳しく攻めるボールで、中村っちのバットは出ず、見送り三振。


 「ストライク! バッターアウトォ!」

 さすがは名門、斎京学館のエース様だ。

 三球とも文句のつけようのないボールだった。あれだけのピッチングをしてりゃ、全国クラスと言われるのも当然か。

 正直、なんでこんなピッチャーと県大会決勝戦で投げ合わなきゃいけないんだ。

 割とマジで甲子園決勝で投げ合ってもおかしくないレベルのピッチャーなんじゃないか? 甲子園決勝行ったことないから分かんないけど。


 だけど、そんなピッチャーから1点をもぎとった。

 できることならば、このまま無失点で逃げ切れれば良いんだがな。

 自信はないけど、やれるだけやるしかない。

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