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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
6章 怪腕夏に唸る
184/324

183話

 四回の裏、二番奈良、三番猪俣と続けてアウトに打ち取りツーアウト。

 そして鵡川良平と二度目の対決を迎えた。

 打席へと入る鵡川良平は無表情。一打席目とまったく変わらない。


 初球。哲也のサインはアウトコース低めへのストレート。

 俺は頷き、投球動作へと入る。

 左腕からボールを投げ放つ。これを鵡川は初球から打ちに来た。


 快音が響き、強烈な打球が二遊間へと転がっていく。

 だが残念、セカンドには守備に関してはチーム屈指の誉がいる。

 勢いのある強烈なゴロだが、誉は難なく逆シングルでキャッチし、素早く体勢を立て直して、ファーストへと送球した。秀平も難なくキャッチし、セカンドゴロに仕留めた。

 抑え込まれた鵡川良平は悔しさを見せない。てっきり中学校時代の借りを返すぐらいの気持ちで望んでいると思ってたから、こう悔しさを前面に押し出してくれることを期待していたのだがな。

 なんだか拍子抜けだ。



 対して五回の表の我が校の攻撃。

 もう1点欲しい所だが、一塁が遠い。

 七番秀平はスライダーを詰まらせ、セカンドへのゴロ。

 八番哲也はツーボールワンストライクからの、アウトローのストレートを捉え流し打ちするもファースト正面のゴロ。

 九番誉は相変わらずのバッティングで、ショートゴロに終わった。

 川端にしてみれば、うちの下位打線なんか屁でもないだろうな。



 五回の裏の守りへと突入する。


 ≪五回の裏、丘城斎京学館高校の攻撃は、五番ピッチャー川端君。ピッチャー川端君≫

 右打席へと入る川端。この回の先頭バッターだ。

 前の打席では、ワンボールツーストライクからのストレートを打たれたが、ピッチャーゴロに仕留めている。


 鵡川良平の打撃の陰に隠れがちだが、川端のバッティング能力は全国クラスの実力を持っている。伊達に斎京学館の中軸を任されていない。

 さっきは前のバッターにフォークを使い空振りを奪ったのもあって、フォークを意識して打ち損じてくれたようだったが、次はそうはいかないだろう。


 初球はアウトコース高めにストレート。

 頷き、一度深く息を吐いてからゆっくりと振りかぶり、川端へと投じる。

 それを彼は打ちに来た。


 金属バットから鳴り響く小気味良い音。

 ゾッと背筋に寒気が走った。今の音は間違いなく芯で捉えられた音だ。


 ガバッと打球の飛んでいったほうへと振り返る。打球はセンター耕平君のほうへと飛んでいき、あっという間に頭上を越した。耕平君が打球の行方を確認しながらも、全力でダッシュしている。


 …抜ける。

 瞬時に判断する俺の脳内。いくら耕平君の足でも、あの打球の落下点には間に合わない。

 間もなく打球は芝生へと落下した。

 三塁側スタンドを陣取る斎京学館の応援席は、ここぞとばかりに大歓声をあげている。川端は全速力で二塁に行くも、そこでストップ。


 ノーアウト二塁。いきなりピンチを迎えてしまった。

 しかし打たれたストレート。完璧に捉えられていた。二度は打ち損じないってか。

 ってか、明らか狙われてたな。追い込まれたらフォークの可能性があるから早打ちしようってか。俺も哲也もそこまで考えが回らなかった。


 小さく舌打ちをする。

 やばい、焦ってるな俺。

 追いつかれたら負ける気がして、早く試合が終わって欲しいと思ってる。


 「英雄! ヒットはしゃーないって! 切り替えてこうぜ!」

 誉から励ましの声が飛んだ。

 そうだな。打たれたもんはしょうがない。切り替えて次のバッタだ。



 続く六番大村は打席に入るなり、バントの構えをした。

 手堅く送りバントか。いつもなら取れるアウトを取るところだが…。


 一死三塁よりも、川端を三塁で刺して、一死一塁の方が断然投げやすい。

 それは哲也も承知のようで、初球はインハイにストレートを要求してくる。小さく頷き、グラブに手をいれた。


 「ふぅ~…」

 ため息を吐いて、哲也のミットを睨む。

 流れる汗が頬をつたう。心臓の鼓動は早く、小刻みなテンポで動いている。

 三塁側スタンドからはチャンスのテーマが流れ、どこか楽しそうに声をあげている。バックからはナインの声…。

 …駄目だ。集中できてない。投げると決めたら、哲也のミット以外全てをシャットダウンできていたはずだ。


 クソが。

 この程度で動揺してどうするんだ。甲子園ではもっと暑く大量の汗を流すだろう。甲子園ではもっと強敵でより心臓の鼓動を高めるだろう。甲子園ではもっと相手の熱烈な応援がされる中投げる事になるだろう。甲子園ではもっとナインが俺を期待しているだろう。

 これぐらいで動揺するな。俺は…怪物だろう…。


 そう自分に言い聞かせ、投球モーションへと入った。

 普段とは違う状態での投球。放たれたボールは逆球の甘いアウトコースへのストレート。

 それをバッターは、待っていたかのようにバットを引き、振りぬいた。


 再び金属バットの快音が球場を鳴り響いた。

 打球は勢い良く、一二塁間へと向かう痛烈なゴロ。

 二塁ランナー川端は、三塁へと走り出している。


 抜けてもおかしくないような強烈な当たり。それに誉が飛び込んだ。

 間一髪、誉のグラブに収まり、すぐさま体を起こし、一度、二塁ランナー川端の方を見るがアウトは無理と判断したのか、ファーストへと送球する。

 結果はセカンドゴロだが、送りバントと同じ結果となった。


 「サンキュー誉!」

 だがここは誉を感謝すべきだ。

 抜けてたら最悪ホームまで行かれていた。だから素直に助かった。


 「おぅ!」

 誉は土で汚れたユニフォームを気にすることもなく、むしろ普段よりも明るい笑顔で応えてくれた。

 だが、それでもワンアウト三塁。不安は拭えない。


 バッターは七番の藤江を迎える。

 右打席の土を足でほじくり、足場を固めている藤江。

 俺はその中で、左手を胸に当て三回深呼吸を繰り返す。


 何度も深呼吸しているのに、未だに意識は散漫としている。

 それどころか、余計に気になってしまい、唇を噛み締める。

 さっきのストレートも集中して投げていれば、打たれるような球じゃなかった。

 川端に打たれてから、なんか変だ。


 「落ち着け…落ち着け…」

 暗示のようにぶつぶつと呟く。

 俯き、地面を睨みながら集中しようとする。しかし集中しようと思えば思うほど、集中は四方八方と逃げていく。

 この感覚、まるで去年の理大付属の試合の時のようだ。


 「しゃあぁ!」

 相手バッターの元気の良い声に、俺は顔を無理やり上げた。

 意識は整っていない。だが、待ってくれる状況じゃない。


 「…いや待て」

 ふと我に返った。


 「すいません! タイムお願いします!」

 ここで左手を上げて球審に叫ぶと、哲也を手招きした。

 急な事態に哲也は困惑しながらも、一人マウンドへと走ってきた。


 「どうしたの英雄? もしかして…なにか怪我した?」

 急に呼ばれて不安そうにする哲也。

 俺はグラブを口元で隠しながら、哲也に話しかける。


 「俺さ、今スゲェ動揺してんだけどさ」

 「え?」

 「ここ、1点やっていい場面かな? 斎京学館怖くて不安だから、一言アドバイスが欲しい」

 弱音を吐く。秋の大会ではできなかった事だ。

 哲也は俺の弱音を聞いて、困惑している様子だったが、すぐさま表情を変えた。


 「1点ならなんとかなると思う。うちには大輔がいるんだし」

 「…そうだったな」

 哲也の言うとおりだ。うちには大輔がいたんだ。忘れていた。

 それにしても、ちょっと動揺すると、すぐ一人相撲し始めちゃうな俺。もしかしたら俺の欠点なのかもしれん。


 「だから英雄は、もっと気持ちを楽にして投げていいと思う。ここは1点をあげてもいい場面だと思う」

 「そっか。ありがとな」

 「ううん。頑張ってこ!」

 「おぅ!」

 そういって俺は哲也とグラブタッチを一つした。

 マウンドからキャッチャーボックスへと戻っていく哲也の背中を見ながら、俺は小さくため息をついた。

 ありがとう哲也。おかげでだいぶ気持ちが楽になった。



 試合が再開する。

 打席には藤江。

 さっきまで見ていた不安は消え失せた。そうだ。もっと味方に頼っていこう。

 1点を守るより、アウトを取るのを優先しよう。


 初球はインコース低めへのチェンジアップ。

 ゆっくりと頷き、ジッと哲也のミットを睨む。

 息を吐いてからクイックモーションでチェンジアップを投じる。

 これを藤江は打ち抜いた。


 金属バットの快音。

 打球はレフト大輔の頭上にフワリと浮かぶフライ。

 アウトに出来るがタッチアップには充分な飛距離。すでに三塁ベースを踏みレフトを見つめる川端。


 そして大輔の捕球と同時に、川端はホームへと一心不乱に走り出した。

 大輔からショート恭平、恭平から哲也と一連の中継プレーは完璧だった。しかし哲也のミットにボールが収まると同時に、川端はホームベースへと滑り込んでいた。



 「セーフ!」

 球審の手が左右に広がった。

 大歓声。川端の喜びをあらわにした雄叫び。


 俺はため息を吐いた。

 こんなに早く振り出しに戻されるとはな。

 しかし、気持ちは途切れていない。もし先ほど哲也を呼ばずに失点していたら、最悪気持ちが折れていたかもしれない。

 そう考えると、先ほどの行動は正解だったと思う。

 俺がヒットを打てたんだし、大輔ならホームランは打てるだろう。

 この1点ぐらいくれてやる。


 一度帽子を脱いで汗を拭う。

 そうして帽子をかぶりなおす頃には、気持ちの整理がしっかりとついていた。

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