184話
八番の坂部を三振に打ち取り、マウンドから駆け足でベンチへと走る。
ため息を吐いて、肩の力を解く。
1点取られたがまだ同点だし、イニングは六回を迎えるところだ。
まだ勝算はある。なんて言ったって一試合に一度爆発する大輔が、まだ爆発してないんだからな。
「英雄、やられたな」
「やられました」
ベンチに戻るなり佐和ちゃんが励ましてきた。
表情はどこか嬉しそう。俺が失点してそんなに嬉しいか?
「だがあそこで哲也をマウンドに呼んだのは良くやった。気分的に楽になっただろう?」
ベンチからでは、マウンドでの俺と哲也の会話を聞き取れないのに、まるで聞いていたかのように佐和ちゃんが語る。
そこまで見透かされていたか。マジでこの人、何者だよ。
「さぁ! うちのエース様が楽に投げれるよう点を取るぞ!」
「はい!」
佐和ちゃんが手を叩き選手たちを鼓舞する。
それに呼応するように選手たちは普段よりも強めの声で返事を返した。
「英雄。試合が終わる前には川端を攻略する。だから最少失点で頼むぞ」
返事に続いて大輔がそう俺に声をかけニッと笑顔を見せる。
その頼りになる男の笑顔に、俺の気持ちは少しばかり楽になった。
「英雄ぉ! 見てろ! この打席は決めてやらぁ!」
さらには恭平の雄叫びが飛んできた。
相変わらずアホ成分の高い声だが、あいつの声を聞くだけでも気持ちが楽になる。
「英雄! 俺も打つぞ!」
「守備だけは任せろ!」
「英雄先輩! 俺も打ちますよ!」
「佐倉、必ず俺たちで点を取る。だから、お前は気を楽にして投げてろ」
中村っち、誉、秀平、龍ヶ崎。
彼だけじゃなく、他の選手たちからも励ましの声が飛んだ。
本当、良いチームに巡り会ってしまったな俺は。
「おぅ任せろ! そして任せた!」
選手たちの励ましに応じるように俺は地震に満ち溢れた笑顔を見せた。
五回の裏終了後におこなわれたグラウンド整備も終わり、六回の表、山田高校の攻撃が始まる。
この回の先頭の恭平は、カウントワンボールノーストライクからのカーブに詰まりサードゴロに終わった。
戻ってきた恭平は渋い表情を一つ浮かべている。
「英雄」
「どうした?」
「…なんだか今日の俺、変だ」
ベンチに戻るなり、元気のない声で呟く恭平。
何を言っているんだお前は?
「お前はいつも変だぞ」
「英雄の言うとおりだ恭平。むしろ今日のお前のほうが真人間っぽいぞ」
俺の言葉に続くように大輔が答える。
大輔の言うとおり。今日の恭平は正しい人間になりすぎている。恭平的には変な状態なのかもしれんがな。
「どうすれば、俺らしくなれるかな…」
「そういうこと言わなきゃ、お前らしくなれるぞ」
普段のお前はまずそんなこと言わないだろう恭平?
大体、野球に熱中しすぎている恭平は、不自然にも程がある。
「試合中でも下ネタをバンバン口にして、相手チームから苦情が出るじゃないかってぐらい騒がしくしてくれなきゃ、お前らしくないさ」
「だな。英雄の言うとおり、もっと気楽に行けよ恭平」
高校一年生の頃からほぼ毎日、共に過ごし、共に騒ぎ、共に馬鹿をやった俺と大輔が恭平へとアドバイスを送る。
それを聞いてた恭平は、どこか真面目な表情を浮かべた。
「俺は甲子園に行きたい」
そして真面目な声で、普段言わないような言葉を口にした。
普段は見せない恭平の姿にベンチの視線が一度こちらに集まった。
「なんだろう。ずっと言わないつもりだったんだけど、夏の大会が始まってから日に日にこの思いが大きくなってるんだ」
照れくさそうに恭平が語る。
恭平が普段は見せない真面目な部分。お前にもこういう部分があったんだな。高校一年の頃からほぼ毎日一緒に馬鹿やってたのに気づくことができなかった。
俺もまだまだだな。
「俺は甲子園に行きたい。それは千春ちゃんの為とかでもあるけど、でもやっぱり、俺自身が甲子園に行きたい! だから英雄、俺はどうすれば打てる? どうすれば勝てる?」
真面目な顔をして聞いてくる恭平。
なんで急に真面目になるんだお前は? 申し訳ないが、真面目な恭平を見ていると笑えてきてしまう。失礼だと思うけど、ずっとバカやってた奴が急に真面目になるのはギャグでしかない。
俺だけじゃなく、大輔も笑いをこらえていた。
「どうすれば打てるとか勝てるとか、普段のお前は考えねーだろう。そういうの考えてるから打てないんだよ。お前は好き勝手大暴れするぐらい丁度いい」
「好き勝手大暴れするぐらい…か」
そういって一人唸る恭平。らしくない行動が続くなお前は。
「じゃあ、あれだ。ヒット打ったら千春とデートさせてやる」
普段の恭平に戻すために餌を投下しておく。別に恭平を千春の彼氏にさせたいわけではない。俺はいつだって千春と恭平が付き合うのを反対し続ける。
正直、今の恭平じゃ川端からヒットは打てないだろう。
恭平がいつものような調子に戻ったとしても打てるとは限らない。
恭平と川端では、はなっから実力が違いすぎる。川端がよほど不調じゃなきゃ、恭平がヒットを打つのは難しい。それは俺や中村っちとかにも言えたことだがな。
「英雄。やって千春ちゃんをダシにして俺のやる気を上げさせるやり方はやめてくれよ」
「はぁ?」
「俺は良いとしても、千春ちゃんがかわいそうだろう。兄貴なんだから、妹のことを第一に考えてやれよな」
……?
「お前、本当に大丈夫か?」
ここで本格的に恭平が心配になってきた。
どうしたんだこいつ? 本当にやばいんじゃないか?
「…とにかく好き勝手暴れれば良いんだろう? 出来るか分からんがやってみる」
そういって一人唸る恭平。
うん、今日の恭平は大丈夫じゃないようだ。
まぁ良い。一過性のなにかだろう。明日にはきっと普段の恭平を取り戻していて欲しいな。
二番の耕平君は、追い込まれてから粘ったが、結局六球目のストレートをカットしきれず、ファーストゴロに倒れた。
前の打席のようには行かないか。だがそれでも川端の面倒くさそうな表情を見る限り、耕平君のバッティングは、少なからず川端にダメージを与えている。
それが残りのイニングで川端攻略につながるかは分からないが、やらないよりはやったほうがいいのは基本だ。
続く三番龍ヶ崎は初球のストレートを芯で捉えた。
快音が鳴り響き、選手の口からも歓声の声があがった。
だが打球は左へと切れていき、もうまもなくレフトのファールゾーンでワンバウンドした。
それでも鋭い当たりだった。フェアゾーンなら長打コースだった事だろう。
さすがは龍ヶ崎。肩の強さが最初に目立つ上に、大輔の陰に隠れがちだが、バッティングも高い能力を持っている。俺を差し置いて三番バッターを任されているだけはある。
現状、うちのチームで川端からマシなヒットを打てるのは、中軸の三人のみだろう。それだけに龍ヶ崎には期待がかかる。
二球カーブとフォークが投じられ、どちらも龍ヶ崎は見逃してボール。
カウントはツーボールワンストライクのバッティングカウント。
相手バッテリーが投じたのはストレート。
これを龍ヶ崎は打ちに行く。
先程のファールの時よりも気持ちのいい快音が金属バットから鳴り響いた。
先程よりも鋭いライナー。だが…。
続けざまに乾いたグラブの音が響き、斎京学館の応援団から歓声が沸いた。
打球はショート正面のライナー。不運にも程がある。もう少しずれていればヒットになっていただろう。
運が悪いと思うべきか、それとも川端の実力に抑えられたと思うべきか。
どちらにせよ、この回はノーヒット。気持ちを切り替えていこう。
斎京学館の六回の攻撃。
前のイニングで失点した俺だが、攻撃の際に恭平と馬鹿な話をしたおかげか、幾分リラックスした状態で投げれた。
先頭の九番鏡原を空振り三振。一番浅海をセカンドゴロ、二番奈良をショートゴロにテンポよく仕留めてスリーアウト。
1失点しているが、いまだにあの斎京学館を2安打で抑えてるんだ。その点に関しては褒めて欲しいものだ。だけどやっぱり失点してるので悔しい。
さぁ七回、大輔にも回るしここらで1点欲しいところだが…。




