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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
6章 怪腕夏に唸る
180/324

179話

 ≪一回の表、山田高校の攻撃は、一番ショート嘉村君。ショート嘉村君≫

 場内アナウンスが高らかに恭平の名前を告げる。

 一回の表、我が校の攻撃から試合が始まる。

 マウンドでは川端が投球練習を終えており、どこか不敵な笑みを浮かべながら今か今かと待ちわびる。

 一方で、右打席へと入る恭平の表情はどこかぎこちなく、普段見せるイケイケオーラは無い。やはり今日恭平はどこか様子がおかしい。いや静かなのは良い事なんだけど、あいつがこう大人しいとチーム全体の調子が狂ってしまう。


 「っしゃあ! 恭平頼むぞぉ!」

 「いつも奴期待してるぞ!」

 ベンチから誉を筆頭に、打席に入った恭平へとエールを送る。

 俺は哲也とベンチ近くでキャッチボールをしながら、試合の行方を見つめる。


 「プレイ!」

 球審の声のあと、球場内にはけたたましいサイレンがこだました。

 我が校の応援団から応援の演奏が始まる中で、川端はすでに投球モーションに入った。

 小さく振りかぶるワインドアップモーション。一連の投球動作に不純物はなく、見ただけで何千何万とフォームチェックを繰り返し、飽きるほどに投げ込んできたフォームだと見て分かる。


 試合を占う大事な一球。何を投じる?


 不純物のない研ぎ澄まされた投球動作から、スリークォーターの位置から右腕が振られて、第一球が投じられた。

 コースは外角。案の定、恭平は初球から手を出した。

 だが、ボールは外へと逃げていく。スライダーか。振り出されたバットは、その先っぽで当ててしまい打球はセカンド正面へと転がるボテボテのゴロ。

 必死に走る恭平だが、あんな打球をミスるほど斎京学館は下手じゃない。的確に打球をさばいてアウト。結果はセカンドゴロ。サイレンが鳴り終わらぬ内にワンアウトとなった。

 相変わらず超積極打法だなあいつ。出来れば出塁して欲しかったが、さすがにそれは贅沢か。



 続く二番の耕平君は、徹底してインコース攻め。

 初球、二球目、三球目、四球目と連続してストレートを投じる。多少ボールになっても良いから厳しいコースに投じているのが分かる。

 四球続けてストレートなのに、耕平君は手が出せない。

 さすがにまだインコースを綺麗にさばくだけのバッティング技術は持ち合わせていないし、彼がインコースのボールを外野まで運ぶには、フルスイングでもしないと難しい。

 パワー不足を見抜かれているか。厄介だな。


 カウントツーボールツーストライクの平行カウントからの五球目。

 投じられたのは五球連続となるストレート。

 これを耕平君は打つも、打球はピッチャー正面のゴロ。

 あんな球威のある速球をバンバンインコースに決められては、さすがに打てないか。



 そしてツーアウトで三番の龍ヶ崎を迎えた。

 相手校にしたら警戒すべきバッターの一人だろう。龍ヶ崎は怪物の俺や大輔に隠れがちだが、バッティングセンスに関しては、大輔に次ぐものがある。

 そんなバッターだ。間違いなく警戒しているはずだが…。


 初球、川端が投じたのはスライダー。それを龍ヶ崎は空振りしてワンストライク。


 続く二球目は大きく曲がるカーブ。

 これを龍ヶ崎は見送るもストライクとなり、あっという間にツーストライクとなった

 そうして三球目、龍ヶ崎に向けて投じたのはフォークボール。

 龍ヶ崎のバットを空を切り、空振り三振。


 してやられたり。見事な快投を演じられてスリーアウトになってしまった。


 恭平の初球打ちを見越して、ストレートと同じ腕の振りからのスライダー。

 小柄でインコース打ちが苦手な耕平君に対して、徹底的なインコースへのストレート攻め。

 直球を得意とする龍ヶ崎に対して、変化球攻め。


 見事に研究されているな。さすが斎京学館とも言える。

 分かってはいた事だが、川端の実力も相まって、今日の試合多くのヒットは期待できないな。



 さて、初回のこちらの守備が始まる。

 投球練習を終え、打席に入る斎京学館の先頭打者。


 ≪一回の裏、丘城斎京学館の攻撃は、一番センター浅海君。センター浅海君≫

 「しゃああああ!」

 浅海は左打席に入ると、早速こちらにバットの先を向けて吠えてきた。気合充分のようだ。

 斎京学館の応援が始まった。一糸乱れぬ演奏と動きと声。訓練し尽くされた軍隊のように完璧な応援で選手達にエールを送る。


 本当、斎京学館は最強の名を冠するに相応しい学校だ。設備はもちろん、選手の質、指導のレベルの高さ、そして学校全体で応援してくれる雰囲気。

 どれを取っても名門校と言って遜色ないだろう。

 だが…。


 「気持ち悪い」

 ここまで完璧過ぎると、見ているだけでも気分が悪くなる。

 敵として戦う分には楽しい相手だが、味方として守られるには嫌すぎる。

 こういう強いチームは敵だからこそ楽しいんだ。


 初球はインコースへのストレート。

 俺は小さく頷いた。


 三塁側ベンチでは川端が、鵡川良平が、斎京学館のナインが俺のピッチングを見ている。

 無様な真似は出来ないし、むしろあいつらに打てるか分かんないと思わせるぐらいのピッチングをしてやる。

 ゆっくりと振りかぶる。


 見つめるのは哲也のミットのみ。


 体は無意識に動いていき、そして…。


 カタパルトと化した左腕から、白球が放たれた。

 向かうは哲也のミット。真っ直ぐに走る。


 それを迎え撃つように浅海の体が動き、バットが振り出される。


 一秒足らずで決着はついた。

 唸り声のようなミットの音が響き、浅海はスイングし終えた状態のまま、唖然とした表情で俺を見つめている。


 ニヤリと口元をほころばせてしまう。

 試合前よりもストレートが走っている。気持ちが上乗せされているからだろうか?

 ともかく、今の浅海は完璧にストレートとタイミングがあってない。

 ならば、ここはストレートでねじ伏せるのみだ。


 二球目、今度もストレートを投じる。

 アウトコース一杯に決まるストレート。これを浅海は手を出すも空振り。やはりタイミングが遅く合っていない。


 ここで浅海はバットを短く持ち替えてきた。

 打席もキャッチャー寄りに立ち、明らかストレート待ちしているように見える。

 当然、哲也のサインはチェンジアップだろう。ここは緩急を使うのが得策だ。

 だが、ここはストレートでねじ伏せると決めた。


 哲也のサインは案の定チェンジアップ。

 それを小さく首を左右に振るう。

 一度哲也はムッとした表情を浮かべたように見えた。マスク越しだし、18.44メートル離れている以上、本当の表情はうかがえない。

 それでも俺の意図を理解したうえで、哲也はサインを変えてストレートを要求してきた。

 高めへの釣り球となるストレート。これを小さく頷いた。


 今日はストレート主体と試合前に決めた。

 ならばストレートで抑えられる相手ならば、ストレートを多投したい。それに今日のストレートは調子がいい。ストレート一本でも、十分バッターと対峙できる。


 三球目を放つ。

 インハイへの釣り球。多少コントロールが乱れても、ここは制球よりも球威を意識して投げる場面。

 放たれた一球は哲也のミットめがけて飛んでいく。


 浅海はバットを振り出したところで止める。微妙な位置だ。

 球審は三塁審判へのスイングの判定を求める。三塁審判は右手を上げた。

 スイングの判定。つまりストライクだ。

 空振り三振。俺はホッと息を吐いた。


 まずワンアウト。

 ストレートが良い状態だ。疲れは感じているが、良い感じに気持ちが乗っている。早々に打たれはしないと思う。



 続く二番バッター奈良が打席に入る。

 小ワザもなんでもこなす巧みなバッター。難しいボールでも上手く合わせてくるし、油断はできない。

 初球はアウトコース一杯へのストレートでボール。続く二球目はインコースを貫くストレートでストライク。

 三球目は低めに外れてボール球となり、ツーボールワンストライク。

 ここまで一度もボールに手を出していない。ただ見送っていた。

 バッティングカウントで迎える四球目、インハイへのストレートのサインに俺は頷いた。ここまで全部

ストレートだし、そろそろ手を出す頃合だろう。


 大きく振りかぶり、四球目を投げ放つ。

 インコース。クロスファイヤーを意識して、体を動かし腕を振るう。

 放たれた一球に奈良は手を出した。


 球威のあるストレートはインハイを貫く。

 そんな難しいコースに手を出した奈良は、球威に押され、しょっぼい打球を俺の目の前に転がした。

 これを俺がさばいてアウト。これでツーアウトだ。



 続く三番猪俣は初球で決まった。

 ここで初めて投じたチェンジアップに見事に手を出してくれた。

 詰まらせた結果、打球はサードへのファールフライ。中村っちが落ち着いて捕球しスリーアウト。


 まずは三者凡退。今のチェンジアップも低めに決まったし、立ち上がりは上々だ。

 疲れはあるが、やはり状態は良い。あとは先制点を期待して待つしかない。

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