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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
6章 怪腕夏に唸る
181/324

180話

 二回の表、我が校の攻撃は四番の大輔から始まる。


 ≪二回の表、山田高校の攻撃は…四番、レフト、三村大輔君≫

 場内アナウンスが大輔の名前を告げると、自然とスタンドから拍手が起きた。

 今大会一、二を争う好投手川端と、これまた今大会一、二を争うスラッガー大輔の最初の一騎打ち。

 空気が変わった。


 一塁側のネクストバッターサークルからは、右打席に立つ大輔の表情をうかがい知ることができる。

 表情に気負いはなく、いつものように無表情。だが眼光だけは鋭くマウンド上の怪腕を捉える。半袖のアンダーシャツの袖口から伸びる両腕は、普通の人よりもやや太いぐらいの腕。

 大輔の体格を改めて見たが、人より少し大きいぐらいの体格だ。

 だが、その肉体から生まれるパワーは人並みを外れ、そのバッティング技術は高校生レベルを逸脱した力を備えている。

 頼むぞ大輔。この大一番を決めるのはお前のバットだ。


 マウンド上の川端の表情に緩みはない。

 前のイニングの三人よりもどこか引き締まっているようにも見えた。

 事前から警戒していたのか、それとも打席に立つ大輔から発せられる異様な雰囲気を感じ取って気持ちを引き締めたのかは分からない。

 だが、前のイニングよりもスゲェボールを放ってくることは簡単に予想できた。



 初球はカーブから入ってきた。

 大きく変化するカーブ。それを大輔は空振りした。

 豪快なフルスイング。ベンチにいても聞こえるぐらいのブォン! と言う空を切る重い音。

 相変わらずとんでもないスイングスピードだ。あのスイングだけでも、大輔がそこらへんのスラッガーとは格が違う事を分からせるだろう。


 二球目、今度はスライダー。だがこれは見送ってボール。

 三球目は高めに外れるストレート。

 カウントはツーボールワンストライク。バッティングカウントを迎えた。

 大事な一球。相手バッテリーも中々ボールが決まらない。川端は数度首を左右を振ったあと、やっと小さく頷いた。


 四球目。川端が選んだのは…インハイへの真っ直ぐ。

 打席から離れた位置から見ても分かるぐらいの球速のあるストレート。

 大輔の胸元に投げるって事は、相当ゾーンギリギリに入るような厳しいコースじゃないと抑えるのは難しいだろう。


 大輔は向かってきたストレートをいとも容易く打ち返した。


 しっかりと肘は折りたたまれ、ボールを真っ二つにしてしまいそうな程のスイングに捉えられたボールは、とんでもない打球スピードで、三塁側のファールゾーンのフェンスへと直撃した。

 フェンスは悲鳴のような音を上げ、直撃した打球は大きく跳ね返った。


 スタンドが静まり返るほどの轟音が響き、一度球場内に静寂が訪れた。

 普段以上のスイングだ。大輔の野郎、めっちゃくちゃ集中してやがる。

 俺は何気なく、センターの電光掲示板へと視線を向ける。電光掲示板の球速表示の画面には「149」の文字が浮かんでいた。

 149キロ。川端の最速タイ記録だ。自身最速のストレートをいとも容易く打たれたんじゃ、そこらへんのピッチャーなら飲み込まれ、動揺から我を見失うことだろう。


 マウンド上の川端は、案の定打球の行方を見て固まっている。

 誰もが川端は大輔の打球に飲まれたと思うだろう。自身最速の一球を打たれて動揺したと勘違いするだろう。

 だが俺には分かる。川端と話したのはクリスマスのあの日のみだが、川端の性格は俺と似ていて、根っこの部分が同じだと察したからこそ、今の川端の心情を理解できる。

 あいつは、あの程度で飲まれるはずがない。俺なら飲まれない。動揺しない。今の打球でより闘争心を燃やし、先程よりも良いボールを投じてやると意気込むだろう。


 続く五球目、今度はアウトローへの真っ直ぐ。

 大輔はまたも打ちに行った。爆発音のような金属バットの快音。今度も打球はファールゾーン、一塁側スタンドの最上段まで打球は飛んだ。

 三球続けてストレート。今のスイング、どこか迷いがあったようにも見えた。三球続けてストレートは来ないと言う考えがどこかしら頭にあって、それが邪魔してワンテンポ振り出しが遅れたようにも見える。


 さてこれで二球続けてファール。三球続けてのストレート。

 次は間違いなく変化球だ。どんなにストレートに自信があっても大輔相手に四球続けるのは、よほどの馬鹿か自信家じゃないとできない。

 ここは変化球だ大輔、惑わされるなよ。


 六球目。川端がゆっくりと投球モーションへと入る。

 打席で構える大輔の眼光はさらに鋭くなった。


 スリークォーターから投じられた一球を大輔は打ちに行く。


 「っ!」

 ネクストバッターサークルからでも、そのボールの軌道の変化はよく見えた。

 まるで大輔のバットを嫌がるかのようにクイッと落ちた。

 右打席で豪快に空振りする大輔。バックネット裏からは自然と歓声と拍手があがった。


 フォークボール。

 俺の投げるフォークボールよりも完成度は高い。ストレート投げる時のピッチングフォームと差異がなく、手元で変化し、そして大きくストンと落ちた。

 あんなボールを投じられたら、さすがの俺でもバットを空に切られていただろう。

 こればかりは相手が一枚上手だったと褒め称えるしかない。



 「悪い英雄」

 「気にすんな。お前が打てないんじゃ仕方ない」

 すれ違う時、大輔が悔しそうに表情を歪めながら謝った。

 そんな大輔に、俺は肩を軽くたたきながら励ます。

 大輔が打てないのなら仕方ない。それは我が校の標語にしても良いぐらい言葉だ。


 さて次は俺の打席。

 よっしゃ、大輔の仇討ちと行こうか。



 初球、インコースへのストレートを俺は何もできずに見送った。


 …やべぇ、マジかよあいつ。

 思わずマウンド上の川端へと視線を向けた。

 大輔を三振にとって気分がいいのか、川端はどこか嬉しそうに口元を歪ませている。

 クソが、早すぎんだろ。インコースに140キロ後半のストレートをポンポン投げ込めるとかありえねぇ。いや、俺も投げ込めるけどさぁ。

 クッソ。大輔の仇討ちどころじゃねぇ、このままだと俺も二の舞だ。


 続く二球目、川端が投じたのはカーブ。

 はい、ストレートのタイミングが打ちに行ったのでタイミング崩れて空振りしました。

 だーくっそ! これじゃあ相手の思うツボやんけ! 川端笑うな! 術中にはまってる俺を見て笑うな!


 「くそ…次だ」

 気持ちを入れ替えるように小さな声でつぶやき、バットを構え直す。


 マウンド上の不敵に笑う川端を睨む。

 あの野郎、そのクソみたいな笑顔を一瞬にして変えてやる。


 三球目、相手バッテリーが選んだのはアウトローへのストレート。

 体は無意識に反応した。大輔には負けるが、それでも自身の持てる限りの力でバットを振り抜いた。

 快音が響く。手に残るのはジャストミートしたときの感触。行った!


 打球の行方を確認する。…ファースト正面。

 しかもファーストは簡単に打球をさばいて、そのまま一塁ベースを踏まれた。

 ファーストゴロ…。さすがにしょぼいぞ俺。


 しかし打席でボールを見て痛感した。川端はめっちゃ良いピッチャーだ。


 スリークォーターの投球フォーム放たれるストレート。

 左打者には、インコースに食い込んでくるように見える。あんなんじゃ左バッターは中々打てないぞ。


 六番の中村っちも、あっという間に追い込まれて、ノーボールツーストライクからのカーブで空振り三振。

 結局、この回も無安打で終わってしまった。

 まぁ良い。気持ちを切り替えよう。なんて言ったって次の斎京学館の攻撃は…。



 ≪二回の裏、丘城斎京学館高校の攻撃は…四番…ライト…≫

 二回の守り。この回の先頭バッターを場内アナウンスが紹介する。


 ≪鵡川君。ライト鵡川君≫

 右打席へと入るバッターは鵡川良平。

 獣のように獰猛で、今にも噛み殺されてしまいそうと恐怖してしまうほど、殺意のこもった眼光で俺を睨みつける。

 心臓の鼓動が早まっていく。血流の動きは活発化し、ゾクゾクと胸の奥底から沸いて出てくる滾りを覚える。


 一年間、この時を待っていた。

 去年の夏に見せたあの鵡川のバッティングから、ずっとこの日を…。


 鵡川良平は右足、左足と足場を固め、ホームベースをバットの先で数度小突き、ゆっくりとそのままバットの先を俺へと向けた。

 鋭い眼光は俺を捉えながら、ゆっくりとバットを構える。


 その姿は、まさに名門校の四番だ。

 只ならぬオーラを感じる。彼の背中には名門校の四番としての威厳やプライド、誇り、使命を背負っていることだろう。


 想像以上に凄かった。

 思い出すのは中学の県大会で彼と戦った時だ。

 中学のときよりも、当然ながら肉体は大きく成長している。顔には幼さがなくなり、精悍な野郎の顔をしている。

 それ以上に、精神的な面で大きく成長しているのが目に見えてわかった。あの日の鵡川よりも表情がすごく良い。

 名門校に入って二年半、研鑽し続ける日々だったのが容易に想像できてしまう。


 俺は山田高校で何を育てた? 一年間帰宅部で遊んでばかりだった俺は何を得た? 俺は果たして鵡川の二年半よりも優れた二年半を送れたのか?

 自然と浮かんだ自問は、考えるまでもなく答えが浮かんできた。


 鵡川の二年半と比べる必要はない。どちらが優れているかなんて無い。

 少なくとも俺の二年半はとても充実していた。遊んでばかりだった一年半、野球復帰し努力を続けた一年間、どちらも俺には無駄ではなかった。

 中学の時には無かった柔軟な考え方を得ることができた。そして状況を楽しむという余裕も生まれた。何より後ろにいるだけでも俺の力になってくれる仲間を作れた。


 鵡川良平。

 お前を全身全霊、完膚なきままに抑えこむ!



 初球、インコースへのストレート。哲也のサインを確認し、俺はゆっくりと頷いた。

 溜息をつき自然と溜まっていた力を抜いた。そうしてリラックしていくと同時に意識は哲也のミット一点へと集中していく。

 それでも頭の片隅には、去年の夏見た鵡川良平の一撃の映像が残る。

 恐怖心はない。むしろマウンドでそれを見たいとすら思う余裕があった。


 ゆっくりと振りかぶる。ずっと待ちわびていた景色。

 最高の一球をもってして、抑え込め!


 左腕を力いっぱい振り抜いた。全力投球。

 最初は大暴投覚悟の全力投球と決めていた。


 放たれた白い矢は思っていたより哲也の構えている位置からずれる事無く、真っ直ぐにそして気持ちの乗った豪速球となって18.44mを一瞬にして飛んでいく。

 それを鵡川良平は…。


 金属バット特有の低く響く音が、球場を支配した。


 「やべぇ…」

 ポツリと言葉が漏れた。悪い意味のやばいではなく、良い意味でのやばいだ。

 自然と体が起き上がり、打球へと視線が動いていく。

 打球は夏の青空へと勢い良く打ち上がった。角度はホームランになってもおかしくない。

 目で打球を追い、やがて首、足、体が動きながら打球を目で追っていく。


 レフトポールへと向かう打球は、やがて進路を左へと大きく変えていき、そのままファールゾーンのレフトスタンドに飛び込んだ。 超特大のファールボールに、俺は楽しさしか感じなかった。


 あぁ、一年間待ったかいがあった。

 まさか初球から去年の夏に俺を震撼させた一撃以上のものを決めてくるとはな。

 最高すぎるぞ鵡川良平。姉貴の鵡川もそうだけでも、お前ら俺を喜ばせるの上手すぎだろう。


 クソが。やべぇって、マジでやべぇ、楽しすぎてやべぇ。

 口元のニヤケを抑えきれない。これじゃあ特大ファール打たれて喜んでる変態と思われかねない。

 でも、楽しくて仕方がないんだ。



 哲也は球審からボールを貰い、投げ渡してきた。それを受け取りプレートを踏みしめる。

 口元を引き締めて気持ちをリセットする。

 よし、次だ。次に行こう。


 二球目は、インコースへのスライダー。

 小さく頷き、一度大きく息を吐いてから振りかぶる。

 そしてしっかりと腕を振るって投げ放つ。


 これも打ちに来る鵡川良平。

 鋭く大きく曲がるスライダーを、彼は完璧に合わせてきた。

 再び快音が球場を支配した。今度の打球はライナー。

 鉄砲玉のようにまっすぐ飛ぶそれは、三塁ベースの左を抜けた所で芝生へと落ちて外野へと転がっていくファール。

 完璧にタイミングが合っている。しかもあのスライダーを簡単に打ってくるとは。やはり鵡川良平はそこらのバッターとレベルが違う。

 うちの大輔は高校生レベルを逸脱してるのだが、鵡川良平も下手すりゃ高校生レベルを越えたバッティング技術を持ち合わせているかもしれんな。

 さて、どうするか。まずストレートはマズい。最悪スタンドまで運ばれる。

 ならば一球外すのが定石。



 三球目は低めに外れるチェンジアップを哲也は要求してきた。

 俺もそれしか無いと思っていた。

 カットボールを投じたら詰まろうが、長打になりそうだし、ストレート、スライダーは下手したらスタンドまで運ばれる。そうなるとチェンジアップしかない。

 これで空振りを取れれば儲けもんだ。最悪、こっちにはアレがある。まだアドバンテージは俺らの手の内にある以上、気持ちに余裕を持たないとな。



 鵡川良平へと投げる三球目。

 ストレートと瓜二つの投球フォームからチェンジアップを投じる。

 放たれた時点で、鵡川良平のタイミングを外す事に成功した。

 だがバットは出てこない。最後までトップを崩れることなく、見送られた。


 「ボールッ!」

 球審の声。予想通りのカウントになった。

 カウント、ワンボールツーストライク。

 アレを使うなら、今か。


 俺は左手で帽子のつばをつまみ、哲也を見据える。

 哲也へのサイン。俺がフォークを投げる合図だ。


 哲也は一度、マスク越しから分かるほどの驚いた表情を浮かべた。だがすぐに表情を元に戻し、低めに構えた。

 相手はフォークを捨ててるだろう。今大会は丘城戦の伊良部に投じた一球のみしか投げてない。そんな球、頭の片隅は入れていても、他のボールに比べて意識はしていないだろう。

 だからこそ、ここで決まれば相手はフォークも警戒せざるをえなくなる。そうなれば哲也もリードしやすくなるはずだ。


 運命の四球目。

 こめかみから頬へと汗がつたる。

 大事な一球だ。失投なんて許されない。


 一度鵡川良平の顔を見る。

 相変わらず人殺しそうなぐらい殺意のこもった眼光で俺を睨んでやがる。

 こいつ、まだ中学時代のこと根に持ってるのか? それとも姉ちゃんが斎京学館ではなく山田高校を応援してることに腹立ってるのか?

 まぁ良い。どちらも今の俺には関係ないこと。

 哲也のミットへと意識を向ける。


 ゆっくりと振りかぶる。

 制球は多少乱れても良い。とにかく低めに決める。


 左腕を振るい投げ放つ。


 低めに向かう白球。

 ストレートよりもわずかにスピードは落ちていて、打ち頃の球速。

 当然、鵡川のバットも動く。


 大輔には劣るが、それでも超高校級のバッティング技術から振るわれたバット。

 そのバットは、ボールを…捉えきれなかった。


 真下に落ちるボール。

 二度も快音を響かせた鵡川のバットが空を切った。

 ボールは哲也のミットに収まる前にワンバンするも、哲也はしっかりと受け止め、悔しげに表情を歪める鵡川をタッチをした。


 空振り三振。

 思わず小さくガッツポーズをする。

 まずは一山越した。


 四番をフォークで空振り三振に打ち取る。

 間違いなく相手チームにインパクトの残る結果だ。これから相手はフォークも意識せざるをえなくなるだろう。

 これで投球の幅が広がってくれるとありがたいな。

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