174話
明日の試合に向けて、俺達は学校に帰るなり練習が行われている。
練習というよりは調整か。今日の試合好調だった選手はその調子を明日に維持できるように、不調だった選手は明日好調にできるように、それぞれが調整を行っている。
もう俺たちには技術力を高める時間は無い。どう足掻いても急激には上手くならない。だから今までの力を100%発揮できるように調整するしかない。
どの選手も真剣な表情を浮かべて練習に取り組む。
さきほど見た斎京学館の強さが脳裏に浮かぶ。明日、あのチームと俺達は戦う事になる。
そう考えると、どの選手も決勝進出に気を抜く事は出来ず、普段以上に引き締まった空気の中、それぞれの練習をこなしていく。
俺はと言うと、今日の疲労もあるし、確認がてら15球程度投げてダウンをして先に上がった。
その後、合宿所で佐伯っちにマッサージを受けながら、今日の荒城館と斎京学館の試合の映像をテレビで見る。
「どのバッターも、スイングに迷いが無いな」
空振りを見ても、バットがしっかりと振り切れており、迷いの無いスイングだと分かる。
逆にここまでスイングに迷いが無いと、見ているこっちが清々しい。
こんなスイングされたら、自然と打球は伸びることだろう。
改めて映像で見て分かったが、斎京学館の打線に安牌はいない。
どの選手も優れた力を持ち合わせている。下位打線でも県内中堅校の四番に匹敵するぐらいの打力を秘めている。
見れば見るほどに今年の斎京学館の戦力の充実具合が見えてくる。
エース川端、四番良ちんが際立っているが、他の選手も十分怖い。
「どうだ英雄。明日は勝てそうか?」
佐伯っちがマッサージをしながら聞いてくる。
「勝てる勝てないの話じゃないぜ佐伯っち。明日の試合は勝つんだよ」
「…そうか。まぁエースはそれぐらいの意気じゃないとな」
俺の回答に満足したように、佐伯っちは先程よりも強めに足をマッサージし始める。
そうだ。明日は勝つ。
俺が打たれなければ負けないのは確実だ。
だが正直、無失点で切り抜ける自信は無い。
ここまでの俺の失点は丘城の伊良部に打たれたホームランのみ。
龍獄では完全試合。理大付属では無失点の好投。
伊良部のホームラン以外はランナーをホームに踏ませてはいない。
それでも斎京学館の打線は別格だ。
正直、斎京学館の戦力なら甲子園に出ても相手次第では十分ベスト8以上には結果を残せるだろう。それぐらい力が歴然だ。
よもや県大会決勝戦で全国屈指の相手と戦う羽目になるとはな。
夜、夕飯後に作戦会議が行われる。
佐和ちゃんの口から丁寧に各打者の特徴などが説明されていく。
一番、浅海義宏。左投げ左打ち。ポジションはセンター。
去年の夏から一番センターを任されており、当時からチームの頼れるリードオフマンを任されていた。
脚力はおそらく県内トップ。50m5秒台、塁間のタイムも県内トップ。
うちの脚力自慢の耕平君の一つ上を行っている感じだ。
だがバッティングも悪くない。三回戦の酒敷工業戦ではフェンス直撃のスリーベースヒットを放っており、中堅校なあら中軸を張れるだけのパワーがある。
また守備も良い。脚力を存分に生かした幅広い守備範囲と、怪我を恐れないダイビングキャッチなどのプレーも随所で見せている。
まさしく攻守の要であり、こいつを抑えて出鼻をくじく事が重要だろう。
続いて二番の奈良勝義。右投げ右打ちのショート。
足の速さは浅海に劣るが、それでも県内屈指の脚力を持ち合わせている。
センターラインの一角ショートを任されているだけあり、高いレベルの守備を簡単にこなしてくる。
打球処理してからのスローイングスピードと正確さは、まさしく超高校級の腕前と言っても過言ではないだろう。
打撃の方も油断はできない。二番らしくバントや右打ちなどの小ワザに加え、長打を打つこともでき、なんでも出来る二番バッターという感じか。正直浅海より厄介かもしれん。
三番、猪俣清則は、サードを任されている右投げ右打ちのスラッガー。
川端や良ちん、浅海と共に去年の夏にレギュラーを任されていたバッターだ。当時は七番レフトだったそうだ。
打撃センスなら、良ちんに負けず劣らずらしく、中学の時はボーイズリーグで四番を任され、全国大会にも出場しているらしい。
バッティングスタイルは、本塁打こそ少ないものの長打も打てる中距離ヒッター。コンパクトでシャープなスイングから、外野の間を抜く鋭いライナー性の打球を打つ。
良ちんに隠れがちだが、経験と実力共に良ちんと引けを取らないバッターだろう。
…四番と五番は後回しで、六番、大村貴志。右投げ右打ち。
荒城館戦で逆転サヨナラホームランを打ったバッターだ。
中堅校なら間違いなく四番を任されているだろう。それぐらいの打力を秘めている。
普段はファーストを守っているが、川端がファーストに入った際はレフトを任される。
一方で守備の方は平々凡々。高い技術力があるわけではないが、対して下手というわけでもない。穴という穴ではないという事だな。
七番、坂部寿文。右投げ右打ちのレフト。
秋の大会では3試合で2本のホームランを打っており、これまた中堅校四番クラスのバッターだ。
ただし春の大会から不調が続いており、川端がファーストに入ると控えに回ることが多い。
それでも油断したら長打を打たれるだろうから警戒しないとな。
八番は藤江達男。右投げ右打ち。扇の要を任される正捕手。
高いキャッチャーセンスがある。おそらく哲也よりも優れたキャッチャーであることは間違いないだろう。
中学時代シニアリーグで全国大会に出場をしており、経験と実績、そして実力。どれを取っても県内トップクラスのキャッチャーだろう。
バッティングも悪くない。下位打線だが中堅校なら中軸を任されるだけの実力はある事だろう。
九番、セカンドの鏡原吉光だ。
俺とはリトルリーグの頃、同じチームだった。つまり哲也とも同期だ。当時はショートを任されていた。
俺や哲也が中学では軟式野球を選んだのに対し、鏡原はシニアリーグのほうを選んだがな。
バッティングはおそらく斎京学館打線で一番下手。だがあくまで斎京学館打線ではの話だ。中堅校なら十分上位を任されるだけの実力はあるだろう。
突出すべきはその守備。ショート奈良とともに鉄壁の二遊間を組んでいる。
幅広い守備範囲と堅実なプレーで、エラーは滅多にしない。ってか去年の秋の大会でレギュラーになってから公式戦では一度もエラーというエラーをしていない。
「さて、ここからは斎京学館の投打の軸について話していく」
一通りスタメンの選手の説明を終えた佐和ちゃんは、ようやく本題へと突入した。
「まずはエースの川端遊星だ」
川端遊星のピッチングシーンがテレビに映された。
相変わらず投じるボールはえげつない。
「最速は148キロ。球威も十分ある。このストレートだけでもそこらへんの学校を抑えられるだろうが、他にも落差のあるフォークを主体に、大きく曲がるカーブ、緩急差の効いたチェンジアップ、手元で小さく変化するスライダーと、変化球のバリュエーションにも富んでいる」
佐和ちゃんが川端について説明をしていく。
間違いなく川端は全国クラス…いや全国屈指の好投手であることは違いないだろう。
技術だけじゃない。マウンドでの雰囲気がすごく良い。テレビ画面越しからでも分かるぐらい、エースの風格を感じさせる。味方なら大変心強い選手であることは確実。
「バッティングも悪くない。中学時代、シニア、ボーイズ、その他硬式の野球クラブ、軟式野球などで鳴らした優秀な選手が集まる斎京学館で、五番バッターを任されている。今大会は1本のホームランを打っているし、油断はできない」
佐和ちゃんの口から油断できない選手と来たか。
確かにそうだ。川端は投打で油断できない。
…本当、知れば知るほどに巨大な壁だと痛感させられる厄介なチームだ。
「そして次に四番の…」
佐和ちゃんが映像を切り替える。
映像は右打席に入る良ちんの姿となった。
「鵡川良平…」
俺がぽつりと呟いた。
映像だというのに、俺は体に走る昂ぶりを感じた。明日、ついに鵡川良平と戦うことができる。
去年の夏、俺を興奮させ野球に復帰まださせた、あの一撃を放った鵡川良平と…。
「鵡川良平は去年の夏から斎京学館で四番を任されているバッターだ。高校通算ホームランは28本。キャプテンになってからは打撃不振に陥っていたが、今大会に入ってきて調子を上向きにし、今では絶好調だ。明日の試合でも名門校の四番らしいバッティングを見せるだろう」
佐和ちゃんも認めるそのバッティング。
あぁ、早く試合がしたい。鵡川良平と真っ向からぶつかりたい。
「それで佐和先生、斎京学館への対処法とかあるんですか?」
哲也が手をあげて質問した。
「無い」
「え?」
そして佐和ちゃんの即答に哲也が言葉を失った。
さらに佐和ちゃんの回答を聞いた選手たちがざわめきだした。
さすがに俺も苦笑いだ。佐和ちゃんですらお手上げの相手か。
「斎京学館は間違いなく、全国的にも屈指の戦力を持っている。甲子園優勝も狙える戦力だ。故に攻略する術はない。どの選手も高いレベルを持っている。強いてあげるなら、英雄次第だな」
佐和ちゃんがそう説明したところで、視線が俺へと集まった。
みんなから注目される中、俺はにやりと笑った。
「なるほど、分かりやすい攻略法ですね」
「だろ? だから明日も頼むぞ英雄」
「お任せを。なんといっても俺は怪物ですからね」
軽い調子で佐和ちゃんと一言交わす。
そして俺は、向けられた視線の中から一人の視線と目を合わせた。
「大輔! お前も頼むぞ!」
目があった相手へと声をかける。
視線は自然と俺の声をかけたほうへと移った。
三村大輔。もうひとりの怪物。
バッティングの方はこいつ頼りだ。川端からホームランを打ってくれることを期待するしかない。
「あぁ、任せろ」
俺の言葉に大輔は笑顔で頷いた。
俺と大輔から感じる自信に他の選手たちの表情も自然と和らいでいった。
明日は決勝戦。
待ちに待った…鵡川良平との対決。川端遊星との投げ合い。
あぁ楽しみだ。今日は寝れるだろうか…?




