173話
ベンチを出る前に、一度グラウンドへと振り返った。
すでに第二試合の準備が始まっており、試合前の慌ただしい空気で包まれたグラウンド。
反対側のベンチに陣取る斎京学館の選手たちは、すでに外野でキャッチボールを始めている。
動きが凄く機敏だ。どの選手も無駄のない動きで素早くキャッチボールをこなしている。
もうキャッチボールだけで「三強」の威厳を感じる。
あの中に良ちんもいる。そして川端遊星もいる。
まさしく斎京学館は県内最強にふさわしい学校だ。斎京学館などと名乗ってるだけはある。
常識的に考えて、斎京学館とは対決したくない。
春のように、なにかの間違いで荒城館が勝ち上がってきてほしい。正直、そっちのほうが甲子園は近づく。
チームのため、甲子園出場をためを思うならば、荒城館が勝って欲しいのは妥当で、ここにいる山田高校の部員全員がそう思っているだろう。
だが、本能は嘘をつけない。
斎京学館のキャッチボールを見ているだけでも、自然と気持ちが高ぶってきた。
早く戦いたいと、あのチームをねじ伏せたいと、ピッチャーとしての本能が訴えかける。
あぁ、さっき試合が終わったばかりなのに、早く試合がしたい。
斎京学館。ここ十数年間、県内の王者の一角を占めた三強の一つ。
全国大会の最高成績は、春の甲子園優勝、夏の甲子園準優勝。
プロに多くの選手を輩出し、現在でもプロで活躍している選手もいる。
まさに王者だ。甲子園への高い壁には相応しい。
考えれば考えるほどに斎京学館と試合がしたくなってきた。
甲子園への近道は荒城館が勝ち上がるルートだろうが、そんな近道は通りたくない。
全国制覇を狙うならば、斎京学館程度乗り越えないでどうするんだという話だよな。
ベンチを出るなり、スタンドで応援していた応援団が熱狂的な歓声と拍手で選手たちを迎えてくれた。
労いの言葉や、明日に向けての応援、黄色い声援など、様々な言葉が俺らへと向けられる。
今日も暑い中最後まで応援してくれてありがとう。胸の内で感謝をしながら頬を緩む。
「甲子園行けよぉ!」
群衆の中から聞こえた誰かの言葉。緩んだ口元はすぐさま引き締めた。
明日は決勝戦。ずっと目指していた場所であり、同時に中間地点であるというと思い込む。
緊張はない。やるだけのことはやってきた。あとは全てをぶつけるだけだ。
「気を付け! 礼!」
哲也の号令に選手たちは頭を深く下げた。
拍手と歓声が大きくなる。明日も応援してくれる彼らに感謝の言葉を叫ぶ。
ここまで必死に暑い中応援し続けてきてくれた彼らのためにも、甲子園は絶対に行きたい。
この後、俺たちは軽いダウンを行い、制服に着替えてスタンドへと向かった。
準決勝第二試合、荒城館と斎京学館の試合だ。
勝ったチームが、明日の決勝の相手となる。
一塁側スタンド。荒城館高校の応援団から離れた場所に位置する座席でひと塊となって腰を下ろす。
先程まで我が校の応援団が応援していたスタンドだ。なるほど、ここからはこう見えていたわけか。
「…おい、斎京学館の先発、川端じゃないぞ」
スタンドで座って、荒城館のシートノックをぼんやりと見ていると、誉が驚いたような声をあげていた。
俺はその言葉を聞いて、すぐさま顔をグラウンドから電光掲示板の選手名のほうへと向ける。確かに先発は川端じゃない。川端は五番ファーストで出場するようだ。
川端の代わりに先発マウンドを任されたのは広川というピッチャー。
「先発の広川は、背番号17番の一年生だな。今大会初登板だ」
ここで佐和ちゃんの声が聞こえた。
振り返る。佐和ちゃんはすぐ後ろの通路で立ち見をしているようだ。格好つけてないで素直に座って見ればいいのに。
それにしても一年生ピッチャーを先発起用か。しかも初登板。
「春に完封された相手なのに、一年生ピッチャー起用っすか。ずいぶんと強気っすね」
思ったことを口にした。
いや、強気な采配の何者でもないだろう。
「そうだな。だが勝てる見込みがあるからこその強気な起用なのだろう」
俺の言葉に佐和ちゃんが反応する。
だよな。やっぱりそうだよな。
自分たちの戦力に自信がなければ、こんな強気な起用はしない。県内の絶対王者だからこそ出来る起用法だ。
なんて言うか、甲子園を決める決勝戦の相手には相応しいボスだな。
グラウンドで試合を待ち望む斎京学館の選手たちへと視線を向ける。
背番号17番の選手をみつけた。ベンチ近くでキャッチャー防具をつけた選手とキャッチボールをしている。右の上手投げか。
スタンドから見る限り、背格好は対して大きくない。年相応、数ヶ月前まで中学生だったと頷ける体格をしている。ようは平凡だ。
斎京学館は、優れた選手を集め、優れた練習環境で鍛え上げる。ようは選ばれた戦士達だ。
あの広川というピッチャー。一年生ながらベンチ入りしているんだし、さぞや選ばれしピッチングをしてくれるんだろうなぁ。
さて、斎京学館と荒城館、決勝をかけた試合が始まった。
一回の表、荒城館の攻撃が始まる。
さて広川、初めての夏の大会の一投目。
サイレンが鳴り響く中、広川は大きく振りかぶり、オーバースローからボールを投じた。
ここで悲鳴と驚きの声が上がった。広川の投じたボールは、一番バッターの太ももに直撃したのだ。
たちまち、近くで応援していた荒城館の応援団から歓声が起きた。一方で斎京学館の応援団からは広川への声援が向けられる。
続く二番バッターもワンボールからのデッドボール。
二者連続デッドボールに広川は動揺を隠せず、帽子を脱帽して、何度も何度も汗をぬぐっている。
三塁側ベンチは早速慌ただしくなった。一塁側スタンドからだと、三塁側、斎京学館が陣取るベンチの様子が筒抜けだ。
ベンチからブルペンへと入ったピッチャーと控えキャッチャー。ピッチャーの背番号は18番。
「佐和ちゃん、斎京学館の18番って知ってる?」
「なんだお前、あっちの様子わかるのか?」
「そりゃ佐和ちゃんと違って、俺はまだ老眼にはなってませんし」
冗談半分に言ったが、佐和ちゃんに頭を軽く蹴られた。
「俺はそんな歳取ってねぇ」
佐和ちゃんは冗談っぽく反論している。
ちなみに俺は視力に自信がある。これでも高校に入ってから視力は2.0以下になったことがない。つまりそういう事だ。
「それで18番だっけか? 18番は国近っていうピッチャーだ。こっちも一年生だ」
これまた一年生か。
どうやら川端を登板させる気は一切ないらしい。
まぁ明日は決勝戦。相手チームに俺という怪物がいる以上、川端を出し惜しむのも仕方がないか。
広川は三番にレフト前ヒットを打たれたところで、キャッチャーがタイムをかけて、マウンドへと走っていく。
そうしてマウンド上で二人で話をしている。
おいおいどうした広川? お前ってアレなんだろう? 斎京学館から選ばれた選手なんだろ? 優れた実績を持ち、優れた選手たちに囲まれ、優れた練習環境で優れた首脳陣の指導のもと、優れた成績を収めること約束された存在なんだろう?
なんでこんな酷いピッチングしているんだ?
そして迎えるは四番。
去年の秋、俺からホームランを打ったクソ野郎。今大会は好調らしく、ここまで1本のホームランを放っており、打撃成績はすげぇ良い。
なんか春に戦った時よりも体格大きくなったんじゃないかあいつ?
初球、耳を塞ぎたくなるほどの快音が球場を震わせた。
次に近くの荒城館高校応援団が馬鹿騒ぎし始める。
打球は左中間へと吹っ飛んでいき、もうまもなくフェンスをギリギリ越えてスタンドまで飛び込んだ。
満塁ホームラン。
完璧な一撃だ。今のは認めざるを得ないぐらいの一発。
長距離砲なら、あの荒城館の四番は、大輔、良ちんに次ぐ三番目の力を持ち合わせていることだろう。
荒城館の四番の一発で目が覚めたのか、広川はこの後三者凡退で切り抜ける。
とはいえ、どの打球も強烈で、全て守備の正面に行ってくれたおかげでアウトにできたようなもの。少しでも位置が違えば、ヒットになっていただろう。
初回から4失点という大惨事の中始まった試合。
対して斎京学館打線は、春とは違い、一年生ピッチャーを援護する。
初回から二塁打、三塁打を含む五者連続ヒットなどであっという間に4点を返して同点。
二回にも失点をした広川を助けるように、二回の裏、打線はさらに援護する。
ワンアウト二三塁から、三番のレフト前ヒットなどで1点を返す。
だが、やはり一年生ピッチャーでは荒城館の打線を抑えきれないようだ。
広川は三回にも2点取られ、6対5と逆転された。
やはり荒城館の打撃力は県内屈指だ。
単純な破壊力なら県内一かもしれない。それぐらいのレベルになっている。
去年の秋と今年の春に対戦したが、当時はこれほどの破壊力は無かった。個々の力以上にチームの勢いがこの破壊力に繋がっている気がする。
荒城館にとって、春の大会で斎京学館を破ったのは大きい。あれは確実に自信となって今日の試合に表れている。
斎京学館と戦いたかったが、荒城館が相手でも悪くないな。三度目の対決にはなるが、前二試合とは力が全然違う。楽しめそうだ。
試合は壮絶な打ち合いとなった。
先攻荒城館が点を取れば、後攻斎京学館が点を取り返す。そんな乱打戦が目の前で繰り広げられる。
長打が出れば出るほどにスタンドは大いに盛り上がる。
投手戦も悪くないが、こういう打ち合いも見ていて楽しい。むしろ野球経験のない奴が見るなら、こういう打ち合いの方が楽しいだろう。
乱暴な打撃力と、凶暴な打撃力のぶつかり合いとなっている。
三回、四回、どちらも両者が点をあげて、相手チームを引き離そうとし、相手チームに引き離されないようにし、打ち合いは続く。
五回、ついに広川に代わり二番手の国近が登板する。
背番号18番の一年生。右上手投げの広川とは違い、左のスリークォーター。
こんな混沌とかした状態でも川端、あるいは二年生ピッチャーをマウンドに差し向けないとはな。まだ勝つ自信があるということか。
「余裕ぶってるな。このまま負けてくれるとありがたいんだが…」
そう呟く佐和ちゃん。監督としてもっともな意見だ。
荒城館は打撃力こそ県内一だが、総合的に見れば斎京学館のほうが優れている。決勝で戦うなら荒城館のほうが楽だ。
俺としてはどっちが勝ち上がっても楽しめそうなので、この打ち合いをのんきに見ている。
二番手の国近は五回、六回こそ無失点で抑えたが、七回に1点を取られた。
再び斎京学館が同点に追いついたのはその裏。
先頭の四番良ちんのライト前ヒットの後、五番川端のレフトスタンドへと飛び込む、ツーランホームランで振り出しに戻す。
これで今日の試合両者合わせて3本目のホームラン。ちなみに2本は荒城館の四番から出ている。そう、二打席連続ホームランを打っている。
「とんでもないな乱打戦だな」
隣で試合を見ていた中村っちが呟く。声はどこか楽しげだ。まぁこんな打ち合い見ている分には楽しいよな。自分ではやりたくねぇけど。
斎京学館が一年生ピッチャーを先発にした時点で、乱打戦になることは想定していたが、まさかここまでの打ち合いになるとは思わなかった。
なにより斎京学館の打撃力に驚いている。
今までは個々の打撃力はあっても、チャンスで生かしきれていないと、高校野球ファンから酷評され続けていた斎京学館だが、ここに来て遂に本領が発揮されたと言うところか。
まさに斎京学館は今最高のチームになりつつある。おそらく斎京学館の中でも歴代最強クラスの面々が揃っているだろう。
あぁ、まったくもって最高だ。やはり甲子園を阻むボスはこれぐらい強くねぇとな。
七回、八回と終盤戦も打ち合いだ。終盤戦ではついに斎京学館が二年生の堂前をマウンドにあげたが、結果打ち込まれている。
という事で、九回の荒城館の攻撃を終えた。
現在試合は11対9で斎京学館が2点のビハインドだ。
「疲れる試合だ」
九回の裏、守りにつく荒城館のナインを見ながら、誉がぼやいた。 確かに見ていて疲れる試合だ。
1点を争う緊迫した投手戦は、観客者の胸を高鳴らせ息が詰まりそうなぐらいの張り詰めた試合となる事が多い。
だが乱打戦による逆転につぐ逆転と言ったようなシーソーゲームもまた、観客者の胸を高鳴らせ、息が詰まりそうになるぐらい張り詰めた緊張感ある試合になる事もある。
打ち合いではあったが、両者の守備が崩れることはなく、エラー自体は少ない。フォアボールも少ないし、まさに純粋な打ち合いとなっているせいか、だれる様子もなく、張り詰めた空気の中、最終回の斎京学館の攻撃へと突入する。
11対9で迎えた斎京学館の攻撃。
先頭打者は四番の良ちん。
その良ちんは、フルカウントからの6球目。相手の三番手ピッチャーの投じたストレートをセンター前に弾き返し出塁。
さらに五番川端の左中間へのツーベースヒットで、ノーアウト二三塁のチャンスとし、迎えるは六番大村。
初球だった。
小気味良い金属バットの快音は、球場に鳴り響き、観客者の口から歓声をあげさせた。
強烈なアッパースイングから打ち抜かれた打球は、芯で捉えられたようで、勢いよく空へと飛んでいく。
打球は風に乗り、そうして、そのままレフトフェンスを越した。
県内屈指の打撃力を誇るチーム同士による壮絶な打ち合いは、呆気ない幕切れとなった。
大歓声と溜め息が混じる球場の中で、ホームランを打った当事者、大村は走りながらガッツポーズをするなど、喜びを体で表現しながらダイヤモンドを駆けている。
最後は逆転サヨナラスリーランホームラン。
そして選手達が待つホームベースを力強く踏みしめた。
「決まったな」
感慨深そうに佐和ちゃんが呟いた。
あぁ決まった。明日の決勝の相手が。
三連覇をかけて決勝戦に駒を進めた県王者「丘城斎京学館高校」。
三強丸野港南を初戦でくだし、二回戦、三回戦はかつての県の王者だった古豪丘城東工業と酒敷工業を破り、準々決勝では昨夏の決勝の相手酒敷商業を倒した。
そして今、春敗れた因縁の相手荒城館を打ち破った。
まさに最強の名にふさわしい学校だ。
圧倒的な破壊力に加え、ここ一番の勝負所で結果を残せるようになった打線。なによりも今日のサヨナラ勝ちで勢いに乗っている。
さらに明日の先発は、今日のような一年生や二年生のピッチャーじゃない。エースの川端だ。
プロ注目、今大会ナンバー1ピッチャー、評判は高く、間違いなく全国クラスのピッチャーであることは間違いない。そして今日は登板しなかった。明日は万全の状態で挑んでくるだろう。うちの打線が、どれだけこいつからヒットを打てるのだろうか?
俺は思わず武者震いのような震えが足にきていた。
恐怖心による震えではない。早く試合がしたいと本能の疼きだ。
今まで戦ってきた学校とは違う。一線を画した相手。まさに全国クラスのチーム。
おそらく斎京学館は全国でも有数の実力を揃えているだろう。甲子園に行っても間違いなく上位に勝ち進むはずだ。
何度も甲子園に立ち、勝ち方を知っている王者の風格。龍獄も、丘城も、理大付属も越えられない壁を越えたチーム。
そんなチームに俺達はぶつかる。
俺達は斎京学館の選手達のように、中学時代優れた実績を収めたわけじゃない。優れた練習環境の中で練習をしてきたわけじゃない。
寄せ集めのように野球素人たちが集まって生まれたチーム。
実績も無き、整った環境もない所から、ここまで勝ち進んだ。
そんな奴らが明日、斎京学館と戦おうって言うんだから、本当面白い話だ。
ただ、斎京学館を破れば、待っているのは甲子園と言う聖地。
俺らにとっては見た事も無い景色が広がっている事だろう。
感動するだろうか? 驚愕するだろうか? …今考えても、まったくイメージが出来ない
少なくとも俺達は、県内58校が求めた、ただ1つの甲子園行きの切符が目の前にある事は確かだ。
手を伸ばせば届く距離にあるのならば、手を伸ばすしかない。
たとえ相手が、全国を知るチームであろうともだ。
「明日は絶対勝つ」
恭平が斎京学館の選手たちを見ながら、普段からは考えられないぐらい真面目な事を口にした。
表情は笑っていて楽しそう。まるで早く試合がしたいと言わんばかりの顔をしている。恭平でもこういう顔をするんだな。
「川端遊星。あいつは俺が打ち砕く」
さらに大輔も、気迫のこもった声で、斎京学館の輪を睨みながら呟いた。
椅子に腰掛け、太ももに両肘を置き、口元に手を当てる大輔。その姿から何とも言えないオーラを感じた。
「絶対に勝って、甲子園に行こう」
キャプテン哲也が代表するように言った。
良いぞ哲也。それでこそキャプテンだ。今沙希がいたら、きっとお前に恋していたことだろう。
選手たちを一瞥する。
不安がる選手も多数いるが、スタメンを任されている選手たちは誰ひとりとして怖気づいていない。
良いぞお前ら、さすがだ。県内王者に挑むわけだし、せめて気持ちだけは負けないようにしないとな。
俺たちには、大輔っていう怪物がいて、哲也って言う試合中は頼れるキャプテンがいて、恭平って言う変態がいる。
そして誉がいて、龍ヶ崎がいて、耕平君がいて、中村っちがいて、秀平がいて、最後に俺という怪物がいる。
斎京学館に戦力的に劣っているとは思わない。もし仮に劣っていたとしても気持ちの面で勝って、明日の試合…勝つのみだ。
決勝は明日。
午後一時から、ここ丘城スタジアムで行われる。
全国49校のみにしか与えられていない甲子園の土を踏みしめた昨年の覇者に、俺達は今、牙を剥く。




