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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
6章 怪腕夏に唸る
171/324

170話

 三回の表の相手の攻撃が始まった。


 この回先頭の八番ピッチャー松尾が打席へと入る。

 バットを短くを持ち、ホームベースに覆いかぶさるようにバットを構えている。まるでインコースには投げさせないと言わんばかりに前かがみの構えだ。

 これが松尾のバッティングフォームなのか? それとも相手チームの作戦か?

 …なんにせよ。俺がやるのはひとつだけ。投げるだけだ。


 哲也のサイン。インコースへのストレート。

 やるな哲也。そういう強気なリード嫌いじゃねぇぞ。

 投球モーションへと入る。

 松尾、覆いかぶさるのはいいが、ビビって腰抜かすなよ。


 左腕を振るって初球を投じる。

 真っ直ぐに走るストレートに松尾は思わず体を仰け反らせた。


 「ストライク!」

 だが判定はストライク。

 唖然とする松尾。その表情を見て俺はにやりと笑った。

 覆いかぶさるような構えをされた程度で俺のピッチングが崩れると思うなよ。



 二球目今度もインコースだ。

 投球モーションに入り、右足が地面を踏みつけた瞬間、松尾はバントの構えをした。

 セーフティバント。そう頭が判断して左腕を振るい投じてからマウンドを駆け下りる。


 松尾はバントの構えをし続け、ボールに当たる瞬間、バット引いた。

 哲也のミットから乾いた音が響く。判定はボール。

 俺はマウンドと打席の中間ぐらいのところで立ち止まった。


 「…来たか」

 ボソリと呟く。噂の待球作戦。

 理大付属は正攻法での俺の攻略を諦めたととっていいのだろうか? そうならば、俺は素直に嬉しい。待球作戦をするという事は、相手が俺を好投手と認めた事にもなる。

 卑怯だとか、正々堂々勝負しろとは思わない。俺たちは今試合をしているんだ。勝つためなら手段を選ばない。それぐらいの考えがベストだ。

 だが、これだけは言える。


 「そういう作戦しといて、負けたら無様だぞ」

 自分に言い聞かせるように呟いた。



 八番松尾に対して、続くボールもストレート。これもバントの構えをしてからバットを引いて見送りストライク。

 そうして最後はカットボールでショートゴロに仕留める。


 続く九番も同じくバットを短く持ち、ホームベースに覆いかぶさるような構えをして、待球作戦を用いる。

 むしろ2ストライクまでは楽々取れると考えると、待球作戦してくれるのはありがたい。

 そうして楽々と追い込み、最後はカットボールをつまらせてサードゴロ。


 ツーアウトになり、一番へと戻る。

 下位打線だけじゃなく、上位打線の一番に対しても待球作戦させているようだ。

 これも数球で抑えてマウンドを下りる。



 「英雄、来たな」

 嬉しそうに佐和ちゃんは笑いながら俺を迎え入れた。


 「ですね」

 「調子はどうだ? 一応ブルペンで亮輔の肩を作らせておく。疲れたらいつでも交代しろ」

 「大量得点してくれたら、さっさと亮輔にマウンドを譲りますよ」

 それまでは俺が耐えるしかない。

 待球作戦は球数が増えるし、先ほどみたいにセーフティバントを匂わされると、嫌でもマウンドを駆け下りないといけない。それが面倒くさい。


 「とにかく、俺が降りたら相手の思うツボですから、頑張りますよ」

 「…そうだな。だが明日が決勝だということも忘れるなよ」

 そういって佐和ちゃんは視線を、三塁側スタンドへと視線を向けた。思わず俺も視線をそちらに向けた。


 三塁側スタンドに陣取る理大付属の応援団。そこから少し離れたところにまとまって座り試合を観戦している一団。斎京学館だ。

 思わず、あそこにいるであろう良ちんの姿を探した。


 「明日のことをお前には無理して欲しくない。理大付属なら亮輔で抑えられる可能性はあるが、斎京学館相手に亮輔は投入したくない」

 佐和ちゃんの考えはわかる。

 明日のことを考えれば、俺の投球数は減らしたいだろう。


 「だが、負けたら元も子もないぜ佐和ちゃん?」

 「…あぁ」

 佐和ちゃんが悩んでいるのは珍しい。

 それぐらい斎京学館の戦力がずば抜けているという事だろう。


 まったく、斎京学館もうちも勝つとは限らないのに、すでに決勝戦で戦うかのように考えている。

 こりゃもう期待通り勝てるよう、頑張るしかないな。

 もう一度斎京学館の一団を見る。良ちんらしき人物をみつけた。不意に目線が合ったような気がして、俺はニヤッと笑ってみせた。



 丘城スタジアムのグラウンドでは県大会準決勝第一試合がおこなわれている。

 理大付属と山田。春の選抜甲子園出場校と春の中国大会優勝校による戦い。

 回は三回の裏、山田高校の攻撃だ。

 打席には七番の一年生新座が入っている。


 「良平、山田のピッチャー良いな」

 隣で試合を見ていた同期の猪俣清則(いのまたきよのり)が俺に話しかけてきた。


 「あぁそうだな」

 山田のピッチャー。すなわち佐倉英雄。

 …やはりあいつは凄い奴だ。去年の夏、帰宅部だとかほざいていたが、一年でここまで力をつけてきた。

 それ相応の才能が無ければ到底出来ない離れ業だ。


 「しかし、あんな好投手を擁しながら、去年の夏は初戦敗退。しかもあのピッチャーは外野手だった。知れば知るほどに不思議なチームだな」

 前の椅子に座っている同期の藤江達男(ふじえたつお)も俺たちの話に参加してくる。

 佐倉英雄だけじゃない。山田高校は一年でここまで力をつけてきた。

 昨年初戦コールド負けで消えたチームは、一年足らずで春の中国大会優勝を果たし、あろう事か今大会優勝候補の一角にもあげられている。

 深く知れば知るほどに山田高校の異常性を知る事になる。


 「四番もスゲェよな」

 藤江がそんな事を口にして、俺は表情を変えた。

 佐倉英雄が言っていた俺に匹敵する四番バッター。今大会、初めてそいつのバッティングを見たが、想像以上だった。


 山田高校初戦の城東戦。その第一打席で見せたあの満塁ホームラン。

 見ている全員の度肝を抜き、歓声よりも驚きの声のほうが大きかった一撃。

 あんな化け物、去年の夏の甲子園でもいなかった。あれは間違いなく…現役高校生でもトップのバッターだろう。


 「三村大輔だっけか? そんな名前の選手、中学時代聞かなかったな。ボーイズ出身者ではなさそうだ」

 ボーイズリーグ出身者の清則が口にする。

 中学時代、全国大会にも出場している清則がいうのだから、間違いないだろう。


 「俺も聞かなかったな」

 一方、リトルシニア出身でこちらも全国大会に出ている藤江も口にする。

 軟式野球出身者の俺も聞いたことがない。

 つまり三村大輔という男は、高校に入って化けた選手と考えるのが妥当か。だが、あれほどのパワーを持っているならば、噂ぐらいは耳にしても良いのだが…。


 …やはり、不気味なチームだ。山田高校は。

 一番バッターを任されている嘉村恭平も、二番バッターの三村耕平も、六番の中村修一も、九番の大村誉も…。

 どの選手も優れた力を持ち合わせているが、まったく中学時代の活躍を聞かない。

 高校に入るまで野球をしていたのかすら怪しいレベルだ。


 知れば知るほどに山田高校は不気味に感じ始める。

 まったく底が知れず、どれほどの強さを秘めているのかすらも予測できない。


 ここで快音が鳴り響いた。

 七番の新座がヒットで出塁したらしい。山田高校にとって今日初めてのヒットだ。


 「あの一年もいいバッティングするな」

 「そうだな」

 三番を任されている清則と共に山田高校の一年生を評価する。

 うちでも十分通用するバッティングだ。あれなら一年目からベンチ入りも夢じゃないだろう。

 そういえば、あの新座という男。思えば中学三年生の時、佐倉英雄のいた山田中学校と試合したときファーストを任されていたな。当時からバッティングが悪くなかったと記憶している。

 一番から九番まで優れた選手が揃っているな山田高校。本当、一年前の夏初戦でコールド負けしたチームとは思えない。


 「理大付属が勝ち上がってくれるならありがたいんだがな」

 藤江がぽつりとぼやいた。

 まったくもって同意だ。山田よりも理大付属のほうが相手にしやすい。

 …だが、俺個人の意見としては山田高校と戦いたい。

 佐倉英雄、三村大輔。この二人と対決してみたい。


 「えー何言ってるんだよたっちゃん! 山田のほうが絶対おもしれーって」

 ここで藤江の言葉を否定するように、気楽な声が聞こえた。


 「…川端」

 藤江の視線の先には川端遊星がいた。

 昨夏からチームを牽引する絶対的エース。今大会前評判ではナンバー1ピッチャーと呼ばれていた好投手だが、大会がいざ始まると、佐倉英雄と双璧をなすピッチャーという評価に改められていた。

 先程までどっかに行っていた。おそらく一塁側スタンドにいる俺の姉ちゃんのところに行ったのだろう。

 遊星は俺の双子の姉が好きだ。何度もアプローチしていたが、結局姉ちゃんと付き合うことはなかった。


 「佐倉君にあの三村だっけ? 楽しそうなバッターもいるし、理大付属よりもぜってーおもしれーって」

 「面白いつまらないで戦いたいチームを決めるな。優勝を目指すならば理大付属のほうが相手しやすい」

 エース遊星と正捕手藤江の口論にも似た会話に俺と清則は耳を傾ける。


 「たっちゃん考え堅すぎ。理大付属の攻め方はネチネチしてて嫌いなんだよ」

 真面目な声で話す藤江と、どこか楽観しているかのように気楽な口調で話す遊星。

 一見水と油のような関係だが、いざ試合が始まりバッテリーを組むと、面白いように息が合う二人だ。

 藤江は的確に配球を選び、遊星はその配球に従って最高のボールを投じる。


 「それにうちのキャプテン様だって、山田高校と対戦したいよな?」

 ここで遊星が俺へと話題を振ってきた。

 自然と清則、藤江の視線が向けられた。


 「あぁ」

 迷うことなく俺は頷いていた。

 俺は佐倉英雄と戦いたい。

 丘城と山田の試合、最終回の伊良部竜平と佐倉英雄の対決。

 あの試合を見たとき、俺は震えた。佐倉の投じるボールはどれも完璧だった。あんなピッチングをする高校生がいると思わなかった。

 だからこそ戦いたい。佐倉は間違いなく全国でも指折り。あいつを倒さなければ、甲子園で勝ち上がることもできやしないだろう。逆に言えば、あいつを倒せば全国制覇も夢ではない。



 山田高校は三回の裏、先頭バッターをヒットで出塁したが、結局ホームまで返せずスリーアウト。

 理大付属のエース松尾は、怪我していたそうだが、今日は安定したピッチングを見せている。さすがは甲子園を経験したピッチャーと言ったところか。


 四回、理大付属の攻撃が始まる。

 佐倉英雄。理大付属の待球作戦如きに崩れるんじゃないぞ。

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