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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
6章 怪腕夏に唸る
169/324

168話

 翌日の丘城スタジアム。

 今年は例年に比べると動員数が多いと噂だ。

 センバツ甲子園に数年ぶりに三強以外の学校が出場、春の中国大会でも三強以外の無名校が優勝。その上三強は今大会準決勝までに潰し合うという事態。

 十数年続いた三強天下の時代が終わるとあっては、高校野球ファンは嫌でも見に来てしまうというわけだ。


 今日も今日とて、球場入り前に知り合いからのエールを受ける。 

 中には黄色い声援を送る女子も見えた。だいぶ俺の人気も高ぶってきている。恭平というハンデを背負いながらこの声援…やはり天才か。


 「英雄ー!」

 そんな俺のもとにやってきたのは百合とその友人一行。鵡川の姿もある。


 「おぅ百合か」

 「英雄試合頑張ってね! 必死に応援するから!」

 「分かってるよ。お前も熱中症とかになるなよ」

 「うん!」

 百合は今日もチアガールとして応援してくれるらしい。

 そういえば美咲ちゃんもチアガールやってたな。

 今日も応援してくれるだろうし、笑顔にさせられるような試合をしないとな。


 「百合だけじゃなくて、そちらの御婦人方も気をつけろよ。水分補給は重要だぞ」

 ついでに百合の友人たちにもアドバイスを送っておく。

 鵡川と目があった。そして逸らされた。何故だ。


 「ありがと。頑張ってね」

 「まぁ頑張れよ佐倉」

 そしたら鵡川の隣にいる川島さんと内田さんが応援してきた。

 すげぇ素っ気ない。普通の反応か。


 「あ、えっと…」

 そして最後に鵡川が何か言いたそうだ。


 「その…頑張って…ひ、英雄君…」

 ちらっとこちらを見てすぐ視線を逸らす鵡川。

 なんだそのあざとさだけで作りこまれた仕草は? 可愛すぎんだろう?


 「あぁ頑張ってくるよ」

 だが動揺は見せない。

 イケメンスマイル一つ浮かべて、俺は彼女のもとを後にした。



 英雄君がいなくなったところで、百合が訝しげに見てきた。


 「梓、今…英雄のこと下の名前で呼んだよね?」

 「…うん」

 百合の表情はどこか機嫌悪そうになった。


 「もしかして梓…」

 そこで何かを言おうとして、彼女は口をつぐんだ。

 そして真喜ちゃんと帆波ちゃんに、チアガールの集まりに行くと言って、この場を立ち去った。

 残った二人はどこか気まずそうで、私も気まずくなっていた。

 英雄君に何かを言うべきではなかったと思う。だけど、これから戦う彼に一言応援をしたかった。もっと言うなら、彼に向かって彼の下名前を言いたかった。


 「とにかく応援席行こう!」

 気まずさを吹き飛ばすように帆波が口にした。

 それにあえてテンションの高い声で返事をかえす真喜。

 私は一人、英雄君が向かったほうへと視線を向ける。


 「…頑張れ」

 誰に聞こえないぐらい、もしくは口を動かしただけかもしれない。それぐらい小さな声で彼へとエールを送った。



 グラウンドに入り、シートノックを受ける選手達を見ながら、俺はブルペンで最終調整をする。

 今日のオーダーは普段と変わらないが、九番セカンドだけがこれまでとは違い、石村から誉へと変わった。

 今日は最悪一点を争うゲームになるかもしれないということで、守備の上手い誉へと代えた形だろう。なにより石村は全然打てていないし、それなら同じく打てないが守備が上手い誉を置いたほうが安全だろう。


 ブルペンでボールを投じながら、状態を確認する。

 依然ボールが高めに浮く病は直ってない。だが、前に比べるとだいぶピッチングが安定してきた。

 なにより調子。これが最高に良い状態だ。

 丘城との試合の時がちょうど不調のピークだった感じか。伊良部とのあの対決以来、失っていた感覚を取り戻した気分だ。


 「…行ける」

 今日は行ける。

 投じるボールの球威は十分。変化球の切れも十分。なによりやる気も十分。

 俺が十全な状態で望むのだから、負けるはずがない…!


 相手の先発ピッチャーはエースナンバーを付ける松尾。

 今大会前に太ももの肉離れで戦線を離脱していたが、今日は先発マウンドを任されたようだ。

 選抜甲子園でも投げていたピッチャー。そんなピッチャーと対決出来るのは素直に嬉しい。


 先攻は理大付属、後攻は我が山田高校。

 哲也が見事じゃんけんで勝利し、後攻を獲得した。



 シートノックも終わり、両校の選手がベンチ前に整列する。

 日に日に暑くなってきている日の光。

 百合たちにも言ったが、熱中症にだけは気を付けないとな。


 「集合!」

 主審の声。


 「行くぞぉ!」

 「行くぞ!」

 両校のキャプテンの雄叫びがグラウンドに響き、それに呼応するように両チームの選手が声を張り上げて返事をかえす。

 決勝をかけた一戦の火蓋が今切られた。



 ≪守ります山田高校。ピッチャー佐倉君。キャッチャー野上君…≫

 場内アナウンスが、俺たちの守備の紹介をしている間、投球練習をこなしていく。

 ここで相手バッターの特徴を思い出していく。

 一番和田はインコースを得意としていて、6本のヒットの内、5本はインコース。

 二番秋山はボールをファールゾーンに打ち返すのが上手く、変化球、特にスライダー打ちを得意としているようだ。4本のヒットは全て変化球、うち3本はスライダー。

 三番内藤はカーブへの対応力が異常に低く、ストレートへの対応力が異常に高い。調子にムラがあるが、内外を打ち分けるセンスがあり、特にアウトローを好んでいる。


 うん、しっかりと覚えてるな。

 最後の投球をし終え、哲也の送球を避けるがてら、ロージンに触れる。


 ≪一回の表、理大付属の攻撃は、一番センター和田君。センター和田君≫

 場内アナウンスが、応援の鳴り始める前のスタンドに鳴り響く。

 左打席へと入ったバッターと向き合う。球審の「プレイ!」と言う声に、試合開始のサイレンが鳴り響き始めた。


 初球は、福井の好きなインコースへのストレート。

 まぁ相手に打ってもらって球数を少なくしたいしな。俺は頷き振りかぶる。


 投球モーションへとはいる。

 意識がどんどん一つ集中していく。

 投げるは哲也のミットのみ!


 振り上げられた右足が大地を穿つ。

 瞬間、バッターはバントの構えをしてきた。


 セーフティバント…! 来たかこの野郎!


 待っていたと言わんばかりに、俺は頬の緩みを感じた。

 腕を振り抜き、ボールを投げ放つ。


 真っ直ぐに哲也のミットめがけて走るボール。

 それを遮るようにバットがある。

 俺はマウンドを駆け下りる。


 コツンッ! という小気味良い音が響き、打球は俺の前へと転がった。


 「オッケー!」

 誰よりも先に俺が声を張り上げた。

 あれから数ヶ月、俺は変わった。もう誰にも頼らない俺はいない。

 不要な責任感は捨てた。たとえトラウマだとしても、もうトラウマに怖がることはない。


 打球を素早く処理して、一塁へと向いた。


 「先輩!」

 ファーストを守る秀平の声が聞こえた。

 自然と体の力みはなく、かつての幻像を思い浮かぶこともなかった。

 左腕を振るい、ボールをファーストへと投擲する。


 放たれたボールは真っ直ぐに秀平のミットに収まった。


 「アウトぉ!」

 一塁審判が右手を掲げた。

 俺は安堵の息を吐いた。


 「ナイス! 良いぞ!」

 恭平の声。


 「オッケーピッチ! ワンアウト!」

 誉の声も聞こえた。

 それを聞いて、俺の胸の奥底に密かに残っていた不安は抜け落ちた。

 俺はもうかつてのミスに囚われていない。もう克服したんだと確信する。


 「英雄! ワンアウト!」

 哲也の声。

 彼へと視線を向ける。人差し指だけを立てた右手をこちらに向けてくる。表情は満面の笑み。

 それを見て、俺も笑いながら人差し指だけを立てた左手を見せた。



 続く二番秋山を空振り三振。

 三番内藤もチェンジアップを巧みに使って空振り三振に討ち取った。

 三者凡退でマウンドを降りる。


 俺の中には確かな自信が芽生えていた。

 今日抱いていた不安は一番バッターの攻撃で消え失せた。

 そして同時に、勝利の確信も持ち始めた。


 「英雄! 油断するなよ!」

 それをどこか見越したように佐和ちゃんが声をかけてきた。


 「分かってますよ」

 佐和ちゃんに俺は笑顔を見せる。

 その笑顔を見た佐和ちゃんは、呆れたように笑った。


 「よし初回だ! 早速打っていけよ!」

 「はい!」

 そうして攻撃はこちらへと移っていく。

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